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第五十七話 ヒロインの狙い

「あなたはそのゲームの世界でヒロインの立場にあるのですね?」


「そうよ!この乙女ゲームでは庶民のヒロインのあたしが男爵令嬢になって王宮で出会った七人の貴公子と恋を育んでいくの!その乙女ゲームの世界にあたしはヒロインとして生まれ変わったのよ!だから、ヒロインのあたしは幸せになるのが当然の世界なの!」


リーリアはペラペラとそのゲームとやらの世界観やあらすじを好き勝手に喋った。

大衆や女性に受けやすそうな王道なストーリーだなとリエルはぼんやりと思った。


「七人の貴公子とは…、薔薇騎士の方達ですか?」


「薔薇騎士以外に誰がいるのよ!ああ…。でも、やっぱり、こっちの世界ではリアル感が半端じゃないわ!クールな青薔薇騎士も色気たっぷりな黄薔薇騎士も素敵だけど…、やっぱり、白薔薇騎士のアルバートが一番好み!」


薔薇騎士に近付いたのは他国のスパイとして敵国に情報を売りつけるためだったのかと思ったがどうやら違ったらしい。

この女はただ単に見目のいい男…、しかも複数の男達にチヤホヤされたいだけだったみたいだ。

婚約もしていないのにアルバートにあれだけ密着していたし、不特定多数の異性に親しく近づく位だからリーリアは貞操観念が低い令嬢だとは思っていたがここまでとは…。

リエルはリーリアの神経を疑った。そして、ふと疑問を抱いた。


「けれど、薔薇騎士の中の一人、紅薔薇騎士は女性なのですよ?なら、七人の貴公子とは一体…、」


「そこよ!」


リーリアがギロッとリエルを睨みつける。


「本来なら、紅薔薇騎士になるのは先代の薔薇騎士の息子であるクリス様がなる予定だったのよ!

なのに、どうしてただのモブが薔薇騎士になっているの!?」


そんな事私に言われても…、そもそもモブとは何?女性を軽視した表現の一種だろうか。

八つ当たり気味に喚き散らすリーリアにリエルは辟易した。

しかし、リエルはその名に聞き覚えがあった。確かにリーリアの言う通り、先代の紅薔薇騎士の息子の名がクリスという。だが、彼は父とは違い、武門の道を歩まずに芸術面の活動に力を入れている。

絵画の収集や自らも筆をとり、高名な画家として名を馳せている。


幼い頃に会ったことがあるが線の細い美少年で以前は自分も父の様に薔薇騎士にならなくてはいけないと思っていたけどある人に出会って必ずしも親の跡目を継ぐ必要はない事に気づかされたと話していた。元々、自分に騎士は向いていない。剣よりも筆を握っている方が落ち着くのだと言っていた。

いつか、画家として身を立ててみたいと話し、夢を語る少年は晴れ晴れとした表情でとても幸せそうだった。


「薔薇騎士は必ずしもその子供が継ぐと決まったわけではないのですよ。勿論、そういった例もありますがほとんどの場合は選ばれた者と鍛錬に耐えた者が薔薇騎士としての称号を…、」


「でも、ゲームではそういう設定だったの!それなのに、何で薔薇騎士のメンバーが違うのよ!」


そんなの私が知る訳がない。この子の頭の中は本当にゲームを中心に回っているのだなと呆れた。


「…なら、何故あなたは薔薇騎士以外の異性にも近づいたのです?あなたの望みは薔薇騎士に愛されることなのでしょう?それなのに、何故あなたは私の弟やリヒターにまで近づいたのです?」


「そんなの決まっているじゃない!リヒターは隠しキャラなんだし、ルイは続編で出てくる攻略対象なんだから!」


「隠し、キャラ?それに、続編って…、そのゲームには続きがあるのですか?」


「ええ。そうよ。薔薇騎士の次の続編では五大貴族の当主や御曹司が攻略対象なの。

女嫌いで毒舌のルイも気になっていたのよねー。母親と家庭教師のせいで女性不信になっていた彼の心をヒロインのあたしが癒してあげるの。」


リエルは息を呑んだ。何故、それを…。弟の過去は誰も知らない筈。

仮にも次期当主であるルイが短い時間とはいえ監禁されていた事実が知られればルイの名誉が傷つけられる。性根の捻じ曲がった貴族達は好き勝手に噂しまくることだろう。

これ以上、ルイの心の傷を広げる訳にはいかないと父が当時の関係者や使用人に決して口外しないように命じた筈だ。なのに、何故、それを無関係の彼女が知っているのだ。リエルは戦慄した。


「リヒターもルイも母親が原因で女嫌いになっているのは同じなのよね!

リヒターも子供の頃から母親のせいで陰口を叩かれて可哀想。第二夫人の子供で日陰者のレッテルを貼られて、おまけにその母親は浮気性。淫売の息子だと色々と非難されていたらしいし、母親と間男がしている所を目撃したりもして…。挙句の果てには無理心中を図った男に母親を殺されて…、」


リエルは目を見開いた。彼女がリヒターの過去を知っていることに驚愕した。

リヒターが正妻ではなく、第二夫人の子供であることは貴族界でも知られている事実だ。

ルイゼンブルク家当主、アレクセイの第二夫人、クラリスの名は有名だった。

没落貴族の娘であった彼女は元は貴族であるだけあって立ち居振る舞いも何処となく品があり、まるで白百合の乙女の様だといわれ、濡れ羽色の髪が特徴的な女性だった。


しかし、彼女はその楚々とした美貌とは裏腹に野心が強く、性にみだらな女だった。

その自由奔放な性格で数多の男性を誘惑し、数々の不貞を犯した。

正直、離縁されなかったのが不思議な位、爛れた生活を送っていたらしい。

だが、結局はその不貞の証拠も暴かれ、更には正妻であるグレースを毒殺しようとしていた事が判明した。


しかも、その時、グレースは妊娠していた。クラリスはお腹の子もろともグレースを始末し、自らが正妻にとって代わろうとしたのだ。

幸い、夫であるアレクセイが未然に防いだお蔭でグレースもお腹の子供も無事だった。

本来なら、死罪になってもおかしくない所業だが他ならぬグレースの助命嘆願で死罪は免れた。

が、勿論無罪放免になるわけがなく、クラリスには離縁と厳格な修道院への強制収容を言い渡された。


しかし、その修道院へ送り出される前夜にクラリスは複数いた浮気相手の一人から無理心中を強要され、刃物で刺され、そのままバルコニーから突き落とされ、殺されたのである。

その時の第一発見者はリヒターだった。彼は母親の死を目の当たりにしたのである。

第二夫人の葬儀は行われたが仮にも五大貴族の第二夫人である女の死が浮気男によって殺されたという醜聞を公表するわけにもいかず、表向きは病死であると公表された。


だから、クラリスの死の真相は関係者しか知らない。今まではリーリアのゲームの世界という話を妄言だと思っていたがそうではないのかもしれない。リエルは初めてリーリアの言葉に薄気味悪さを感じた。


「では…、あなたは弟やリヒターからの愛も得ようとしたのですか?」


「当たり前じゃない!だって、彼らはヒロインのあたしを愛する為に存在しているのよ?だから、二人はヒロインであるあたしのもの。」


「ルイとリヒターはあなたの物じゃない!二人にはそれぞれ選ぶ権利が…、」


「うるさいわね!だから、ルイもリヒターも最後はちゃんとあたしを選ぶに決まっているでしょう!?」


「それは絶対に有り得ません。だって、あなたは…、正にルイとリヒターが毛嫌いする女のタイプですから。あの二人があなたのような傲慢で身勝手な想いを押し付ける女を好きになるとは思えない。」


「はあ!?あたしがルイとリヒターの母親と同じだっていうの!?」


「違うというのですか?あなたも二人の意思を無視して、自分の感情を押し付けているだけでしょう。母やクラリス様のように。」


「あたしをあんなビッチ共と一緒にすんじゃないわよ!どうせ、自分が誰からも愛されないからって、ヒロインのあたしを妬んでるだけでしょう!?」


また、よく分からない単語が出てきたな。そう思いながら呆れたようにリエルは溜息を吐いた。


「そもそも、あなた自分が何をしているのか分かっているのですか?

一人だけの異性を恋い慕うならまだしも、複数の異性に言い寄るなどそんな振る舞いが許されるわけが、」


「自分がモテないからってあたしに当たらないでくれる?そもそも、ヒロインのあたしがたった一人の男のものでおさまるなんて有り得ないでしょ!

ヒロインに生まれたからには、やっぱり、逆ハールートを狙うに決まっているでしょ!?

だって、あたしはヒロインなんだから!イケメンは皆、あたしのものでないといけないの!

それなのに…、それなのに…、どうしてあたしがこんな目に…!おかしいじゃない!」


リーリアはそう言って、髪を振り乱し、鉄格子を掴んで苛立ち紛れに暴れた。リーリアが鉄格子を揺する度に激しい音がするが強固な鉄の柵で作られた牢屋は頑丈でびくともしない。リエルはそんなリーリアを黙ったまま見つめ、溜息を吐いた。


「…何もおかしくなどありませんよ。リーリア嬢。」


「いいえ!おかしいわよ!この世界はあたしが幸せになる為の世界なの!それなのに…、」


「おかしいのはあなたですよ。リーリア嬢。」


「なっ…!?」


「ここの世界は現実なんです。誰が特別でもない。誰もが環境や選択で幸せにも不幸せにも生きることができる。平等で残酷な世界。あなただけが特別だなんて思い上がらない方がいい。

そんな都合のいい道理は現実ではまかり通らない。

あなたはただ、自分の想像の世界で生きているだけに過ぎない。現実を見なさい。リーリア嬢。」


リエルはそうリーリアに諭した。

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