3話
王宮内に黒騎士現る。
その凶報が伝えられるなり、真夜中の王宮はにわかに大騒ぎの様相となった。
当然、就寝中だった少女王にもすぐさま報せが届き、彼女は諸々準備を整えてから玉座の間に向かったのだ。
若くとも一国の君主である彼女は起き抜けの気怠さを感じさせない。
王国の中枢たる王宮の、さらに最上階に位置する玉座は少し小高い段の上に拵えた座から臣下を見下ろせるようになっている。
宝石や貴金属の煌びやかさは無いものの白石の彫刻が見事な威厳あるものだ。
更にその背後には巨大な扉と、同じく精緻な絵が彫り込まれた石室のような壁が聳え、玉座に座る者の背を後光のように飾る。
まだ少女である女王は、しかしそれらの装飾を背に負っても霞まない威厳を以って玉座の大部屋を治め、自身も金細工の鎧で身を固めて慌てふためく臣下たちに采配を振るっていた。
「……状況は?」
「はっ。仲間と思しき娘に手傷を負わせたのですが、激高した黒騎士に押されてその拍子に取り逃し……」
伝令の兵士は心底悔しそうな様子で話し、列を為して玉座の足元に控える臣下たちもいくらか苛立った顔をしていたが、彼らより遥か年下の女王は表情を動かさない。
不甲斐ない報告にも檄した様子は無く、落ち着いた口調でなお指示を飛ばす。
「引き続き、城内くまなく探しなさい。可能なら生け捕りにしてもらいたいけれど、現場の判断に任せます。敵わないようなら一旦退きなさい。もうこの際見つけて足止めだけでもいいわ」
「はっ」
伝令が去っていくと、部屋に残ったのはほとんどが中年以上の戦士ばかりだった。
誰もかれもいかにも重鎮、といった様子の渋みがかった顔立ちの騎士で、彼らの多くは先王の代からこの王国を支えてきた歴戦の勇士ばかりだ。
だが、平時なら落ち着いているはずの彼らの表情には余裕が無い。
今まさに城内に侵入しているのは、他ならぬ彼らの主をたった一人で葬った恐怖の黒騎士なのだ。
一度主人を失った手前か、若い女王まで殺させはしまいとこちらもそれぞれの部下にひっきりなしに檄を飛ばしていた。
「女王、どう思われます」
「……ダイン卿の事ね」
そんな中に、女王以外にも据わった表情をしている者が一人。
中年以上とはいえ戦える年齢の者ばかりが集まったこの玉座の間で、女王の傍に控えるのは総白髪の老戦士だった。
年寄りと言っても貧弱な印象は皆無だ。
王国軍の大将軍ラモナスは、この中で最も高齢ながらも筋骨隆々たる偉丈夫で、より詳しく言うならこの王宮内の戦士でも一番の巨漢だった。
傷跡だらけの厳めしい顔から発せられる声は見た目に違わず威厳たっぷりで、しかして話す話題は目下の敵の事ではなかったのだ。
黒騎士の仲間に手傷を負わせたという騎士の名前は、女王と最側近たる老将軍にまた別種の警戒感をもたらすものだった。
「……お母様からの援軍、と考えるのは安易でしょうね」
「ですな」
ダイン卿は太后の傍を守る第一騎士だ。
北方領出身の太后に古くから仕えてきた彼の騎士は王国内でも指折りの剣士として名高く、軍国派の先王もその力を欲したが決して太后以外の意に従おうとはしなかった。現に今も、女王は彼の騎士が城内にいることをはじめて聞いたくらいだった。
それ故ダインが現れるという事は太后の密命が動いているという事であり、母親と意見の合わない女王からすれば黒騎士以上に厄介な存在だった。
女王は、母親が以前からとある少女を狙って暗躍しているのを知っている。
黒騎士の仲間と思しき娘。それは恐らく。
「ラモナス将軍」
「承知。エミル、ここへ」
主君の意を察した老戦士は、臣下たちの列から一人の若い騎士を呼び出した。
厳つい顔ぶれの中から現れた騎士は白金の髪を刈り上げた颯爽とした出で立ちで、顔立ちも整った美しい青年だった。
この中では女王に次いで年少であろう騎士は古強者だらけの様相の中では大いに浮いているが、わざわざ名指しで呼ばれるだけあり落ち着いた振る舞いで女王の前に跪いた。
「陛下、将軍、お呼びでしょうか」
少女王は若者の顔を上げさせ、自分の傍に手招きした。
それから耳打ちで、
「やってもらいたいことがあるのよ」
それだけ告げると若い騎士はすぐに合点がいったらしい。
微かに視線を鋭くして、こちらも短く答えた。
「例の件、ですね」
「えぇ……黒騎士と一緒の姫君。その人を保護してほしいの」
「……ダイン卿と争いになりませんか? そうなればお母上とも問題が生じますが」
ダインと事を構えれば女王と太后の仲はさらに冷え込むだろう。
元々仲のいい親子でもなかったが、臣下としては気になるのも無理はない。
だがそんな気遣いにも、少女王は不機嫌そうに鼻を鳴らしただけだった。
「気にすることはないわ。ダインに出くわしたら私の名前をいくらでも使って突っ張りなさい」
「……承知しました」
この女王は名君だが、昔からお転婆で通った少女でもあった。言い出したら聞かないことは親しい臣下なら誰でも知っている。
幼い頃から彼女と親交のあった若い騎士は、あっさりと命令に了承した。
ただ、件の姫君を保護するには大いなる障害がある。
「黒騎士はどうなさいます」
「……倒して来い、と言いたいところだけれど」
この広大な王宮に詰めている兵士は二千を下らない。
それだけの防備がある城を今の今までたった一人で戦い続け、しかも自身は傷つくことも囚われることもしていない敵。そんな者から姫君を取り上げる事など果たしてできるものか。
エミルは優秀な騎士だったが、少女王も父王を殺した敵を見くびってはいない。どこまでも苦々しい顔をしていた。
「……黒騎士は必ず、倒すわ。でも」
指令室となった玉座の間には、黒騎士が身を潜めた今も犠牲者の報告が届き続けている。
黒騎士を止めようと立ち向かった城内の兵士たち。彼らは今も君主と勇者を守るために戦い続け、挑んだ者から順に死んでいく。
黒騎士の恐ろしさは誰もが知るところだったが、先王はあくまで暗殺だった。先んじて見つけ出し囲んでしまえば制圧できると誰もが思っていた。
しかし、彼の剣士がいよいよ常識の通用する存在でないことを、これまでの報告で全ての人が痛感することになったのだ。
これ以上戦いを続けるのは無意味だ。黒騎士の目的は勇者を探すことであって女王ではない。
父王が魔界と戦おうとしていたことは女王も知っていた。
勇者を探していた黒騎士がわざわざ父王を消し去ったのはそれが理由であろうことも察しが付いていた。
ならば少なくとも、黒騎士は自分や国に打撃を与えるために来たのではない。きっと本来の目的を遂げるために来たのだ。
勿論女王は、彼らのもう一つの目的の事など知らない。
だが黒騎士の思いに、この女王は心当たりがあった。
目的が分かっている以上、話は通じるかもしれない、と。
「将軍。ルカは……勇者はどうしていますか」
「隠してあります……大人しくはしていないでしょうがな」
若い騎士の表情が不意に鋭くなった。
「あの悪鬼にルカを売るのですかっ」
確かに普通なら勇者を渡して帰ってもらうところだ。
女王はそれを実践しようとしている。若い騎士はそう思ったのだろう。
しかし少女王は不敵に笑った。
「そうしなくて済むように交渉するのよ……兵士も勇者も、この王国には必要。敵は黒騎士だけじゃないし、本来魔界は敵じゃないわ」
内紛の影響が残り不安定な王国で、団結の旗印となる勇者は大切なものだ。手放すわけにはいかない。
魔界との敵対関係も王国の団結には必要だったが、関係が維持できれば本当に戦う必要はない。先王が消されたのはそういう事だ。
黒騎士は王国にとって未曽有の敵であり、多くの兵士がその剣に掛かった。それは許せないことだが、女王にはそれよりも大切なことがある。
「南方と東方に不穏な動きがあるわ……これ以上中央を荒らされたら、王国は内紛の時代に逆戻りよ」
「陛下……」
「この際異論は聞けないわ。最悪兵を引いて交渉を持ち掛ければ、出てきてくれるはず。私が黒騎士を止めるから、その時はあなたに姫君を……」
少女王が席を立ち、臣下たちにその旨を伝えようと声を張り上げようとした、まさにその時。
「っ!?」
突如玉座の背に聳える扉から、眩い光が奔った。
玉座の間が白い光に染め上げられてた瞬間、その階下でも動きがあった。
場所は玉座の間の丁度真下に当たる四階の一角。
そこの一室から突如紫の閃光が奔り、驚いた兵士たちが中を検めてみると、
「い、いたっ!」
「黒騎士と……なんだ、これは!?」
そこには黒騎士と、床に寝かされている少女の姿があった。
兵士たちが黒騎士の姿に浮き足立ったのは言うまでもないが、それ以上に彼らを驚かせたのはなんと少女の方だった。
「おねーちゃんの指輪が……」
兵士だけでなく、味方である黒騎士と妖精もその光景に驚いていた。
部屋を満たし、兵士たちを呼び寄せた光を放っていたのは少女の指輪。
細い右手の指先を飾る小さな紫の宝石が、同色の光を一帯に放出して強く輝いていた。
人間に姿を晒さないようにしていた妖精は隠れることも忘れて驚き、見入っていたが、
「……姫君の指輪」
黒騎士の方は驚きながらもそこまで動揺した様子が無い。
気を失った少女に外套をかけてやると威圧感たっぷりに振り返り、押しかけてきた兵士たちに鋭い声で言い放った。
「……教えろ、お前たち。勇者はどこだ」
「こっ……答えるわけが、ひいっ!」
一人が威勢よく言い返そうとしたが、次の瞬間その青年の前に黒騎士が瞬間移動のように現れ、その首を捕まえた。
「一分に一人だ。答えなかった者と」
「そいつを離せ……ぎゃあっ」
「……僕やそのコにかかってきた者の首を順に潰す。それが嫌なら早く答えろ」
いつもと同じ冷たい声。
黒騎士に立ち向かう者が最期に聞く、死神の声だった。
王国の兵士が戦いの場でそれを聞いて生き残っていた試しはない。
囚われた青年兵士は恐怖で正気を失い、それを見て動けない者たちの多くはすでに戦意喪失している。
最早誰もが声を上げる事も逃げる事もできない。
そんな最中に。
「勇者は渡せないわ」
凛とした声が扉の外から聞こえた。
勿論、黒騎士の少年にとっては許しがたい返事だ。
声が聞こえた方向に殺気の矛先を向け、次の瞬間には声の主の首を叩き落としかねない様相だったが、
「……貴様は」
現れたその姿を見ると動きが止まった。
煌びやかな鎧に身を固め、ティアラを被った身目麗しい少女。
その両脇には老若一人ずつの騎士がきっちりと控えており、護衛と思しき彼らも見るからに周りの兵士たちとは様子が違う。
直接会った事こそなかったが、その出で立ちから彼女が何者なのか黒騎士にはすぐにわかった。
「何をしに来た……人間の女王」
「くせ者が何をとはご挨拶ね。ここは私の城よ」
動きこそ止まったが黒騎士の殺気は膨れ上がるばかりだ。
白い額にはじんわりと汗が浮いていたが、
「取引よ……あなたの願いは叶えられないけど」
まともに浴びれば気が狂うような殺気を向けられながらも、少女王は黒騎士を前に毅然と言ったのだ。
「それでも、取引よ。お互いの故郷のために」
静まり返った一室で、侵略者と君主の視線がぶつかり合っていた。
人物紹介……リズ
年齢……15歳
体格……High 147cm Weight 45kg
外見……白色人種・金髪・緑目
本編主人公。ヒロイン。
王国を追われ、イクトと魔族に保護された口の利けない少女。
心優しく好奇心旺盛で、声を出せないにもかかわらず「やかましい」とまで形容される。
ひょんなことからイクトと共に、失われた人間の守護神と勇者を探している。




