序章
この世界には、三つの勢力がある。
人間達の住まう、石と鉄の国『王国』。
悪魔や獣の姿を持つ種族、『魔物』の棲む自然の秘境『魔界』。
両者は長きにわたり対立し争いが絶えることは無かったという。
そんな争いに疲れた人々は、無尽の荒野に『境界』と呼ばれる居場所を作った。
そうして大陸を三つに分かち、人と魔物は争い続けた。
両者の思惑は反目しあい、幾千の時を経ても融和の気配はない。
人と魔物との戦いは終わる事なく、永遠に続くものと思われた。
そんな、ある日の事である。
「王様がお隠れになった」
王国の街角で、誰かが噂した。
「人間の王が死んだらしい」
敵が見逃すはずもなく、三日後には魔界の獣たちが囁く。
「王国の君主が亡くなったって」
中立たる境界にも、一週間後には隅々にまで噂が浸透していた。
『王国』の国王が崩御した。
人間たちの旗印が死んだ。
突然の訃報は王国の人々を大混乱に陥れ、境界でもざわめきが広がっていたのだ。
「なぜ死んだ?」
「王様はお元気だった」
「ご病気をなさる方ではない」
現王は頑健な人物として内外に知られていた。
内乱の絶えなかった王国を平定した豪傑として、王は世界中で武勇の誉れが高い人物だったのだ。
だから、王国の民たちはもう一つの可能性を信じられなかった。
信じたくなかった。
「殺された」
「誰がやった?」
「魔界の奴に違いない」
誰もが蒼ざめた。あの王が暗殺されるなど。
国を平定した王の傍らには、共に歴戦を超えてきた英雄たちがいたはずだ。
刺客はそんな猛者たちをたった一人で一蹴し、いともたやすく王の首を打ち落としたという。
人間最強の筈の王とそれを守る近衛たちを子供扱い。
人々は皆、顔も知らない犯人に恐れ慄いた。
「………」
蒼白な顔で噂をする人々。
その横を、黒い影が過ぎる。
小柄な姿だった。
フードを目深に被り、顔は見えない。全身を黒い外套に覆い体つきもわかりにくい。
影は凶報にざわめく雑踏をすり抜け、一心に真っ直ぐ歩き続けた。
混乱の隙を突き、城塞を潜り抜けた。
いくつもの森を抜け、草原を超え、騒ぎの止まない街を抜け、ただ真っ直ぐ西へ。
王国の陸路をひたすら進み、国境まで辿り着くとその先にある場所は一つだった。
「止まれ! この先は魔界だ。通る事は……ぐふぅ!?」
国境の砦に至った影は、手にした剣で検問の兵士を斬りつけた。
当然砦は瞬く間に騒ぎとなり、兵士たちは揃って臨戦態勢を取った。
「き、貴様! 何をする!」
「曲者だ!」
数百の兵士が動きだし自分を取り囲んでも、黒い人物は一切動じた様子も無い。
威嚇の矢が無数に飛来し、体を掠め、フードをはぎ取っても、なお。
「……答えろ」
布に覆われ隠れていた頭部が姿を現した。
人間だ。
黒い仮面に目元を隠し素顔はわからない。艶のある長い黒髪のせいで見た目も中性的だ。
ただ剣呑で厳格な雰囲気を持つ声だけが、彼が少年であることを告げていた。
手には不思議に揺らぐ剣。まるで白い霧を剣の形に固めたような、不安定で実態に乏しい姿をしている。
まるで妖のような出で立ちの少年は、しかし声だけで無数の兵士の足を止める。
それほど、威圧的な声だった。
「どこだ」
立ち塞がれば、命はない。
言外に滲むその圧気、その殺意。
そして、恐怖。
若者らしい爽やかさも明るさも無い声は、群れ成す男たちに、一つの問いを続けたのだ。
自身の剣で、立ち塞がるすべての兵士が最期を迎えるその時まで。
事件より後、謎の黒い剣士は『黒騎士』と呼ばれた。
魔界より現れ、王国を滅ぼすために遣わされた滅びの使者と。
彼の剣士の手によって、王は倒れ、側を守る近衛は崩壊し、防衛線たる国境砦は単身にて突破された。
かくして均衡は破られたのだ。
「どこだ」
「どこだ」
「どこだ」
人々は呼んだ。
王国に滅びの危機が迫る時、何処からともなく現れるという救世の使者を。
皆が違う思惑で。
それでも、同じ名前を。
誰もが呼んだ。
「勇者は、どこだ」
他作品と並行で執筆中です。
現在は不定期で四〜七話くらいの章をを一気に投稿しています。




