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Ⅲ勇者クロニクル ~第Ⅰの勇者『黒騎士』~  作者: 霰
最終章 Chronicle ~勇者を求めて~
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7話


 少女王の号令によって撤退した人間の軍勢は、国境で繰り広げられる熾烈な戦いを遠巻きに見ながら逃げ続けていた。


「ば、化け物だ……!」


「俺たちはあんなのに戦いを挑んだのか」


 彼らの背後で絶えず鳴動するのは、念ずるだけで爆発する火炎、剣を振るだけで吹き荒ぶ猛吹雪に、ただ歩くだけで発生する地震、声を出すだけで放たれる衝撃波と、一個人の意志だけで巻き起こる自然災害の数々。

 文明と引き換えに神の存在とも、自然の神秘とも縁遠くなった人間たちにとって、大自然の力を思うさまに振るう審判者と魔族たちの戦いは正に天上の出来事のようだった。

 ほとんどは太后個人の思惑で動いていたこの戦い。

 しかし、抵抗できなかったとはいえ最終判断を下したのは少女王だ。

 勿論彼女も、魔族と人間にここまで力の差があるとは目の当たりにするまで想像もできなかった。

 だが過程がどうあれ、指導者が結果に言い訳をすることは許されない。

 首謀者の太后が魔界に囚われた今、兵士たちが若すぎる君主を見る視線には少なからず疑念と怒りが混じっていた。

 騎士階級等、位の高い者は突撃と共に蜘蛛王に踏み躙られ、残った者のほとんどは一兵卒だ。

 政治的な判断と無縁の者たちは誰も皆、太后よりは彼女を慕っている。だから胸中の不満を口に出すことはしない。


 だが聡い少女王は彼らの言わんとすることがよくわかってしまう。

 何故自分たちをあんな敵と戦わせたのか。

 あれほど実力差があり、到底勝ち目のない相手のために軍を結集したのか、と。


「………」


 彼女に非が無い事は兵士たちにもわかっているのだ。

 それでも、指揮官の失敗のつけは前線で戦う者たちが命で払う事になる。

 だからこそ失敗があれば、少なからず部下の不審と恨みを買うのが軍隊の長の宿命だ。

 臣下たちから胸の冷えるような視線を向けられながら、少女王はそれでも退却の指揮を取らなければならなかった。


「西方卿、砦の準備は出来ているんでしょうね」


「は、ははっ……いえ、まさかここまで手酷くやられるとは思わず、今しがた早馬を飛ばしましたので」


「じゃあこんな所にいないであなたも急ぎなさい! あそこはあなたの城なのよっ!」


 少女王は隣の馬の尻に鞭を打って、小太りの領主と彼に付いた健在な兵士たちを強制的に先行させた。

 西方領主は今回の戦いで完全に太后の傀儡だった。

 太后一派を砦に受け入れたばかりか、黒騎士の姫君の監禁にも協力していたとあって少女王は先からずっと怒りを抑えられずにいたのだ。

 だが先の戦い、魔族たちは人間たちを早期に潰走させるため、隊長格以上を狙い撃ちに戦っていた。つまり王国軍は指揮官不足に陥り、そのため領主の処断は後回しにせざるをえなかった。

 少女王からすると頭が痛いが、彼女の後ろには無数の負傷者が馬車馬に積まれて呻き声を上げている。

 黒騎士の暴走によって戦後処理もうやむやになった今、せめて生きている者たちを無事に帰さなければならなかった。

 少女王が様々な事に必死に頭を巡らせ、前以外を見ている余裕を失っていた時、ラモナス将軍の傍に注進が入ったのだ。


「陛下、報告が」


「なに?」


「はっ、最後尾からの伝言なのですが、国境の吹雪が止んだとの事です」


「吹雪が……もしかして、戦いが終わったのかしら」


 思案に暮れていたため気付かなかったが、いつの間にか地響きも止まり、国境の空を覆っていた竜の群れは消え、暗雲も風雪も綺麗に止んでいる。

 魔王の剣と竜たちがフィンヴリルと衝突する轟音もさっぱり聞こえず、少なくとも今戦いは鎮まっているようだった。


「……ルカが上手くやったのかしら。騎兵隊の誰か、様子を見てきて」


「は、はっ」


 少女王の呼び出しを受け、少し遅れて騎士の一人が抜け出した。

 返事は遅く、足取りも重い。

 出ていく前に隊列内で言い争いも聞こえた。恐らく誰が行くかで喧嘩をしたようだ。

 例え黒騎士が大人しくなっていたとしても、あの恐ろしい戦場に再び向かうのだ。嫌がるのも無理は無い。


「悪いけど、頼むわね!」


 少女王は特に咎めることなく、労いの言葉だけを寄越して送り出した。

 ただこれだけでも臣下は安心するものだ。

 抜け出た若い騎士は微かに笑顔を浮かべ、少女王もまたそれに笑顔で返す。


 そうして後ろを振り向いたからこそ、少女王はいち早く気づけたのだ。

 国境から放たれた一条の光に。

 吹雪は消えたのではない。

 一つの力に束ねられ、ずっとこちらを狙っていたのだ。

 人間を滅する審判の力が、討つべき対象が逃げるのを許してくれるはずもない。


 『魔矢フィンヴェルス』。

 フィンヴリルが持つ吹雪の力を結集し、剣を一本の巨大な矢へと変じて投げ打つ技。

 大きさが合う弓が無いほど巨大な一矢は、しかして凄まじい速度で、しかも地面と平行に、その軌道付近の全てを凍り付かせながら突き進む。

 逃げ去った人間の軍勢目掛けて。


 逃げて。

 彼らが最期に聞いたのは、老将軍に庇われ伏せった、少女王の悲痛な声だった。

 氷に貫かれ、風に蹴散らされ、矢の直撃を受けて五体を砕きながら誰もが思った。

 何故自分たちがこんな目に遭うのか。

 ただ国を守ろうとしただけなのに。

 ただ故郷を守ろうとしただけなのに。

 死した兵士たちの怨嗟に満ちた魂は、宙を舞い再び戦場へと戻り、大きく開いた冥界の大穴へと吸い込まれていく。

 なぜこんな者が勇者なのか、と。

 かつて自分たちが追った、幼い勇者を彼方に見ながら。


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