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3話


 女王は側近が勇者を説得する間、今度は客人に構っていた。

 おおらかな梟男は気にした風もなかったが、流石に荒れ放題の会議室でいつまでも話してはいられない。

 先は控えていた臣下たちも呼ばれ、食堂へ場所に移してささやかに歓迎の会食が執り行われた。

 魔族の客人など王国の記録上初めてだ。

 記録以前にはあったのかもしれないが、王国と魔界の交流がいつから断絶していたのか、最早誰にもにもわからない。

 当然ぞんざいな扱いはできない筈なのだが、


「これが魔物……いや魔族」


「なんと面妖な」


「やはり化け物ではないか」


 集められた老文官たちは揃い揃って言いたい放題である。

 彼らも一応声を潜めているのだが、魔族は人間より遥かに耳が達者だ。

 何もかも聞こえている梟男は居心地悪そうに席に座っていた。


「……人間の蔭口というのは随分大声なのですなぁ」


 女王が横目で老人たちを睨みつけると囁き声は収まったが、彼らを監督するのは心底頭が痛そうである。

 客人から不快というより同情の視線を送られて、若き君主は苦々しく笑った。


「ご無礼をお許しください、魔族の方。皆初めてなもので、怯えているのです」


 大きな四角い卓を挟んで女王と梟は対座する格好になっているが、脇に座る者たちは明らかに梟男と距離がある。

 食事時だというのに梟の背後には槍を構えた兵士たち。

 勿論、招き入れた女王の指示ではない。この場の誰か、もしくは女王以外の全員が手配したのだろう。

 入口もがっちりと固められ、どこからどう見ても歓迎の雰囲気ではない。


――前途多難ね。


 守護神が復活すれば、王国の秩序は魔界と同じになる。

 必然魔族たちに世界についての教えを請わねばならないことも増えるだろうし、喧嘩などしている暇はない。

 どうせこれだけ派手な来客なのだ。

 隠し通せない以上、次善の手として交流を作っておきたかった。

 人間は今のうちに少しでも魔族に慣れておかねばならない筈だが、道はまだまだ長そうである。


「……む、おぉ、人間の飯は美味いですなぁ。この黒い汁は何です」


「小麦粉を炒めたソースですわ。ドミグラスと言うとか」


「どみぐらす……ふむ、王国の味付けは多彩ですな。魔界で味付けと言えば出汁と塩くらいじゃ」


 逆に梟男はいくらか柔軟なようだ。

 周りの声は時と共に気にしなくなり、魔界ではお目に掛かれない宮廷料理に舌鼓を打っていた。

 翼人族は翼を手のように扱う。指先に当たる部分には羽があるだけなのでナイフとフォークは使えない。

 皿を持っての犬食いになるので優雅とは言えないが、ひとまず喜んでいるようだ。

 機嫌を取れたところで、女王は為政者としていくつか質問を投げかけてみた。


「今塩と言いましたが、魔界にも流通はあるのですね。あなたの部族ではどのように塩を仕入れているのですか」


 人間側の常識として、友好的な勢力同士の間では通商があるものだ。

 魔界では魔神が発生する手前、紛争の類は全面的にご法度だ。

 となれば当然に部族間でもモノのやり取りはあるはず、との考えだった。

 しかし、


「仕入れると言っても……もらっとります」


「貰う、ですか」


 女王は驚いた。

 魔界には通貨とモノを替える、所謂商売の概念が無いという。

 暮らしは大抵自給自足であり、自分の領内で採れないものは他の領地に住む魔族に工面してもらい、自らも何かを差し出すのが魔界における取引らしい。要は原始的な物々交換だ。


「塩は海に住んどる銀鱗族……魚の魔族が川伝いに運んできてくれます。ワシらは代わりに、武器の材料の石を寄越したりですな」


「石……」


「えぇ、ほれ、これですじゃ」


 どのように仕込んでいたのか、梟男は羽毛から小剣を一本取り出して見せた。

 食事の場であまり安易に武器を取り出したので場がざわめいたが、女王が鎮めた。

 護衛がぎらつかせている金属の武器に比べると鈍い光。

 兵士の中には石に知識を持つ者もいた。

 梟男から剣を受け取った一人が検めると、それは王国でも見ることができるものだった。


「これは……黒曜石」


「本当にただの石くれだ」


 黒曜石は強打すると薄く砕け、その欠片を研げば自然と刃物になる天然石の一種だ。

 しかし、加工されているとはいえこれはただの石に過ぎない。

 精錬された鉄と比べ、武器としての性能は格段に落ちる。

 物々交換に石の武器。

 王国と比べると魔界の文化の程度は随分低いらしい。

 魔族は恐ろしい存在とだけ思っていた人間たちは、いくらか相手への警戒を解いたようだった。


「さような武器を使うとは……」


「魔界の軍事力はこの程度か」


「黒騎士以外は恐るるに足らんな」


 ただし親しみではなく卑下という形だ。飽くまでも彼らは戦うつもりらしい。

 梟男からすれば解せない話であった。

 彼らが石の武器を使うのにも立派に理由がある。

 それは現在の人間には決してわかりようのないものだった。


「神気を込めれば、主が生きる限り武器が挫ける事など無いでしょう。錬鉄など木の無駄ですじゃ。木を無用に伐れば魔神の目覚めを早めまする」


「神気? 魔神?」


 耳慣れない単語に、あちこちから疑問の声が上がった。

 魔族というから見に来た者たちは、この梟が何故王国に来たのかもわからない。

 少女王は自分より年上の、しかし知識に劣る臣下たちに現況を話さねばならなかった。




 会合の後、客人の梟には客間が一室あてがわれ、かくして人間の頭を張る者たちは世界の状況について知ることになった。

 当然の如くほとんどの者が半信半疑だ。

 鉄の武器と数を揃えて同族同士で戦うのが人間の常識だった。

 石の武器を携え少数精鋭で山を倒そうとする魔族たちの話は、あまりにも王国の人間、特に政経を 担当する者たちには縁遠いお伽噺の世界である。

 このまま兵士たちに伝えるのは難しいだろう。何せほとんどが現物を見たこともないのだ。

 なので魔族や魔神の存在を実感として知っている者たちから周知をしなければならなかった。


「それで、私を呼ばれたというのですな」


「えぇ、西方卿。人間の領地でまともに魔神を見られるのはあなたの領地だけだもの。委細は知らなくても魔神がお伽噺でないことはわかるはずよ」


 部下の兵士たちと共に大部屋に呼ばれた小太りの貴族は、西方領の領主を務める男だった。

 王国内で魔界と隣接する西の領地は、彼の地との争いがある時は常に前線だ。

 なので西方領の主は伝統的に武人肌で逞しいものなのだが、この男はその中でも軟弱で知られていた。

 本来は西方にも頼みにできる英雄がいたのだが、


「……本当はご子息に頼みたかったのだけど」


 女王が言うと、西方領主は見るからに苦い顔をした。


 この領主は南方領が中央領に謀反を企てた際に南方騎士団との同盟を裏切り、中央についた。ある意味王国統一の立役者ともいえる人物だった。

 融和の証として、西方領の嫡男と南方領の姫君は婚約を結んでいたが、領主が約束を反故にしたことで白紙となった。

 以前、女王があの少女を保護しようとした原因の一つがこれだ。

 金髪は古代より南方騎士たちの人種であり、姫君も美しい金髪をしていたという。

 太后が追う金髪の少女。

 女王はまさか自分の姉などと思いもせず、それを南方領の姫君と誤認したのが以前の邂逅だった。


「南方の姫君らしき人物を見かけたのだけど……見当違いだったわ。本物だったら呼び戻せたかもしれないのに、悪いわね」


「……お、お心遣い、痛み入ります」


 女王は皮肉無しに言っていたが、男の丸い顔は脂汗まみれである。

 領主は割り切って判断したが、肝心の領主嫡男と姫君は政略関係なしに熱愛だったという。

 姫君は南方騎士団と共に姿を消し、父の暴挙に怒った嫡男は許嫁を追って領地を出奔した。

 結果、西方は戦火に飲まれることなく荒廃は免れたが、領主子息を失った民たちの落胆は酷いものだったという。それほど優秀な器だった。

 そういったわけでこの男自体に人望は無い。

 それが他領の民や兵士たちに魔神の姿や在り様を話したところで円滑に情報が出回るとは思えないが、他に適任がいないのだ。

 魔界とは何とか融和しなければならない。

 人間が在り様を改められなければ、あの黒騎士は人間を世界の癌として斬り捨てに来るのだ。選択肢はない。

 王国で最も魔神の姿が見られるのは国境要塞であり、そこの総責任者は先王の代から西方領主だ。


 そう、先王の代から。

 女王がこの男にモノを頼みたくなかった理由はもう一つある。

 王宮勤めの長い重鎮たちは、若い女王にあまり融和的ではない。

 彼らの中には未熟な君主を侮り、その威に従わない者も少なくなかった。

 権力や財は古株に集まるものだ。それらが目当ての者もまた、若い少女王には面従腹背であることが多い。

 先王亡き今、そんな彼らの忠誠が向かう先と言えば、一つしかない。

 大部屋に入ってきた人物に、西方の兵士たちはざわめき声をあげた。


「あらあら……大変な話になっているようね」


「! お母様……」


「た、太后さまっ」


 女王は思わず声が低くなった。およそ母を相手取る態度ではない。

 逆に西方卿は見るからに声が弾んだ。

 彼からすれば助け船なのだろう。この王国でほぼ唯一魔神の威力を知る人物だ。そんな西方卿が守護神の復活など歓迎するはずもない。

 妖艶な笑顔を浮かべた貴婦人は、育ちの良い女性特有の穏やかな声で娘に話しかけた。


「守護神に、魔神。それと戦えだなんて、兵士たちにも民たちにも受け入れられる話ではないわね」


「……そうしなければ大陸は滅ぶのです。拒めば黒騎士は『審判』を引き起こし、どちらにせよ我々人間を滅するでしょう。他に選択肢は」


「あるわよ」


 少女王は目を真ん丸にした。

 今話を聞いたばかりの兵士たちは、ついていけずに目を点にしている。

 彼らの反応を何かと見せつけながら、太后は娘の手を取った。


「少し話をしませんか、女王陛下……誰もいない場所で」


 少女王の白い額から、汗が一滴落ちた。



世界観紹介……この世界の武器


人間の文化レベルは火薬を実践レベルで使い始めたくらい。

具体的には大砲の初期型がある程度で銃はまだ普及しておらず、鉄の剣や槍が現役の時代。

魔族の武器も同じく原始的なものだが、主に石や木を削って作られたもので、武器そのものの威力は低い。

これは本編で梟のルオ爺が言及した通り、錬鉄は大量の燃料を要し、木を伐りすぎれば魔神の発生を早めるためである。


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