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Ⅲ勇者クロニクル ~第Ⅰの勇者『黒騎士』~  作者: 霰
第Ⅱ部・第Ⅰ章 第Ⅲの勇者『双子姫』
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終章


 境界は、土地のほぼ全域を荒野が占める文字通りの未開地である。

 生き物にとっては厳しい環境であるが、それでもこの地に追いやられた、或いは他に居場所がなかった者たちは、死の大地で生きていく方法を何とか探さなければならなかった。

 第一に水。

 この渇きの地でも、全く無い事は無い。

 地表近くにある水分は日差しで干上がってしまうが、地下深くを流れる水は量を保ったまま吹き出し、泉や井戸に変わることもある。

 この地においてそういった泉は『オアシス』と呼ばれ、その周りにおいては生き物も命を育むことができる。

 となれば下草が生まれ、それを食む草食獣、さらにそれを狩る肉食獣と、生き物のための環境は水場を起点に広がっていく。

 生き物がいれば、それらはほとんど食料になる。木や石は建材になる。そしてどちらも衣類や装飾品になる。

 それらが揃えば、人は暮らしていける。

 だからこの地で生きることを決めた者は、兎に角水場を探すことが生存の絶対条件だった。

 渡りによってこの地に渡ってきた魔族たちは、自然のオアシスの周辺に集まって暮らしていたが、古来より魔族と折り合いの悪い人間たちは、彼らの生活圏で共に暮らすことが難しかった。

 なので、国を失い境界に流れた過去の人間たちは、自ら地下水を掘り当てる意外に生きる道が無かったのだ。

 そのために土地を切り開き、数代をかけて境界に根付いた人間たちは、その生活からいつしか『開拓者』と呼ばれた。

 彼らが切り開いた土地の周辺には緑地が広がり、畑を広げ、家畜を増やし、彼らは次第にこの地での生活に適応していったのだ。

 人口が少なく、土地が広いこの地は必然、領土争いとは無縁であり、人間たちが版図を得たところで魔族たちとの衝突などは無く、生活さえできれば平和な地だった。


 逆に言うと、彼らは外敵の存在を警戒していない。

 そんな中に侵略者など現れれば、備えの無い彼らはひとたまりもなかった。

 しかも現れたのは、人間の中でも根っからの略奪者である南方領の武装勢力『騎士団』。

 彼らは瞬く間に境界の人里を飲み込み、余さず自分たちの拠点としてしまった。

 恭順した者はひとまず身の安全を確保されたが、代償に彼らに食料や物品の提供を強要され、逆らった者は財産を略奪の末、土地の貧しい境界の東側へと追いやられた。

 盗賊でありながらかつて王国南方に広大な版図を持った彼らは、建国当時と同様にそうした略奪行為を繰り返し、今度は境界に新たな拠点を築かんとしていた。


 ここは、その中でも特に歴史が古く、広い土地を持つ開拓者の家。

 古くは神話の時代から細々と開拓を続けていたとも言われる家系の土地であり、砂漠と荒野に覆われた境界にあっては非常に珍しい湖を土地に持っていた。

 当然、周辺は豊かな緑地であり、多くの家畜を育むには境界で一番の場所だった。

 多くの軍馬を抱える『騎士団』にとっては格好の獲物。

 そういったわけで、勢力を増した彼らに真っ先に狙われたのだが――。


「……はぁ」


 広大な土地に負けない立派な屋敷の真ん中、家長の座る居間の椅子には、筋骨隆々たる偉丈夫が腰掛けていた。

 南方領の人種特有の金髪は微かなつやを残して白くなっており、日に焼けた筋肉はあちこち傷だらけと、いかにも歴戦の猛者という風貌だった。

 その古強者が、見るからに頭が痛そうに机に頬杖を突き、重々しく溜息を吐いている。

 本来はここの一家が揃って腰掛けていた食卓は作戦会議用の地図が置かれ、周りには同じように屈強な男たちが並んでいるが、誰も皆表情が暗く、思い詰めた様子だった。

 彼らは一様に、苦労して得たこの土地に、大きな悩みを抱えていた。

 土地は蹂躙し、住民からは略奪する南方騎士団。

 だが、今回は土地に居座ることはできても、私物化することができなかったのだ。

 とある少女一人の手に阻まれて。


「で、お前たち、あの娘はどうしてる」


「へぇ……今は奥に籠ってますよ」


「牛は潰せたか」


「いえ、近づくとあの娘っ子がぐずりまして」


「抑えようとした連中、ぶっ飛ばされて空中で一回転ですわ。今は揃って伸びてますよ」


「俺も右腕がぼっきり」


 いかにも蛮族という風貌の戦士たちが、顔を見合わせて苦笑した。

 つまるところ、彼らはこの地での略奪に失敗したのだ。

 彼らはこの地に、人智を超えた力を持つ存在があることを知らなかった。

 第三の勇者『調停者』。

 その任を預かるという双子の少女、その片割れ。

 彼女によって『騎士団』は、この地の蹂躙を咎められた。

 勇者の伝承も何も知らない人間にとって、その理不尽な戦闘能力は完全な計算外。

 大の大人が、ひ弱な筈の幼女相手にいいように弄ばれ、鍛え上げた屈強な体が細腕一本で宙を舞う光景は正しく悪夢だった。

 しかし、やはりというべきか相手は全く好戦的ではないらしく、


「……仕方ねぇな。土地さえ荒らさなきゃ何もせんのだろう、ほっとけ」


 偉丈夫の言の通り、家のものにさえ手を出さなければ、あの小さな人型怪物は大人しいものだった。

 だが彼らが略奪を働くのは、他ならぬ自分たちが食べていくためである。

 それに失敗した以上男たちは当然飢えていたし、そうでなくとも食料を得なければならない理由があったのだ。


「しかし団長、『解放軍』の連中、土地を取り戻そうと躍起ですぜ」


「何でも魔物連中まで加勢して、べらぼうに強い助っ人まで現れたとか」


「こっちも備えをしなけりゃ、放浪生活に逆戻りですぜ」


 強盗と侵略を生業とする『騎士団』は、当然多くの人に恨みを買う。

 この境界で彼らに追われた人々は、奪われた土地や財産を取り戻そうと種族を問わず結託し、『解放軍』と呼ばれる勢力を築いて『騎士団』と争っていたのだ。

 構成員のほとんどが略奪の被害者という体質上、『騎士団』が版図を広げるにつれて相手の勢力も膨れ上がり、その構成員は日増しに増えていく。

 『騎士団』は群雄割拠の王国の中で版図を持った戦の達人だったが、長い放浪の中で多くの構成員が倒れた。

 逆に『解放軍』側は素人揃いだが、現地人であり開拓を生業とするだけに、多少の荒れ地でも水さえあれば生きていける。

 何より魔物こと、魔族の存在が大きい。

 彼らは人間を遥かに凌ぐ身体能力を持ち、その戦闘力は熟練の騎士にも引けを取らない。

 数の上ではすでに劣勢に陥っており、個々の戦闘力でも遠からず抜かれ始めるだろう。

 勝ち目がある内に打って出て、組織を一網打尽にしたいというのが本音だった。

 しかし、


「だからと言って今はどうしようもねぇだろ。あの娘の機嫌を損ねて、ここまで追い出されたらそれこそ俺たちはそれまでだ。人馬共に喰うものがあるだけマシと思え」


 家畜を肉にしようとすれば引き留めた拍子に腕を折られ、作物を取りつくそうとすれば突き飛ばされて頭から土にめり込む羽目になる。

 だが毛の手入れをする分には何も言わず、勝手に敷地の外で鍬を振っても制止はされない。

 軍事物資としては不足だが、少なくとも生きていけるだけの糧は何とか得ることができる。

 この家も何だかんだ、あの少女と父親と共同で使う分には許してもらえているので『騎士団』はこの地を一応拠点にできていたのだ。

 居候という、何とも締まらない形でだったが。


「……あの」


 厳つい顔ばかりの会議に、か細い声が割り込んだ。

 切羽詰まった状況で真剣な話をしていただけに、誰かが盗み聞いていたとなれば自然とその場は殺気立つ。

 突然の水入りに、男たちは揃って声の主を睨んだが、


「げ」


「うわ」


 直後に全員が怯んだ。

 居間の入り口にいたのは、小さな子供。

 彼らは知らないことだったが、母親に似た白く透き通る髪と、兎のような赤い瞳が特徴的な可愛らしい少女だった。

 だが、それはたった今噂されていた勇者その人。

 『調停者』にしてこの一家の双子の姉メイアが、小さな手に盆を持って立っていた。

 声を掛けられた男たちは一瞬慌てふためき、何とか気を取り直した数名が堅い笑顔を浮かべて姉勇者と対したのだ。


「えーと……な、何かな、メイアちゃん」


「俺たち、今大事な話をしてるんだが……」


 愛くるしい訪問者に、しかし男たちは本気で怯え、竦み上がっていた。

 ある者は折れた腕を庇い、ある者は足を引きずりながら小部屋に逃げ込もうとしている。

 ここにいるほとんどの者は一度彼女を侮り、家の占拠をしようとして、挙句返り討ちに遭っていた。

 一度争った手前、自分たちが彼女に警戒されていることを男たちは知っている。

 その気になれば彼女一人に『騎士団』はこの地を叩きだされ、再び食料と飼い葉を求めて彷徨うことになるのだ。

 飢えに苦しみながら荒野を彷徨うのがどんなことかはわかっている。

 だからこそ、気まぐれ一つで自分たちを好きにできるこの幼子は、比喩でもなんでもなく天災とほぼ変わらない存在だったのだ。

 しかし、彼女の用向きは男たちの想像とは真逆のものだった。


「ごはん……」


「へ?」


「ごはんできたから……食べて、ください」


「「「………」」」


 盆の上では、人数分の大きな椀が置かれ、ほかほかと湯気を立てている。

 見たところ麦がゆのようだが、それだけのものではないらしい。

 ほのかに漂う甘い香りから察するに、溶けた乾酪(チーズ)が入っているようだ。

 この地は材料となる岩塩も取れるし乳を搾る牛もいるが、作る手間がかかりそのくせ取れる量は少ない。

 保存が利くことを加味しても釣り合わないが、それでも作られるのは単に美味いからである。

 生で酒のあてに、溶かして料理にと引く手あまたのそれは、需要の割に供給が少なく、王国でも高級品の部類だった。

 久しぶりの御馳走を見て、長く浮浪者をやっていた男たちの口の中は自然と唾液でいっぱいになったが、


「はい、どうぞ」


「ぐ……」


「ぬ、う」


 それを差し出してくるのは、気弱で心優しい小さな少女。

 一方受け取る方は、彼女の三倍は大きな男ばかり。

 略奪に入った家で、気弱な幼子に返り討ちにされ、挙句食料を恵んでもらうこの状況は、大人の威厳もなにもあったものではない。

 それでも、空腹はどうしようもないのだ。


「どうぞ、オグマさん」


「ぐ……お、う」


 『騎士団』を束ねる偉丈夫、団長オグマは、部下たちと共にがっくりと項垂れ、屈辱と共に美味な食事を味わった。




 思いがけず平和な姉勇者の状況を、彼女の家族はまだ知らない。

 力づくで抑えられた『騎士団』が、随分大人しくなってしまった事も、誰も知らない。

 母と妹、そして姉貴分は、彼女が恐ろしい敵に囲まれていると思っている。

 土地を奪われた人々は、騎士たちが本当に血も涙もない怪物だと信じ込んでいる。

 その大きな見解の違いが、小さな勇者たちに何を齎すのかも、やはり今はまだ、誰も。


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