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会議と目標

 テントの並ぶ村の中央、広場になったそこに成人した男女全員が円を描いて座る。食事の前に、会議をすることをバロネスが提案したのだ。


「私はこの会議で二つの議題を提案するのです。一つはこのコートマンを当分の間村に住まわせること。もう一つは聖地ヤハガムに巡礼に行くことなのです」


 一つ目は村の大勢がうなずいた。二つ目は私も首をひねった。

 バロネスは手にワシの羽で作った杖を掲げている。

 これは発言権のある者を示すシンボルであり、いわば議場におけるマイクだ。

 彼らの集会ではこの羽で発言権を持つ者がしゃべっている間はたとえ族長といえども遮ることは許されない。


「コートマンを住まわせる理由は用心棒なのです。夕方に見たとおりに彼はとても強くそしてわりとまともなのです。ダミアヌスのような心ない開拓民が我々を狙っている今、彼は必要なのです」


 ふむふむ、と皆がそれなりにうなずく。

 ありがたいことだ。


「二つ目の議題であるヤハガムへの巡礼ですが……これはヤハガムにある極めて危険な遺産が心ない者に渡るのを防ぐためなのです。彼らに先んじて危険な遺産を破壊し、そして有用な遺産は今まさに使うべき時なのです」


 そうだろうか……ヤハガムの遺産『銀の血』は高度な機械文明をもたらした。

 最初は人類の進化を目指して取り入れられたそれは……

 結局の所、劣悪な労働環境と公害、疫病、そして企業間戦争をもたらした。

 疫病による大量の発狂者も……

 そうして文明は完全に滅んだのだ。


「開拓民は今までは故郷を追われた哀れな人たちか、

 我々の文化を学びにくる誠意ある学者さんたちだけだったのです。

 ですが、最近目に見えてならず者が増えてきてます。

 このまま放っておいたら破滅の予言が実現してしまうのです」


 破滅の予言は知らないが、欲深いものたちは何も無い所へでも侵略に来るものだ。それは解る。

 放っておけば国家単位で何の理由も無く踏みにじりに来るだろう。

 それが人の常だ。


「ですが、ヤハガムにある遺産の一つ『リヴァイアサン』を使えば海路での侵入は不可能になるのです。かわいそうといえばそうなのですが、でも関わり合うには彼らの心と文明はまだ準備ができていないのです。彼らは今こそ欲望に満ち、何の理由も無く自分たちが他者から奪って良いと考えていますが……いずれ気づくのです。そうして奪ってきた罪の重さに。それまで関わり合いは避けるべきなのです」


 ううむ、と私と村人はうなってしまう。

 たしかに一理ある。一理あるが……リヴァイアサンは危険だ。

 海域に近づく者を無差別に皆殺しにする大型のサメのようなものだ。

 漁業に配慮して近海では人を襲わないが……

 そこまですべきだろうか?

 いや、ヤハガムの民度を考え、ならず者がその程度の品性しかないのであれば……

 まあ、もうちょっとひどい目にあっても良いかもしれない。


「最後に、ヤハガムは実は次の大部族会(パウワウ)の近くなのです。

 実は、ヤハガムはタワーバレーのすぐそばに入り口があるのです。

 どうせ次の次に行く所なのですから、ちょっと足を伸ばしちゃっても良いのです。以上なのです」


 そして、私に発言権の羽が回ってきた。

 なるほど、大体の事情は分かった。

 要は侵略者が来そうだからヤハガムの防衛設備を使ってしまおう、ということか。

 ふうむ……私は少し考えて話し始めた。


 ■


「まず一つ目の議題、私を受け入れてくれるか否か、だが……

 これはあなた方に任せる。

 私としては、あなた方に救われた。故に恩返しができるならばしたい。

 だが、あなた方が迷惑だというのであれば去ろう」


 ふむふむ、と村人がうなずく。

 ここまでは問題なさそうだ。


「次に、ヤハガムへの巡礼だが……あそこの遺産はあまりにも危険すぎる。かつて、ヤハガムの住人は遺産の一つ『銀の血』を使い強固な身体を手に入れた。すぐれた機械と鋼の文明もね。だが、それがもたらしたものは何か。過酷な労働、貧しい生活、自然は全て破壊され……皆不幸になったのだ。最後には強固な身体が暴走し、皆おかしくなった。気が狂ったのだよ。そうして残った者も互いに争い合って滅びた……」


 陰鬱な気分になる。その全ての元凶を持ち帰ったのは私なのだ。

 機械化による人類の進化を夢見たのも、それで大勢実験で殺したのも。

 そうして、そうまでして手に入れたのは貧困と破滅だった。

 私は眉間にしわが寄り、うつむくのを自覚する。


「私はあなた方に同じ目にあって欲しくない。防衛のために必要な物だけ持ち出し、危険なものは全て破壊する。それが出来れば良いが……もし、万が一でもあれに魅入られて同じ事を繰り返さないか。私はそれが心配なのだ」


 村人達は静かに聞いてくれた。ある者は深刻そうに、ある者はごくりと唾を呑んで恐ろしげに。


「私個人としては反対だ。だが、侵略者が大きく恐ろしいのであれば……それもやむを得ないとも考える。私はダミアヌス以外の侵略者を直に見たわけでは無い。故にこれ以上の判断はあなた方に任せる。だが強く警告する。『銀の血』に触れてはならない。あなた方には私と同じ道を歩んで欲しくない」


 そして私は隣の者に羽を渡した。

 思わず、ため息が漏れる。手に脂汗が浮かんでいた。

 嫌な、とても嫌な話だった。


 ■


「それでは採決を取るのです。コートマンを住まわせることに賛成の者」


 8割方が手を上げた。


「では、コートマンはこれから当分の間は村の一員なのです。拍手を」


 暖かな、力強い拍手が鳴った。太鼓によるドン、ドンという音も。


「ありがとう、皆さん。寛大な心に感謝する」


 私は立ち上がり帽子を脱いで一礼した。


「わーいやったのだ!」


 オッタルが会心の笑顔で腕を上げた。ピュウッという指笛の音も。

 それなりには歓迎されているらしい。ありがたいことだ。

 拍手が静まり、私が座るとバロネスが次の発言をした。


「では、ヤハガムに行くことに賛成の者」


 手を上げたのは4割程度だった。私も棄権した。


「では、タワーバレーの大部族会(パウワウ)に参加することに賛成の者」


 全員の手が上がった。まあ、普段から行ってる場所ならば問題あるまい。


「わかりました。ならば、この議題はまた今度まで持ち越すのです。とりあえず我々はいつも通りのルートをたどっていつものようにタワーバレーまで行くのです。よいですね?」


 拍手喝采が鳴った。

 それで良いのだ。あんなおぞましい文明など触れるべきでは無いのだから。

 だが、私は密かに決意した。

 あのときは強烈な汚染のせいで封印するしかなかったヤハガム。

 さすがにこれだけ年月が経てば、内部に入ることもできるはずだ。

 現に、おそらくあの最後の探索者は入ったのだろうから。

 私の目標が定まった。

 ……ヤハガムの遺産を今度こそ完全に破壊するのだ。

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