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第九十四話 ゾフィーが運命の相手かも?

「ゾフィー。ゼリウスはあれから、何か変なことしてきていない?」


リエルは屋敷の中庭でゾフィーとお茶をしながら訊ねた。


「うん。相変わらず、臭い台詞を吐いてくるけど、全部無視してる。ハア…、彼、気付いていないのかしら?あんな熱も温度も感じない目で言われて信じられる訳ないでしょうに。」


「へえ…。よく分かったね。大体、ゼリウスに口説かれた人達って皆、彼の容姿と言葉にポーッて舞い上がってあの目に気づかないのに。」


「ええ?嘘でしょ?あんなその辺の石ころを見ているかのようなあからさまな目に気付かないの?」


「そうみたい。皆、ゼリウスを女好きのプレイボーイって言っているけど…、実際は逆。

彼って根っからの女嫌いなの。」


「そんな気はしていたけど…、」


「昔はあんなんじゃなかったんだけどね…、あの日を境に変わってしまったの。」


「あの日?」


「あ…、えっと…、」


しまった。ゾフィーが相手だから気が抜けてついぽろっと口に出してしまった。

あまり、他人の過去を明かすのはあれだがゾフィーは口が堅いし、信頼できる相手だ。

リエルは詳細は語らずに正直に話すことにした。


「その…、彼は昔とある女性に酷い裏切りにあってしまったの。

その人を愛して信じていた分、裏切られた心の傷は大きくてね。

それ以来、ゼリウスは女を毛嫌いするようになってしまったの。

そして、その傷を埋めるようにたくさんの女性と関係を持つようになって…、」



「そう、だったんだ…。」


「ゼリウスは仲睦まじい様子の恋人や夫婦を見ると、いつもあんなのどうせ、一時的なものだと言ったり、恋愛もののハッピーエンドの小説や歌劇を見ても下らないって吐き捨てるように言っていた。」


「重症だね。」


「本当にね。付き合う女の人達もほとんどゼリウスの地位や権力が目当てだから、それで益々女嫌いが酷くなってね。今じゃあ、すっかり捻くれてしまって…、でも、あれで彼もいい所あるんだよ。

恋人や夫としてはアレだけど、私が本やチェスが好きって知っても馬鹿にしてこないし、一緒にチェスに付き合ったりしてくれるし、私が欲しがっていた哲学の本をくれたりするし、女だからって冷遇したりしないの。」


「へえ。そうなんだ。そういえば、彼は私が商会で働いているって知っても女の身で働くなんて生意気だとかはしたないって言ってこなかったし。」


「そういった面では男女平等で器の広い人なんだけどね。」


「勿体ない。その重症化した女嫌いがなければいいのに。でも、彼だって、そろそろいい年頃でしょう?幾ら本人がアレでも結婚は避けられないんじゃないの?跡継ぎの問題もあるし。」


「まあ、ね…。ゼリウスは結婚なんてしないって言っているけど周りが許さないだろうし。

いつだったか、隠居した父上が孫の顔を見せろってうるさい。君が相手なら父上も納得するだろうし、家柄も釣り合うな。他の女みたいに面倒臭くなさそうだって言いだして…、」


「え…、まさか…、」


「プロポーズしてきた彼に思わず扇を投げつけてしまったわ。」


「やっぱり…!叩かなかっただけ偉いわ。」


「話が逸れてしまったけど…、もし、ゼリウスが結婚するなら…、できれば彼の傷を癒してくれるそんな女性が相手だといいな。」


「そんな人、いるのかしら。」


「分からないわよ。もしかしたら、ゾフィーが彼の運命の相手だったりして。」


冗談交じりにリエルが口にすると、ゾフィーは有り得ない話に笑った。


「まさか!そもそも、私は子爵令嬢よ。侯爵家の…、しかも、五大貴族に嫁げる身分じゃないわよ。」


ゾフィーはそう言って、笑い飛ばした。


確かに。貴族の世界では身分と家柄が釣り合った者同士が結婚するのが常である。

侯爵家と子爵家では爵位も家格も異なる。上位貴族と下位貴族の結婚は大きな隔たりがあるだろう。

それに、ゼリウスの家は由緒正しい血筋と歴史がある五大貴族だ。ただの侯爵家とは比べ物にならない地位と権力がある。

対して、ゾフィーの家は同じ貴族とはいっても下級貴族の家柄で歴史も浅い。二人の間には身分差という大きな障害がある為、結婚は難しいだろう。


第一、あのゼリウスがゾフィーを結婚相手に選ぶことはないだろう。

今はゾフィーを落とそうとしているがそれも彼にとっては恋愛ゲームに過ぎない。

それに、ああ見えてゼリウスは常識はある男だ。結婚相手には利益と打算を求め、自身の家に釣り合った家柄の令嬢を選ぶだろう。だから、万が一にも彼がゾフィーを選ぶことはない。


「それにしても、フォルネーゼ家の薔薇園は噂には聞いていたけど本当に綺麗ね。私、こんなにたくさんの薔薇を一度に目にしたのは初めて。」


「ありがとう。私もここの景色は気に入っているの。」


「そういえば、ここの薔薇ってリエルが育てているんでしょう?凄いわね!薔薇って育てるのがとても大変って聞いているのに。」


「私だけじゃなくて、庭師とだけどね。…そうだ。ゾフィー。折角だから、少し薔薇を見て行かない?」


「え、いいの?」


「勿論!案内するわ!」


そう言って、リエルはゾフィーの手を取った。


「こっちにね…、赤い薔薇が咲いているの。ゾフィーに似合いそうな…、」


リエルはそう言って、ゾフィーと連れ立って庭園を歩いていた。不意に強い風が吹いた。髪が風のせいで乱れ、リエルは慌てて手で抑える。


「あ…、」


ふと、空を見上げると、そこには青空が広がっていた。


―綺麗…。


リエルは数秒、それを瞬きもせずに見つめていた。


「リエル?」


「あ…、ごめんなさい。少し、ボーとして…、あ、あそこよ。赤い薔薇が咲いている所は。」


そう言って、リエルは前方を指さして、赤い薔薇が咲いている花壇まで行くと、ゾフィーに振り返り、


「ね?綺麗な赤でしょう?ゾフィーの髪と同じ色だね。」


と言い、優しい手つきで薔薇の花弁を撫でた。


「…ええ。」


ゾフィーはリエルの表情をじっと見ながら頷いた。



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