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第八十九話  変態だ。変態がここにいる。

「ゾフィー。待たせてごめんなさ…、え…。」


リエルは急いでゾフィーの元に戻った。後から、アルバートも数歩遅れてついてきた。が、リエルはゾフィー一人かと思ったら、その場にゼリウスもいたことに立ち尽くした。


「やあ。リエル。」


「ゼリウス!何であなたがゾフィーと?」


リエルはそこでハッと思い出した。そういえば、ここに至るまでの経緯もゼリウスの発言がきっかけだった。彼はゾフィーの所に行こうとしていたし、こうなるのは自然の流れだったかもしれない。


「何って…、見れば分かるだろ。これは、わたしとゾフィーの人には言えない親密な仲…、」


「誤解の招く言い方は止めて下さい。ティエンディール侯爵。ただ商談の話をしていただけでしょう。私とあなたはただの取引先の関係というだけでそれ以上もそれ以下もありませんから。」


フッと怪しげな微笑みを浮かべるゼリウスだったがそれをゾフィーが冷たい目でばっさりと切り捨てた。リエルは驚いた。ゼリウスにこんな態度をとる女性を初めて見たからだ。


「フフッ…、照れてるの?そんな君も一層、魅力的だ…。」


ゾフィーの手にキスを落とす気障な仕草をするゼリウス。儀礼的な挨拶に過ぎないのにゼリウスがやると色気が半端ない。いつもなら、他の令嬢はこれだけで眩暈を起こしたかのような反応を見せ、頬を真っ赤にさせて黄色い声を上げるものだ。が、ゾフィーはサッとすぐに手を引っ込めると、


「どうも。」


と言い、さりげなく、ごしごしとスカートの裾でキスされた手の平を擦っていた。

…見事なまでに嫌われている。すごい。ゼリウスを相手にしてこんな態度をする同世代の令嬢は珍しい。


「ゾフィー。あの、大丈夫?ゼリウスに何か不埒な真似はされていない?」


「酷いな。リエル。わたしがそんな野蛮な男に見えるのかい?」


後ろでゼリウスが何か言っているが無視だ。


「大丈夫。侯爵は確かに少々、女性に軽薄な一面はあるけど、無理強いはしない方だから。」


「本当に?無理はしていない?ゼリウスは少々どころかかなり、女にだらしないから…、」


「ちょ、ゾフィーもリエルも酷いな。」


「ゾフィー。そろそろ、広間に戻って一緒にお茶菓子を頂かない?」


ゼリウスの言葉を丸っきり無視をしてリエルはゾフィーを誘うが…、


「そうしたいんだけど…、さっき侯爵にも話した所なんだけど、私、この後、商会に戻らないといけないの。少しトラブルが起きてしまったみたいで…、」


「え…、そうなの?残念。それじゃあ、仕方ないわね。」


「折角、誘ってくれたのにごめんなさい。」


「ううん。いいの。ねえ、ゾフィー。良かったら、今度、私の屋敷にご招待するわ。その時にゆっくりお喋りしましょう。」


「ええ。勿論!」


ゾフィーは花のような輝かしい笑顔を浮かべ、リエルも思わず笑顔になった。

アルバートは無言で二人を見つめていた。


「あ…、そうでした。ティエンディール侯爵。貴方様に一言、言い忘れていたことがありましたの。」


「何だい?ゾフィー。もしかして、わたしと別れるのが名残惜しいとか?嬉しいな。僕も同じことを…、」


「私はこれでも未婚の身。婚約者でも恋人でもない殿方から名前を呼び捨てにされるのは周囲から誤解をされるので控えて下さいませ。はっきり言って、不愉快です。幾らこちらが子爵家で格下の相手とはいえ、最低限の礼儀は弁えて頂きたいものです。」


そう言い捨て、ゾフィーは優雅にお辞儀をするとそれでは、ご機嫌ようといってその場を立ち去った。


「…お前の言った通りだったな。」


「え?」


アルバートの言葉にリエルは彼に視線を向けた。


「あの女のこと、俺も誤解していたみたいだ。…ロンディ家の令嬢だからって偏見の目で見ていたんだと思う。」


「アルバート様…。」


「少なくとも、ゼリウスに群がるあのハイエナみたいな取り巻き女達よりは信用できるかもな。」


「ハイエナって…、」


アルバートの表現にリエルは苦笑する。

ゼリウスの取り巻きの女達は皆が皆、彼の妻の座を狙い、あの手この手でアプローチをしている。

その様は隙あらば横取りしようとするハイエナの集団に似ているかもしれない。

けど、ゼリウスの取り巻きの女は全員が美貌に自信を持った一級品の美女ばかりだ。

それをハイエナと呼ぶのはアルバート位かもしれない。


リエルはふと、ゼリウスの反応が気になった。女好きで恋愛を遊戯の様に楽しむ質の悪いこの男はきっと、振られるという経験をしたことがない。ナルシストで傲慢なゼリウスでも今のは痛い打撃だったかもしれない。

まあ、でも、女に執着しない彼の事だ。すぐに別の花を愛でるだろう。


「ゼリウス。…分かったでしょう。ゾフィーはあなたのこと、眼中にないのよ。

いい加減、現実を見てゾフィーのことは諦めて…、」


「フフッ…、」


「ゼリウス?」


リエルは思っていなかった反応に眉を寄せた。見れば、ゼリウスは笑っていた。


「いいね…。とってもいい…。久々にぞくぞくするよ…。」


恍惚とした表情を浮かべるゼリウスにリエルは思わず口元を引き攣った。

間違いない。ゼリウスはショックを受けるどころか喜んでいる。


「あの軽蔑するかのような冷たい眼差し…、彼女が陥落したら、一体どんな声で鳴いてくれるのかな?

どんな甘い表情を見せてくれるのかな?ああ。想像するだけでぞくぞくする…。」


変態だ。変態がここにいる。リエルは思わず距離を取った。


「…ゼリウス。お前、頭大丈夫か?」


アルバートですらもゼリウスをドン引きした様な表情で見つめている。

なのに、ゼリウスは気にした風もなく、楽しそうに笑っている。


「フフッ…、アルバート。決めたよ。俺は必ずあの子を落として見せる。

あんな落とし甲斐のある女は中々いない。」


「…ああ。そうかよ。」


リエルは決意した。ゾフィーを何が何でもこんな女好きな変態男に渡してはいけない。何かあったら、ゾフィーは私が守らなくては!

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