第六十話 思わぬ展開
「り、リエル…。な、何でここに…?っていうか、今の話聞いて…?」
アルバートは狼狽えたように視線を泳がせ、おそるおそる訊ねた。リエルは小さく頷き、
「アルバート様…。今のお話…、本当なのですか?」
「っ…、そ、それは…、」
「教えて。私は本当にフォルネーゼ家の娘なのですか?不義の娘じゃ…、ないの?」
リエルはアルバートに詰め寄った。
不安で声が震えた。
そんなリエルの表情を見たアルバートは一瞬、グッと口ごもるがやがて、意を決したように頷いた。
「本当だ。お前は、不義の娘なんかじゃない。
正真正銘、エドゥアルト様とオレリーヌ様の娘だ。」
『お前は私の娘だ。リエル。』
父から言われた言葉…。
でも、身内の言葉よりも他人である彼から言われたその言葉はずっと力強く、確信を持てるものだった。
リエルは安堵のあまり、溜息を吐いた。
安心したせいか身体から力が抜けて、よろめいた。
「!おい!」
アルバートが慌ててリエルの肩を支えた。
「あ…、すみません。」
リエルは顔を上げて、アルバートにお礼を言おうとしたが意外に近い距離に彼の顔があり、硬直した。
それは彼も同じなのだろう。
慌ててリエルから手を離した。
「き、気をつけろ。」
「は、はい…。」
気まずそうに顔を背ける二人をセイアスがじっと見つめた。
「な、何だよ?セイアス。」
「いや…。お前はそんな表情もするのだな。いつもご令嬢を相手にしている時は隙のない笑顔でいるのに今のお前はまるで…、」
「は、はあ!?い、いつも通りだろうが!
適当な事言うな!」
セイアスの言葉にアルバートは慌てたように言い返した。
セイアスはそうか、と無表情に頷くと
「アルバート。お前は彼女を送って差し上げろ。
俺は、この男を牢に戻してくる。」
「え…、」
リエルは思いもよらない形でアルバートと戻ることになり、リエルは目を見開いた。
セイアスが男を連れ出した後もリエルとアルバートはその場に残っていた。
「リエル。」
「は、はい?」
名を呼ばれ、思わず俯いていた顔を上げると、真剣な表情でアルバートはリエルを見下ろしていた。
「さっきの話の続きだけど…、もうここまで知ったからにはお前には知る権利がある。
だから…、お前が知りたいと言うなら…、俺が知っていることは全て話す。
だから…、リエル。後はお前が決めろ。」
リエルはアルバートの言葉に目を瞠った。
一瞬、視線を伏せる。父が私に隠してきた事実。
どうして、私に隠していたのかは知らない。
それをあえて聞いてもいいのか。
でも、それでも…、私は…、
リエルはギュッと手を握り締めると
「私は…、知りたい。
その叔母の存在も…、全てを知った上で受け入れたい。だから…、教えてください。
あなたが知っている事全てを。」
「…分かった。じゃあ、とりあえず場所を変えよう。」
会場には戻らず、アルバートの誘導で裏道を通り、馬車が停車している場所まで着くと、
「ここだと人目があるし、誰に聞かれるとも分からない。俺の家でいいか?」
「え!?」
「…心配しなくても、話が終わったら、屋敷まで送る。」
「あ…、でも、ルイやリヒターに黙っては…、」
「リヒターにはちゃんと伝言してある。
ルイは絶対にごねるだろうからあっちの説得はあいつに任せておけばいい。」
いつの間に…。
リエルがそう思っている間にアルバートに手を引かれ、馬車に乗り込んだ。
馬車の中では無言だったが不思議と気まずさはなかった。
―私の出生の秘密…。
小さい頃からずっと知りたいと思った。
でも、もし本当に不義の子だったらと思うと怖くて聞けなかった。
だけど、本当は…、ずっと心のどこかで引っかかっていた。
私はもうあの頃の弱気で泣き虫な子供じゃない。
もう、私は逃げたりはしない。
ちゃんと向き合わなくてはいけない。
私もそろそろ…、自分なりに心のけじめをつけなくては。
いつまでも悩んでばかりいて、目を背け続けては前に進めない。だから…、私はもう迷わない。
リエルはそう決意し、窓の外に視線を向けた。
夜空には朧気だが幻想的な光を放つ月が浮かんでいた。
アルバートはそんなリエルの表情の変化を見つめ、ぼんやりとリエルの父親、エドゥアルトに託された言葉を思い出した。
『アルバート。これを君に預けよう。』
そう言って、エドゥアルトはアルバートに一枚の肖像画を渡し、
『あの子が自分の出生の秘密を知りたいと願ったその時に…、君からリエルに真実を伝えて欲しい。』
『な、何で俺なんですか?俺よりもリヒターとかが…、』
『アルバート。私はね…、娘達や息子には幸せになって欲しいと願っているんだ。
特に…、リエルは辛い思いをさせた分、それ以上に幸せになって欲しいと願っている。
確かに君の兄のリヒターもリエルを大切にはしてくれるだろう。
でも…、私はリエルの事は君に託したいと思っているんだ。
君とリエルなら…、幸せな家庭を築いていける。
そんな気がするんだ。だから、この件はアルバート。君に任せたい。』
『それなら、今すぐにでもリエルに教えてあげたらいいじゃないですか!
エドゥアルト様だってあの噂を知っているんでしょう!?あいつ、陰で泣いていたんです!
エドゥアルト様が自分の事を娘だと言ってくれたから大丈夫だと強がっていたけど、本当は不安で不安で一杯の筈なんです!
なら、すぐにでもこの事をリエルに教えてあげれば…、』
『私は今のリエルには教えるつもりはないよ。
リエルは聡明な娘だがまだまだ子供だ。
心も脆く、感情に左右されやすい。
それに真っ直ぐな心の持ち主でもある。
とてもじゃないがあれの気持ちは理解できないだろう。』
『それは…、』
『リエルは疑問を抱く筈だ。
そして、本人に問いただすだろう。』
『!まさか…、リエルを守る為に…?
だから、あなたはずっとこの秘密を隠して…?』
『こうすることでしか私は娘を守る事しかできないんだ。でも、結局はあんな誹謗中傷の噂で娘を傷つけてしまっている。情けない父親だよ。』
『そんな事ない!確かにあの噂はあいつを傷つけるものだけど…、それでも、危害を加えられる事はない。あなたは、あいつへの被害を最小限に抑えるために選んだ。そうでしょう?』
『…君は聡い子だ。アルバート。
それに、周りをよく見ているし、人や状況を見極める力がある。』
そう言って、エドゥアルトはアルバートに微笑んだ。
『だから、君に託したい。あの娘が成長し、それでも自分の出生の秘密を知りたいと願った時に…、
君から話してあげてくれ。』
そんなエドゥアルト様の信頼を…、自分は…、アルバートは目を伏せ、グッと歯を噛み締めた。




