終章
魔神の脅威が去った獣族の集落で、生き残った者たちはささやかな宴を催していた。
あれだけの戦闘があった後だ。集落の方も無傷とはいかなかった。
魔神の攻撃の衝撃波は思いの他遠くまで到達したらしい。
一行が集落に帰ってみると、木組みの簡素な家々は多くが崩れ廃墟と化していた。
戦闘に参加しなかった女子供、老人は避難していて一人も欠けることなく無事だったが、少女も含めた一部は荒れ果てた集落の様子に涙を禁じ得ない様子だった。
しかし、生き残った戦士たちは自分の妻子を笑顔で励ましせっせと簡単な小屋を組むと、祝勝会と称して地面に埋めておいた貯えを取り出し酒盛りを始めたのである。
家々があった所の地下には『むろ』のような倉庫があり、地上が吹き飛んでも冬の間の貯えが無くならないようになっている。魔神と戦う種族の知恵だった。
気付くと住民たちは男女問わず馬鹿騒ぎの様相で、めいっぱいに大笑いをしたり肉にかぶりついたりしながら、荒れ果てた故郷の中で勝利の美酒に酔っているように見えた。
これは魔神戦の後の恒例行事だという。
魔神との戦いでは多くの犠牲が出る。
戦士たちは戦場で守護神や王と共に弔いを済ませるが、避難していた家族は死んだ父、あるいは息子、夫の姿を見ることは無い。
そのため生きて帰った戦士たちは彼らの最期を武勇伝として遺族に語り聞かせるという。
傍から見ていた少女は最初こそ陽気な宴会に戸惑っていたが、いざ由来を聞いてみると沈鬱な顔になった。
言わばこれは弔い酒だ。普段少年と狼王の喧嘩を囲んでいたのとは訳が違う。
何より見るからに人が減っている。犠牲になった戦士たちは勿論だが、その家族の姿も一緒に見えなくなっている。
いつも二人の傍にいた狼王も、集落に入ってからはどこへともなく姿を消していた。
「あいつは遺族の所に行っている……お互い相談があるはずだから」
所在を答えた少年の表情も当然ながら暗い。
本人も魔神との衝突で傷だらけだが、傷よりも獣たちを見る目がいたたまれない様子だった。
しばらくはそうして何とも言えない表情で二人、ぼんやりと宴会を眺めていたが、
「……ダメだな、こんなんじゃ」
少年はそう言うと自分の頬を両手で叩いた。
落ち込んでいる時間はない。
二人が次にやるべきことは決まっているのだ。
少年は獣たちの宴会に手を突っ込んで、骨ごと焼いた猪の腿肉を引っ掴んで戻ってくると、脂の滴るそれを少女の小さな手に押し付けた。
「食べながら聞いて。僕は支度をする」
それだけ言うと、少年は自分の家の跡地から他の住民と同じように荷物を掘り出すと、少女の前で旅支度を整え始めた。
具体的に言うと武器の準備だ。
食料は冬の貯えから取り出したようですでに干し肉の袋が一つ置いてある。
小刀を研ぎ、矢を作り、取り出してきた弓の弦を張り直し、仕上がり次第弓は革袋の横にくくり、小刀は懐に忍ばせ、矢は矢筒に納める。
明らかに戦いの支度だった。
獣神は王宮を目指せと二人に命じたが、それは穏やかではない旅路になるだろうことは少女にもわかっていた。
ただ、何のために王宮に行くのか、誰に会うべきなのかも少女にはわからない。
少年の話はそれについての説明だった。
「この惨状はフェンリルも言った通り魔界の自然だ。魔族たちは定期的にこうして目覚めた魔神と戦い、止める。それ自体は正常なことなんだ。ここまではいい?」
少女は少し嫌な顔をした。
この荒れ果てた惨状が魔界の自然なのか。こんな酷いことが常習的に起こるのか。庇護者に向かう目線はそう問うていた。
声なき問いに、答えが返ってくる。
「……そう、これはいつもの事だ。前回は去年だった」
「!?」
今回の戦いで戦士の半数は死んでいる。
魔界において戦士とは、兵士のように戦いを生業とする専門職ではない。それは種族の成人した男全てを指す言葉だった。
要するに戦える集落の男が全員でかかって、その半数は死んだという事だ。
それと同規模の戦いが一年前にも起こっている。
集落には子供も多くいるが、次の年に戦えるような者がどれだけいるものか。
少女は筆談がしたくて肉を手放したがったが、
「こんな速度で数を減らして大丈夫なのかって言いたいんでしょ」
察した少年がそれを止め、答えた。
少女が頷くのを見て二の句を継ぐ。
「大丈夫じゃない。魔族はいずれ絶滅する……人間の守護神が戻らない限り」
「……?」
人間の守護神。
守護神は死者の魂を預かり、新たな命の誕生を促すもの。
そうだとすると確かに人間にも対応する守護神がいておかしくはない筈だ。
しかし少年が自分で言っていた通り、その存在は失われて久しいという。
「人間にも、かつては守護神がいたんだ。魔界の守護神と同じように魂を導き、時に暴れたりしていた。でもある時、自分たちの犠牲を嫌がった人間たちは守護神の排除を考えた。そして」
「……!」
どうやったのかは誰も知らないが、それは完遂されたのだという。
王国から――否、王国と名のつく前の人間の領域からは魔神が消え去り、戦いによる犠牲が減って人間は爆発的に数を増やした、と。
だが、守護神を失ってどうして人間は生まれてこられるのか。
その鍵は魔界の守護神たちが握っているという。
「魂は種族を選ばない。人間にしろ魔族にしろ、動植物でも守護神たちは吹き込むべき体があれば、本能的にそこに魂を吹き込むんだ。だから人間……王国に生きる全ての魂は魔界の守護神たちが分散して負担している」
支度をしていた少年は、ここで手を止め少女を見た。
握らせた肉は結局一口も齧っていない。話を聞くのに夢中のようだった。
はっとしたような表情をしている彼女は、きっと言わんとすることを理解したのだろう。
少年は再び手元に視線を落とし、木の枝を削って矢を拵える。
「……お察しの通りってやつだよ。魂の負担が増えれば魔神化が早まる。魔神化が早まれば戦士たちの犠牲が増える。彼らの犠牲によって、守護神は更なる負担を強いられる。ゆくゆく魔神は領内で止められなくなり」
少女が唾を呑んだ。
あれだけの力を持つ魔神が、領内で食い止められず隣の種族の領地をも犯し始めたら。
そこで生まれる犠牲が更なる魔神の目覚めを促すのなら、それは完全な悪循環だ。
もたらされる結末は少女にも簡単に予想できた。
先の細った矢を掲げながら怜悧な声が告げる。
「暴走する魔神に飲み込まれ、大陸中の生き物が死に絶える」
彼の言う事変が起こる前は、魔神の出現はもっと緩やかに起こっていたのだという。
だが一度魔神の出現に乱れが生じると魔族の戦士たちはじりじりと数を減らし始めた。
戦士の絶対数が減れば一人当たりの負担も増える。犠牲の割合も増える。そのくせさらに魔神の出現は早まっていく。
その状況は守護神の処理能力が上がらない限り決して好転しないのだ、と。
少女は大急ぎで肉を食べ終えると、合点がいった様子で訊ねた。
――人間の守護神を探すんですか。
聞かれた方は無言で肯定した。
とすると少女が「会うべき者」というのは人間の守護神なのだろう。
だが獣神は、少年の方にも言葉を残していた。
たった今仕上がった矢を筒に納めると、少年は小さくため息を吐く。
「……本当はやるべき人がほかにいるんだけどね」
――勇者様?
些細な呟きに即答されて、少年は目を瞬きながら少女を見た。
「どうしてそう思う」という意で向けられた視線に、少女は手早く筆を動かす。
――獣神様がイクトが求める者って言ってましたよね。使命とも言ってましたけど……だから。
「………」
少女が獣神の言葉を復唱すると、少年は少し驚いたようだった。
再び瞬き、今度は何かを言いかけた時、
「しばらく主を大人しくさせるつもりだったんじゃがのぅ……余計なことを言いおってあの猿めが」
「フェンリル」
狼王が横から割り込んできた。
自分の守護神に対して「猿め」である。
凄まじい暴言を吐きながら、狼王は二人の隣に座った。
どうやら用事を済ませてきたらしい。
今まで姿を見せなかった住民の一部が、ぽつぽつと出てきていた。
ほぼ全てが女子供、それから年寄りだ。
まだ目尻に涙が残っている者も見えたが、彼らもまた仲間たちに交じって騒ぎ始め、最初から騒いでいた住民たちより更に大きな声で笑い、大飯を食らう。
老若男女関係なく、まるで、何も無かったかのように。
あるいは、こうして騒げるのは今日までだとでも言うように。
「……ま、わしらは常に魔神の脅威に晒されとるが、守護神無くしては子が生まれず種は滅びるのみ。詮無い事じゃ、気にするでない」
守護神が力を蓄え、子供たちに魂を与える。
抱えきれなくなった力は魔神として発現し、破壊を振りまくそれを戦士が命がけで止める。
守護神に戻った神は再び魂を導き、まるで返礼のように種を栄えさせる。
その輪廻こそが魔界の自然だと、この地に生きる少年や魔族たちは再三教えてくれた。
それとなく少女を励まして、銀狼はさっさと切り替えを促した。
「で、イクトよ、王国に行くのじゃな?」
「騒ぎを起こさず砦を超えるために作戦が必要だけど」
魔界と王国の境には王国が築いた長大な国境砦がある。
かつて両者が戦争状態となった時に作られた巨大な城壁は、幾度となく魔族に打ち砕かれながら改良を繰り返し、今では難攻不落の壁となって二つの勢力を隔てていた。
少女も魔界に行く際に通ったので、その存在は勿論知っている。
堅牢堅固で知られる城塞であり、魔界の住民が侵入するのは不可能と太鼓判を押された砦だ。王国の住民たちは皆それを信じ、その存在故自国が魔界の侵攻から守られていると思っている。
だが魔神との戦いを見ていた少女は思案顔になった。
魔族は神化した王の力があればあんな砦など一息で吹き飛ばせるのだ。
大猿の拳を跳ね返して見せた少年も、やろうと思えばきっと同じだろう。
正門が一撃で周りの壁ごとあっさり粉砕され、兵士たちが凍り付く様が目に浮かぶ。
彼らは魔界からの侵入者を見逃すわけにはいかないし、少年はいつかの刺客のように彼らを叩きのめすだろう。
このままでは大惨事になると思って、少女は冷や汗を流しながら念押しした。
――あの……強行突破、しないですよね?
強張った表情で聞くと、少年は鼻で笑った。
「しないよ。そんなことしたら後が面倒になる」
口ぶりを見るに、やはりその気になればできるらしい。
どうも人間と魔族には随分な力の差があるようだ。
魔神との戦いを宿命づけられている以上当然ではあるが、安堵と恐怖、それから呆れが混じった感覚に少女は引きつった笑顔になった。
「……あぁ、そうだ」
ふと、少年が狼王を見た。
「君はついてくるなよ」
「………」
ああ言えばこう言う、の体で少年と日夜喧嘩していた狼が珍しく返す言葉も無いようだった。
確かに集落がこの有様では下手に王が民の傍を離れるわけにもいかない。
もう秋は深く、じき雪が降る。
食物の貯えはあるようだが、魔神に吹き飛ばされた建物を再建しなければ凍え死んでしまう。
今回の戦いで男手を失った家はきっと苦労するだろう。
少女がそんなことを考えていると、
「狼王様、イクトさん、お話が……」
宴から十人ほどやってきて、狼と少年に声を掛けてきた。
いずれも年寄り子供、それから女。
少女が心配していた、男手を失った家の者たちだった。
彼らの後ろには大荷物が置かれている。
猪の皮でできた背嚢は膨らみ、口からはスコップの柄、水筒の口が覗き、脇には弓と矢筒。さらに本人たちは毛皮の上から麻の外套を着こんでいる。どこからどう見ても旅姿だ。
集落がこんな有様で、いったいどこへ行くのかと少女は首を傾げていたが、
「……!?」
やがて彼らが語った事もまた、人間が忘れた世界の摂理の一つだった。
その翌朝にも彼らは現れた。
やはり全員が旅装で、今すぐに発てる様子だ。
彼らは、王国行の準備を整えた少年少女と共に、村に残った面々と向かい合っていた。
「………」
少女は落ち着きなく、泣きそうだったり、暗い顔の獣人たちを見回している。
彼らのこれからを案じて、一緒に不安な顔になる彼女に、旅装の獣人たちは力なく笑って見せた。
「お嬢さんがそんな顔をするもんじゃないよ」
「そうそう、これはワシらの事情なんだからねぇ」
空元気で笑う獣人たち。
働き手を失った者も、魔界では直ちに食うに困るわけではない。
魔族は得てして仲間思いだ。親を亡くした子供を石潰し扱いはしないし、未亡人も見捨てられはしない。
男の子は将来戦士になる。
女の子は子供を産む。
未亡人たちにも、内職、飯炊き、いくらでもできることはある。
こうして簡単に人が減ってしまう魔界においては、どんな人材も貴重なものだ。
ただ、彼らの世話をする住民も無限ではない。
魔神との戦いの直後は、健在の家庭に孤児たちが満ちる。子供が多すぎれば当然面倒を見切れないし、父親一人では狩りの収穫にも限度がある。
まして年寄りではなおのことだ。体が衰え戦いも狩りもできず、家事も難しいとなるとただ残る者の負担となるだけ。
集落の保護能力を超えた住民たちはその分だけ弾き出される。たとえ誰が命じなくとも、魔族たちは本能でそれをわかっている。
魔神は魔界の全種族の下に出現するのだ。どこの集落にも余裕は無く、故郷にいられなくなった者はそのまま魔界にもいられなくなる。
――ねぇ、イクト。
集落から去り行く彼らがが行く場所は、この大陸にはただ一つ。
少女は再び黒仮面を着けた少年の袖を引っ張って、質問の書かれた紙を渡した。
――『境界』って、どんなところですか?
王国でも魔界でもない第三の勢力。
この大陸の南半分を占める境界。
もとは不毛の荒野だったというそこには、国同士の争いに疲れた人間たちや、養い手を失い故郷にいられなくなった魔族が寄り集まったという。
現在の王国では半分忘れ去られた存在で、古い書物に伝承として存在が残る程度だったが、魔界の住民には確かに存在するものとして認識されているらしい。
そこには守護神の加護は無く、代わりに魔神が出現することもない。
過酷な地なのに変わりは無いが、一線を退いた老人たちや戦えない女たちが子供を育てる望みを託す場所だという。
その証拠に数は少ないが境界から帰化した魔族もいるらしく、彼の地で一人前に育った子供は戦士として魔界に復帰するという。
少年が持つ情報もそうして帰ってきた人々から得た物だったが、
「砂漠地帯で暮らしが厳しい所だとは聞いている。魔族と人間が一緒に暮らしているらしいけど、境界帰りのみんなはあまり僕には話したがらなかったから。向こうで暮らしている知り合いがいるにはいるけど……別れてからは音沙汰もない」
何かと頼みの彼もこの始末だ。狼王も口を紡いでいる。
少年に気を遣って話せないという事は、十中八九何かの軋轢もあるのだろう。
彼らは子のため群れのためにそんな過酷な地に去っていくのだ。
「イクトさん、お嬢さんも気を付けるんだよ」
「今度こそ、勇者と会えるといい」
そうして優しい言葉を掛けられると、少女は耐えられなくなった。
一行の長となった狐の老爺に抱き着いて、ひとしきり声なく泣きじゃくった。
これがこの地の自然なのだ。少年に何度も話を聞いたのでそれはわかる。
だが少年の言を信じるなら、魔界の厳しい現状は人間のせいなのだ。
自分たちの父祖がやったことによって守護神が失われ、そのしわ寄せが魔界に来ていると思うと、人間の一人として少女の胸は詰まる。
そのくせ、
「イクトさんを頼んだよ、心愛しい『黒騎士の姫君』」
「あんたならきっと、あの子の心を救える……」
そうやって仇の人間の肩を優しく叩いて労わってくれるのだから涙が出てきた。
彼らが言った言葉の意味は少女にはわからない。
聞く気にもなれずにひたすら泣き、少女が落ち着くなり獣たちは去っていった。
獣たちの姿が森に消えていくと、黒仮面の少年が少女に荷物を差し出した。
保護対象が素直にそれを背負うのを見ると、少年は獣たちに向き直った。
「……僕たちも行ってくる。みんな元気で」
「うむ」
別れは狼王の短い返事と、住民たちの頷き。あっさりとしたものだった。
絶えぬ魔神の脅威に、この地では別れはすぐに訪れる。
少年は自分が守護する少女にこの地の倣いを静かに告げた。
だからこそ彼らは客人を歓迎し、新たな出会いを喜ぶのだ。
そうして魔界は回っている、と。
「……人間の守護神が見つからないと、こんな犠牲はいくらでも増えていく。知っている人が解決するしかない」
別れを惜しむ少女をそう言って促し、
「行くよ。彼らの命運は、僕たちが握っている」
黒騎士は先だって歩き出した。
少女は慌ててその背に続く。
目指すは王国。そしてその中枢、王宮。
荒れた森の向こうにはなだらかな平原と、視界を阻む石の壁。
自分はあの向こうで育った、と少女は一人で己に確認する。
育ちはともかく、黒騎士もまた王国で生まれたはずだ。
それでも故郷に帰るという心地はしなかった。
守護神と自然との共生という、世界の理から逸脱した人間の国。短い間に魔界に馴染み、その地の倣いを吸収した少女には今や異郷に感じられる。
そこで自分たちは今まで存在も知らなかった守護神を求め、顔も知らない勇者を探すのだろう。
世界を、そして少年にとっては育ちの故郷である魔界の住民たちを救うために。
この淡泊な性格の少年が、辛そうに荒れた獣の里を見つめる様を少女は横でずっと見ていた。
顔にも口にも出さないがきっと彼にとって魔界は大切な場所であり、そこで暮らす魔族たちは大切なものなのだろう。
ずっと勇者を待っていた事も、少なからず関連があるはずだ。
国を追われた少女も、特に疑う事なく歓迎し、居場所をくれたあの優しい住民たちを心から好いていた。
彼らを救うための冒険なら、少女にとっても是非は無い。
速足で歩き、やがて少年に追いついた。
――ねぇ。
黒い外套を引っ張り、庇護者の注意を惹く。
横目を向ける黒騎士の仮面に、小さなメモ紙が押し付けられた。
――これからよろしくお願いします、イクト。
「………」
親しげに微笑む少女に対し、黒仮面の剣士の表情は動かない。
ぶっきらぼうに頷いただけだ。
それでも返事をもらえた少女は屈託なく笑う。
きっとこれから長い付き合いになるのだ。仲良くできるに越したことは無い。
国境の平原へ続く短い梢の中、少女は一生懸命庇護者の気を惹こうと愛想を振りまいていた。
救いを求める祈りは世界中で絶えることは無い。
それをもたらす存在への祈りも、また。
故に、誰しもがどこかへと、口を揃えて問うのだ。
勇者はどこだ、と。
これが勇者を求める旅路の夜明け。
世界観紹介……『渡り』
魔界で暮らしていけなくなった魔族が境界に渡ること。
戦いや狩りで役立てない未亡人や子供、老人が行うことが多い。
女は子供を育てるべく新天地を求め、運よくそこで子供を養えたなら成長した後で魔界に帰化する場合もある。
逆に老人が行う場合はほとんどが退場すること自体が目的であり、魔界に残る老人は自分で生きていける者ばかり。
大きくなった子供が老いた親を養うことも多いが、そういった年寄りたちは保護者のいない子供を引き取り、自ら『渡り』に参加して魔界から退場するのが通例である。
『個』より『群れ』を守る習性がある魔族の精神性が強く出る風習。
守護神と魂の輪廻により、自らの死を終わりと考えない彼らは、群れを守るために進んで帰る見込みのない旅へと挑む。
人間も境界に渡ることはあるが、神との縁が切れた彼らと魔族とでは大きく意味を別にする。
両者の価値観の違いが顕著に出る仕組みでもある。