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第四十九話 アルバートの提案


「お嬢様。お迎えに上がるのが遅くなり、申し訳ありません。」


「あ、ううん。あの、リヒター。

それより、あなたどうしてここに?

今日は来られないって…、」


「少々、調べるのに手間取りまして。

駆けつけるのが遅くなってしまいました。

代わりといってはなんですがそこの愚弟にお嬢様の護衛を頼んだのにも関わらず、全く言いつけを守ってなかったみたいですね。」


リエルの頭から足先をザッと見て、リヒターは溜息を吐いた。


「ちょ、ちょっと待て!

俺はちゃんとお前の言われた通りに…!」


「何が言われた通りですか。

お嬢様のこのお姿を見てそう言えると?

お嬢様の髪は乱れている。化粧だって崩れている。

頬には傷がついている。

これのどこがお嬢様を守ったことになるのでしょうね。

極めつけは…、このドレスの上から着ている外套。

あなたの外套を羽織っているのはドレスを破かれたからでしょう。

そんな横暴な振る舞いまで許すとはあなたは一体、何をして…、」


「リヒター。止めて。」


リヒターが一つ一つ言葉を紡ぐたびにう、と顔を歪め、言葉の刃でずたずたに言い負かされていく様子にリエルは思わず口を挟んだ。


「アルバート様は私を助けてくれたの。

彼がいなければ私は女としての貞操を奪われてしまっていたかもしれない。

彼は私の恩人です。それ以上、責めないで。」


リヒターはリエルの言葉に数秒、黙ったままリエルを見つめた。

やがて、床に転がった男の姿を見て、フム、と頷き、


「お嬢様がそう仰るのなら仕方がありません。

今日は大目に見ましょう。

…それに、愚弟は愚弟なりにしっかりと落とし前はつけてくれたみたいですからね。」


リヒターの言葉にホッとリエルは安堵の溜息を吐いた。

ですが、とリヒターは続けて口を開いた。

おもむろに、床に落ちていたリエルの短剣を拾い、


「お嬢様。私は仰いましたよね?無茶はするなと。」


リエルがぎくり、とした。そうだった。


「お嬢様に武器を持たせたのはあくまでも自衛の為です。

けれど、それを持っているからとご自身が強いと思い込んでしまう。違いますか?」


「り、リヒター…。

あたしは別に自分が強いと思い上がった訳じゃ…、

ただ、ほんの少し時間稼ぎをって…、」


「それが思い上がりだと言うのです。

いいですか?

もし、このナイフを奪われたらそのナイフであなたに危害を加えられる可能性もあるのです。

武器を持つとはそういう危険と隣り合わせになるのですよ。

お嬢様。はっきり言って、あなたは強くはありません。並みの女より少し強いというだけです。」


「おい。リヒター。そこまで言わなくても…、」


「あなたは黙っていなさい。」


アルバートが口を挟むがリヒターにピシャリ、と言われてしまい、何も言えなくなった。


リヒターの言葉は否定できない。

リエルは確かに護身術として武器の扱いや体術は身に着けているがそれだけだ。

体格も腕力もある男の前では非力な身である。

頭脳戦は得意だがどうも体力勝負では分が悪いのだ。隙を突いて相手に一撃を加える位が関の山だ。


「そもそも、あなたはどうしていつもそうなのです。実力が不十分なのに一人で突っ走ったり、危ない事に自ら首を突っこむ。

おまけに何でも一人で抱え込み、一人で解決しようとする。そんなに怪我をしたいのですか。

お嬢様はあまりにも、ご自身の危機管理能力が低すぎます。」


「うっ…、」


今回のは貞操の危険なのもあって恐ろしくてつい、震えてしまい、動揺してしまっただけだ。

と言いたいところだがこの執事にそれを言ったら、倍の痛烈な言葉が返ってくるのは分かっているので絶対に言わない。


「明日から、私が直々に特訓を致します。よろしいですね?」


「ええっ!?」


リエルは真っ青になった。

じょ、冗談じゃない!リエルは知っている。

彼の教育は鬼畜と呼ばれる位のスパルタ教師に変貌することを。

リヒターにダンスや勉強、行儀作法を叩き込まれたリエルはその恐ろしさを身に沁みて分かっている。


確かにその教育のお蔭で貴族令嬢としての立ち居振る舞いは完璧だと称される位に身に着いたがもうあんな思いは二度と御免だ。

しかも、失敗すればその日のデザートのお預けを食らってしまう。

甘いもの好きのリエルにとっては地獄だった。


「や…、あたしはサラに教えてもらうからわざわざリヒターの手を借りる程じゃ…、そ、それに!リヒターは色々と忙しい身でしょう?」


「問題ありません。

お嬢様の教育に割く位の時間はあります。」


そんなものはいらないから、どうか存分に仕事をしてくれ。

リエルはそう思ったが口には出さない。


「サラには私から言っておきましょう。

それとも、お嬢様は私が相手では不満でも?」


「ふ、不満だなんて!そんな事ある訳ないわ!」


そんな事、一言でも口にすればきっと予定とは倍の量の課題を要求されることだろう。

これもリエルは経験済みである。


リエルは冷汗を掻きながら、引き攣った笑いを浮かべ、顔面蒼白だった。

すると、思いもよらない提案がされた。


「リヒター。

…お前は確かに強いけど本職は執事だろ。

けど、俺は騎士だ。

剣を教えるなら、俺が適任だろう。

それに、お前はルイの仕事も補佐したりしているだろ。

執事なら、そっちを優先しろよ。」


「しかし、アルバート。

あなたも騎士としての務めがあるのでは?」


「休みの日位は付き合ってやれる。

こいつだって暇じゃないんだし、それ位が丁度いいだろ。

リエルもそれでいいよな?」


リエルは条件反射で頷いた。

リヒターのスパルタ教育を受けずにすむのなら、何だってよかった。


「仕方がありません。

今回は愚弟に花を持たせましょう。」


「だから、愚弟って呼ぶな!」


相変わらず、仲が良い兄弟だなとリエルは微笑んだ。

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