第五十五話 リーリアの尋問
暫く、投稿できなくて、すみません!まとめて更新します!
騎士の一人がアルバートに近付き、何やら報告している。それを聞き、アルバートは頷くと
「分かった。すぐ行く。」
そう言い、アルバートはその場を立ち去った。その後姿をリエルは見送った。
「リエル。申し訳ないが例の侵入者の件で事情を聞いても?」
セイアスにそう言われ、リエルは頷き、彼の案内で別室に同行した。
コツコツと靴音を響かせて薄暗い階段を降りていく。部屋の前に佇んでいる見張りの兵がアルバートに気づき、敬礼した。
「アルバート様!」
「あの女は?」
「中におります。ここに連行された時からずっと泣き喚いていまして…、我々も困惑しております。」
「分かった。ご苦労だったな。後は俺がやる。」
そう言い、アルバートは中に入った。
「こんな事して、ただで済むと思わないで!
あたしはヒロインなのよ!?
モブ如きがあたしに馴れ馴れしく触るだなんて…!」
椅子に拘束されたリーリアが醜く喚き散らしていた。それを両脇から固めている兵士がうんざりした表情を浮かべていた。リーリアは入ってきたアルバートを見ると、パッと顔を輝かせた。
「アルバート様!やっぱり、来てくれたんですね!」
「もう、下がっていい。…苦労をかけたな。」
アルバートは恐らくずっとこの口汚い言葉を喚き散らすリーリアを相手にしていた兵士に労いの言葉をかけた。兵を下がらせ、アルバートはリーリアの前に座った。
「アルバート様!
どうして、今の人達を叱ってくれないんですか!?酷いんですよ。あの人達、あたしのことを無視ばっかりで…、」
「リーリア。あんたに聞きたいことがある。」
「そんな事よりも、この縄を…、」
アルバートはスッと目を細めた。空気が凍り付いた。その冷ややかな眼差しは相手を黙らせる威力があった。脳内お花畑な令嬢ですらも肌で感じる位に。
「聞こえなかったのか?俺の質問に答えろと言ったんだ。…無駄口は叩くな。」
「あ、アルバート様?」
彼女は未だにアルバートが自分の味方だと思っているみたいだった。困惑した目でこちらを見つめる。
「リーリア。何故、リエルを狙った?
…それは、お前の意思か?
それとも…、誰かに命令されたのか?」
「っ…、アルバート様!あたしは、ただ…、あなたを救いたくて…、」
「は…?」
「だって!アルバート様があんまりにも可哀想なんですもの。あの人に小さい頃から執着されて、無理矢理婚約させられて…、何で婚約破棄したのか知らないですけど、きっとあの人の独占欲と嫉妬で疲れてしまったのでしょう?酷いですよね。それだけ、アルバート様を追い詰めたのに、未だにあなたを諦めきれずに付き纏われて…、」
「待て。何の話だ?まさかとは思うが…、リエルの事を言っているのか?」
「そうです!あの人以外いないじゃありませんか!私、知っているんです。あの人がアルバート様を異常な位、執着していることは。」
「…お前、誰かと勘違いしているんじゃないのか?リエルは俺に執着したことなんかただの一度もない。」
「嘘です!そうやって彼女を庇うのはアルバート様の優しさですけど、あの人はその優しさを利用しているんです!
大切な幼馴染だからって、アルバート様はそうやって自分に言い聞かせて、彼女から求められるがままに従って…。
私、知っているんですよ。婚約だって家の力を使ってアルバート様と婚約したことも他の女が近付いたら、地位と権力で酷い目に遭わせてあなたに女性を近づけようとさせなかったことも…、」
「誰の話だ?それは。」
全く心当たりのない話だ。…むしろ、どちらかと言うとそれをしたのは…、
「無理しないでください!そうやって、無理矢理自分に言い聞かせなくていいんです。あなたの苦しみも全部、あたしが受け止めてあげます!だから、あなたもいつまでもリエル様に捕らわれないで前に進みましょう?大丈夫です!何があってもあたしはあなたの味方です!」
リーリアはそう言って、アルバートをどこか毅然とした表情で見つめた。自分は正しいことを言っていますと全身で語っている様だった。
その笑みだけ見れば、慈愛に満ちていて、何と心優しい女性だろうと見惚れるだろう。が、アルバートは
―こいつ、何言ってんだ?
と心底、呆れた。
リーリアの会話の端々から妄想癖と勘違いが激しい女だとは認識していたがここまで酷いとは思わなかった。
一瞬、頭沸いているんじゃないだろうかと思った。それと同時に不快だった。
勝手に決めつけ、それだけで自分の気持ちを分かっているかのような言動も自分の為とか言いながら、結局はただの自己満足に過ぎない行動も、何も心に響かない薄っぺらい言葉も…、気持ち悪いだけだった。
自分の言葉を聞いて、手を取ることを疑わない期待するような眼差しにも苛ついた。
「アルバート様の気持ちは分かります。
彼女に強く言えないのは五大貴族の均衡を保つためなのでしょう?
同じ五大貴族の娘である彼女と衝突すれば他の五大貴族との関係に亀裂が入るから。
そうでしょう?それに、何より彼女は幼馴染だから…。でもね、アルバート様。
優しさには時に厳しさも必要なんですよ?
リエル様の為を思うなら、彼女と決別するという強い意思を見せないと!」
「…。」
話をするだけで疲れる。
いや、実際はリーリアが好き勝手にペラペラ話しているだけなんだが。
話を聞くだけでこんなに疲れる事情聴取は初めてだった。
というか、こんなにも人の話を聞かない女は初めてだった。
アルバートがどんどんリーリアを見る目が冷たくなるのに気づかず、尚もリーリアは話し続けた。
「あのリエル様がアルバート様を簡単に諦めるとは思いませんけど、大丈夫です!
あたしが傍にいますから!」
何が大丈夫なのか。
むしろ、お前の頭が大丈夫か。思わず白けた視線をリーリアに注ぐ。
「リエル様はアルバート様への想いを愛だと思ってるみたいでしょうけどそれは違います。
彼女の想いは愛なんかじゃない。愛っていうのはもっと優しくて心が温かくなるものなの。彼女のはただ自分もアルバート様も傷つけるだけの歪んだ感情なのよ。そもそも、アルバート様に異常な程、執着するのも元々は自分が愛されなかったからの…、」
リーリアの話にアルバートは思わず失笑した。
「アルバート様?」
思ったような反応ではなかったのかリーリアが怪訝な顔をした。
「クッ…、ハハッ…、」
おかしかった。この女の有り得ない妄想がおかしくて、堪らなかった。
―あいつが執着?この俺に?
幼い頃から、リエルは変わった女だった。
自分が知る年頃の女はひらひらしたドレスやキラキラした宝石を好み、見た目だけは天使の容貌をした自分に群がった。
なのに、リエルは他の女と違い、煌びやかな物には興味を示さず、空や星、植物、蝶や鳥を目で追い、それを飽きもせずに観察する変な女だった。
かと思えば、部屋に籠って小難しい本を読み、真剣な表情でそれを読み漁る子だった。
同じ年頃の女の子は話しかけずとも寄ってくるがリエルはこちらが話しかけても無視する始末だった。
何せ、リエルは熱中すると周りが見えなくなり、読書や花を観察することに夢中でアルバートの声が聞こえてないのだ。
苛ついてリエルを小突いたり、本を取り上げたことなんて、しょっちゅうだった。
つまり、何が言いたいかと言うとリエルはアルバートなんて、眼中にないのだ。
そんなあいつが俺に執着?独占欲を抱いている?
あまりにも馬鹿馬鹿しい話に笑えてくる。婚約だって親が決めたのならばと楚々と頷いていた女だ。
あの様子だと、アルバートが相手でなくても同じ反応を返したことだろう。婚約中、他の女と一緒にいても文句の一つも言わない女だ。
つまりは、そういう事だろう。自分の前では作った微笑みしか見せない癖にルイやリヒター達の前では楽しそうに声を上げて、笑っている。
それなのに、アルバートが現れると、その笑顔はたちまち、固まるのだ。極めつけは…、
『もう…、無理、なんです…。私は…、あなたと結婚はできない…。だから…、』
いつになく、弱弱しく、包帯をつけた片目を押さえながらそれでも、涙は流さずにどうか婚約を破棄してくれと懇願したのだ。
そして、自分は…、アルバートは片手で顔を覆った。彼の表情は見えないがその口元は笑っていた。
「本当に…、笑えるな…。」
「あ、アルバート様?な、何で?何で笑っているの?あたしは真剣に…!」
不意にアルバートは手を外し、リーリアを見据えた。
「…一つ訂正しておいてやるよ。リーリア。」
「あ、え…?」
アルバートの鋭い視線にリーリアは硬直した。ズイ、とリーリアに近付き、こんな状況にも関わらず彼の美貌を前にして、ポッと頬を染めるリーリアに心底、蔑んだ視線を投げながらその耳元に何かを囁いた。リーリアの瞳が見開かれる。
「な、何、言って…?」
「分かったら、その妄言を俺に二度と聞かせるな。」
「う、嘘よ…!こんなの、有り得ない!だって、そんなのシナリオには…!」
ああ。うるさい。リーリアの耳障りな声が耳に纏わりついて離れなかった。




