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第六十一話 アルバートの紅茶

「アルバート様?

あの…、お屋敷に着いたみたいですが…、」


リエルの声にアルバートは慌てて顔を上げた。


「あの…、もしかして、具合でも悪いのですか?

それなら、無理はしなくても…、」


「な、何でもない!…少し、考え事をしていただけだ。」


「そうですか…?」


アルバートはすぐに立ち上がり、馬車から下りた。

リエルは本当に大丈夫かな?と思いながらも彼の後に続くがスッと目の前にアルバートの手が差し出される。


「ほら。手。足元、気をつけろ。」


リエルは躊躇いながらもゆっくりと彼の手に自分の手を重ねた。

そういえば、馬車に乗り込むときもこうやって、手を貸してくれた。

何だか…、懐かしい。

リエルはフッと笑った。


「何がおかしいんだ。」


「あ…、いえ。そういえば、アルバート様と手を握ったのって随分と久しぶりだなと思って…、」


率直な気持ちをアルバートに言っただけのリエルだったが…、アルバートは一瞬ぽかんと呆けた表情をしたと思ったら、勢いよくリエルから顔を背けると、


「そ、そうかよ。

俺はお前と最後に手を繋いだのなんて、覚えてないけどな!

何せ、お前以外にも数え切れないほどの女を相手にしていたからな。

…下らない事言ってないで、早く行くぞ!」


「あ、はい…。」


アルバートに促され、リエルも後に続いた。


「お帰りなさいませ。お坊ちゃま。

おや。これは…、リエルお嬢様。」


「ウォルター。」


「お久しぶりでございます。お嬢様。

暫く見ない間にまたご立派になられて…、」


「え、そう?」


リエルはルイゼンブルク家の執事、ウォルターの言葉に気恥ずかしそうに頬を抑えた。

ウォルターは幼い頃からの顔なじみで小さい頃はよくこの屋敷にも遊びに来ていたので彼とは顔見知りの仲だった。


「それに、そのお姿…。とてもお綺麗ですよ。

私が後、二十歳程若ければダンスの申し込みをしたい位です。」


「ウォルターってば…、お口が上手いんだから。でも、嬉しいわ。ありが、ッ!?」


ウォルターの言葉に微笑み返し、礼を言おうとしたリエルだったが突然、アルバートにグイッと腕を引かれた。


「爺、お前の仕事は出迎えと案内だろう。下らない無駄口を叩いている暇があるなら、仕事をしろ。」


「アルバート様。そんな言い方は…、」


「いいのですよ。お嬢様。

失礼しました。お坊ちゃま。」


ウォルターは気にした様子もなく、微笑んだ。

そして、お部屋までご案内しますと言い、リエルとアルバートを部屋に案内した。

案内された部屋はアルバートの部屋だった。

彼の部屋に入ったのは二年以上も前の話だ。


剣や銃等の武器類が保管され、武術を嗜む人の部屋にも見えるがその一方で本棚にはたくさんの分厚い本が保管されている。

壁には風景画や地図が飾られている。

他にも、地球儀や金の望遠鏡、クリスタルのチェスなども置かれ、多趣味な人の部屋であることが一目で分かる部屋だった。


「後は俺がやるから、お前達は下がっていい。」


お茶を淹れるためにティーカップやティーポットに茶菓子を用意したワゴンを持ってきたメイド達を全員退出させたアルバートはワゴンにセットされた茶葉を手にすると、お茶を淹れ始めた。


「え、アルバート様!?」


普通、お茶を淹れるのはメイドか執事がする。

まさか、アルバート自身がお茶を淹れるなんて想像もしていなかったのでリエルはギョッとした。


「お、お茶なら私が淹れますから…!」


「いいから、座ってろ。客人に茶を淹れさせるわけにはいかないだろ。」


リエルは唖然とした。

生粋の貴族令息であるアルバートは他人に世話をされてきている筈だ。

そんな彼が使用人の真似事みたいな事をするなんてとても信じられなかった。

執事を本業にしているリヒターや平民の生活ぶりに感化され、菓子作りや料理の楽しさに目覚めたリエルが例外なだけだ。


プライドが高い彼が自分の手でお茶を淹れるなんて…、とリエルは思わずアルバートをまじまじと見つめる。

意外にもといったら失礼だがアルバートは手際よく紅茶を淹れている。

ふと、リエルはアルバートの紅茶を淹れる姿に既視感を抱いた。


―あれ…、あのお茶の淹れ方…、どこかで…、


そう思っている間にアルバートはリエルに淹れ終わった紅茶を出した。


ーわ…、このお茶の色、とても綺麗…。


きちんと手順を踏まえて丁寧に淹れられた紅茶であると見て取れる。

香りも損なわれずきちんと引き立てられている。

リエルは一口お茶を口にした。


「あ…、美味しい…。」


リエルはその深みのある味に驚いた。

ただの使用人が淹れるお茶よりも断然美味しい。


「そ、そうか…。」


何処かホッとした様子で頬を緩めるアルバートに気づかず、


「凄いです!アルバート様。

こんなに美味しいお茶を淹れられるなんて…。

このお茶、リヒターが淹れるお茶と同じ位、美味しいです。」


リエルは感心したように言った。


「いつの間にこんな特技を身に着けられたのですか?まさか、アルバート様がお茶を淹れるのがこんなに上手だったなんて知りませんでした。」


「別に特技って訳じゃない。誰でもあれだけ練習すればこれ位、淹れられるようになる。」


「練習?」


「っ…、た、ただの興味本位だよ!

そ、それより…、本題に入るぞ。」


アルバートはそう言って、わざとらしく咳払いをし、


「先にお前に見せたいものがあるんだ。

座って待っててくれ。」


「はい。」


アルバートは奥の間に続く部屋に行き、そこで何かごそごそと物音がする。

リエルは大人しく座って待っていた。

数分後、アルバートが布で覆われた板のようなものを持ってきた。


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