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第九十三話 セリーナの企み

ゾフィーはアルバートが帰った後、ふと思い出した。あれは、確かセリーナ嬢とその取り巻きが一緒に商会に買い物に来た時だった。その中に彼もいたのを覚えている。


「ねえ!アルバート!どれが似合うと思う?」


「ん?セリーナだったら、美人だから何でも似合うと思うよ。」


そう言って、微笑むアルバートに周囲の女性はホウ、と見惚れていた。


「アルバート!見て見て!この、髪飾り素敵じゃない?」


セリーナは商品の一つを手に取ると、アルバートに見せた。


「ああ。君によく似合っているよ。」


「まあ、嬉しい。ねえ…、アルバート。私、この髪飾りが欲しいわ。」


そう言って、セリーナ嬢はアルバートを上目遣いで見ると、甘えた声で強請った。


「ん?それが欲しいのか?」


「ええ!だって、あなたが似合うって言ってくれたから…、」


艶めかしい仕草の美女に男達はゴクリ、と喉を鳴らした。

それを真正面から受けたアルバートはひとたまりもないだろう。

こんな美女に頼まれればどんな高価な物でも貢ぐに決まっている。

と思ったのだが…、アルバートはヒョイ、と髪飾りを手に取ると、


「セリーナがこれを気に入ったそうだ。誰か買ってあげたらどうだ?」


と取り巻きの男達に差し出した。すると、取り巻き共は目の色を変えると、


「セリーナ嬢!この髪飾りは是非わたしからプレゼントさせて下さい!」


「いえ!ここはわたしが!」


「貴様!抜け駆けする気か!?」


誰が髪飾りをセリーナ嬢に買ってあげるかで騒ぎだす取り巻き共にセリーナは唖然とした。

そんな彼らをアルバートは喧嘩するなよ、と忠告するとさっさと店から出て行った。



思えば、彼は他の取り巻きと違った。何というか…、温度が違うのだ。

セリーナ嬢に話しかけられれば、見惚れる笑顔を浮かべ、褒めたり、甘い言葉を向ける。

だが、彼はあの取り巻き達と違って一線を引いているように見える。彼らのようにこぞってセリーナ嬢の気を引こうとする必死さは感じられないし、その表情は熱を感じなかった。


今なら分かる。彼のあの表情は表面的なものにすぎないのだと。だって、自分は見たのだから。

あの時、リエルを語った時の彼の表情は…、柔らかくて、幸せそうで、とても優しかった。

あれは、本物だ。あの表情を見てしまったら、そう思わざるをえない。


「やっぱり、噂って当てにならないな。」


あの二人は不仲で美しくもない地味で陰気なリエルをアルバートは嫌っている。

妹ではなく、彼は姉のセリーナに惚れている。リエルとの婚約も元々は姉を狙っていた。

婚約中もセリーナと懇意にしていた、遂にはリエルに愛想を尽かしたアルバートが婚約破棄した等といわれているがそれは違うのだと確信した。彼の想い人は…、恐らく…、




「じゃあ、麦が不足している原因は雨が多いからなの?」


「あくまで私の推測でしかないけど…、」


「きっと、そうだわ!確かに私の領地では雨がよく降っていたもの。雨が降れば水不足には困らないから悪い事じゃないって楽観視していたけど…、雨が降り過ぎてもよくないのね。でも、天候は人間の技術でどうこうできるものじゃないし…、」


「それなら、麦畑には灰を多く使うといいわ。」


「灰を?」


「そう。灰を多めに使う事で白化病を未然に防ぐの。」


「あ…、成程!凄いわ!リエル!あなたって、本当に博識なのね!」


ゾフィーの領地が麦不足で困っていると相談に乗ったリエルはアドバイスをし、ゾフィーは瞳を輝かせた。


「そんな事ないよ。それに、これは私が気づいたことじゃなくて、お父様が以前、していたことなのよ。」


楽しそうに話す二人の令嬢を微笑ましい顔で見つめるメリル達。


「なあ…、リヒター。あれ、貴族令嬢の会話なのか?」


「おかしなことを言いますね。ロジェ。お嬢様は貴族を代表するフォルネーゼ家の令嬢。

ゾフィー嬢も子爵家の立派な貴族令嬢ですよ。」


「俺、てっきり令嬢って流行のドレスとか宝石の自慢話とか他人の噂話とかそういう話題をするものかと…、」


「ロジェ。そのイメージで合っていますよ。」


「一体、どこの世界に麦不足の話で盛り上がる令嬢がいるんだ!」


「ここにいますね。それにしても、お嬢様以外であそこまで革新的な女性がいようとは。つくづく、お嬢様は面白い事をやらかしてくれますね。」


リヒターはそう言って、楽し気に笑った。




「どうかしら?ハンナ。」


「お似合いですわ。お嬢様。ですが…、少々、露出が激しいのでは?」


「いいのよ。これで。いつもより、大胆で刺激的でしょう?」


「ええ。まあ…、」


セリーナは黒いドレスを身に纏い、鏡の前で満足げに微笑んだ。いつもは豊満な胸を強調したスタイルを生かしたドレスを着るが今回は大胆に足を曝け出した作りのドレスを着ている。むっちりとした肉付きのいい白い太腿が露になっている。男ならば思わず目を奪われてしまうだろう。


「本当にいいのですか?お嬢様。今ならまだ…、」


「うるさいわね!ハンナ!やるといったらやるのよ!

フフッ…、完璧よ。これなら、絶対に彼を落とせるわ!」


「お嬢様。今日はいつにもまして、自信に満ち溢れていますのね。」


「当たり前でしょう。アルバートが脚フェチだってことが分かったのだから、これで責めれば一発だわ!この格好を見ればアルバートだって一ころなんだから!」


オーホッホ!と高笑いするセリーナにハンナが複雑そうな表情を浮かべ、


「差し出がましいようですが…、お嬢様。アルバート様は脚フェチというわけではありませんよ。」


「何言っているの!アルバートは脚フェチに間違いないわ!あの子の脚を見て、あんなに動揺していたのよ!?あれが脚フェチじゃなくて何だと言うの!?」


「それは…、」


「確かにあの子は美脚よ。胸はないけど、脚の形だけはいいわ。

でも!あたしだって負けてないわよ。

これで納得がいったわ。今まで散々、この胸で迫っても興味がなかったのは胸じゃなくて、脚フェチだったからなのね!」


「いえ、ですから…、」


「あら、もうこんな時間!」


ハンナは何かを言いかけるがセリーナは聞く耳持たずに慌ただしく出て行った。

バタン、と勢いよく扉を閉める主の姿にハンナは溜息を吐いた。


アルバート様はリエル様が相手だから動揺したのですよと言いたかったのだが…、

あの様子では聞く耳持たないだろう。それに、主がどれだけ奮闘しても結果は見えている。

ハンナは帰ってきた時のセリーナの反応を想像し、溜息を吐いた。



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