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Ⅲ勇者クロニクル ~第Ⅰの勇者『黒騎士』~  作者: 霰
第Ⅵ章 温かな冬
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序章


 雪に閉ざされた魔界は、多くの種族が冬眠に入る。そうでない種族も大抵は住処に籠って春を待つのだが、この日は様子が違っていた。

 獣族の集落には武装した男衆が集まっていたし、その中央にはものぐさで知られた狼王もいた。

 住民だけではない。翼を持った魔族が二人、獣たちの群れに混じっていた。

 片や蝙蝠の翼を生やした悪魔。魔界全土を統べる最終守護者、魔王だ。

 もう片方は隣の領地を統べる真紅の鳥人間、朱雀王。

 ただでさえ魔族が他領に渡ることは珍しい。

 まして王となれば猶更なのだが、今集まった二人はどちらもその例外だった。


「……というわけだ、獣の衆、そして朱雀王。今この領地に王国から敵が迫っている」


「王国……人間?」


 魔王の言葉に獣たちは顔を見合わせた。

 魔王が密偵から得た情報によると、敵が勇者を伴って魔界に接近しているという。

 三人組だというがはっきり敵と言えるのは一人だけ。それもただの人間である。

 神気の加護を得られない人間は、この大陸でも最も弱い生き物だ。

 魔神と戦う魔族の戦士たちにとっては敵にもならない。

 領地に侵入してきたところで適当に追い返せばいいのではないか、と。

 それには魔族の一兵卒でも十分なのだが、


「狼王様、たかが人間一人にどういうことなのです。それに何故朱雀王様が」


 狼王はともかく、魔王に朱雀王と魔族の王が三人。人間相手に戦力過剰にもほどがある。

 相手が普通の人間なら、だが。


「油断するな……そ奴はイクトを相手に生き残ったそうでな」


 黒騎士の名が出た途端に獣たちがざわついた。

 あの少年は人間の中でも例外中の例外。

 その力は一般の戦士を遥かに超えて王たちにすら匹敵する。魔界、いや大陸最強の一角。

 抵抗はできなくともその一撃に耐えたとなれば話が違ってくる。一般の魔族には太刀打ちできない。

 だとしても狼王が後れを取る事はない筈だが、朱雀王はその敵を無視できない事情があったのだ。


「聞いてくれ、獣の衆。俺の民が王国に向かい、そして帰ってこない」


 密偵の少女と共に、梟の魔族が王国に渡っていた。

 翼人族の翼なら、王国の中央からでも十日もかからず魔界に帰ってこられる。

 しかして送り出してこの方、何の音沙汰もない。

 魔族は数が少なく、それ故一人一人の命が貴重だ。

 他種族に何かされたとあれば、王は決して黙っていられない。

 朱雀王は同族の事を聞くために、彼の敵と対面する必要があった。


「獣の衆よ。翼の民同様に冬の間も眠らぬ貴様らは、我らが魔界と王国を隔てる障壁。それが脅かされたとあらば、魔王たる我も静観はできぬ。力を結集し、あのダインなる男を捕らえるのだ」


「応」


 それを聞いた獣たちは全員納得してそれぞれの仕事に戻っていった。

 彼らは仲間想いだ。例え他種族であっても、命が脅かされたとあらば共に怒る。

 朱雀王は解散していく獣たちを頭を下げながら見送った。


 かくして広場には魔族王三人だけが残り、この後の展望について話す運びとなった。


「イクトとリズを竜族領に行かせたのは正解だったな……どう考えても敵の狙いはあの二人だ」


「ま、ワシは別にこうなるのを見越したわけではないがな」


 敵は守護神の封印を守るという指輪の使い手を狙っている。

 人間の守護神の魂は得た。あとは肉体を探せばいいのだが、その手掛かりはあの指輪と、持ち主の少女だけだ。


「しかし魔王。あなたがここにいては守護神の捜索に障りがあるのではないか。黒騎士殿を動かさない以上、駒が無いだろう」


 竜族の領地は魔界の最奥、王国から最も遠い場所だ。

 守りたいものを寄越すには良いが、前線から離れすぎている。

 翼を持つ種族ならともかく、あの少年の援護は完全に期待できないだろう。

 最も、現在はあの少年自体も保護対象なのだが。


「相手が動いてくれたことで『黒幕』の居所に当たりが付いてきたのでな。手掛かりが向こうから来てくれる以上そこまで血眼で探す必要も無いし、今イクトを前線に立たせるのは危険だ。抱えておきたい」


「……冥界か」


 狼王はすぐに事態を察した。

 冥界の扉を開くことができるのは世界でただ一人。『審判者』であるあの少年だけだ。

 世界の正しい知識を持つ魔族たちには周知の事実。

 とはいえ手勢が無いのは確かだ。

 ただ、魔王には当てがあったようで口の端を歪めた。


「なに、一応使える翼はもう一つある。民が眠って暇をしていたようでな。命じておいた」


「……あぁ、なるほど」


 魔王の当ては、今は竜族領に向かっているという。

 魔王にとっては近しい身内でもあるという人物は、二人の王も知っている人物だ。


「あの嬢か。イクトの胃に穴が開かんと良いがの」


「魔王に似て悪戯好きだからな」


 あの少年少女はまるで玩具の扱いである。

 狼王は渋い顔をし、朱雀王は可笑しそうに笑った。

 ただ、魔王だけは真顔に戻っている。


「姫御の方を気にしていてな。あれが何かを探ろうとするときは大抵何かある」


「……それは不穏じゃな」


 魔族王の中では年季の入った狼王が首を回した。

 視線の遥か先に見える山脈は、魔界の北西の果て。

 少年たちが目指したその地にも、魔族の王たちが集っている。


 それも、強靭な魔族の中で最強の種族。その頂点。

 厳つい巨躯の姿を思い出し、狼王は微かに笑った。


「まぁ……竜王に任せれば心配ないじゃろう。むしろ敵が逆鱗に触れないよう気を配らねばならんの。前線に出てこられたらワシらまで巻き添えじゃ」


「違いない」


 恐怖の黒騎士と、魔界最強の竜族。

 およそ標的としては最悪中の最悪だろう。

 狼王の言葉に、逞しい魔族の王たちは勇ましく頷きあった。



人物紹介……アスカ=カトル


年齢……160

体格……high 184cm weight 20kg

外見……オオワシの嘴 赤羽


翼人族の王。『朱雀王』。

細かい年齢がわかる分現魔族王の中では新参の部類。

若い分気さくであるが、種の特性としてうっかり者で物忘れが激しい。

翼と腕を同時に持つ種類の鳥人間であり、魔族王の中でも最も手先が器用で多様な武器の扱いに長ける。


カトルが名であり、アスカは翼人族の王の号。

王となった魔族は寿命で死ななくなり、長い時を生きる上で本名を忘れ失ってしまうことが多い。

自分の名を覚えていることは、それ即ち若い王の証である。


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