3話
七年前のある日。たった今と同じ雪の頃だった。
魔界は魔王城、その玉座の間に二人の客人が訪ねてきた。
片方は魔王にとっても馴染みの顔だ。
まるで雪原に溶けるような色の狼は、魔王とも付き合いの長い獣族の王、フェンリル。
しかしその傍らに連れられた小さな影は、魔界の守護者にとっては珍しい存在だった。
「……狼王よ。それはなんのつもりだ」
魔界は、その名の通り魔族たちの領域である。
魔族は魔神との戦いのため、あるいは厳しい環境への適応のため、その多くが毛皮や甲殻、鱗の鎧で身を固め、爪牙は鋭く長い、強靭な姿をしているものだ。
現れた小さな客には、それが無い。
黄味がかった白い肌は服で覆われている所以外は野ざらしで、爪は丸く鈍い。
口元も牙は無く、耳も尖っていない。鼻も出っ張っていない。
戦うための獲物は、その背に負われたどう見ても身の丈に合っていない剣が一本だけ。
それが剣ではなく、彼の故郷で『刀』と呼ばれるものだったのは魔王も後に知ったのだが、とにかく魔界にはいない筈の人間。その子供。
伸び放しの黒髪の下で、光を失った赤い瞳がぼんやりと虚空を見つめている。
小さな体をやはり押し着せられた感じの装飾で武装しているが、白っぽい装束はあちこちが返り血で赤黒く変色し、見るからに只ならぬ様相だった。
「なに、我が領地のはずれで拾ってな。人間の大人たちに囲まれておったのじゃ」
「で、貴様が助けたと?」
「いや、一人で全員殺しよった」
魔王は眉をひそめた。
魔神と戦う彼らにとって、同族同士で争う人間の力など取るに足らないものだ。
だが、どんな生き物でも大人と子供の力の差は変わらない。
こんな幼い少年が、大人たちに囲まれて挙句全員を殺したと。
そう言われれば、魔王はすぐに一つの答えを見出した。
「……勇者か」
狼王は頷いた。
世界に危機が訪れた時、天啓を受けて力を得、世界を救う伝説の存在。
しかし人間たちの間ではその伝承から真実が色褪せ、今では為政者の良いように飾り物として使われている。
この少年もその例に漏れなかったようで、
「おい小童、こやつが貴様の狙っておる魔王じゃ。かかって行かぬのか」
狼王に焚き付けられるとその目に危険な炎が宿った。
「……貴様が……魔王」
「そうだが……で、狙っておるとは何のことだ? 貴様が我から何かを奪えると?」
「命」
「ほお?」
少年が全身から吹き上げているのは、十分大人も圧倒できるだけの殺気だ。
しかし魔王は笑っている。
どんな力を持っても人間、それもこんな小さな子供が気炎を上げて自分を睨み、身長を考えない長剣を抜いて構えている。
そのちぐはぐな姿に、悪魔の顔は失笑を禁じえないようだったが、
「貴様を、殺せば……」
「………」
次の瞬間すぐに笑みが消えた。
真剣に相手をするはずもない。
ただ呆れただけだ。
「弟はっ、自由になるんだぁぁぁっ!」
こんな幼子相手に人質を取り、手前のために死なせる人間の大人たち。
古の時代に魔神の被害を嫌って守護神を排した、あの身勝手な種族の変わりようの無さに。
返り討ちに遭い、気を失った少年を見下ろしながら、二人の魔族の王はさめざめと溜息を吐いた。
守護神、魔神、神気、そして魂。
王国を送り出されるなり刺客に襲われ、呆然としていた少年に真実を伝えるのは魔王にも骨が折れる事だった。
厳しい家庭で育ったらしい少年は、叩きこまれた人間の摂理と大きくかけ離れた世界の真実をなかなか受け入れようとせず、何かにつけて、
「そんなのは嘘だ!」
「出鱈目だ!」
「教えられてきたことと違うっ!」
こういった言葉を叫んで癇癪を起した。
その都度魔王に挑んで返り討ちにされてはベッドに張り付けられたそうだ。
やがて狼王に引き取られて魔神の脅威を垣間見、少年は魔王の言葉が真実であると受け入れていったが、それはそれで彼の心に大きな傷を残していった。
「多くが失われていても、流石に『審判者』の恐ろしさまでは完全に忘れていなかったのだろう。勇者たちの旅立ちは、魔王を殺すためではなく勇者自身を消すためだった」
魔王の言葉に真実を見出すという事は、人間の嘘と向き合うという事だ。
そもそも彼は魔界に送られてきて早々、人間の刺客に襲われている。
自分を送った者たちの欺瞞に気づくのに、それほどの時間はかからなかったという。
「だが奴は生き残り、自分の『勇者の剣』を見出して『審判者』として目覚めた。『剣の天啓』が示した場所が魔界だったのも偶然ではないだろう。剣を得るなり奴は人間を叩き斬ろうと勇んだが、我らが止めた。斬れぬ者がいたはずだからな」
「………」
そこで弟の存在がタガとなったのだろう。
しかし、少年は魔王を斬るという条件で魔界に来た。
それが果たせなかった以上、担保になっている弟の命がどうなっているのか、魔界の誰にも分らなかったのだ。
確かめたくても、魔族が王国に行くのは難しい。
安否がわからない以上、少年も戻るわけにはいかない。たとえ生きていても、兄である彼が生きているのを見つかれば、今度こそ弟は殺されてしまうかもしれないからだ。
七年前というから当時は十歳。
まだあどけない彼が、いくつもの運命を双肩に載せて悩む姿は、想像するに痛ましい。
その頃から自分の命をどうすべきなのか、彼はずっと考えていたのだろう。
魔界や魔族たちの事となると感情的なのに、人間や『審判』の話になるとやたら淡白になったのは、あるいはこの時すでに死ぬ覚悟を決めていたからなのかもしれない。
悪魔は広い肩を竦めた。
「現に最初は死のうとしていたな……自分が死ねば審判は起こらぬからと、弟を斬りたくない一心だった。だが、あれの里親になった獣の一家はよくやってくれた。そこの娘が懸命に励ましてな。なんとかそれは思いと留まらせた」
「……?」
そんな一家がいただろうか。
少女は獣族たちの顔を思い出したが、あの少年と家族のような関係にあったのは狼王だけだったはずだ。
彼と同年代で魔族の少女は覚えがない。
思案していると魔王が首を横に振った。
「今はおらん。家長の父が死に、母子は境界に渡ったからな」
「……!」
養い手を喪い、一家は魔界で生きていけなくなったらしい。
勿論、原因は魔神だろう。
口減らしのために母子は境界に渡ったが、勇者である少年はそれもできずに留まった。
この頃にはすっかり魔族に情が移っていただろう彼は、度重なる魔神の出現が何に起因するのか知っていた。
元々疑念に満ちていた人間への感情は、これを機にいよいよ修復不可能となっていったのだ。
彼が人間に冷たいのも、敵対すれば容赦なく惨殺するのも、全てこういった経緯からくる態度なのだろう。
出会ったばかりの頃は、少女も碌に口を利いてもらえなかった。
魔界に渡った経緯が似ていたからこそ、現在のようにまともに話せる間柄になれたのだ。
当時を思い出し一人納得する少女に、魔王は続けた。
「……何にせよ、奴は死ぬことを思い直した。自分が死ねば『審判』は行われず、さすれば魔界も滅ぶのだと。ずっと自分を世話してくれた者たちが死ぬのだと気づいたのだ」
彼の世話をしたという一家が今どうしているのか、それは魔王にもわからないという。
境界への旅は、大抵は道中の砂漠で力尽きる過酷な道行き。
少年は旅立った母子の身を案じ、このような状況を招いた人間の父祖を呪った。
「だが弟も諦めきれん以上、どの道時が満ちるまで『審判』は行えん。しかして直接探すこともできん。やりようのなかった奴は、せめて人間の罪滅ぼしにと魔界中を巡り、勇者の力を振るって魔神と戦い続けたのだ」
魔界であの少年の名を知らない者はないという。
少女はまだ獣と妖精以外との面識はないが、少なくとも魔族は誰も皆、彼に好意的だった。
魔神は各種族の領地に地形が変わるほどの甚大な被害をもたらす。
あの少年は持ち得た力の全てで以ってそれを食い止め、多くの命を救ってきたという。
その点から見れば魔族にとって黒騎士は間違いなく英雄だ。
だから誰しも彼に親しみ大切にしてくれる。
だが、彼の力を持ってしても魔神が生み出す犠牲は大きく、それを解決する手段は二つしかない。
――でも、どうして皆『審判』を止めてまでイクトを守ってくれたんですか?
人間の守護神を復活させるか、人間そのものを消し去るか。
魔族からすれば後者が手っ取り早い筈だ。
弟のことなど忘れさせて幼い彼を焚き付け、人間を消し去ってしまえば今頃すでに全ての問題は片付いていた。
魔王は人格者だが、甘いだけの男ではないだろう。
あくまでも魔界の王である彼は、人間がどうなろうと構いはしない筈だ。
最善の手が見えているだろうに、あえて使わなかったことに少女は首を傾げていた。
「確かに、我とて本来なら人間の存亡などどうでもよい。だが、イクトに……『審判者』に死なれては困るのだ。かつてより人間の守護神の事で一つ心当たりがあったのだが、貴様らの旅でいよいよその可能性も無視できなくなってきた」
「……?」
「『審判』について、イクトから細かいことを聞いたか?」
首を傾げる少女に、魔王は少年から聞いたことを反芻させた。
『審判』は罪を犯した種族に下される裁きであり、それによって命を落とした者の魂はこの世から消え去る。
そうして魂を扱う守護神に負担をかけずに粛清を行うものである、と。
紙面に書かれた内容に間違いはなかったようで、魔王は小さく頷いた。
「ふむ……あの小僧、概ね全て伝えたようだな。だが一つ抜けている」
「?」
魔王はメモの『魂がこの世から消える』との一文を指さした。
「確かに魂はこの世から消える。だが『この世』から、というのが肝心だ。魂は決して存在そのものを消すことができぬ。守護神でさえもな。だから審判に掛かった魂にも、行く所がある。それは『冥界』という」
『冥界』。
曰く、そこは古の時代より『審判者』の裁きを受けてきたこの世界の巨悪たちが末後に辿り着く場所だという。
「『審判』を受けた者たちは、己が種族の犯した罪状をその地を治める守護神『冥界神』に延々告発され、責め苦を受けるという。長い罪滅ぼしが終われば一部の選ばれた魂は現存する種族に生まれ変わるが、生まれながらに前世の記憶を持ち、口を利けるようになると生きる者たちに『冥界』の恐ろしさをありありと伝えるのだ。世界に背いてはならぬとな。それ故今も、我を含め長寿の魔族の一部は知識としてそれを知っている。勿論『審判者』自身もな。だが現にその場所を見た者は、今はもうおらぬ」
かつてはちらほらといたらしい冥界からの回帰者も、今は皆死んでしまっていないらしい。
それ故、現在の『冥界』の様子を確かめる術は無い。
だからこそ魔王はこれまで、ある可能性を排除できずにいたのだ。
「守護神は魂であれ肉体であれ強い気配を放つものだ。神気を扱える者なら誰でも気付ける。少なくとも守護神の守る領内であれば、イクトも我らも見逃すはずがない。魔界でも王国でもな。となると、人間の守護神は『死んでいないのにこの世にいない』事になる」
確かにそうと考えればわかりやすい話である。
声は出ないが、少女は「あ」と口を開けた。
「そう、守護神の肉体は『冥界』にある……かもしれん。そして冥界の扉を開けるのは『審判者』だけだ。イクトが今死んだとしたら、次の勇者が生まれる頃にはすでに手遅れになっているだろう。そうなると『冥界』に何があったとて、確かめる術が無くなるのだ」
――何がって、何ですか?
守護神の居所についての仮説としては間違っていないのだろうが、ここまででも『審判』を止めたがる理由にはなっていない。
守護神がどこにいたとしても、人間が消えるのなら同じことだ。
しかし魔王の懸念は、そもそもこの問題の根本的なところだった。
「守護神を消せる存在……奴の弟が探しておる『黒幕』。我が追う者は、それだ」
「!」
少女も一度『黒幕』なる言葉は聞いたことがある。
思えば少年は、勇者や守護神の行方と共にずっとその『黒幕』の手がかりも探していた。
守護神を消せる存在がいるとすればただ事ではないと、旅立つ前から彼はその存在をほのめかしていたのだ。
ここで話が最初に戻るとは。そう思って一人感心していた少女の隣で魔王が立ち上がった。
「……まぁ、こういうわけだ。守護神を消せる……冥界送りにできる存在など、それを狙う者など到底見過ごせん。守護神一体消えるだけで魔界も我らもこの様なのだ。冥界に送られただけなら当時の『審判者』を使ったなど考えられるが、そもそもそんなことを考える輩がいる時点で異常だ。魔王として到底看過に堪えん。どうあっても人間の守護神は探す必要がある」
悪魔の偉丈夫は立ち上がれば座った少女の裕に三、四倍は大きい。
しかし魔界の王は小さな人間の少女の前で段を降りて身を屈め、彼女と目線を合わせた。
「守護神を探すにも、黒幕を探すにも……当代の勇者たちは欠かすことができん。まだまだ出来損ないの弟勇者はその分味方も多かろうが、イクトに人間の味方は貴様だけだ。無論我ら魔族はあれを尊重するが……魔族では『審判』を止められん。人間でなくてはならんのだ」
「………」
斬りたくない相手が人間にいなくなった時『審判』を留めていたタガはすべて外れる。
弟との再会が果たせない以上、あの少年を留めるのはもはや少女ただ一人だ。
その理屈だと勇者たちさえ生き残ればいいという事にもなるが、
――もし『審判』が起こったら『審判者』は……イクトはどうなるんですか?
正直、少女にとっても分かりきった質問だった。
そんな大掛かりなことをして、実行者が無事なはずもない。
魔王の答えもさらりと軽いものだった。
「無論、自種族と運命を共にする。勇者は世界の自浄作用だ。だから勇者は、罪を犯した種族からしか……今は人間からしか生まれんのだ」
思えば、この魔王はずっと『黒幕』に繋がる真理を追っていたはずだ。
きっと先代の勇者たちにも、何とか接触を試みてきただろう。これまで『審判』が起こらなかったのも、きっとそれが原因の筈だ。その上で、一度として成功しなかった。
生きて出会うことが、できなかったのだ。
「……多くの幼子が散って逝った。『審判』を嫌い、自ら命を絶ってきた。あるいは愚昧千万な人間の老いぼれ共に消されてきた。無事に育ったのを見たのはイクトが初めてだ。それも最早三年しかもたん。これが」
堅く刺々しい手がぐっ、と握り拳を作った。
「これが最後の機会なのだ。真実を知り、なお生き残った『審判者』はあやつ一人だけ。この機を逃さば、この世界に潜む真の巨悪を永遠に取り逃がす……そのために、あやつの心を損ねてはならん。あれを支えられるのは貴様だけだ」
「………」
いつも彼についていくだけだった少女には、余りに大きな話に思えた。
少女に他の人間より優れた点があるとすれば、ただ失われた知識を持っているという事だけだ。それもすべて魔族やあの少年の受け売りである。
戦えず、喋ることもできない。後者は特に致命的だ。
支える、などと言われても。
――でも、私なんか……。
できる事ならそうしてやりたい。
少女自身、誰より彼に恩がある。
幾度も刺客に命を狙われ、その都度助けてくれたのは彼だった。
魔界に導き、住まいを与え、紆余曲折あったが仲間と認めてずっと守り続けてくれた。
だが有り体に言って少女は足手纏いである。
戦えないだけならいい。
出鱈目な戦闘力を持つ彼に助力は必要ないだろう。あの鬼神のような剣士がか弱い少女の手を借りたい状況など想像もつかない。
だが自分が危険な時に助けを求めることができない少女は、あの少年にとってはいかなる場合も目を離せない存在だ。
何故、突然に口が利けなくなったのか。
少女は、一人自分を責めた。
これまで一人で暮らしてきて、そんなことを気にすることはなかった。
話す相手がいなかったからだ。
だが今は彼がいる。魔族だが仲間もいる。
せめて「助けて」と叫ぶことができれば、彼は目の前の事に集中できる。
何かを見つければ報せてやれる。
普通は誰しも、当たり前にできることだ。
幼い頃に失われた声を、これほど惜しんだことはない。
表情に影が差す少女に、しかし魔王の言葉は遠慮が無かった。
「いかにも、貴様は斬った張ったの勝負では一切役に立たん。確かにこの上ない足手纏いだろうよ」
当然のように細面が俯き、小さな肩が下がる。
ただ、この王は遠慮なく真実を言うだけで相手を貶めるつもりなどない。
「だが、むしろ」と、大きく厳つい手が少女の肩に添えられた。
「あれには足手纏いが必要なのだ。イクトは貴様と対照的に戦う事しかできぬ。誰かが足を引っ張って振り向かせてやらねば自分を保つことができん。何とかして力の矛先を逸らしてやらねば、奴は敵と定めた者を見境なく殺し尽くすのみだ」
だから、ずっと弟を探していた。
幼い頃自分に甘えていた弟を。
守るべき存在を。
だが、その弟は彼の元には帰ってこない。
そのために、あの勇者には守るべき者が必要だ。
それも弱ければ弱いほど注意を惹ける。
魔族は皆逞しく、守られっぱなしではいてくれない。
その点条件に合うのは、人間である少女しかいないのだ、と。
「頼む、小娘……いやリズよ。今は貴様しかいない。我らが黒き勇者の剣を納めさせ、その手を取って歩いてやってくれ。来るべき時に力を振るえるように、あやつの虚ろな手を、剣の代わりに埋めて休ませてやってくれ」
屈強な肉体に対して端正な顔が、貧弱な人間の少女とまっすぐに向き合っている。
今までは魔王に命じられて行ってきた監視役。
だが、今の言葉は命令ではなく明らかに頼みといった風だ。
そもそも少女は義務感から少年を見守っていたのではない。
他にどうしようもなかったし、そうするだけの義理も情もあった。
共に故郷を追われ、家族もない。
旅の相棒に共感と親しみを持っていたのはこちらも同じなのだ。
家族や仲間を深く愛し、それを奪う者にはどこまでも苛烈な彼が、少女は旅の間もずっと気がかりだった。
家族の敵を排除しながら、多くの人の恨みを買い、孤立していくあの少年がずっと心配だったのだ。
彼に守られてきた者として。
「………」
ただ足を引っ張るだけ。
それで彼が救えるというのなら少女に是非は無い。ただ傍にいればいいだけだ。
静かに頷く小さな顔を見て、魔王は薄く微笑んだ。
「感謝する……ひとまず、守護神の事は我に任せるがいい。冬の間に調べ、我が配下たちが冬眠を明けたら探させよう」
少女から離れた魔王は、眠る配下を掬い上げると玉座に戻った。
「……くすっ」
「なんだ」
威厳たっぷりの悪魔の偉丈夫の膝に、可愛らしい妖精が乗っかっている絵は何とも力が抜ける。
思わず笑ってしまった少女は、この王がどんな人々の頂点であるかを改めて確認した。
明日をも知れない身だからこそ、傍らの仲間を愛せる魔族たち。
あの少年はそんな彼らにこうも大切にされている。
少女も今は家族が無い身だ。頼もしい仲間たちの存在は、彼女にとっても強い心の支えだったが、
「……そうだ、時にリズよ」
「?」
魔王の目には、三つの景色が映っている。
一つは彼自身の視界。
瞬きをすれば、その中には監視装置の腕輪で繋がった少女の視界が見える。
右目に見える景色は、たった今目の前で魔王を見つめている金髪の少女のもの。
逆に左目を閉じると、そこに映っていたのは黒騎士の少年だ。
視界の主はたった今あの少年と対峙し、敵意と疑念に満ちた瞳に射竦められている。
彼があのような目を向けるのは人間だけ。つまり視界の主は人間だ。
そして、
「ルネットという名に覚えはないか」
その名は、かつて少女が生き別れた家族のものだった。
世界観紹介……魔界における勇者
王国ではお伽噺の理想的な英雄として語られる勇者だが、正しい伝承が残る魔界では親しみと共に畏怖の対象である。
魔族たちは守護神や魔神と対するこの世界の原初の生き方に従って生きており、それ故魂の輪廻を何よりも尊んでいる。
そんな彼らにとって魂を消し去る『審判』はこの世の何よりも恐ろしい罰であり、死を恐れない彼らをして『審判者』は魔神以上に恐ろしい存在。
しかしだからと言って弁護人の『守護者』、まだ本編に登場していない裁判長『調停者』を特別持ち上げたりはせず、勇者たちは平等に崇拝されている。
他種族を無意味に殺める行為もまた世界への罪であり、逆に言うと彼らが相争うことを咎めてくれる存在でもあるからだ。
魔族たちにとってはある種の抑止力であり、魔神の存在も手伝って魔界では種族間の戦争が起こったことが無い。
守護神とはまた違った形での自然秩序の象徴であり、崇めるべき存在として大切にされている。




