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探求者ダミアヌスと貴婦人の血

 

「起きるのです、コートマン」

「……何事かね、バロネス」


 広場に、あるいはテントの中に皆はすやすやと寝静まっている。

 私は広場で座ったまま寝てしまっていたようだ。

 バロネスの白い髪と白い羽毛が夜空を背景によく目立つ。


「ダミアヌスが近づいているのですよ。もう5分となく来るでしょう。迎え撃つことを提案します」

「……わかった。是非もない」


 私は立ち上がり、外套を埃払いすると皆を起こさないようにバロネスについていく。

 テントの村を通り過ぎ、赤茶けた荒野を歩く。


「あちらの方角にいるのです。見えますか?」

「ああ、よく見える」


 私の改造された視力にはなにやら大きな物に乗ってこちらに来るダミアヌスが見えた。

 バロネスのカメラアイがかすかな駆動音と共に淡く緑に光った。


「バロネス、君は皆を起こし避難の用意を。私はここで奴を迎え撃つ」

「わかったのです。ご武運を」

「ああ」


 私は帽子を深く被り直し、『物置き』から大剣を肩に背負って歩き出す。

 集落から少しでも離れ、戦いやすいように。

 宇宙すら見える星空と夜の闇、足下を踏みしめる大地、澄んだ夜風を感じながら。

 この後にみる凄惨な光景の前に、美しい物を見ておきたいからだ。


「アッハハハハ!やあご老体……昼間降りだね!」

「そうか」


 果たして、出てきたのはおぞましい怪物に乗ったダミアヌスだ。

 二階建ての家ほどもある死体をつなぎ合わせた獣。

 機械と腐肉を混ぜてこねたそれは実に悪趣味で気分を台無しにするに十分だ。

 私は問答無用で剣を振りかぶった。


「おおっとご老体……いいのかね?確かに一撃で首を跳ねることもできるだろう。

 だが、その前に大砲を一発くらい撃つ余力はある……

 だからどうだろう?愚かな提案だが、ほんの少しの間だけ私と話をしてくれまいか」


 確かに、巨獣の身体には肩に大砲も生えていた。

 だが問題はない。

 私は加速して空中を駆け、大砲を切り飛ばした。

 あと一問!

 さらに空中に足場を作り、蹴ることで自身を砲弾のように飛ばして、大砲に突きを入れた。

 爆発と共に、巨獣がよろめき私はダミアヌスの首に一閃を放つ。


「おお素晴らしい……ヤハガムの魔法『加速』に『空走り』!やはりあなたはかの墓守ヘンリー・アーネスト・クリストフなのだね!いやあ……感激だ。かの最初の剣士にお目にかかれるとは」

「貴様の戯れ言に応じる気はない」


 ダミアヌスの首は落した。だが、巨獣からダミアヌスの新しい首が出てきてしゃべり出す。

 メキメキと音を立てて腐肉から生えてくる首は実に不愉快極まる。

 この手の化け物はあのヤハガムだけで十分だ。


「クククそうだろう、そうだろうともさ。だが聞いてくれ!知識のすりあわせをしようじゃあないか……私もあなたと同じ、人類の進化!獣性の根絶を願ってやまない者なのだから!」

「そうか」


 確かに最初はそうだった。だが、その結果生まれたのが目の前の巨獣に類するおぞましいものばかりだ。

 この男は私の二の轍を踏んでいる。今すぐに殺すべきだ。

 私は巨獣に大剣を振り下ろした。

 腐肉が弾け、生臭い血が吹き出て荒野を潤す。


「獣性の排除のための賢者の石!それこそが『銀の血』だろう?あなたが遺跡から持ち帰った神の血の一つ!ああだが悲しいかな、血を身体に取り入れただけでは駄目だった。それは不死性と金属への親和性、想いを現実に反映させる魔力、その他沢山の神秘を手に入れはしたが……神に!神の視座を手に入れることはなかった!そうだろう?」

「貴様ならばなれるとでも?」


 過去をほじくり返されるのは良い気分ではない。ああそうだ。私はそのために多くの実験をした。

 それで大勢悲惨に殺して、挙げ句の果てが街ごと滅ぶ事態だ。

 何度も大剣を振るうが、まるで水でも切っているかのように端から再生していく。

 核は、核はどこだ。


「そうなのか!その通りだったのか!素晴らしい……これであの敗残兵の将軍、ルドガーの喜ぶ情報は手に入ったわけだ……!ああそうそう、そして最初に神の血を飲んだあなた以外は皆、不死性に耐えきれず気が狂って街は滅んだ……流され、濃縮され、街の奥底にたまった限りなくオリジナルに近い『銀の血』を残したままに!」

「それを手に入れて、同じ事を繰り返すのかね?愚かなことだ」


 待て、ルドガー?敗残兵の将軍?つまりこいつの背後には出資者がいるわけだ。

 聞き出すべきだろうか?私は攻めの手を辞めず、こいつの核を探し出す。


「いいや?私はアプローチを変えてやるとも。たとえば……精神安定剤を安定供給して皆が安らげる国!たとえば……脳に機械を直結しての感情の制御!たとえば……血の中に自らの意識を複写して新たな肉体を模索する!どうだね?素晴らしいだろう」

「貴様とそのルドガーとやらはその狂った国をこの大陸に建設するつもりか。負けて逃げ落ちて、ここに住む人々を踏みにじって」


 巨獣の足を落し、身体につけた武器を破壊し、腐肉の塊に戻していく。

 だがそれでも、足下にたまった血からごぼりごぼりと汚らしい音を立ててダミアヌスの顔が現れる。


「ああそうだ。彼は私の理想に賛同し、約束してくれたよ。『私の千人の部下達が無能な祖国から逃れ、安住の地を得るためならば』とね!さあどうする?たった三ヶ月後、千人の敗残兵がここに押し寄せてくる。それを退けても今度は本国が相手になるだろう。どうするかね?」

「貴様の知ったことではない。だが、踏みにじらせはしない……!」

「そうだろうとも!ならばご老体、ヤハガムを目指し給えよ……!」


 くそっ!一体どうすればこの液体の如き敵を倒せるのだ!

 丸ごと焼くか、電撃を通すか、毒でも盛るか……

 ああ、あったじゃあないか。そういえばそんな道具が。

 私は『物置き』から銀の血の模造品、失敗作の一つ『黒油の血』を取り出した。

 アンプルに入った、どろりと濁った血だ。


「そうか。そこまで言うのならば、一つ君に教授しよう。『銀の血』を模して作られたこれは、確かに失敗作だったがそれでも神秘を表した。神秘とは、力とは炎の如きものだ。敬意なく近寄れば君を燃やす。『未だ蒙を啓かざるものよ、畏れたまえ。畏れなき力は君を燃やすだろう』ヤハガムの貴婦人の血だ……君の身に熱かろうさ!」


 私はアンプルを握りしめたまま、巨獣の腐肉に手を突き入れ、中でアンプルを潰した。


「おおお……これは!」


 無数のダミアヌスの顔が恍惚に震え、それから苦悶に身をよじり始めた。

 絵の具が混ざり合うようにあっという間に血の色が赤から黒に変わる。


「なるほど、これが『黒油の血』!かの貴族マグダラの……!おおお!熱い!実に興味深い……ぐうう、熱い!素晴らしい知見だ……おおお!」


『物置き』からマッチを取り出して、ゆっくりと着火してダミアヌスに投げる。

 黒い血はタールのように可燃性で、あっという間に燃え広がっていく。


「その血は甘く、酔いをもたらし、そしてほんの少しの火種で燃え広がる……酒精のようにね。君のような酔っ払いにはふさわしかろうさ」

「ぐおおお……ぐぅぅ……」


 ダミアヌスの声は次第に小さくなり、そして、炎は延々と燃えていった。

 おそらく、倒したのだろう。

 私は大きく息を吐き、小川でよく血を洗い流してから集落に帰った。


 ■


「コ、コートマン!大丈夫なのか!?ひどい顔色なのだ!」

「ああ、大丈夫だよ。ダミアヌスは倒した。だが……三ヶ月後にやつの仲間が千人来るそうだ」


 私を出迎えた人々の顔に動揺が走る。無数の村人達の視線が交錯する。


「……それは本当なのかい?」

「おそらくは。故郷を追われた敗残兵とのことだが、どんな武器をもっているかわかった物ではない」


 クロウは静かに私の話を聞き、そして思考に没入したようだ。


「ウッ、ウソなのだ!そんな千人も仲間なんているはずないのだ!口から出任せなのだ!」

「いいえ、彼の背後に支援する団体があるのではないかと思っていたのです。むしろこれから探る手間が省けたのです」

「ええー……」


 夜明けの白み始めた空に不安そうな人々の顔が照らされる。


「……バロネス、次の大部族会まで一ヶ月半だったな?」

「そうなのです、族長。ならば我々のやることに変更はないのです。ゆっくり決断することを推奨するのです」

「……解った、採決を取る!ヤハガムを目指す!文句のある奴は手を上げろ!」


 私も、今回ばかりは賛同に回らざるを得なかった。

 危険だ。そう思う。だが、それでも……何もせず踏みにじられるよりはましだろう。


「ようし決まりだ!次の大部族会の後、今から二ヶ月後にヤハガムを目指す!それで文句はねえな、バロネス」

「……ないのです。『リヴァイアサン』は起動後すぐに稼働できるものですから」


 それでいいのだろうか?もっと早く敵が来る可能性はないのだろうか?

 とはいえ、私は新参者だ。彼らがそう決めたのであれば従おう。


「……一つだけ、忘れてることがないかな?」


 ヤツィが静かに言った。


「あっ!そうなのだ!おかえりなのだコートマン!」

「ああそうだったな、よく帰った」

「すまないね、あんたにばっかり戦わせて。よく帰ったね」


 人々は口々におかえりと言ってくれた。戦いでささくれた心が癒やされていくのを感じる。

 朝日が抜けるような青空を照らし、風は熱を持ち始める。

 赤茶けた大地にぽつりぽつりと生える草がその熱い風に揺られた。


「おかえりなさいなのです、コートマン」

「ああ、ただいま。皆」


 夜明けと共に、我々は片付けと旅立ちの支度を始めた。

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