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Ⅲ勇者クロニクル ~第Ⅰの勇者『黒騎士』~  作者: 霰
第Ⅰ章 魔界の黒騎士
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4話


 行き場を失った少女の処遇については、この地の長である銀狼の許可が下りると共に、彼が治める獣族の集落での保護となった。

 勿論、保護責任者は拾った本人である少年だ。

 本人は相当渋ったが、彼女は自身の監視役という名目で傍に置かれたのだ。魔王の名の下に結局引き受ける事となった。

 そういった訳で、黒衣の少年とドレスの少女、それと威厳たっぷりな銀の狼の、ちぐはぐな面子で共同生活が始まった。

 共同生活と言っても、ほとんど少年が一人で他を養うような形になっていたが。


「……おい狼、なんで君は人間が狩りに勤しんでる時に座敷でごろ寝してるんだ」


 猪と弓を担いだ格好の少年が、囲炉裏の傍でくつろぐ銀狼に突っかかった。

 少年は迷子を保護することは引き受けたが、狼の世話までするつもりはない、という態度だ。

 そもそもこの狼は当然自分の面倒くらい見ることが出来るという。要は怠けているだけらしい。

 一方睨まれながらも別段気にした様子もない銀狼は、何処までもふてぶてしい態度のままだった。


「愚か者め、わしは王じゃぞ。民が王に食事を貢ぐのは当然の事じゃろう」


「貢いでもらいたいなら働きなよ石潰し。あと、それこそ自分の民がいるじゃないか。なんだって僕の家に居候を決め込んでるんだ。一応僕も魔界では客人もとい外野なんだぞ。暇なのはわかるけどさ」


 最後の一言で狼も機嫌を損ね、


「暇は余計ぞ。そもそも主がここに居を構えられるのは、この地の王たるわしのおかげだと忘れたか」


 この応答に今度は少年がまたむっとして、


「……僕の国には働かざる者食うべからずって言葉があるんだけど、知ってる?」


「よかろう、渡さぬならその猪、力づくで奪ってくれるわ」


 あたふたする少女を余所に、軒先でとうとう得物まで剝いて喧嘩が始まる。

 そして二人が事を構えると村中から見物客がやってきて酒盛りを始めるのだ。

 この地の生活は採取と狩猟、それから農業から成っている。

 野菜も食べるが好みとする者は少数で、主な用途は保存食用。獣に好まれるのはやはり肉だ。

 食物の獲得に関する技術はそこそこながら、畜産は行わず肉は狩りで獲る。そして男は基本的に全員狩人だ。

 大抵誰もが似たような時間に狩りを始め、そして終えるため、集落が賑わう時は皆が一様に仕事を終えている感覚だ。

 狩人たちが帰る時間は時期に、特に獲物となる猪や鹿のいる時間次第なので、秋の盛りの今は大概皆が夕方には帰り、こうして揃って騒ぎ始める。

 騒ぎの中心にはいつも少年と狼がいて、彼らが喧嘩を始めると住民たちは二人を取り囲み、保存のきかない食料を片手に酒を呷って宴を催すのだ。

 少女は当然のように彼らに巻き込まれ、食事を押し付けられてはもみくちゃにもてはやされる。

 やがて疲れて寝入った彼女を、少年が溜息を吐きながら家まで運び、何だかんだ甲斐甲斐しく彼女を世話する彼を獣たちは口々にからかった。

 実り多く、豊かな秋の樹海ではそこかしこで魔族たちの囃子が聞こえる。

 少年少女と狼は彼らの声を身に受けながらその日の家路へついた。

 こんな景色が繰り返されること数日。

 肝心の少女も何とか魔界の生活に慣れ始め、好奇心旺盛な性根を表し始めていた。

 保護者となった少年は温室育ちらしい彼女がこの地できちんと生活できるか心配していたものだが、このリズという少女は意外にも逞しい。

 肉の解体など狩人の仕事は流石にできなかったが、料理にしろ掃除にしろ、家事全般をそつなくこなして見せる。

 曰くずっと一人暮らしだったらしく、それなりの生活能力は持っていたようだ。只の居候には収まらず優秀な家内として生活を支えてくれた(結果、一人石潰し扱いを喰らった狼は渋々狩りを手伝うようになった)。

 ただ、やはり口が利けないと困ったことも多い。

 些細な質問も身振り手振りで伝えるしかないし、困ったことがあっても声を上げるという事ができないのだ。

 そこで、少年はたまたま持っていたという手帳と鉛筆を彼女に与えていた。


――ありがとうございます。


 もらうなり喜んで、盛んに筆を走らせる。

 どうやら魔王には要求が届いたらしい。

 少女の左腕に嵌まった腕輪は、魔王から彼女への監視装置だ。

 彼女は少年の監視を魔王から命じられているが、それに反して二人の距離が空くと腕輪から電撃が放たれ少女に制裁を加えるようになっている。

 少年が『ちょっとした天罰』と呼ばわった電撃は集落内にいる間は発生しないようになっていた。昨日はほんの少し離れただけでも発動したが、範囲については魔王の一存で融通が利くらしい。

 多少は保護者から離れられるようになり、活動範囲が広がった少女は誰にも彼にも質問攻めだ。


――魔界には、獣族以外にどんな魔族さんがいるんですか?


「そうだねぇ、一番のご近所さんは翼がある『翼人族』だけど……他にもいっぱいいるよ」


 そんな素朴な疑問から、


――あの、布のお店はありますか?


「お嬢さん……ここ魔界だよ? 毛皮ならあるけどさ……」


 恵まれた生まれらしい状況を見ない質問まで。

 因みに獣族はほとんどが文字を読めず、通訳代わりに狼王が彼女に付き添っていた。

 魔界では珍しい人間の少女。

 しかもそれがやたらと目立つ狼王を連れて誰彼かまわず声を掛ける。

 必然的にリズの名前はあっという間に集落中に広まり、皆が彼女と打ち解けていった。

 例外もいたが。


――あの、黒騎士様。


「………」


 少女に会話の手段を与えた本人は、彼女が親しげに近づいてきても反応を示さない。

 目の前にメモをちらつかされると露骨に嫌そうな顔をするので気付いていないわけではないだろう。

 しかし黒騎士の少年はどういうわけか彼女と関わろうとせず、家に帰る事さえしない。

 集落外周の森の出口辺りに陣取って狩りの時と食事の時、狼王との喧嘩の時以外は動こうとしないのだ。

 獣族の集落は魔界の樹海の東端、王国との国境沿いに位置している。

 そこから見える王国の入り口側には、長大な砦が聳えていた。


――国境砦……?


 わかりやすく、魔界と王国を隔てる境界線を延々と守る長い砦だ。

 王国は一つの王朝に統一されているため、この大陸に国境というと王国と魔界、そしてそのどちらにも属さぬ『境界』という辺境を隔てるものしかない。あの長い防壁にもかつては名前があったようだが、今は単にそう呼ばれている。

 国境砦は大陸の広く北東部を占める王国と、同じく北西部に位置する魔界を隔て、人間からすると魔族の国内への侵入を拒むためのものだった。

 少年は時間ができると森の入り口の見えづらい場所に座してその砦を見ている。

 まるで、何かを待っているかのように。

 彼が何をしているのか、少女は折を見つけては筆談で訊ねようとするのだが、


「娘よ、ワシは腹が減った」


 何かと狼王が庇ってくるので、その都度結局聞けずじまいとなる。

 少女も最初は気を遣って追及を止めたが、


――あの、黒騎士様。


――ねぇ、黒騎士様。


――ねぇったら、黒騎士様!


 流石に三日も無視を決め込まれると腹も立つらしい。

 ぷぅっと頬を膨らませ、狼王の制止も聞かずに少年の前をわざと鬱陶しく動き回り、目の前に何度も筆談の紙を突き付ける。

 あれだけ怖がっていたのは何だったのか、この少女は中々図太い。

 最初は少年が睨みを利かせれば大人しくなったが、さらに数日が経つと次第にそれでは効かなくなり、むしろ目が合ったのを良いことにどんどん主張が激しくなった。


――ねぇったらねぇ! くーろーきーしーさーまっ!


「あぁ、もう煩い! 何度も黒騎士様って連呼するな!」


 口は利けないながら、度重なる無視にもめげず自己主張を繰り返す彼女の姿は少年からすると相当煩かったらしい。

 結局、こうして彼の方が折れた。

 少女は怒鳴られて最初はびくついたが、やっと返事がもらえたのが嬉しかった。

 すぐににっこりして、


「……?」


 次はきょろりと首を傾げ、


――じゃあ、何て呼べばいいんですか?


 挙句調子の狂う質問が飛べば、完全に少年の負けである。


「え……? あ、いや……」


 少年の方は突然呼び名など聞かれたものだから困ってしまう。

 特別あだ名が付くほど彼の交友関係は広くないらしい。

 それこそ『黒騎士』があだ名のようなものだ。しかもたった今「連呼するな」と言ってしまったばかりなので、


「……イクトでいいよ」


 こうしてぶっきらぼうに答えるしかなかった。

 だからそそくさと差し出された「じゃあ、よろしくお願いします、イクト」との文字と、にっこりとした無邪気な笑顔を見せられると、どうにも対応に困ったようで、


「ふっ」


「おい、笑うな……くそっ」


 それを狼が鼻で笑ったので少年が噛みついた。

 それを少女がさらに笑ってますます空気が緩む。

 少年は彼女を無視していたかったようだが、流石にこうなると一言も口を利かないわけにはいかなくなったものだ。

 ため息一つの末、


「で、何。僕に何の用」


 諦めてそう訊ねると、少女はそそくさ筆談した。


――何を見ているのかなって思って。


「見ればわかるだろう……そんなことを聞くために何日も僕に絡んできたのか」


 微かに目を見開きながら、仮面を外した少年は訊き返した。

 といっても少女からすれば、


――だって答えてくれないんですもん。


 ただこれだけである。膨らみながら答えた。

 確かに数日間無視を決め込み続けていたので、誰が悪いかは明確だ。

 しかめ面が真顔に戻り、視線が少女から国境に戻る。

 その先には長大な砦があるだけなので、答えも簡単だ。


「砦を、見ている」


――どうして?


「……質問が多い」


――まだ二個目ですぅ!


 適当に返事をすると少女は更に機嫌を悪くする。さっさと会話を打ち切ってしまいたい少年は頭を抱えた。

 狼王に目を向けても、のんびり犬座りをしてあくびをしている。あちらは少年よりも早く匙を投げたのだ。助け船は期待できないらしい。

 ここで無視を決め込んでもまた数日にわたって付きまとわれるだけだろう。少年は疲れた顔になりながらも、結局真面目に相手をする羽目になった。


「勇者を待っている」


「……?」


 少女はまたしても首を傾げた。

 今度は「どうして待っているんですか?」だ。何にでも疑問符を投げかけてくる。

 対する少年は何にでも答えてくれるわけでもないが。


「………」


 質問によってはこうしてだんまりを決め込み目を逸らしてしまう。

 傍にいる狼は基本的に二人の会話に水を差さないが、彼は少年の事情に明るいらしい。


「……やれやれ」


 彼が言えないことを少女が訊ねた時は横から割り込み、それとなく話題を変えたり少女を牽制したりと気を遣ってくれた。

 少女も次第に触れてはならない話題を覚え、それについては追及することもなくなっていった。

 彼女は邪険に扱わなければ大人しい。

 なので少年の方もとりあえず無視することはなくなり、二人は集落のはずれで少しずつ会話をするようになっていった。

 会話と言っても、ほとんどは少女が少年に質問するだけだ。

 しかもお喋りらしい少女は口が利けず筆談、対する少年は返答の多くが沈黙か生返事。二人の会話は静かなものだった。

 結局、その日少女が少年について知ることができたのは二つだけ。

 幼い頃から魔界に住んでいる事。

 そして、勇者を探している事。

 それ以上は聞いても答えてくれないのであきらめた。

 本当はもっと追及しても良かったのだが、


「………」


 砦を見つめる少年の横顔を見ていると、少女はそれ以上騒ぐ気にはなれなかった。

 仕方なく狼と共に家に帰り、今日も今日とて少年の猟果で食事を作る。

 その間怠けていた狼を帰ってきた少年が叱り、言われた側が逆上して喧嘩が始まる。

 いい加減に慣れてきたやり取りをのんびり眺めながら、少女はいつものように酒盛りを始めた獣たちに訊ねてみた。


――あの人は、あんなに必死に何を待っているの?


 酔った勢いで答えてくれないものかと思ったが、少女があの少年に興味を示すと獣たちは皆静かに笑う。

 陽気な彼らは無碍な生返事などしないが、それでもいつになく寂しそうな口調だった。


「悪いねリズさん……人間には答えられないんだよ」


「?」


 どうして? と首を傾げると、獣たちは顔を赤くしながらも言葉少なになっていく。


「あの方は人間を嫌っているからね……自分から勇者を奪った人間を」


 今まで豪勢に呷っていた酒を急に惜しむようにちびりと啜りながら、獣たちはしみじみ語ったものだ。

 しきりに少女の背を叩き、小さな肩に前足や手を置いていく。


「俺たちも人間は好きじゃない……でもあの方の事は好きだし、あんたの事も信じるよ」


「だからあの方が同族を嫌うのは悲しいのさ。きっと魔王様もね。だからあんたをあの方の傍に置くんだよ」


「どうか仲良くしてやっておくれ、我らが孤独な黒騎士と」


「………」 


 ごつごつと木の根が這う樹海の入り口をほんの少し踏み出せば、そこからはなだらかに丘を成す平原だ。

 野原に載った壮大な石の砦は、木立よりも高く向こう側の景色を覆い隠している。

 その向こうは王国。

 かつては自分たちがいた人間の国。

 きっと、誰か親しい人を残してきたのだろう。それが勇者とどう関係があるかは言ってくれないのでわからないが。

 まるで忘れ物を探すように、また次の日も真紅の瞳はその玄関口を一心に睨む。

 拾われたての少女はまだ、彼に語る言葉を見つけられずにいた。

 明日はもっとお話しできるだろうか。

 そんな事を考えながら、少女はその日も狼に促されて、家に帰った。

 


世界観紹介……『勇者』


大陸中で信仰されている救世主。

世界に何らかの危機が迫ったときに現れ、強大な力でもってそれを取り除くと伝承されている。

人間と魔族とで細かい見解が異なることはあるが『世界を救う存在』であるという認識だけはどこでも共通している。

世界の危機の定義が曖昧であり、実際時代によって危機の内容は様々。

なので勇者がいかにして力を振るうのか、何とどう戦うのか、それらは定められていない。


しかし、ただ一つ重要なのは、勇者が現れたという事は間違いなく世界中を巻き込む問題が起こったという事になる。

どこから来るのか。誰がどうして彼を、あるいは彼女を選ぶのか。

その伝承は王国では失われており、現在その真実を知るのは魔界の一部の住民たちと、勇者当人だけである。


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