第三十七話 王太子と黒薔薇騎士
「リエル!」
ミミールと話していると、名を呼ばれ、リエルは振り返った。
すると、そこには…、
「殿下?」
燃える様な赤い髪に王族特有の黄金色の瞳を持つ美少年…、フェリクス・ド・ウェルザー。
この国の王太子が立っていた。
「リエル!会いたかった。」
弾んだ声を上げるフェリクスにリエルは微笑んだ。
「殿下。ご機嫌麗しゅう。暫く会わない間にご立派になられて…、」
フェリクスはリエルを見上げた。
「えへへ。ありがとう。僕ね、背も伸びたんだよ。その内、絶対にリエルより背が高くなるからそしたら…、」
「殿下。何度も言いますが勝手にいなくならないで下さい。」
「うるさいな。ヴァルト。今、大事な話をしている所なのに…、」
殿下の背後から現れたのは黒薔薇騎士ヴァルトだった。
見上げる程の高身長に眼光鋭い騎士の登場にミミールが僅かにびくりと怯えた。
「お勤めご苦労様です。ヴァルト様。殿下、黒薔薇騎士様を困らせてはいけませんよ。殿下の事を心配して仰ってくれているのですから。」
「むう…。リエルがそう言うのなら…、分かった。」
リエルが優しく諭すと唇を尖らせながらもフェリクスは渋々頷いた。
「…リエル嬢。」
すると、ヴァルトが一歩リエルに近付いた。
ギロリ、と鋭く睨みつける目つきにヒッとミミールが悲鳴を上げた。
「…この間の土産は中々のものだった。また、よろしく頼む。」
「良かったです。」
大の男でも臆しそうな強面の騎士相手にリエルはフフッと微笑み、頷いた。
「この前も街でヴァルト様が気に入りそうなお店を見つけたんです。実際にメリル達と入ってみましたがヴァルト様好みのものがたくさん揃っていましたよ。また、お時間がある時でも詳しく話しますね。」
「…ああ。殿下。そろそろ戻らないと。」
「はいはい。じゃあ、リエル。後で僕と踊ろうね!」
そう言って、元気一杯に手を振ってヴァルトと一緒にその場を立ち去るフェリクスをリエルは笑顔で見送った。
以前、会った時よりも王太子の背は数センチ伸びていた。
まだ僅かにリエルの方が背は高いがそれもいつまでだろうか。
成長期の彼は近いうちにリエルの背を越すことだろう。
そう思うと、リエルは王太子の成長を微笑ましく思った。
それに、今は夜会に出席する為、ドレスを着ているので高いヒールの靴を履いているのだ。
だから、リエルの身長は元の身長から更に高い。
踵の低い靴で王太子と並べば身長差はほとんどないかもしれない。
ちなみにフェリクスも踵の高いブーツを履くことは可能なのに、あえてそれをしない。
変な小細工はせずに正々堂々とリエルの背を越したいというのが彼の言い分である。
それを思い出し、リエルは思わず笑ってしまった。
「あ、あれが黒薔薇騎士…。こ、怖すぎでしょ…。何、あの凶悪顔。何であんなの前にして、平気なの?」
「そう?確かにヴァルト様って一見、怖そうな外見だけど慣れればそんなに怖くないよ。」
「慣れる!?あの顔に!?っていうか、あんた黒薔薇騎士と顔見知りだったの!?何よ、さっきの怪しい会話!あんた、一体何をして…!」
「ヴァルト様とはちょっとしたきっかけで知り合いになっただけだよ。それに、怪しい会話って…、ミミールが心配している様な事はないから大丈夫だよ。」
「本当に?あんた、脅されているんじゃないでしょうね?」
「違うってば。」
リエルは苦笑した。
ヴァルトは見た目のせいで誤解されるがその性格は外見とは正反対でどちらかというとかなり可愛い性格をしている。
見た目は男らしさ満点だが中身はその辺の女性よりもよっぽど女子力が高いし、趣味は刺繍や編み物、菓子作り…。
そして、彼は隠れ甘党だった。
とあるきっかけでその趣味と性格を知ってしまったリエルは同じスイーツ好き同士として交流を深めるようになったのだ。
騎士である彼はその外見からスイーツ好きであると知られれば笑われて馬鹿にされるか周りに舐められると思い、甘党好きを必死に隠していた。
だが、それ故になかなか甘い菓子にありつけずに苦悩していた。
あまりにも不憫だったからリエルは彼の代わりにスイーツをリサーチしたり、美味しい菓子を見つければそれを彼に渡したりした。
時には、大の男が一人でお菓子の店に入るのが恥ずかしいというのでそれなら、自分と一緒に行かないかと誘い、リヒター達と一緒にカフェやスイーツ専門店に入ったりもした。
そんなこんなで彼にはすっかりスイーツ仲間として認定されてしまった。
ヴァルトからは自分の秘密を誰にも言わないでくれと懇願されているため、リエルはミミールにそのことは話さなかった。
「あんたって、結構顔広いのね。噂だと、引きこもり令嬢って言われているのに。」
「たまたまだよ。普段は私、屋敷に引きこもっているし…。」
不意に会場の入り口がざわついた。
思わず視線を向ければそこには…、
「きゃあ!アルバート様よ!」
「ああ…。いつ見ても、素敵…。」
女性陣が黄色い声を上げ、うっとりとある一点を見つめている。
そこには白薔薇騎士、アルバートが佇んでいた。
白薔薇騎士の正装である白い騎士服を身に纏い、腰に剣を挿した彼はまさに物語にでてくる凛々しい騎士そのものだった。
そして、そんな彼に他の令嬢達を押し退け、彼の隣に立つ女性は…、セリーナだった。
「相変わらず凄い人気ね…。まあ、お兄様も似たような物だけど。」
チラリ、と視線を向ければセイアスも女性達に囲まれている。
「そういえば、リエルって白薔薇騎士の元婚約者だったんでしょ?あんな人の婚約者だなんて妬まれたり、恨まれたり、羨ましがられたりしたんでしょうね。さすが五大貴族ともなれば婚約者も凄いのね。」
「…。」
「リエル?」
「えっ、あ…、う、うん。まあ、それも過去の話だし…、」
リエルは慌てて我に返ると、そうミミールに取り繕った。
「…あ。」
ミミールが視線を上げた先にリエルが視線を向ければそこには一人の令嬢がいた。
補足説明
この世界の平均身長の設定資料です。
男性 175~180㎝前後
女性 165~170㎝前後
ちなみにリエルは162㎝くらいだと勝手にイメージしています。チビってほどでもないけどギリギリ平均より下回っているので小柄に分類されます。一応はこの世界観は異世界ですがヨーロッパと似た世界観ですからね。身長は日本の平均値より高く設定しています。
王太子は158~160㎝前後だとイメージしています。




