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第七十九話 リエルは隠れ美脚

「お、お嬢様…!ドレス姿も素敵ですがそのお姿もとっても可愛らしいです!」


「そ、そう?」


訓練する為に、白い薄手のシャツに膝丈のズボン、髪は後ろで束ねて一つ結びにしている。

動きやすい格好をしたリエルはいつもの毅然とした貴族令嬢ではなく、快活な印象を与える。


「それに、ドレスだとお嬢様の折角の綺麗な脚が隠れてしまいますもの!」


「メリルったら、何言っているの。私の脚は普通だよ。」


「いいえ!お嬢様の脚は形が良くて、引き締まっていてとっても美しいです!」


「あ、ありがとう…。」


いつも思うがメリルは褒めすぎだ。

リエルは自分の脚を見下ろすがやっぱり、どこにでもある普通の脚にしか見えない。

程よい脂肪と程よい筋肉がついた脚。

うん。普通の脚だ。リエルは自分の脚を見て、そう実感した。


―確かに、いつもスカートだからな。膝丈のズボンだと、また違った感じがする。


さすがに素肌を晒すのは淑女としてはしたないのできちんと素肌は隠しているがそれでも脚の形は隠せない。

けれど、剣の稽古をするにはこういった格好が普通だ。


「あ、そうだ。メリル。リヒターにちゃんとお茶の準備の件は伝えてくれてる?」


「え、えっと…、は、はい!」


何だかメリルが気まずそうに視線を泳がせていたがリエルは特に気にしないことにした。


「…よし。」


しっかりと眼帯が外れないように固定したリエルはアルバートを出迎えるために玄関に向かった。

先程、アルバートが来られたと聞いていたので早足でリエルは向かった。


「嬉しい!アルバート!」


その時、聞き慣れた声にリエルは思わず足を止めた。姉の軽やかな笑い声が聞こえる。


「わざわざ私に会いに来てくれたの?もう!言ってくれたらよかったのに。」


リエルはそっと足音を消しながら声にする方向に近付いた。そこには、アルバートに抱き着いた姉の姿があった。


―お姉様…。


今日も姉は綺麗だ。真紅のドレスを大胆に着こなし、扇情的で艶やかな印象を与える。私にはあんなドレスは絶対に似合わない。


「丁度良かった!ねえ、アルバート!私、今日行きたい所があるの。今ね。王都で有名なパイの専門店があるの!良かったら…、」


女神のような美貌を持つセリーナにそんな誘いを受けたらどんな男も断れないだろう。

そう思っていると、アルバートはセリーナの肩に手を置くと、そのままスッと身体を引き離した。


「悪い。セリーナ。今日は、君に会いに来たわけじゃないんだ。…リエルはいるか?」


「…何ですって?」


セリーナは目を見開いた。


「今日はリエルに用事があるんだ。だから、君には付き合えない。ごめんな。」


そう言い、アルバートはセリーナから顔を上げると、数メートル先で佇むリエルに気が付いた。


「リエル。そこにいたのか。そんな所で突っ立ってないで…、」


アルバートはそこまで言いかけてそのまま口を閉ざした。それに気づかずリエルは慌てて挨拶をした。


「お待たせして申し訳ありません。アルバート様。今日はわざわざお忙しい中、来て下さって…、」


「リエル!どういう事よ!?」


挨拶をしている途中でセリーナが甲高く喚いた。


「アルバートといつの間にそんな約束をしたの!?というか、何よそのダサい格好は!」


「い、いえ…。約束といいますか…。私も今日、知ったばかりでして…、今日はアルバート様に剣の稽古をつけて頂くことになり…、」


「へえ…。そう…。考えたものね。

剣の訓練をだしにするなんてね。

普通、そこまでするかしら?正攻法では適わないからなりふり構わずってやつかしら?」


「お姉様。何か勘違いを…、」


「何が勘違いよ!全部、本当の事じゃない!

アルバート!こんな子の約束なんか律儀に守る必要なんてないわ!あなただって、嫌々…、ちょっと聞いているの!アルバート!?」


セリーナはアルバートに同意を得ようとするが一言も声を発さず立ち尽くしたままのアルバートにセリーナは苛立たし気に叫んだ。

そこで漸くハッと我に返ったアルバートは、ズイ、とリエルに近付くとやや俯きながら絞り出したような声で言った。


「リエル。」


「は、はい。」


何だか迫力のある威圧感にリエルは怯えそうになりながらもしっかりとアルバートを見つめた。


「…お前、その格好はなんだ。」


予想外の言葉にリエルは目が点になった。


「恰好…、ですか?えと…、剣の稽古をするから動きやすい服に着替えたのですが…、どこかおかしい所でも?」


「…か。」


「え?今、何て?」


「お前、それでも貴族令嬢か!

しゅ、淑女たる者、むやみやたらに素足を曝け出すな!」


「…いえ。素足は出していませんよ。ほら、ちゃんとズボンの下に履いて…、」


よく見ればアルバートの頬は赤い。しかも、かなり動揺した様子だ。

確か彼はかなりのプレイボーイと噂に名高い。

女性の脚を見たくらいでこんなに狼狽えるものだろうか。そもそも、リエルは素足ではない。

そう言って、それを確認するようアルバートにスッと足を出して見せるが、


「な、何しているんだ!そ、そんな見せつけ…、ほ、他の奴に見られたらどうする気だ!」


「?見られたら何か困るのでしょうか?」


「お、お前な…!と、とにかく!これでも着てろ!」


バサッとアルバートは持っていた外套をリエルに無理矢理被せ、リエルは全身を覆われた。

リエルの足先まで隠れた姿にアルバートは漸く安堵したように表情を浮かべた。


―あれ?お姉様がいない。どこに行ったんだろう?


いつの間にか姉の姿がいなくなっていた。


「さっさと着替えてこい!いいか!今度はちゃんとした丈のあるズボンにしろ!長ズボンだ!それ以外は認めない!絶対に脚を出すような服は着るな!」


そう言って、問答無用でリエルはアルバートに背を押され、着替えさせられることになった。


「ええー!それで着替えてこいと?

そんなー!折角、お嬢様の美脚を披露するいい機会だったのに!」


メリルは部屋に送り返されたリエルから事情を聞くと、悔しそうに言った。


「…やっぱり、見苦しかったのかな。」


リエルは溜息を吐いた。リエルの脚など素足でなくても目にしたくないということだろうか。


「違うと思いますけどね。…それにしても、動揺しすぎですよ。アルバート様ったら。」


「ん?メリル。何か言った?」


「いえいえ!何でもありません!じゃあ、お嬢様。こちらのズボンに着替えましょう!」


メリルは呆れたように呟いたがリエルにはよく聞き取れなかった。


「…こ、これでどうでしょうか?アルバート様。」


「…まあ、いいだろう。」


やっとアルバートから及第点を得られ、ホッとする。知らなかった。剣の訓練では服装の基準も厳しいんだ。


「行くぞ。」


そのまま二人は剣の稽古をするため、裏庭に向かった。




「…ということがあったみたいです。」


メリルの報告にリヒターはそうですかと微笑んだ。


「それはそれは…。是非、見て見たかったものですね。あの愚弟が真っ赤になって慌てふためく様が目に浮かぶようだ。」


「お嬢様は全く気付いていませんけどね。むしろ、自分の脚が見苦しいから着替えてこいと言われたのだと思ったみたいです。」


「でしょうね。お嬢様の鈍感さは筋金入りですから。…それにしても、あの愚弟は面白いほど分かりやすい反応をしますね。

女の脚を見たくらいであそこまで狼狽えるなんて。

まあ、お嬢様は確かに隠れ美脚ですからね。」


「やっぱり、リヒター様もそう思います?

あたしも同感です!だから、お嬢様の美脚を生かして見せつけたらアルバート様は絶対にコロッといくと思ったんです!」


「そうですね。普段は隠している部分を見せられれば動揺してしまうのも無理はありません。

きっと、あの心の狭い愚弟の事です。これ以上、お嬢様の美脚を誰にも見られたくないと思ったのでしょう。」


「リヒター様。楽しんでません?」


「当然でしょう。お嬢様が絡めばあの愚弟は途端に(馬鹿で)可愛い弟に変貌してくれるのですから。

これを利用しない手はないでしょう?」


可愛いにかなり含みがある。

というか、副声音が聞こえた気がする。

メリルは口元を引き攣らせた。ちょっと、ほんのちょっとだけアルバートに同情するメリルだった。


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