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性悪騎士団長の日常 ~漆黒の魔剣と暇潰し~(下)

上編の続きとなります。


初めは、主人公とは別視点となります。

 拙者の名は嵐丸。幼い頃より刀の輝きに魅了され、刀を振ることに全てを捧げてきた男だ。


 幸いというべきか、この世には争いごとが絶えなかった。この刀の腕前だけで、商人の護衛から問屋の用心棒、土豪の私有兵まで様々に渡り歩き、数多くの人を斬った。


 死んだり、あるいは恐怖に耐えられなくなり、一人また一人と同輩が姿を消していく中、拙者だけは違った。拙者にとっては刀を振ることが全て、そして刀を振ることで自らの存在をぶつけ合う戦場(いくさば)は、拙者にとって生を最も強く実感できる場であった。


 特に最後の戦場は素晴らしかった。両軍合わせて万を超える軍勢が入り乱れる中、斬れども斬れども湧いてくる敵、ぶつけられる敵意、その中で生き残っているという実感。それは拙者の人生の中で、最も輝いていた時であろう。


 しかし、戦に勝った主君はその地を平定し、ついに戦を無くしてしまった。そして拙者は功を称えられ、良く分からぬ地位を賜った。周囲の者は拙者を羨んだが、拙者にとってはどうでもよかった。


 多忙な仕事、成り上がりを蔑む目、更に刀を振れない日々。鬱屈した想いが溜まっていたのもあるし、油断もしていた拙者は、ある日目の前に飛び出してきた者を、反射的に斬ってしまった。それは酔っ払いの浪人だった。


 その時拙者は、不味いことをしたと思うより先に、喜悦を味わっていた。拙者はやはり、刀を振るために生きていたのだと実感した。


 それ以来、拙者は事あるごとに人を斬って回った。あまりに見事すぎる切り口だと拙者に疑いの目が向けられ、ついに国から追手がかけられるまで、斬った人の数は数百に上る。


 だが、いかな拙者でも、戦い続ければ体は疲れるし腹も減る。数多の追手を斬り捨て、それでもついに崖まで追い詰められた拙者は、自らよりも遥かに劣る使い手に斬られてなるものかと、そのまま滝壺へと身投げした。


 しかし、拙者の体は滝壺に落ちてなお死ぬことを許さなかった。もはやまともに動かぬ体に迫る追手、刀を振り人を斬れぬことを恨みに思いながら、最期は拙者自身の手で、自らの愛刀で自らの命を絶ったのだ。





 それから如何ほどの時が流れたであろうか。今拙者は、見知らぬ土地で、見慣れぬ風体の者と相対している。普段の、薄ぼんやりとしか見えず、体も思うように動かぬ状態ではない。如何なる不可思議な所以(ゆえん)故か、拙者が刀に宿っていたのは確かであろうが、それを彼の者が呼び覚ましたのだ。





――――――――――――――――――――――――――――――


 そこは、見たことも無い場所であった。白い石造りの舞台、見上げる程に大きな石の建物、そしてそこを埋め尽くすほど多くの観客(にんげん)。それは、およそ故郷では見ることのできぬ光景。


「貴殿が拙者を呼び覚ましたのか?」


 拙者は、目の前に立つ一人の武士に尋ねる。いや、武士ではなかろう、腰には全く反りのない刀を佩き、何より耳が尖っているのだから。


「いや、違う。私は彼…いやあなたの身体と戦っていただけだ。可能性はあると思っていたが」


 そう言われてみれば、僅かながら、刀の中にいた頃の記憶が戻ってくる。ここでこの男?女?-見た目からはいずれともつかぬが、まあどちらでもよい-は試合を行い、そして勝ったのだ。

 そう思うと、拙者の中に、抗いがたき衝動が湧きだしてくる。


「左様か。ここが何処かは存ぜぬが、多少前後の記憶はあり申す。試合の最中に非礼とは存ずるが、拙者にとってもまたとなき好機故、ここはこれより死合いの場となる。()うたが不運と心得よ」


「ああ、安心してくれ。私はあなたと(・・・・)戦いたかったんだ」


「ほう、拙者と武人として渡り合いたいと申すか。しかし、人斬りと知ってなお」


「分かっている。しかし、あなたの名前は人斬りではないはずだ、よければ名前を教えて欲しい」


 まずは目の前の者を斬り、そしてゆくゆくはこの場に居合わせた全ての者を斬ってくれよう。そのように考えていた拙者だったが、紡がれた言葉に、目を見開くこととなった。


 そう、この者は拙者と死合いたいと申したのだ。


 人斬りに明け暮れ、ついには人を斬ることでしか満たせぬようになっていた拙者の心に、武人としての火が灯る。思えばどれほどの間、武人との死合いから遠ざかっていた事か。


「……拙者の名は嵐丸、この刀も同じよ。願わくば拙者を満足させてくれん事を、参る」


 全身の血が沸騰するような感覚を押さえ、拙者は礼に倣い、名乗りを上げる。目の前の者の名乗りはよく聞けなんだが、(しか)して、再びこの者に名乗りを上げさせる必要はなかろう。先ずは一太刀、これを避けられぬ輩の名など、覚えるには値すまい。


 そうして一呼吸の後、彼の者は拙者の期待通り、初太刀を躱して見せた。


「拙者の居合を躱すとは見事」


 心からの称賛を込めながら、拙者は次々と居合を放つ。


 並の武士ならば、斬った事すら気付かせぬ程の居合。しかしこの者は、初太刀こそ服を斬らせたものの、二太刀目以降は完全に見切り、かすらせもせぬ。余程良い目を持っているのであろう。


 だが、そのような者こそ、拙者の待ち望んだ相手。


「はっ!」


 拙者の刀の戻りに合わせ、彼の者が飛び込んでくる。懐へと飛び込めば、抜刀できぬと考えているのであろうな。そして左手の短刀で突く心積もりか。


 然して甘い、居合は抑々(そもそも)間合いの内、懐程の所より襲われし時のための技。即ち――


「かかり申したな。蛇咬ノ太刀」


 間合いの内とて、死角などありはせぬ。




――――――――――――――――――――――――――――――



(つう)ッ!」


 痛みのあまり、私は呻く。私の右腕からは、鮮血が滴っていた。


 今のは危ない所だった。私の剣の上を、まるで滑るようにしてすり抜けたカタナは、あと一瞬反応が遅ければ、私を真っ二つにしていただろう。緊急回避用に直角滑走歩法(スライドステップ)を体得していてよかった。


「この太刀すらも躱すとは、正に天晴れ。人とは思えぬ動きよ」


「これでも百年以上生きているからね、ただの人間とは年季が違うさ」


 そう嘯くも、この太刀筋は私すら見たことが無い。そして右腕の回復には、傷は浅いものの少し時間がかかる。なら…せっかくだから太刀筋を見せてもらうとしよう。


「たぁっ!」


 言うが早いか、私は掌の上に魔力弾を作り出し、嵐丸に投げつけた。家一つくらいなら、あっさり吹き飛ぶ威力だ。


「術も使え申したか。しかし、この嵐丸の前には無力」


 だが、嵐丸はいともあっさりと、魔力弾を斬ってしまう。


「あれを斬るなんてね。まさか、こんな魔剣と出会えるとは、思ってもみなかったよ!」


 魔剣(嵐丸)の予想以上の強力さに、心が躍る。


 私は、次々と魔力弾を作り出し、嵐丸へ殺到させる。それさえも嵐丸にはあっさり対処されてしまうが、予想の範疇だ。


(なるほど、抜剣だけの流派かと思ったけれど、本来は抜剣で牽制し、二の太刀で止めを刺すスタイルなのか)


 魔力弾を切り裂かせることで、私は嵐丸の太刀筋を観察していたのだ。時に避け、払い、抜剣する姿を目に焼き付ける。


「よし、おおよそ見えてきた。ならそろそろ、決めさせてもらおうかな!」


 そう言うと、私は特大の魔力弾を作り出す。そして、未だ他の魔力弾に対処している嵐丸へ向けて、全力で投げつけた。


「セイッ!」


 嵐丸が、一際速い速度で居合を放つ。その剣圧に耐え切れなかったのか、魔力弾は瞬時に崩壊する。


「けれど、もう間合いに入ってるんだよね」


 しかし、その陰には私が隠れていた。


 既に抜剣したカタナを戻す時間はない。嵐丸はそのまま二の太刀で私を迎撃しようとするが、私を狙って抜かれたカタナでない以上、もはやそれは死に体同然だ。


 そして、私が嵐丸をカタナごと押し込もうとした瞬間、光がさく裂した。


「うあぁぁぁっ!?」


 私は対魔障壁(バリア)を張って防ごうとするも、自ら押し込んでいたせいで間に合わない。気付けば私は、競技場と観客席を隔てる壁に、叩きつけられていた。


「一体、何が…?」


 観客席は、一時の歓声が嘘のように静まり返る。


「まさか、嵐丸にこのような力が宿っていたとは。知らぬこととはいえ、失礼申した」


 嵐丸が何かを言っている。それは、攻撃したことを詫びているようだった。


「然して、これは貴殿の力をお返ししたのみ。恨まれぬがよい」


「力を…まさか吸収か?」


「左様。貴殿の術を斬り、その力全てを頂き申した」


 まさか、私の魔法を吸収し、そのまま私に跳ね返してくるとは。これは予想以上どころじゃない、間違いなく特S級の魔剣だ。所有者を蝕む呪いさえなければ、国宝にさえ指定されていただろう。


 これで魔法は使えなくなった。だが、それはこちらも望むところだ。私はパンパンと服を叩いて埃を落とし、剣を構える。


「魔法などで小細工をして、失礼したね。トリムルト王国騎士団団長・アールヴ。推して参る!」


 私は全力で戦うことを決め、正規の名乗りを上げる。その瞬間、嵐丸が口を歪めたように見えたが、恐らく私も似たような顔をしていただろう。


 一体何年ぶりだろう。本気での命の奪い合いに、私はわずかな恐怖と、そして大きな未知への興奮を感じていた。


「はっ!」


「セイヤッ!」


 私たちは、どちらからともなく動き出し、舞台上でお互いの剣とカタナが交えられる。一合、そして二合、嵐丸の剣撃の主体は居合だったが、今は惜しむことなく二の太刀を振り、私の命を刈り取らんと襲い掛かってくる。


 私はカタナの戻りに合わせようとするが、二の太刀を放ったはずのカタナは、振り切った勢いそのままに吸い込まれるようにして鞘へと戻っていき、ただ抜剣(いあい)を放っていた時よりはるかに速い戻りで再び抜剣してきた。


 私は歩法(ステップ)で距離を取り、また剣を交える。それはまるで、舞踏でも踊っているようだった。


「咬み千切られよ、蛇咬ノ太刀」


「その太刀筋はもう見、下!?」


 それでも、剣撃の合間を縫って懐へと飛び込んだ私に、先程の技が繰り出される。だが、一度見た技は通じない、そう思った矢先、先程とはまるで違う角度に、カタナがブレた。


 一瞬の判断で私は回避を選択するが、今度は右足に赤い筋が走る。どうやらあの技、上下好きな角度にカタナの軌道をずらせるようだ。予想もしないタイミングで、上から下から変幻自在に襲い掛かってくる刃とは、まさに蛇の咬合を思わせる。


「驚いたね、本当に厄介な技だ!」


「ただひとつの動きしか成せぬなど、技とは申せぬ故」




 そんな動きを繰り返し、果たして何合打ち合っただろうか。互いに僅かずつ傷が増えていき、もう数えきれないほど打ち合い終えたその時、異変は起きた。


「うぐっ!?」


 急に息苦しさを覚え、私は片膝をつく。嵐丸は怪訝そうな顔をしただけで、追撃はしてこないようだ。


 だが、息苦しさに加え、魔力が大きく減っていることを感じた時、私はある可能性を疑った。


霊魂捕食(ソウルイート)…」


 霊魂捕食、それは斬った相手の魔力、果ては魂までも削り取り、喰い荒らす力だ。


 もし、この力で魔力弾を喰っていたとしたら?そして本人は気付いていないようだったが、もし最期に自刃し、その際無意識にこの力を使っていたとしたら?それは、自らの魂さえ魔剣に喰わせ、果ては魔剣に宿ることすら可能にするのではないか。


「もはや限界と見える。この戦いを終わらせるは惜しかれど、さりとてこれも摂理。嵐丸の錆となって頂こう」


 もしこの魔剣で重傷を負わされれば、それだけで魂は崩壊し、死を迎えかねない。それだけの力がこの魔剣にはあった。


 まさか、このままでは負ける?私が…?


 そう思った時、私の脳裏に、一人の男の姿が浮かび上がる。私の師匠であり、ライバルであり、そしてこの国唯一の(・・・)剣聖。その男の名は――



「まだ立ち上がる力が残っていたとは」


「ああ、そうだったね、グレン。私は、こんな所で膝をついているわけにはいかない」


 その男の名はグレン。私が百年間、未だに追い続けている男だ。


『いいかアールヴ、勝つために必要なものは色々あるが、まず最初に必要なのは気合いだ!絶対に勝つ!その心意気が無きゃ、どんな奴だって負け犬よ』


 グレンの言葉が脳裏によみがえる。ああ、そうだ。私は何を弱気になっていたんだろうな。


「…?グレンとやらが誰かは存じ上げぬが、助けが来たとてもはや手遅れ、諦められよ」


「その心配はいらないよ。私は絶対に負けない!グレンが帰ってくるまでこの国で最強であり続けると、そう決めたのでね!」


 そう、それは誓い。はるかな昔に交わされた約束、それが果たされると信じて。


「その意気や見事。されど、心意気だけでは敵は斬れぬもの。セイヤッ!」


 嵐丸の居合が迫る。だが、私はグレンの言葉を思い出していた。


『アールヴ、手数を増やすのはいいが、威力が分散してたら話にならねぇ。ここぞという時にはな、全ての力を一点に集約して打ち込む、そんな一撃が必要になるんだ』


 私は、ただ迎え撃つことに集中し、その刃に一撃を打ち込んだ。


「っ!?」


 その瞬間、金属同士がぶつかり合う激しい音が響き、嵐丸の腕がはね上げられる。


「これはっ!まさか、拙者の手を痺れさせる程の一撃を隠し持っていたとは」


「剛よく柔を断つ。グレンが得意としていた戦い方だ。アイツを驚かせるために練習していたのに、まさか先にお披露目になるとはね」


 そのまま私は追撃の横薙ぎを放つ。嵐丸はまだ握力が戻らないのか、飛び下がって避けようとするが、私の剣から生まれた衝撃波に巻き込まれ、そのまま壁へと激突した。


「ぐっ、当たらずとも尚避けきれぬとは、何という剛の剣」


 だが、思ったほどのダメージはないようだ。受け身もまた、達人級ということか。しかし、種は撒いた。


「そろそろ幕引きにしようじゃないか。このまま戦い続ければ、嵐丸、貴方も全力を出せなくなるだろう?この戦いの結末を、そんな無様な泥沼にするのは、美しくない」


 事実、私の一撃を何度も受ければ、いくら魔剣によって強化されていようと人間の体である以上、嵐丸は握力を失いまともにカタナを握れなくなるだろう。これに乗ってくれるかは賭けだったが――


「ふふ、それだけの一撃、続ければ疲労するのは貴殿であろうに。然して、拙者の今の願いは、無様に勝つことではなく、素晴らしき死合いの果てに勝利を掴むこと。拙者の奥義を以て、その挑発にお答え申そう!」


 どうやら、賭けには勝ったようだ。なら後は


『だがな、必殺の一撃なんてモンは、そう何度も撃てやしねぇ。だから、それを撃つと決めたら相手をノセるでも何でもして、一気にケリをつける!それが鉄則だ』


 ああ、一気にケリをつけるだけだ。全く、ここが一番難しいというのに、グレンは相変わらず無茶ばかり言ってくれる。

 ん?難しいからといって、負ける気など毛頭ないとも。グレンが戻ってきて、そして私と立ち会うまで、私は止まる訳にはいかないのだからな!


「ならば行くぞ!」


 私は嵐丸へと走り、一気に距離を詰める。対して嵐丸は、構えたまま動かない。


「奥義・百華繚嵐」


 すると音もなく、歩く気配すらなかった(・・・・・・・・・・)嵐丸が突然構えたまま動き出し、私に数多の斬撃を浴びせかけた。


「おぉっ!?」


 嵐丸はまるで地面を滑るように動きながら、息を吐く暇もなく居合斬りを繰り出してくる。


 その余りの異質さに、私はあっという間に防戦一方となってしまう。


「これぞ拙者が奥義・百華繚嵐。拙者を追おうとも刀は追えず、刀を追おうとも拙者は追えず。ただ百にも等しき刃の嵐に巻き込まれ、切り刻まれるのみ」


 声の聞こえた先を追うが、そこには既に嵐丸の姿はなく、代わりに死角から居合斬りが迫ってくる。それを殺気と勘だけを頼りに体を捻って避けた私は、再び攻勢に出ようと振り向くものの、角度を変えて襲い掛かってくるカタナを受けるので精一杯であった。

 服には目に見えて傷が増えていき、斬られた髪が舞い、肌にも赤い筋が増え始める。霊魂捕食される程の傷はまだないが、油断すれば魂ごと持っていかれるだろう。


「くっ、無音歩行術か…」


 それでも私は観察を続け、いくつか分かったことがある。まずこの技は、無音歩行術を要にしているのだ。

 無音歩行術は、その名の通り、全く音を立てずに移動する技術である。これを使い、攻撃した側から移動することによって、移動先を悟らせることなく一方的に攻撃し続けているのだ。


 だが、これだけの動きを長い間維持するのは不可能。よって嵐丸が限界に達するまで耐えきれば…そこまで考えた所で、私は思い直した。


 ただ相手が疲れるのを待つ、そんな戦い方で、グレンとなど戦えるものか。アイツの一撃は嵐丸よりもはるかに重く、それでいて精緻。正面から受けるなど自殺行為だ。


 ならば、活路を見出すべきは、カウンター。いくら速度があろうとも、ただ手数に優れるだけで、重さでは遥かに劣るこの技を破れないようでは、何の意味もない!そこで私は、動くのを止めた。


「諦め申したか?ならば、せめて苦しまぬように葬って進ぜよう!」


 これまで私の周囲を荒れ狂っていた嵐が、私の急所(・・)目がけて襲い来る。この瞬間、嵐は確かに一箇所に収束した。そう、相手を苦しめず、一瞬のうちに断つことが可能となる、首へと向かって。


「実に真っ直ぐでいい剣だ。積み上げてきた修練が見て取れる」


 だが、狙いが読めても、タイミングが合わなければ首が飛ぶ。


 私は、嵐丸の声が聞こえた方をあえて無視し、ただ一点を見据える。そこは私の守りの隙であり、同時に手数を優先するからこそ、無意識に狙ってしまう場所。


 私は短剣(マンゴーシュ)を投げ捨て、両手での構えを取り、全力の一撃を繰り出した。そして私のその一撃は、狙いを過たず、しかし私の予想より僅かに早く襲ってきたカタナへとぶち当たった。


「はあぁぁぁぁぁぁっ!」


「オオオオオオオオッ!」


 一瞬の拮抗。私の全ての力を注ぎこんだ超硬金属(アダマンタイト)製の長剣(レピア)に、ヒビが入る。そして――


「ぐうっ!」


 私の肩に、カタナが突き刺さった。傷口から鮮血が噴き出す。


「よもや、このようにして百華繚嵐を破らんとする者がいようとは…」


 対して、怪我一つ見当たらない嵐丸。投げ捨てた短剣(マンゴーシュ)が地面に落ち、硬質な音を立てた。


「見事…最期に、何故百華繚嵐の太刀筋を捉えられたか、教えては貰えぬだろうか」


 だが、嵐丸は負けを認める。何故ならその突き刺さったカタナは、半ばから折れ、今やほとんど持ち手と鍔だけの姿になっていたからだ。


「貴方は、あの技を、ほとんど人に使った事が無いんじゃないか?」


「……」


「だから、動きは速い上に足音もしない、そんな状況でも、攻撃に規則性があることを読み取れた。確かに驚異的な技だったけれど、実践不足…いや、貴方に匹敵する使い手がいなかったことが、貴方の敗因だろうね」


「ふふ、なるほど、奥義などと誇りながら、その実は未完成の技であったと。無念。惜しむらくは、もはや研鑽する時も無いという事か」


「いや、研鑽の時はあるさ。貴方の技、しっかりと見せてもらった。後は私が引き継ごう、貴方の戦いは、無駄ではなかったんだよ」


「…!そうか、拙者は長き間に渡って人を斬ってきたが、本当は人斬りなどではなく、このような時を待ち望んでいたのかも…知れ…ぬ…」


 そう言うと、カタナから光が湧き出てくる。今まで奪ってきた魂が解放されたのだろう。そして、その一部は私の中へと還っていく。





 ワアアアァァァァァァァァッ!!!


 光が途切れると、競技場は割れんばかりの歓声に包まれた。そんな中、校長が舞台へと上がってくる。やれやれ、これで一件落着としてくれればいいのに。


「アールヴ殿!あの魔剣を破壊できたからいいようなものの、あんな危険な戦いを、しかも校内トーナメントの場で行うとは!しっかり説明はしていただきますぞ!!」


 ああもう、あの乗っ取られたランボーとやらも体だけは無事だし、魔剣だって破壊できたのだから…破壊?


「しまったぁぁぁぁぁぁ!?」


 そうだ、私はなんてことをしてしまったんだ。


 破壊してしまったら、私の魔剣コレクションに加えられないじゃないか!これだけ苦労したというのに、全てが水の泡だ……。


 ワアアアァァァァァァァァッ!!!


「アールヴ殿、叫んで誤魔化そうとしても無駄ですぞ!それにそもそも、あんな危険な魔剣を持った学生を見逃したり、果ては学生全員を棄権させたり!やっていいことと悪いことがあるのです!聞いているのですか、アールヴ殿!?」


 歓声が、そして校長の怒声が、私の耳を揺さぶる。だが今の私にとって、それはどうでもいい事だった。そしてこれから、校長にこってり絞られるであろうことさえも。


「あああ、せっかくの特S級の魔剣がぁ。五十年に一本の魔剣がぁぁぁぁ」


 それから私が医療班に抱えられて無理矢理舞台を下ろされるまで、競技場は溢れんばかりの歓声に満たされ続けたのだった。







~エピローグ:そして数か月後~


「君が(くだん)の商人だね。で、魔剣に関する情報があるというのは、本当かい?」


「初めまして、騎士団長様。エエ、とある国の内乱で失われた魔剣、その在り処を、ついに特定致しまして」


「ほう、興味深いね」


 事件の後、私は校長からこってりと絞られただけでなく、その後処理のため何か月も走り回らされてしまった。

 今日は、やっとそのお役目から解放され、久しぶりの休日だ。


「ですが、今回の品は危険過ぎまして、金を積んでも回収に名乗りを上げる者はいませんでした、エエ」


「それで、私に情報だけ売りに来たと。いいじゃないか、実に胸が躍る話だ」


 そんな日に、魔剣の情報があると売り込んできたのが、目の前にいる商人だ。恰幅が良くて……どこかで会ったか?


「ならばその魔剣、私のコレクションに加えさせてもらおう」


「さすがは世界でも有数の魔剣蒐集家(しゅうしゅうか)と言われるお方。その行動力に脱帽いたします、エエ」


 まあ、商人の方は初対面だと言っていたし、面会記録も無い、些細な事だろう。そんな事よりも今は魔剣だ!


 最高の暇潰しの情報を得た私は、意気揚々と馬へ跨り、そのまま邸宅を飛び出していく。それに気づいた騎士の何人かが、私を止めようと群がってくるがもう遅い。ここ何か月も、まともな休みなんて取っていないんだ。今日から私は長期休暇を取るぞ!


 後にこの魔剣を巡って、ついには隣国が出張ってくるほどの大事件が起きるのだが、それはまた別の話だ。そうして騎士たちと鬼ごっこをする私を、商人の黒い双瞳が、じっといつまでも見つめていた。

2020/9/22 一部の表現を修正しました。

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