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君と向かうは、天国か?

作者: 秋葉隆介

あからさまにそれとわかる「不倫」の表現があります。そういうシチュエーションがお苦手の方、反感を持たれる方は、お読みになられないことをお勧めいたします。

 東京に向かう新幹線の中で、僕はスマートフォンを見つめている。

 届くのは、君からのメッセージ。僕への愛を語る、言葉の羅列だ。

 「愛してる」 「早く逢いたい」

 お互いの今の境遇をを慮れば、残酷でもあり、決して口にしてはいけない言葉。それでも僕たちは、睦言の交歓を続けずにはいられない。

邂逅の時を待ち焦がれる、「きみ」と「僕」の思い。焦燥に駆られる僕の思いを乗せて、新幹線は飛ぶように走る。


「間もなく、終点、東京です …… 」

 流れたアナウンスと同時に、僕は席から立ち上がり、降車ドアに向かった。ドアの窓から外を眺めれば、街の景色が視界の後方に流れていく。

 丸の内に聳えるビル群が見えると間もなく、僕を乗せた列車は巨大なターミナルに吸い込まれた。


 お昼前に到着した列車を後にして、僕は『約束の場所』へと向かった。

 彼女と約束したのは「丸の内中央口」歴史ある駅舎の時計台の下が、二人が交わした『約束の場所』 だ。

 その場所に着いて人待ち顔になっていたであろう僕に、落ち着いた女性の声が届いた。

昭仁(あきひと)さん、ですね? はじめまして」

確信を持って僕の名を呼んだ女性に驚きを禁じ得なかった僕は、彼女の顔をまじまじと見つめてしまったんだけど、彼女は破顔して言葉を繋いだ。

「はじめまして、凪子(なぎこ)です」

 慌てて僕も、挨拶を返した。

「はじめまして、昭仁です」

 二人が交わした挨拶に違和感を持った僕は、思考を巡らせあることに気付く。

 そうだ! 「はじめまして」なんだな。

 ネット上で知り合い、何か月もの間メッセージを行き交わせていた二人の関係は、すっかり『はじめて』の感覚を麻痺させてしまっていた。彼女も同じ思いを抱いてしまったらしく、苦笑いを浮かべて僕を見つめていた。

「やっと逢えた」

 そう呟く僕の顔を見つめて、彼女は少し悲しそうな笑顔に変わり、

「やっと逢えたね」

 と言葉を繋いだ。僕はこの時、思わず彼女を抱きしめそうになったけれど、この時の悲しそうな笑顔の意味を、僕は後から思い知らされることになる。

 駅舎を背に、手を取り合って歩き始めた僕たち。この時、駅舎の時計は12時を指していた。


 二人の時間が、流れ始める。

 

「どこに行きたい?」

そう僕に問いかける彼女。地方在住で東京の地理に疎い僕は、その問いに満足に答えることが出来ず、彼女に手を引かれるまま、都会の雑踏を徘徊していた。

 都会育ちの彼女は、さすがに街の事情にも詳しく、僕の好みそうなところへ、次々と僕を誘っていく。

 街歩きの間中ずっと、彼女は楽しい? 疲れてない? といった気遣いの視線を、僕に送り続けてくれていた。その優しさにすっかり心を奪われてしまった僕は、今日までの間抱き続けた思いを、どんどん膨らませていくことになってしまっていた。


彼女を僕のモノにしたい


 この邪な考えに囚われてしまった僕は、タワーの展望台で雄大な景色を目の前にしても、落ち着いた色合いの水槽を舞う鮮やかな魚たちを見ても、それらをあまり楽しむことが出来なくなっていた。

 彼女の栗色の髪、真っ白な肌、漆黒の瞳、艶やかな唇、伸びやかな肢体、女性らしいカーブを描く身体に、僕は目を奪われてしまい、ずっと彼女の姿を見つめ続けていた。

 僕の視線に彼女も気づいたらしく、時折はにかんだような笑みを見せつつ、僕に視線を送りながらツイと目を逸らす、といったことを繰り返していた。

 都会の地下を進む電車の中で、二人は寄り添うように密着して座席に座った。彼女が僕の腕を抱き寄せることで、ふくよかな胸の膨らみが僕の肘に当たり、僕の思いはますます増幅していった。

「今日はいつまで一緒にいられる?」

 僕が投げたその問いに、彼女はしばらく考える素振りをしていたけれど、僕へと真っ直ぐに視線を合わせて答えてくれた。

「今日は帰らなくていいから。朝まで一緒にいさせて?」

 その答えは、僕が望む最良のものだった。もちろん僕に異存があろうはずもなく、一人で泊まる予定だったホテルの部屋を、二人で泊まれるよう連絡を入れた。

 明日までの期限付きだけど、彼女を僕のモノにできる! 有頂天になってしまっていた僕は、二人の間に横たわる重い現実に目を背けて、これから繰り広げられるであろう『天国』への誘いに思いを馳せていた。


 改札を抜けて、吊り橋が見える海辺の公園を、二人は寄り添い歩いた。最初は掌を合わせ、遂には指を絡め、時折見つめ合いながら歩を進めた。肌の温もりが感じられる、彼女の小さな手。それを掌中にしている幸せを、彼女に伝えるべく微笑みかけた。彼女はそれに応えてくれるかのように、僕の手をきゅっと握り返してくれた。

 ホテルの建物が見えたところで僕は立ち止まり、彼女を近くのベンチへと促した。確認しておきたいことがあるからだった。立ち止まった僕に不思議そうな様子をしていた彼女だったけど、僕の促したベンチに座ってくれた。

「どうかしたの?」

 首を傾げ僕に尋ねる彼女。突然の僕の行動に、訝しげな顔をした彼女へ答えをあげないといけない、そう決心した僕は、彼女に問いかけた。

「君が、凪子さんが欲しい。君を抱いてもいいの?」

 彼女には意外な質問だったみたいで、本当に驚いたような顔をしていたけど、彼女はすぐに答えをくれた。

「私を愛してください」

 僕を見つめて、愛を乞う彼女。僕は彼女の手を引き、二人の愛の巣へ歩き始めた。

 部屋に入った二人はすぐに、きつく抱きしめ合った。

 着衣越しであっても、身体の温もりを感じられれば、お互いを求める想いは燃え上がるばかりだった。

 衣服を剥ぎ取った彼女の姿は、出産を経験しているにも関わらず整っていて、女性の魅力に満ち満ちた身体のラインは、女神と見紛うばかりの美しさだった。

 そして、愛と快楽に彩られた交歓の儀式は、僕を、彼女を夢中にさせた。

 僕は、すべてのものをかなぐり捨ててもいいと思えるほど、その行為さえあればいいと思えるほど、彼女との快楽に溺れた。

 やっと結ばれた僕たちは、空が白み始めるまで、愛の行為に没頭していた。


 長く激しい愛の交歓を終えて、僕たちは裸のまま抱き合っていた。

 僕はこの時、彼女を独占したい思いでいっぱいだった。彼女が僕の運命の人、そう信じて疑わなかった。

 僕の腕に抱かれて、小さな寝息を立てている彼女も、僕と同じ思いでいるに違いないと勝手に決めつけ、彼女が目を覚ましたら、この滾る思いを彼女にぶつけるんだと、僕は決意していた。


 目を覚ました彼女は、なぜか僕を見ようとしなかった。

 時折寂しそうな笑顔を小さく浮かべるだけで、僕の問いかけにも何一つ答えてくれようとしなかった。

 何か、僕に知られたくないことを考えているのは理解出来たけど、豹変した彼女の態度に、僕は苛立ちを感じ始めていた。

「なぜ僕を見てくれないの?」

 訊いても仕方のないことを彼女に尋ねても、あの小さな微笑みを見せるばかり。そんな彼女の態度に、僕は苛立ちを募らせていった。

「凪子さん!」

 少し強めに彼女の名前を呼んだら、ピクリと小さく肩を震わせ、やっと目を合わせてくれた。僕を見つめる瞳に、いっぱいの涙を湛えて。

 自分の名前を呼ばれたことがスイッチになったらしく、彼女は自分の思いを語り始めた。


「昭仁さんが、私に伝えようとしていることが …… 怖い」


 語り始めた彼女の頬を、涙が一筋流れ落ちた。

「私も思いは同じ。ずっと寄り添って生きていきたいの」

 そこで言葉を切った彼女。決意を秘めた光を宿した瞳が、僕を見つめた。

「でもね、それは出来ない。あなたも、私も、もう捨てられないものがあるでしょ? だからね、これから先、一緒に歩いては行けないの」

 僕に訴えかけるように、彼女は語り続けた。頬に残る涙の跡は、幾筋も幾筋も重なっていった。

「幸せな時間を、私にくれて、本当にありがとう。でもね …… 」

 この後僕の耳に届いたのは、残酷な言葉だった。

「この先、もうお会いすることは出来ません」


 信じられない、信じられないよ、そんなこと ……


「愛し合っているのに?」

 僕は思わず、彼女を詰るような声を上げてしまった。彼女の顔には、止めどなく涙が流れ続けていた。

「昭仁さん」

 呼びかけに応える気力を失っていた僕は、黙って彼女の顔を見つめていると、もう一度僕の名前を呼んだ。

「昭仁さん」

 僕は黙って、彼女の顔を見つめ続けることしか出来なかった。反応しない僕に焦れたのか、彼女は少し僕との距離を詰めて、顔を覗き込み言った。

「やっと会えたのにね …… 」

 その言葉は、彼女の思いを想像するのに十分だった。


 駅までの道を、並んで歩いた。彼女は、ずっと僕の手を握り締めていた。

 東京駅で見送りするのは、お互いが辛くなるから、と彼女が言うので、その駅でお別れすることになった。乗り込む電車は逆方向。改札を通過してしまえば、もう別れ別れになってしまう。

 僕はその時、彼女を思わず抱きしめてしまった。だけど彼女は、腕を伸ばして僕との距離を取った。

「さよなら」

 最後にその言葉を残して、彼女は階段を駆け上がって行った。

 悲しかった。心底悲しかった。彼女への思いを引き摺りながら、僕も違う階段を上っていった。

 反対側のホームには、彼女の姿があった。あの漆黒の瞳いっぱいに涙を浮かべて、僕を見つめていた。佇んでいる姿は寂しげだけど、やっぱり美しかった。

 刹那、彼女の姿が視界から消えた。僕の眼前に、電車が滑り込んで来たからだった。

 僕は、後ろ髪を引かれる思いで電車に乗り込んだ。反対側にも電車が入線していて、彼女は、乗り込んだ電車の窓ガラスに手をついて、僕をずっと見ていた。

 ドアが閉まり、電車が動き始めた。違う方向に向かう電車は、二人の思いを引き裂いていった。僕は彼女と過ごした短い時間を何度も思い返しながら、彼女が乗っている電車が小さくなっていくさまを、何時までも見つめていた。

 そして東京駅。

 二人が出会ったあの時計台の下を一人で通った僕。12時を示す時計の文字盤に二人の時間の終焉を思い知らされ、彼女への思いを断ち切るべく、帰りの新幹線に乗り込んだ。


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