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2話


 ダインと共に少女が連れ込まれたのは、国境砦にほど近い大きな邸宅だった。

 黒騎士との王国道中でも西方領は通ったが、この辺りは警戒が厳しいとの事であの少年が道程から外したのだ。

 それもそのはず、ここは西方領主邸の警戒範囲であり、少女が今連れてこられたのもそこだった。

 対魔界における王国の要衝というだけあって領主体の周りはしっかりと雪かきがなされて整地されており、多少緩んだとはいえ晩冬の空気の中で兵士たちがせっせと巡回しているのが見える。

 邸宅そのものも大したものだ。

 一応家と目されてはいるが、丘の上にそびえる在り様は完全に砦である。

 魔界を睨む西の方角には城壁が設けられ、さらにその上には大砲が無数に顔を出している。

 戦いを想定した実践的な外見は、貴族屋敷らしい華やかさなど微塵も感じない無骨さだったが、


「……!?」


 いざ城門から中に通されると随分と様子が違っていた。

 通過した城壁部分は武具や兵器などでごった返していたが、いざ屋敷の内装を見てみると絢爛豪華そのものだ。

 磨かれた大理石の床には大きな赤い絨毯が敷かれ、調度品はクローゼット、テーブルに椅子から皿の一枚までいちいち金で縁取られている。それが無暗と大きなシャンデリアで照らされ、反射した光に目が痛いほどだった。

 しかもその景色が廊下から部屋まで懲りずに続く。ここまで煌びやかだと豪勢を通り越して悪趣味である。

 王宮でさえここまで内装に金を使っている様子はなかった。まして戦闘用の城でこれはあり得ないだろう。城に詳しくない少女でさえ目を真ん丸にするほどだ。

 奇しくも仇敵の男までもが感想を同じくしているようで、拘束を解かれ座らされた少女の様子に肩を竦めていた。


「……なに、金持ちの道楽は慎ましく暮らす者には理解できないものですよ。あなたも本来はこの程度の金持ちにはなれたのでしょうがね」


 確かに第一王女の立場が機能していれば多少の我儘は通ったのだろう。

 だが少女はこんな暮らしが欲しいとは露ほども感じなかった。貧しい育ちというわけではなかったが、必要以上の物を欲する質でもない。

 要するにこの有様は城主の性格であった。


「………」


 十分な立場や財がありながら、外を城壁で固め内を豪華に飾り立てる。

 常に敵に怯え、そして虚栄心に浸る空しい大人の姿がどこか透けて見えるようだった。

 少女は旅の中で、それくらいの事を察せられるくらいには注意深く成長していたのだ。

 素直な少女は微かに憐憫の情を抱いたものだが、


「言っておきますが、これは私の趣味ではなくてよ。お前に憐れまれるなど死にも勝る屈辱です」


「……!」


 遅れて部屋に入ってきた者の声がそんな優しさを一蹴するように響いた。

 声の主は、赤絨毯に映えるような濃緑のドレスを纏った貴婦人。傍には派手な衣装を着た小太りの男と、さらに両脇を二人の兵士が固めている。

 彼女が現れるなりダインが傅いたが、それを見なくとも少女にはこの相手が誰なのか分かった。


――この人が。


 少女の母を追いやり、執拗に彼女自身の命を狙った現女王の母親。

 旅の中でずっと名前を聞きながら一度として会うことがなかった仇敵と、いよいよの対面となった。

 先王妃ディアナ太后は、客の横をすり抜け堂々と上座に腰掛けると、四角い卓の向こうからあからさまに見下すような様子で少女と対座した。


「全くの初対面ではないけれど……一応初めましてと言っておくわ。私が先王妃ディアナ。あなたの義母にあたるわね」


「………」


 年のせいか髪の色が薄いが、見た目や喋り方には確かに娘女王と通じるところがある。

 だが女王は気高くあっても他者を見下しはしなかった。その点、太后から感じる威圧感は、娘の持つ気品とはまた別種のものに感じる。

 いずれにせよ好意的なものではない。

 自然と険しくなる少女の表情を見て、太后はふん、と鼻を鳴らした。


「……えぇ、確かにあの女とよく似た顔をしているわね、忌々しい」


 あの女、と言えば間違いなく少女本人の母親だろう。

 先王の妾であった村娘は、太后の立場から言えば夫の寵愛を横取りし、更には第一子まで設けた泥棒猫である。

 少女が生まれた十五年前から必死に排除を目論見、今の今までそれが叶うことはなかった。

 太后本人が最後に少女を見たのは赤ん坊の頃だが、成長した彼女の顔は確かに母親の面影を宿していたのだ。


「安心しました……この期に及んで偽物だったりしたら正気を失うわ。最も魔界は影武者など使わないのでしょうけど、あなたが確かにリーゼリットだと確認できたのは喜ばしい事よ」


 捕獲したついでに少女が間違いなく探し人であることを確認したかったらしい。

 少女にとって太后と母親の確執は物心つく前の事だ。

 何を知る由もないが、それだけに、


「これで安心して死んでもらえるわ」


 己の立場のためにこうも執拗に、そして冷徹になれるこの女性が本気で恐ろしくなった。

 同時に、この人物が何故今まで自分と接点を持たなかったのかも少し理解できた。

 つまりは黒騎士が怖かったのだろう。引き離すまで会えなかったのだ。

 自己の利益のためだけに必要以上に他者を害するやり方は、あの少年や魔界が最も嫌うものだ。

 魔界に生きる者たちは無用の殺生をしないが、それは多くを生かすためだ。自分の機嫌や立場次第で簡単に殺め、魔神の出現を早める者は温和な彼らにとってすら害悪である。

 こんな女がうっかり黒騎士の前に現れれば、直ちに悪と断じられて叩き斬られかねない。

 少女の本人確認が済んだ瞬間手前の命が失われるのでは何の意味もないのだ。

 現にダインが少年と戦った時はそれはもう悲惨なやられようだった。

 だからこうして何とか庇護者と引き離すことを狙い続けていたのだ。

 そして、勇者の剣が届かない安全な場所で、なおかつ彼に見えるように自分を殺す。

 そうすれば審判を引き留めているタガは外れ、あの少年は人間に怒り審判を引き起こす。

 だがそれにはもう一つ障害があるはずだ。

 黒騎士と縁ある人間はもう一人いる。

 何とか聞き出したいが口が利けないので、少女はしばらく手段に悩んでいたが、


「な、なんだ貴様……むっ!?」


 手の届く範囲にいた兵士の腕にぴとりと指を当て、そうして念話を発動させる。

 ここは西方領だ。何とか術は発動できるし、念話で伝える内容は一言で十分だ。


――書くモノ、ください。


 人間の多くは魔法の存在を知らないが、太后と通じている者なら知識くらいは持っているのだろう。

 兵士は気味悪そうにしながらも事態を理解したようで、ダインに許可を取って少しの後、ノートを一冊持ってきてくれた。

 手帳は切れているが、鉛筆はまだ残っている。負担の大きい敵対者への念話に疲弊しながらも、自前の物を取り出して質問を書き始めた。

 太后と少女の間には距離がある。

 少し気の抜ける図だが書き上げたものはダインが確認し、主人に言伝する形となった。


「……自分が死んでもまだ弟の『守護者』がいる、ですか」


 斬りたくない者がいる限り、刻限が満ちない状態の審判は発動しない。

 少女は他ならぬ審判者本人からそう聞いたし、彼を抑えるタガは自分と弟の二人だったはずだ。

 当然、黒幕側もそれは承知の筈だが、当の太后はどういうわけか不敵に笑っている。


「えぇ……まぁそうね。あの怪物が人の心を保っていられるのは、あなたと守護者との絆があるからです」


「……!」


 自分の庇護者を怪物と言われて少女は見るからに表情を険しくしたが、太后は意に介した様子もない。

 やはり高飛車な印象を変えないまま話し続けた。


「でも、本当に絆が残っているのかしらね。弟と言っても七年前に別れたきりよ。最近まで一緒にいたあなたはともかく、接点を無くした相手との絆をいつまでも保っていられるかしら」


 脇にいる騎士もそうだったが、主従揃って相手の神経を逆なでする言葉を使うものである。

 勇者兄弟の絆が健在であることは、傍にいた少女にはよくわかっていた。

 少なくとも兄の方は今でも変わらず弟を想い、折を見てずっと再会を求めてきたのだ。

 それを知らずにまるで煽るような言葉を吐く太后に、温和な少女も怒りを隠せなかった。

 いや、実際煽られていたのだ。

 少女の反応を見て、太后には現在の黒騎士の様子が知れてしまった。

 今でも『先代勇者』は故郷に残した弟を想い、そんな込み入った話をするくらいには少女との絆を育んでいる。

 それに弟は勇者だ。黒騎士と同じ潜在力を持つ相手を力ずくで殺めるには少々無理があるように思えた。


「絆を奪う手段が殺すだけとは限りませんよ」


 だが、この『黒幕』一派の悪辣さは、少女の想像を超えていたのだ。

 少女の言わんとすることを察した騎士はいつものように冷たく笑い、


「『審判者』の真価を引き出すためには強い敵が必要ですからね。道化の勇者にはまだまだ踊ってもらうわ」


 取るべき手段を見出した太后は、従僕の騎士以上に不気味な笑みを浮かべた。


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