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第五十八話 悪役令嬢

「…さい。」


「リーリア嬢?」


「うるさい!うるさい!うるさい!ムカつくのよ!そうやって、余裕ぶった顔して!

あんたなんかただの悪役令嬢の癖に!」


リーリアはリエルをギロリと睨みつけた。

今にも噛みつかんばかりの勢いだ。


「あんたはただの当て馬に過ぎないのに図々しくも攻略対象に近付いて…、

だから、罰を与えてやろうとしただけなのに…!」


「そんな理由で…?

あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」


そんなゲームとやらの下らないもののために自分は襲われかけたというのか。


「何よ!その目は!?あたしは何も悪くないわ!

悪役令嬢を懲らしめる事の何がいけないのよ!」


悪を正当化しようとする目の前の女にリエルは愕然とした。

信じられない。

同じ女性として女の尊厳を奪うような行為をしながらそれを悪びれもせず開き直る女の姿にリエルはぞっとした。

彼女は…、人としての何かが欠けている。


「悪役令嬢なら、悪役らしくちゃんと仕事しなさいよ!」


「…私は確かに貴族の娘です。

私はそれに誇りを持っている。

だから、人の道に外れた行為は絶対にしません。

私の家系は由緒正しい名門貴族のフォルネーゼ家。

五大貴族として、王家に忠誠を誓った一族です。 私は家の名に恥じない行為は…、」


「そんなことはどうでもいいのよ!

とにかく、あんたは悪役令嬢!

これは、絶対なの!

あんたが悪役令嬢をしてくれないからアルバートが攻略できないのよ!」


「攻略?」


「大体、何であんたとアルバートは婚約者じゃないわけ!?

その設定からおかしいじゃない!

あんたはアルバートにあれだけ執着しているのに何で婚約者じゃないの?

父親に泣きついてアルバートと婚約したんでしょ!?あたし、知ってるんだから!」


「は?」


二人の婚約はお互いの両親が決めたものだ。

父親同士が親友であったため、その子供を結婚させようという意思の下でされた婚約だった。

てっきり、姉に白羽の矢が当たると思いきや、何故か妹である自分にその縁談が舞い降りたのは未だに謎だが。


―多分、アレクセイ様やグレース様が私を選んでくれたのでしょうね。

どちらかというと、姉様よりも私の方を可愛がってくれたお二人だったし。


「私がアルバート様に執着って…、彼がそう言ったのですか?」


震える声でリエルは訊ねた。


「アルバートはあんたの事、何にも教えてくれなかったわよ。

でも、あたしは知っているの。

あんたがアルバートに異様に執着していることも嫉妬深くて独占欲が強いことも全部全部!」


ドクン、とリエルの心臓が嫌な音を立てた。


「私は…、私は…、彼に執着何て…、」


リエルは否定するようにギュッとスカートの裾を握り締めた。


「嘘よ。あんたはアルバートが好き。

好きで好きでどうしようもなくて、他の女なんか見ないでと醜い嫉妬を抱いて彼を束縛したんでしょ。」


「私は決してそんな事はしていません!」


リエルは思わず叫んだ。

そうだ。

私は彼を束縛なんてしていない。ただの一度も。


「嘘つき。本当は誰よりもあの男を手に入れたいと思っているくせに。

手に入らないなら壊してしまえばいいとまで思っている癖に。」


「そんな事…、」


「いいえ。そうよ。でも、あんたじゃ彼を幸せにはできない。

彼を幸せにできるのはヒロインのあたしだけ。

あんたはアルバートを傷つけるだけだもの!」


「何故、あなたにそこまで言われなくてはいけないの!

私は彼を傷つけようと思ったことなど一度も…!」


リーリアの決めつけたような言い方にリエルは思わず声を上げた。

すると、リーリアはそれを嘲笑うかのように


「口では何とでも言えるわ。

でも、あんたは正しく誰かを愛せない。

だって…、母親から愛されず育ったあんたは愛を知らない。

そんなあんたが人を愛することができるわけないでしょう。

あんたは歪んだ愛情でしか人を愛せないのよ!」


リエルは息を呑んだ。

母親の愛を知らない。

愛を知らない人間が誰かを愛することはできない。

それはリエルの心に重く圧し掛かった。


「どれだけ、あんたが破滅エンドを回避しようとしても無駄よ!

ゲームの運命からは逃れられないんだから!」


「…破滅、エンド?」


「そうよ!あんたは最後はアルバートを刺して彼を殺そうとするのよ!」


リエルは目を見開いた。

私がアルバートを手にかける?

彼を傷つける?

私のこの手で。


「嘘…。」


「嘘じゃないわ。アルバートがあんたから離れようとするからあんたは激怒して、アルバートを殺そうとしたのよ!恐ろしい女よね!」


「嘘よ!…でたらめを言わないで!

私は…、私は人を傷つける様な真似は…、

絶対にしない!」


リエルは叫んだ。

傷つけられる痛みは誰よりも知っている。

言葉の暴力で心がずたずたにされる苦しみも、殴られ、叩かれる身体の痛みも…。

だからこそ、自分は絶対に人を傷つけない。

そう誓った。

そんな私が…、彼を手にかけるなんて…。


「フッ…!そう言っていられるのも今の内よ!

でも、ここはあたしがヒロインの世界!

最後にハッピーエンドを迎えるのはこのあたしよ!

あの人の言う事に間違いはないんだから!」


「…あの人?」


リエルは怪訝な声を上げた。


「リエル。時間だ。」


すると、いつの間にか扉が開かれ、中に入ってきたセイアスから声をかけられた。

リエルはまだ彼女には聞きたいことがあるがただでさえ無理を言って彼女と話す時間を設けて貰った身だ。グッと我慢してリエルはくるり、とリーリアに背を向けた。


「待ちなさいよ!逃げる気!?」


リエルは振り向かずにセイアスの元に向かった。

リーリアは鉄格子を掴み、リエルに喚き散らしていたが不意にセイアスの姿を見ると、


「セイアス様!?どうして、ここに…、今までどこを探してもいなかったのに。

あ!もしかして、あたしを助けに…!?」


さっきまでリエルに向けていた般若のような表情から可憐な表情へと一変していた。

両手を胸の前で組み、うるうると瞳を潤ませ、頬を染めたリーリアだがセイアスは一瞥しただけで無言でリエルを促した。


「セイアス様!?

な、何で無視をするの?あたしが牢屋に閉じ込められているのに!」


この状況でどうして、セイアスに助けて貰えると思うのだろう。

リエルは呆れた。セイアスも同じ気持ちなのだろう。溜息を吐き、そのまま足早にその場を後にした。


「セイアス様!?何で、何でよ!?

どうして、あたしを助けてくれないの!?

リエル!あんたの仕業ね!悪役令嬢の癖にあたしの邪魔ばかりして…!」


リーリアの喚き声を掻き消すようにセイアスはリエルが出るのを確認すると、そのまま勢いよく扉を閉めた。



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