訓練と伝承
我々は畳んだテントや家財道具をロバの背や馬車に乗せ、ゆっくりと荒野を横断していく。
赤茶けた砂利の地面に、風に揺れる背の低い木々たち。空はどこまでも青く澄んでいる。
時折休憩を挟みながら、それでも驚異的な距離を移動するのだ。
「ようし今日の旅はこれでしめえだ。テントを張れ!」
昼下がりから夕暮れになると、族長の合図でその日の移動を中断しテントを張る。
気の骨組みを手早く組み立て、天幕を張るのだが、これが実に手慣れている。
男達の手で半時間もあれば済んでしまう。そして女達が夕食を作り、後はのんびりとするのだ。
「オッタル、夕食までしばらく時間があるようだ。少し良いかね?」
「おっ、なんなのだ!?時間はたっぷりあるのだ!」
「それは良いことだ。そろそろ本来の仕事である剣の教授をしようと思ってね。レイヴンも呼んで来たまえ」
「おおっ!それはうれしいでよ!わかったのだ!おーいレイヴン!コートマンが剣を教えてくれるでよ!」
そして我々は暖かい風が吹き抜ける夕暮れの荒野で剣を構える。
「まずは基本の構えからだ。足を肩幅に広げ、剣をゆるりと前に。こうだ」
「こうなのだ?」
「こうでしょうか?」
「オッタルは少し力みすぎだ。もう少し剣を下に、肘の力を抜きたまえ。うむよし。レイヴンは姿勢は問題ないが、もう少し肩の力を抜きたまえ」
「わかったのだ!」
「はい!」
生徒達二人は非常に素直で飲み込みも早かった。
元々、体力や狩りの技術はあるのだから、基礎が出来ていると言うことなのだろう。
私が見本を見せ、二人が真似して、術理を解説する。そんな具合だ。
「よろしい。ではもっとも基本的な振り方だ。私の剣は遠心力……剣を振り回したとき、先の方が重くなるだろう?あの回転の力を利用する。振り回す力はさほど要らない。むしろ脱力することで力を効率的に伝える」
「う、うむ……?そういうものなのだ?コートマンは最初腕力ありきだって言ってたけど……」
「ああ、それはこのばかでかい剣だと相応の力が必要になると言うだけで、君達くらいのまともな長さの剣であればむしろ力を抜くことが大事だ」
「なるほどー」
私は剣を縦に回転させる。身体の右側に1周、左側で1周。八の字を描くようにぐるりぐるりと回す。
「まずはこれだ。手首には力を入れない。肘も姿勢を維持するだけでここで振ってはいない。腰で力を入れ、それを伝達する。最初は剣の重みで自然に落し……そうだ。回転する力で戻す。うむそうだ。力を入れるのは親指と人差し指、中指。そして胸と腰だ」
「こっこうか?こうなのだ?」
「こう……ですかね?」
「それだ」
「ええっ!?どうなっているのだ?レイヴンわかるのだ?」
「えっと……多分このときに手首がこうなって……」
「あっ、こうなのだ!」
「うむ、それだ」
「やったのだ!」
レイヴンは理解が早い。空間認知能力に長けているのだろう。オッタルは試行錯誤しながらも、それ故にしっかりと術理を理解しているようだ。
「なるほど、これは鋼の獣の首を落したときのアレなのだな!腰で……こう!振り回せば首が落ちるのか?」
「そういうことになる。腰から胸で出した力を脱力した腕に回す。うむ、そうだ」
「首を落す……こうですか?」
「ああ、そういう感じで使う」
生徒達二人はあっという間に技を身につけていく。やはり基礎が出来ていると違うのだろうか?
乾いた土に水がしみこむような早さだ。
一つ一つ、型を教えていく。手先での縦回転から、身体全体を使った薙ぎ払いの横回転。
わずか1日で基本的な型の半分は理解してしまった。先住民の肉体とセンスはすごいものだ。
「うむ、今日はここまでにしておこう。礼を」
「ありがとうございます!」
「ありがとうなのだ!」
「よろしい。お疲れ様だったね。少し休むとしよう」
我々は地面や岩に座り込み、水筒から水を飲む。澄み切った川の水は美味い。
風も涼しく、気づけば空は星に覆われていた。
「ぷはー!生き返るのだ!ううん、なんだか身体よりも頭を使った気がするのだ……」
「新しい技を覚えるときとはそんなものだ。いずれ慣れるとも」
「コートマンさんはどこでこの技を覚えたんですか?」
レイヴンが汗を拭きながら私の方を見る。
この技はかつて『銀の血』を守っていた番人から見て盗んだものだ。
思えば彼もかつての私のようにアレの危険性を知って封印していたのだろう。
「古い遺跡の番人から、見て盗んだ。故に由来も技の名前も知らないのだが……それでも、今なら解る気がする。彼は使命のために剣を振るったのだと」
「なんだかすごいのだ!古い歴史がきっとあるのだな!」
「それも今となっては解らないが……継いでいくと言うことは、なんとも良い物だと思うよ。残されるべきもの、残すべきでないもの……それを今を生きる者は選択していくことができるのだ」
「きっと私たちが残していくのだ!だから安心するのだコートマン!」
「語り継いでいくもの……伝承みたいにですか?」
所詮は盗み奪った技だが、それでも彼らには誇りを持ってもらいたい。いささかの美化も許されるのではないだろうか?
私はあの遺跡と番人に思いをはせる。古い鎧兜を着けた古代の番人とその伝承を。
「ああそうだ。これにも伝承があった。ヤハガムと同じく呪いによって没した古代都市ジャハンナム。狼の王とその騎士達……王は呪いの根源となる魔物を討伐しに行き、相打ちとなりついに帰らなかった。だが、騎士達は呪いに蝕まれつつも永劫、その呪いがあふれ出さないように人柱となり、番人としてジャハンナムを封じた……」
彼らを踏みにじり彼らの懸念した通りに呪いを弄び、そして滅びた。なんとも愚かで、間の抜けた話だ。
それを飲み込んだのは恥か、それともオッタルを思ってのことだろうか?私にもわからない。
「おおー、高潔な戦士の技なのだな!」
「ああ、彼らは高潔だったのだろう。故にあえて名付けるならばこれは『狼の剣技』とでも言うべきだろう」
「すごいですね……!貴重なお話、ありがとうございます!僕はきっと忘れません!」
「……そうか」
私はどこまでも深く広がる星空を眺める。今私にできることは繰り返さないことだ。
たとえ、侵略者から守るためにヤハガムの防衛設備を使うことになろうとも。
それでも、同じことはもう繰り返してはならないのだ。
「おーい、終わったかーい?ご飯が出来たよ」
ヤツィが声をかけてきた。そういえば、肉と粥の良い匂いがする。
薪が燃え、油が焦げるあの素晴らしい匂いが。
「おおー!わかったのだ!今行くのだ-!」
「ありがとうございましたコートマンさん!行きましょう!」
「ああ、行こう」
少し冷える星空の下、我々は匂いをたどるようにたき火の明かりまで歩いて行った。