幕間 運命の夜にて
これは、かつての王宮でのやりとり。
『王国』中を平らげた、中央領の兵士たちの栄華の日々。
宿舎の中、酒を片手に意気軒高たる彼らは、来る戦いへの必勝を期して――
この大陸で、人間たちが住まう領域『王国』。
大陸は北東部を版図とし、中央に加え東西南北、四方の領地に分けられたその領域は、つい最近まで人間同士の内乱の時代にあった。
北方領と中央領の前身が全体を武によって平定してからも、二十年前には南方領・西方領の反乱、それを鎮めた後も東方領が恭順を拒んでおり、その東方領の征伐が成された七年前にようやく『王国』は現王朝の下、一つに纏まった。
それからの中央・北方連盟と、南方領を裏切って彼らについた西方領は、国中の富を思うさまに啜り、果てぬ栄華を極めたものだ。
逆に、戦に敗れて飽くまで毟り取られた東・南の二領は悲惨なものだ。
元々土地が豊かでなく、片や限られた恵みを工夫して食いつなぎ、片や武力にものを言わせて略奪で生計を立てていた勢力だ。それが戦いで男手を失えば、残った女子供、老人たちは痩せて死んでいくのみである。
そんな彼らに国王が出した方策は、表向きは気の利いた救済案となる筈だった。
「しかし国王様もお酷い事をなさるよなぁ……東と南から残った若手を残らず総動員して、魔界の征伐に参加させるなんて」
「他に手も無いからだろうよ。東はともかく、南の領地は本当の不毛地帯だし『騎士団』はだからこそ蛮族の集まりだったんだ。国内からじゃなく魔界から略奪させるなら、悪くないだろう」
内乱期を終え、安定した中央軍は間もなく、魔界への侵攻を始める段取りになっていた。
現国王は豪傑で知られ、戦によって四方の領を鎮めて見せた英雄だ。
同時に統治者としても優れており、苛烈な恐怖政治は国民にこそ恐れられ不人気だったが、それは高官たちの汚職を許さぬ厳格さでもあった。
放っておけば無為に死んでいく民たちに使い道を見出し、国内を傷めずに再起の機会を与えるというのは、ある意味理にかなった考え方ではある。
自分たちが前線に出なくていい事もあってか兵士たちには好評で、今回の征伐に対する彼らの士気は概ね高かった。
しかし、長年その王に付き添ってきた古参兵たちには、今回の作戦は些かの違和感を感じさせるものだった。
「だが、陛下の策にしちゃ姑息だよな。いつもの王なら、戦力を前に固めてさっさと戦を終わらせにかかるのに」
「太后様の一派だろうよ、こういうえげつないのは。でも理に適っていれば、陛下はお耳を貸される。実際、反乱分子を潰して豊かな魔界の土地を得られる。上策だ」
国王の妻である太后は、北方領主も兼ねており国内でも最大の権力者だった。
彼女が囲う北方の貴族たちは中央領、及び四方の領でも威勢を振るっており、彼らの手綱を握るのは王でさえ難儀することだったのだ。
そのため気の強い王をも押して彼らの方策が国を動かすことも少なくはなかったが、それも王が納得したものだけだ。
国の理に適う、という誰もが認める基準によっての決定。
従っていれば、今以上に自分たちは肥える。
そう信じてやまない兵士たちは、勝利の前祝いにと一斉に杯を掲げ、
「まぁ何にせよ、王がいればこの王国も、俺たちも安泰だ。そうだろう皆!」
「応!」
「王国万歳!」
「国王陛下、万歳!」
思うさまに騒いで、その日は眠りについた。
自分たちの栄光を、王の勝利を信じて。
黒騎士が現れたのは、奇しくもこの日の夜のことである。




