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Ⅲ勇者クロニクル ~第Ⅰの勇者『黒騎士』~  作者: 霰
第Ⅱ部・第Ⅰ章 第Ⅲの勇者『双子姫』
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1話


 緑豊かな魔界を出てからというもの、辺りの景色は砂と蒼穹に覆われていた。

 『大砂漠』。

 大陸の北半分と、南側の『境界』を隔てる、名前そのままの大きな砂漠だ。

 少女はかつて、故郷で暮らせなくなった魔族たちが『渡り』によってこの砂漠を渡り、子供を育てる望みを繋ぐのだと聞いていた。

 だがその旅路は過酷を極めるものだった。

 遮るものの無い太陽の光は際限なく大地を熱し、干上がらせる。

 水気という水気は地上から消え失せ、生命が生きる糧はことごとく存在しない。

 そうでなくともただ暑いだけで旅人は消耗するのだ。

 竜の翼を借り、脚を動かす必要のない少女でさえ、服の上から日に焼かれ、時間と共に弱っていった。


「姫君……大事、無イ、カ……」


 時折赤竜がそうして励ましてくれたが、これが子供を連れ、徒歩での旅路となればどうだろう。

 人間に比べて魔族は強靭だろうが、それにしても自殺行為とさえ思えた。

 少なくとも自分はここでは生きていけないと、少女は移動しながら確信した。

 灼熱の中、気が遠くなり、やがて意識を失って、そして今。


「……くしゅんっ」


 砂埃が鼻について、少女はくしゃみと共に目を覚ました。

 仰向けに寝たまま見上げれば、見るからに古びた木製の天井が見える。そのおかげで灼熱の日差しは遮られ、火照った体はいつの間にか程よく冷えていた。

 数度瞬いた後、少女は腕を動かして自分の身体を検める。

 五体満足。身体は重いが、ひとまず無事に助かったようだ。

 寝かされているのは干し草にぼろをかけた簡易の寝床。

 周りを見渡せば、そこは小さな木の部屋だった。

 壁面には扉が一つ、家具は少女の寝床と、その脇には彼女の荷物。

 そして枕元に半球状の石の碗が置いてあった。

 何かと思って持ち上げてみると、


「……!」


 器の中には水が入っていた。

 砂漠を越えた少女は喉が渇いている。

 中身が水とわかるなり、一息に飲み干した。

 ぬるま湯だったが、構いはしない。

 散々灼日に当てられ、ようやくありついた水は胸の奥に染入る。それこそ目の端に涙が浮かぶ程に美味かった。

 勿論、意識を失ったままこんな所に流れ着く筈もない。

 誰かが助けてくれたのだろう。水も寝床も恵んでもらったようだ。

 自然とその目は命の恩人を探して辺りを見回したが、少女が起き上がる前に扉が開き、探し人は向こうから現れた。


「あ、目覚めたっ。大丈夫?」


 声を弾ませながら姿を現したのは、少女と同い年くらいの若い娘だった。

 整った顔立ちに金髪。それだけ言うと少女と似ているが、髪の色は少女のものと比べるとくすんでおり、どちらかというと黄色に近い猫毛だった。

 それだけなら変わったこともなかったが、


「ん……あぁ、コレ?」


 少女が気にしているものに気付いて、現れた娘は自分の頭を指さした。

 頭の上に生えていたのは丸くて大きな耳。

 そして腰からは先に房の付いた長い尻尾。

 ほとんど人間と変わらない姿なのに、その二つだけは獣……獅子の形質を持つ娘だった。

 露出した肌には自前の体毛の代わりにラクダの毛皮の服を纏い、足元は軽装備。少女にとっては見慣れた狩人の風情だった。

 異形という程でもないが、人間とは言えない容姿。

 だが気にした風はあっても、相手の姿に特に恐れも驚きもしない少女の様子を見て、獅子の娘は薄く微笑んだ。


「……うん、やっぱり魔族を見ても驚かないんだね」


「?」


 魔族は魔界に住まう知性ある者たち。

 王国という人間の独立勢力にいる者には縁が無いが、少女は最近まで魔界で暮らしており、必然その姿は見慣れていた。

 しかしやっぱり、とは随分相手を知った風な口ぶりだ。

 少女の方は魔族自体とは親しいが、獅子の知り合いはいない。

 きょろりと首を傾げ、どういうことかと視線で問うた。


「まぁ、まずは初めまして。あたしはサリア。境界へようこそリズちゃん……『黒騎士の姫君』さま」


 『黒騎士の姫君』とは、魔界において少女……リズに与えられた名前だった。

 魔界では有名な呼び名だったが、彼女がこの境界に来たのは初めてだ。当然名乗った覚えもない。

 眉根を寄せ、うんと首を傾げ、どういうことかと考え込む少女を笑いながら、獅子の娘サリアは再び扉を開いた。


「とりあえず、動けそうならおいでよ。細かい事はみんなで話そうね。竜の護衛さんも待ってるよ」


 竜の護衛と聞いて少女ははっとした。

 冷静に考えれば部屋に納まる筈もなかったが、姿が見えないので気になっていたのだ。

 少女は急いで起き上がり、サリアに続いて部屋を出ていった。




 少女が保護されていたのは荒野に佇む小さな小屋だった。

 大陸南北を分かつ砂漠の直下、丁度境界の荒野の入口に当たる場所であり、サリアはたまたまここに滞在していたという。


「はい、どうぞ。といっても、ただの水なんだけどねぇ」


 質素な長机に座らされた少女をもてなしたのは、猫の顔をして二足で立つ獣の魔族だった。

 ただの、とは言ったが、この地で水は貴重品だ。素直に礼をして新しい碗を受け取り、少女は猫の女をまじまじと見つめた。

 彼女はフェリアといい、サリアの母親だという。

 一応実の親子という話だったが、獅子の娘に対して母親は猫の姿。

 さらにほとんど人間のサリアに対し、フェリアはきちんと全身が毛皮に覆われている。

 しかも、もう亡くなっているという父親はハイエナだったという。何ともちぐはぐな親子だった。

 猫とハイエナが交わって生まれる子が獅子なのだから、どうも人間が定めた生物学的な分類はあまり意味をなさないらしい。

 素直な少女は寝起きから混乱したが、


「あー、深く考えない方が良いよ。あたしたちも自分でよくわかってないし、気にしたこともないから」


 おおらかな魔族たちの助言に従って、少女はひとまず本題を聞くことにした。

 この小屋には、彼女らと母子がもう一組、四人が滞在しているという。

 あくまでも一時の滞在。住民ではないとも。

 サリアが少女の事を聞いたのは、訳あってこの地に渡ってくる直前との事だった。


「海の方から来た情報なんだけどね、もうすぐ勇者を探して姫君が訪れるって、魔界から境界の魔族に連絡があったの。いきなりウチに鳥の人がきたからびっくりしたよ」


 少女は一瞬考え、それからぽん、と手を打った。

 旅立つ前、彼女を見送った魔王は、探し人の居所に目処が付いているようだった。

 サリア曰く、時折南の果ての海で魔界からの連絡を受けることがあるという。

 海に住まう水生生物の魔族、銀鱗族。

 少女は彼らと付き合いが浅いが、知り合う前から海の民たちは偵察に動いてくれていたらしい。

 その結果当たりを付けたのがこの地域であり、狙い通りこうして手掛かりとなる者に連絡が行っていたようだ。


「だからリズちゃんが来ることはわかってたし、本当は待っていたかったんだけど……ちょっとね」


 合点がいった少女にサリアが続けようとすると突然、小屋が大きく揺らいだ。

 風の音はしない。揺れているのは、どうやら地面だ。

 ならば地震かとも思ったが、それにしては揺れ方が断続的で不自然だ。

 例えるなら大きな生き物が地団駄を踏んでいるような、そんな揺れ。


「……!」


 大きな生き物といえば、少女には心当たりがある。

 サリア母子もわかっていたようで、双方ともに苦笑を浮かべていた。


「あー……マルドクスさん、子供を見て喜んでるんだね。竜は自分より小さい生き物好きだから」


「あの子はともかく、シオリさんは心臓が止まっちゃいそうねぇ。サリア、ちょっと落ち着かせてきなさい」


 サリアは母に応えると揺れに一切動じる事なく歩き、椅子から動けない少女に肩を貸して立たせた。

 シオリなる人物と、『あの子』。それがもう一組の母子なのだろう。

 話の流れからしてシオリが母親、もう一方が子供なのは察しが付く。

 サリアが少女に会わせたかったのはどうやらその子供のようで、振り返りざまに微笑んだ。


「ま、偶然とはいえ、ここでリズちゃんに会えてよかった。探してる人、もうすぐ会えるよ」


「?」


「探しているんでしょ、勇者……すぐに会えるよ。片割れだけどね」


 少女は目をぱちくりとさせた。

 確かに少女は、勇者を探す使命を帯びてこの境界を訪れた。

 しかしまだ到着して一日も経っていないだろう。なのにもう会えるというのが信じられなかったし、続く言葉が気になった。

 別に隠すことでもない。すぐにわかることだ。


「この境界に勇者は二人いるんだ……ちっちゃい女の子が二人ね。双子なんだよ」


 だからサリアは扉に手をかけながら、最初に結論を言った。

 この旅で探す目的の、その名前を。


「リズちゃんが探す『調停の勇者』……さしずめ『双子姫』ってところかな」


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