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終章


 王宮は水上に浮かぶ平城であり、外界と城を結ぶのは一本の橋だけである。

 出るにも入るにもそこを通るしかない都合、不審者はすぐに見咎められ、外敵からの守りは堅牢、入城者を見咎めるのも簡単な理にかなった城だった。

 大体の者は近づくだけで詮議を受け、城に入るだけでも一苦労する場所だ。

 しかしほんの一部の人間だけは特に見咎められもせずに通ることができた。

 城下町側の正門が開くと反射的に門番たちはそちらを見たが、見知った顔を確認するなりすぐに警戒を解いたのだ。


「……おや、勇者様。女王様と仲直りはできたのかい?」


 勇者が付き人を二人伴って出てくると、いかにも古参らしい門番が気さくに声を掛けてきた。

 勇者と女王の事はこの王都では皆が知っている。必然情報が出回るのも早く、町民たちも盛んに声を掛けてきた。

 勇者は何やら思い詰めていて話せる状態ではなく、代わりにはぐらかすルネットは一苦労だ。

 付いて歩く長身の騎士は愉快そうにそれを眺めていた。


「いやぁ、勇者様のご人気は随分なものですね。これほど人徳ある英雄が我らが主君と懇意とは、一国民として喜ばしい限りです」


 勇者ルカは純朴な少年だが、そんな彼にも長身の騎士の胡散臭い雰囲気はわかるらしい。

 見え透いた薄っぺらさがある台詞に何となく表情を険しくしながら、付き従う男に振り向いた。


「……おっちゃん、小母さんの騎士なんだよな。俺についてきていいの?」


「えぇ、勿論。仮にも魔界に向かうのですから、先代様のような事態になっては困りますからね。下手な者に護衛は務まりませんよ」


 先代勇者と聞いて、侍女の表情が曇った。

 王国では、一般に勇者は唯一無二の存在であるとされている。

 その唯一は『守護者』であり、他二つの勇者たちは勘定に入れられていないらしい。

 王国に伝わる勇者が、人間に都合のいい救世主であることがその理由だろう。人間を裁く『審判者』は印象に合わないのだ。

 だからつい最近まで、ルカは兄が死んだものと思っていた。

 自分が勇者に選ばれた時点で、先代たる兄はこの世を去っているものだと、そう思っていたのだ。

 だが勇者の剣が見せた夢によって、彼は王国に伝わる伝承が偽りだと知っている。

 勇者が唯一のものではないのなら或いは、と。

 そう思っていたところに、突然現れた太后とその騎士はまさに渡りに船の情報を差し出した。


「じゃあ、やっぱり兄貴は生きてるんだな」


 男がにやりとしながら頷くと、否応なく勇者の瞳は期待感に輝く。

 ルネットは複雑な面差しで彼の横顔を見ていた。




 まだ兄弟勇者を会わせてはならない。

 奇しくも人間の女王と同じ意見を魔王が述べた時、まだ知識の浅いルネットは首を傾げていた。


「……どういうことなのです。『守護者』と『審判者』は、役割を分けているだけで敵対関係ではない筈では?」


「イクトが人間を告発せぬ内はな」


 『審判』の仕組みは裁判に似る。

 世界に罪ある種族を『審判者』が告発し『守護者』が弁護する。

 両者の裁きが公正かを判断する『調停者』は未だ姿が見えていないが、まだ告発が行われていない以上、兄弟はただ同じ勇者同士というだけの筈だ。

 女王は政略的な問題から兄弟の再会を妨害したが、魔王が同じ意見である理由がわからなかった。


「勇者の剣は、本心を見る。あの剣は持ち主の意に反することでは力を発揮できんからな。弟勇者には、あくまで人間の味方でいてもらわねばならん」


 それは、兄と再会すればルカは人間の敵になるということだろうか。

 一瞬考え込んだルネットは、しかしすぐに目を見開いた。


「……勇者様は、自分が人質であったことを知らない。お兄様が黒騎士であることも……」


 ルカはあくまで、自分が敗戦国の子息だったから戦後に虜囚になったと思っている。

 兄が旅立ったのは勇者だったからで、自分の境遇とは関係ないと。

 ルカは友人になった王女、現女王に、嬉々として兄の使命を語っていた。だから女王も周りも本当のところを隠していられたのだ。

 彼は今でも、少なくとも現段階では勇者が人間の救世主であると信じていた。

 だからこそ王国内であれほど精力的に活動できたのだ。

 そんな彼が真実を知ればどうなるか。

 三つの勇者の中で唯一、人間を守る存在の彼が自分が守る者の醜さを知ったなら。


「勇者の力は気持ち次第だ……『守護者』が守るべき存在に愛を失えばその力は失われ、イクトは完全に抑止を欠くだろう。それは『黒幕』も承知のはずだ」


「では、黒騎士殿が先王様を討ちに行かれた時は何故止めなかったのです。あの時に二人が出会っていたらまずかったのでは」


「なればこそ」


 『黒幕』の目的が『審判』にあるならば、それは恐らく勇者同士を再会させようとする。

 それは、魔王の目論見が見抜かれ、同時に『黒幕』の目的も魔王に割れる時だ。


「あの時イクトは超常の力による妨害は受けなかった。人間共は何とか勇者を隠し通したが『黒幕』が再会を止めたいなら恐らくあの騎士が出てきただろうからな。出てこなかったというのはそういうことだ」


 それを確かめるために魔王は黒騎士を放置した。

 実際彼に邪魔が入らなかったことで、魔王は『黒幕』の居所に目星を付けられた。

 危険な賭けにも思えたが、当時はどちらにしろ国王を止めなければならなかったのだ。

 魔界へ進攻しようとしていた彼の王は、あの少年が止めなければ魔王が自ら打って出ていた。


 思えば、それすらも。


「……『黒幕』があの娘の指輪の使い手を狙っているなら、あるいは先王をあおって我らに倒させたのかもしれん。それこそあの者が出てくれば、勝てずとも王の命くらいは守れたかもしれんからな」


 黒騎士の剣をただ一人、一撃でも防いで生き延びて見せた長身の騎士。

 最初の邂逅も魔王はリズを通じて見ていた。そうでなくとも黒騎士に存在を知られ警戒されている。

 下手に動けば魔王に察知されることも、敵はわかっていた筈である。

 だからこの時の魔王は、少なくとも自分の感知できる範囲に敵が現れるとは思っていなかったのだ。




 しかして太后は特に隠れる様子もなく現れ、兄勇者が魔界にいるとの情報を渡してきた。

 女王と喧嘩中の勇者はまんまと口車に載せられて分断され、山を張られているにもかかわらずダインは監視役として付けられた。

 事情を知っているルネットにも、腕輪を通じて見ている魔王も、これでいよいよ確信が持てた。


――敵は冥界にいる……。


 彼の地への扉を開ける唯一の存在を魔界が握っている以上、勘付かれて黒騎士をけしかけられる前に『審判』を引き起こしたいらしい。

 方法については見当もつかないが、今あの少年を守っているのは魔王と魔族たちだ。

 ダインが敵なのも間違いないが、黒騎士の一撃を防いだこの男とて魔界では分が悪い筈だろう。


「ところでルネットさん、あなたこそ陛下付きの侍女では? 我々についてくる必要はない筈ですが」


「……丁度、陛下に勇者様に会うようにと命ぜられておりました。次の命が無い以上、問題ありません」


 太后が女王と一緒なのは心配だったが、ダインと勇者を二人きりにするわけにもいかない。

 敵同士なのは明確ながら、あの女は娘の命だけは保障するだろう。

 それにこちらには魔王の監視も付くのだ。

 まさか腕輪から魔界に監視されているとも思わないだろうし、敵が魔界に迫る以上警戒を呼び掛けるには都合がいい。

 本来であれば勇者を直接引き止められればいいのだが、一侍女の立場で太后には逆らえない。

 ましてこの騎士とは、太后の下でつい最近まで同胞だったのだ。できることは限られていた。


「勇者様……この男を信用しませんように」


「大丈夫。言われなくても嫌な予感してた」


 幸い、この侍女は勇者とも馴染みで信用がある。密かに呼びかければすぐ頷きが返ってきた。

 危険な同伴者との厳冬期の旅。

 この長身の騎士は、少なくともルネットの力では太刀打ちできないだろう。

 勇者を守らねばならないが、いざとなれば彼の力が必要だ。

 ルカも心得てくれたようで、馴染みの侍女の隣で勇者の剣に手をかけていた。


 魔王が勇者を待ち続け、黒騎士が知識を授かり回り始めた事態。

 結果、今敵が姿を現し、魔界に迫り始めた。

 それは彼らの調査が核心を突いていた証だ。

 敵は黒騎士や魔界の力を恐れている。だからこそ彼らが己の所在に迫ると焦って動き始めた。

 世界を脅かす巨悪の討伐は勇者の使命。

 兄勇者は人間で一番早くそれに辿り着き、ついに戦いは弟勇者を表舞台に表した。

 最早王国も無関係ではいられない。

 人間たちも巻き込んで事態は更なる混迷に呑まれるだろう。


「ご対応を、魔王様……」


 静かに腕輪へ呼びかけながら、ルネットは横目で騎士を睨んでいた。



人物紹介……ダイン


年齢……不詳

体格……high 195cm weight 89kg

外見……白色人種 赤髪 金眼


太后の腹心。北方領の騎士。

人間でありながら勇者の攻撃を防ぐ謎の力の持ち主。

物腰柔らかで口調は丁寧だが、視線や所作から独特の不穏さを発する。

太后と縁深い事で守護神や神気の知識もあるようだが、現状では正体不明の人物。


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