第八十話 稽古の後のお茶菓子は
「リエル。肩に力が入り過ぎた。もう少し、力を抜け。」
「あっ、はい!」
アルバートに指摘され、リエルは慌てて肩の力を抜いた。
「剣の持ち方は癖になりやすい。基本ができていないと上達はしない。もう少し、脇を…、」
やっぱり、本職は騎士だからか教え方が上手い。
―きっと、彼もたくさん練習したのでしょうね。試行錯誤して訓練をたくさん重ねた結果、身に着けた賜物なんだ。
凄いなとリエルは純粋にそう思った。
「こうした方が安定しやすい。」
アルバートがスッと後ろからリエルの手に添えて持ち方を指導してくれた。言われた通りに構えてみる。
「こう、ですか?」
「そうだ。それでいい。」
「ありがとうございま、」
リエルはパッと後ろを見上げて礼を言うが思った以上に近い距離にアルバートの顔があった。
アルバートもそれに気づいたんだろう。
お互いに勢いよく距離をとった。
「も、持ち方はそんな感じでいいだろう。つ、次は素振りをしてみるか。」
「そ、そうですね。」
ギクシャクした様子の二人はお互い気まずそうにしながらも次の段階に移った。
「ハッ!」
リエルは剣を突き出した。二回目、三回目と立て続けに剣で斬り込んでいく。
が、その攻撃を全て受け流し、アルバートはカンッ!と剣を弾き飛ばした。
「うっ…!」
カラン、と剣を取り落としてしまい、リエルはハアハア、と肩で息をした。膝をつくリエルにアルバートは剣を下ろすと、
「リエル。少し、休め。」
「え、でも…、」
「お前の剣、最初より切れが鈍くなっている。疲労している証拠だ。適度に休まないと身体が持たないぞ。」
最近、身体を動かしていなかったら疲れやすくなっているかもしれない。
そう反省しながらもリエルは汗を拭い、フーと息をついた。
「飲むといい。」
水を渡され、リエルはお礼を言って、それに口をつけた。喉の渇きを潤す冷たい水にリエルは疲労感が回復した気がする。
「あ…、」
飲み切れずに水が零れてしまい、口元を伝って鎖骨に滴った。
リエルはそっと濡れた口元を拭い、ペロッと舌で舐めた。
視線を感じて顔を上げると、バッチリとアルバートと目が合った。アルバートは目が合うと、勢いよく顔を背け、
「な、何してるんだ!馬鹿!ぎょ、行儀が悪い奴だな!」
そのまま背を向けるアルバートにリエルはそんなに怒る事だろうかと首を傾げた。
「お嬢様…。本当によろしいのですか?」
「何よ。ハンナ。私のやることに文句でも?」
セリーナはキッとハンナを睨みつける。
「幾ら何でもそのやり方はあまりに意地が悪いのではありませんか?」
「うるさいわね!あんな子が用意したものよりも私が用意した者の方が喜ばれるに決まっているでしょう!?いいから!あなたは私の言われた通りにしなさい!」
セリーナの命令にハンナは複雑そうな表情を浮かべながらも承知しましたと頭を下げた。
裏庭ではカン、キンと剣と剣が重なり合う音が響いていた。
「もう一回だ。」
アルバートに促され、リエルは再度打ち込んだ。
「ハアッ!やあ!」
カキン、カン、と剣と剣が擦れる子気味良い音がした。
「もう一回。」
アルバートの言葉にリエルは休まず、立て続けに剣を突き出していく。
「ただ剣を振り回すんじゃない。しっかりと相手の動きを見て、見極めろ。」
リエルは再度、距離を取り、剣を構えた。
しっかりと見極める…。
リエルはキッ、と顔を上げ、前を見据えた。
アルバートの剣の切っ先が僅かに横に逸れた。リエルはもう一度剣を振るった。
「ハッ!」
カン!と小気味良い音を立てて、アルバートの剣を弾き返し、ビシッ、と彼の肩に剣の切っ先が掠めた。
「そうだ。その調子。」
アルバートの満足げな表情にリエルは表情を緩ませた。もっと、頑張ろう。リエルは気を引き締め、もう一度剣を構えた。
「お嬢様。アルバート様。そろそろ、お茶の時間です。」
「え、もうそんな時間?」
リヒターに声を掛けられ、リエルは驚いた。
あっという間にティータイムの時間か。
リエルは汗を拭いながらハタと自分の姿を見下ろした。
「今日はこれ位でいいだろう。稽古が終わったなら俺はこれで失礼する。」
「アルバート様。そう仰らずに。
是非、フォルネーゼ家のおもてなしをお受けください。お嬢様も前もって準備をして頂いています。それに、客人にお茶も出さずに帰らすわけにはいきませんから。」
「…分かった。」
アルバートは帰ろうとするがリヒターの言葉に渋々頷いた。
アルバートを先に客間に遠し、待っている間にリエルは急いで部屋に戻り、着替えを済ませた。
紺のドレスに着替え終えたリエルは彼が待つ客間に向かう。
「すみません。アルバート様。お待たせしました。」
「いや。別に…。」
リエルはアルバートと向かい合って座った。
そういえば、こうやって、お茶をするのはあの時、アルバーにお茶を淹れてもらった日以来だ。そう思っていると、ふとリエルはテーブルに置かれたお茶菓子に目を留めた。
「え…、これ…、」
用意されていたのは、ショコラタルトだ。リエルは顔色を変えた。何せ、これはリエルが今日焼いたばかりのタルトだったのだ。
「リヒター!何でこのタルトを持ってきたの?私は別の物をお出しするようちゃんと…、」
「申し訳ありません。実は、メリルが運んでいる最中に転んでしまい、お出しする予定だった菓子が駄目になってしまい…、急遽、こちらを用意させて頂きました。ですよね?メリル?」
しれっとリヒターは涼しい顔でそう言い、メリルに目を向ける。メリルは真っ青な顔でコクコクと頷いた。




