第六十五話 噂の出処
クリスマスでバタバタしていて更新ができていませんでした!
まとめて更新します!
「リエル!」
ハッとリエルは我に返った。
見上げれば怒ったような表情を浮かべるアルバートの姿があった。
「お前は今まで自分が積み上げてきたものを使ってたくさんの人間を救ってきただろうが!
領内で起きていた犯罪組織の壊滅、仕事のない人間に職を紹介する機関の開設、衛生環境や道路の舗装の改革…、お前のしてきたことが無駄なものか!」
「それは…、私がやったことじゃないんです。
父やルイの力添えがあったからこそできたことで…、私一人の力じゃとても…、」
「それに気が付いたのも提案したのもお前からだろう!
だから、ルイもエドゥアルト様も率先して力を貸したんだ。
お前が言い出さなければ誰もそれに気が付かなかった!
それは、お前が誰かを…、領民を助けようと行動したからだ!エドゥアルト様はそれを手助けした。
なら、それは間違いなくお前の功績だ。
ルイが当主になってからも領民の生活が良くなるように心を砕いていたのも知っている。
お前が今まで学んできた勉強や教育は無駄なんかじゃない。ちゃんと形となって実を結んでいる。
お前のおかげでどれだけの人間が救われたと思っているんだ!
だから、自然とお前の周りには人が集まるんだ。メリルだって、サラだってロジェだって…、お前を慕って傍にいるんじゃないか!」
「あ…、」
『私の望みはただ一つ…、お嬢様のお傍で仕えることです!』
『私は騎士になるよりも…、お嬢様とこのフォルネーゼ家を守る剣と盾になりたいのです。』
『あんた達は他の性根の腐った貴族共とは違う。
だから…、俺も見たいと思ったんだ。
本物の貴族の世界を。』
リエルは彼らの言葉を思い出した。
三人にはそれぞれ別の歩む道もあった。
でも、三人ともフォルネーゼ家に残ることを決め、忠誠を誓った。
リエルはそれを思い出した。
「例え母親に認められなくても、俺はお前を否定したりしない!」
「アルバート、様…。」
「大体、あんな性悪な女に認められることがそんなに大事なのか?
顔と地位だけで人間の価値を計る事しかできない女だぞ!?
いつまでもあんな母親に拘る必要なんかないだろうが!お前を評価する人間は他にもたくさんいるんだから。」
ああ。そうだ。確かに始めは母親に見てもらいたい一心で努力をした。
立派な淑女になってフォルネーゼ家の娘として恥ずかしくない振る舞いをすればきっと、母も自分を認めてくれると思って…。
その一つが領地での改革だった。貴族の義務として務めを果たせば母も認めてくれるのではないかと。
でも、母は見向きもしなかった。
女の身で男みたいな真似をするなんてと蔑まれただけだった。それでも、リエルがそれを止めなかったのは…、認めてくれた人間がいたからだ。
父もルイもリヒター達も…。
そして、自分宛てに贈られた領民の手紙に感謝の言葉が綴られ、ささやかな贈り物を貰ったからだ。
自分の行動で誰かの助けになれるのだと感じることができた。自分は産まれてきてよかった人間なのだと、生きていてもいいのだと思う事ができたのだ。
だから、先に進むことができたんだ。
自分の背を後押ししてくれる存在がたくさんいたから…。
母に見て貰えなくても…、その他のたくさんの大切な人達が自分を見てくれていた。励ましてくれていた。それはどれだけ恵まれている事だろう。
母親一人の存在に気をとられ、リエルはそんな事にも気づかなかった。
「…ごめんなさい。アルバート様。」
リエルは笑った。さっきの空虚な笑いとは違い、どこかすっきりした笑顔だった。
「それから…、ありがとうございます。」
そんなリエルにアルバートは一瞬、声を詰まらせた。
「アルバート様?」
「っ、な、何でもない!」
そして、我に返ったようにアルバートはリエルの肩からバッと手を離し、距離を取った。
「フフッ…、何だか…、あの時と立場が逆ですね。でも、まさかあなたがあんな昔の事を覚えていたなんて思いませんでした。」
思わず昔の出来事を思い出し、リエルは笑った。
「…忘れる訳ないだろ。俺はお前との約束で忘れたことなんて一度もない。」
リエルは驚いてアルバートを見た。
アルバートと目が合い、その真剣な表情にリエルは思わず目を逸らし、冷めた紅茶を口にした。
何でだろう。さっきと違って味が分からない。
「聞かないのか?」
「え?」
リエルはぎくりとして身を強張らせた。
「お前、あの時、俺の話を聞いていたんだろ。
オレリーヌ様がお前を不義の子だと言ったんだって話を。」
「あ…、」
そ、そっちか。何だ。私はてっきり…。
リエルは自分が思っていたものではない内容にホッとした。
同時にリエルは自分の出生の秘密のことを知ったことであの時、アルバートが話していたことをすっかり忘れていた。
そうだ。確かに彼は言っていた。
あの伯爵の嫡男がリエルを襲ったのは母がリエルを不義の子だと言ったからだと。
でも、今の話だと矛盾が生じる。
リエルは真実、フォルネーゼ家の娘であり、オレリーヌの娘だ。
「どうして、お母様はそんな嘘を?」
「あの女の考えはよく分からない。
そもそも、自分の家の醜聞をペラペラと口にするなんて普通はしない。
何があっても隠し通そうとするものだ。
しかも、嘘をあたかも真実化のように噂として広めるなんて正気じゃない。」
「もしかして…、あの噂はお母様が流したものなんですか!?」
「そうだ。お前の母親が故意に噂をばら撒いたんだ。自分の取り巻きを使ってな。」
「ど、どうして…、そんな…、そんな事すればお母様だって批判を…、」
「俺はお前の噂を流した犯人を突き止めて、ちょっと脅しつけ…、じゃなくて、丁寧に頼み込んで詳しく話を聞いたことがある。」
気のせいだろうか。
今、脅しとか物騒な言葉が聞こえた気がするが…。
しかし、それよりもリエルはその先の事が気になった。
「あの女はこう言ったんだそうだ。
リエル・ド・フォルネーゼはエドゥアルトの娘ではない。不義の子であると。
それを社交界に噂として流すよう指示した。
社交界だけではない。王都や街、地方の村にも領地内にも広めても構わないと。」
「なっ…、」
リエルは思わずギュッと両手を強く握り絞めた。
「さすがにそれにはそいつも反対したみたいだ。
お前が真実フォルネーゼ家の娘ならこんな噂を流して何になると。
フォルネーゼ家をひいてはあなたの名にも傷が入ると説得した。
けど、オレリーヌはそれを一笑して、それでも構わないから何が何でもその噂を事実として広めろと命令したんだ。」
「どうしてそこまでして…、お母様は…、」
「エドゥアルト様は言っていた。あの女のリエルに向ける憎悪は最早、病気だと。
あの女にとっては自分の評判に少し傷がついてもお前を苦しめることができればいいとそんな風に考えているんだと…。」
「私は…、そこまでお母様に憎まれていたんですね…。」
あの噂はただの憶測が呼んだ貴族達が好き勝手にした噂ではなかった。
その方がどれだけマシだっただろう。
よりにもよって、実の母親が実の娘の出自の不確かさを流すなんて。
その噂は長年リエルを苦しめるものだった。
母はそこまでしても自分を傷つけたかったのか。
いや。母はリエルというよりも…、ミュリエルを…、叔母を苦しめたかったのかもしれない。
どうして、そこまで人を傷つける真似ができるのか。リエルには理解できなかった。リエルはハッとした。
「このこと…、ルイ達は…!?」
「知っている。あいつは、本格的に母親を切り捨てるつもりだ。」
リエルは息を呑んだ。それはつまり…、
「リエル。あいつらはもう覚悟を決めている。お前もそろそろ…、答えを出せ。」
「私は…、」
「別に今すぐあの女をどうこうするつもりはない。
例の噂を証言だけでは物証として立てられないし、今回の件だってそうだ。
あの男があの女の命令でやったと言ってもあの女がやっていないと言えばそれでうやむやになる。
そういった正式な依頼をしたとか手紙のやり取りでも入手できればまた違うだろうが…、あの女は狡猾な女だ。自分からは決して手をかけない。他の誰かに濡れ衣を着せて自分は無関係を装うぐらい簡単にやってのける。オレリーヌはそういう女だ。」
彼の言う事は最もだ。
犯人の証言だけでは証拠としては不十分だ。
特に上流階級の社会では身分が低い者と高い者の言葉は圧倒的に身分の高い者の言葉が有利である。
どちらかの意見が食い違っていたら身分のある方の言葉が聞き入れられる傾向が強い。
理不尽だがそれ程に身分というのは大きな障害となって立ちはだかるのだ。
そして、母は生家は侯爵家の娘で五大貴族の一人。
身分と権力がある分、容易に手が出せる人物ではない。それは例え身内であったも同じことだった。
「…。」
「分かるか?リエル。お前の母親はそういうしたたかな女なんだ。
だから、俺達も慎重にならないといけない。
こうと決めたら即座に実行するルイでさえ警戒しているんだ。あの女と対立するのはそういう事なんだ。
親子の情を捨てきれないままで挑んだら簡単に呑まれるぞ。」
親子の確執は貴族の世界では常。
五大貴族の歴史では当主を…、親を排してその子が当主の座を奪った例もある。分かっている。
これは五大貴族の宿命だ。
例え身内であっても敵となれば容赦なくその牙を剥がさなくてはならない。
「もし、迷いがあるなら…、お前はこの件からは手を引け。」
リエルはキュッと唇を噛んだ。
「少し…、考える時間が欲しいのです。」
リエルのその答えにアルバートはそうかと静かに頷いた。




