第三十五話 確かに鳥みたいだ
「はあ…。」
リエルは夜会への招待状を前に溜息を吐いた。
その招待状は王家からのものだった。
幾ら夜会が苦手だといっても国王陛下からの招待状を無視しない訳にはいかない。
とはいえ、やはり、気は進まない。
夜会に行けば、五大貴族の娘として注目され、男達からは下心満載で甘い蜜を啜ろうと近付いてくるし、姉のセリーナ目当てでリエルを利用しようと口説いてくる。
貴族令嬢からは五大貴族という高い地位を持つリエルへの嫉妬から嫌味か陰口を叩かれるのかと思うと気が重い。
「ああ…。行きたくないなあ。」
「お嬢様!大丈夫ですわ!思いっきり着飾って皆をあっと驚かせてみせましょう!」
メリルは張り切ってリエルを着飾らせた。
淡いラベンダー色のドレスを着たリエルは鏡に映る自分を見つめた。
そこには、憂鬱そうな表情を浮かべた自分が映っていた。
「姉上?大丈夫ですか?」
ルイの声にリエルはハッと顔を上げた。
心配そうな弟にリエルは慌てて笑いかける。
「ごめんなさい。少し、ぼーとして…、」
「姉上。もし、気分が優れないなら、別室で休んでは…、」
「だ、大丈夫よ。本当に何ともないから。」
過保護な弟にリエルは慌てて言い繕った。
いけない。
もう会場に着いているのだから気を引き締めないと。
「ルイ。あなたも商談相手の貴族に挨拶しなければならないのでしょう?私の事はいいから、行ってきて。」
「ですが…、」
「私なら、大丈夫だから。」
「…分かりました。できるだけ、早く戻りますから。ファーストダンスは僕と踊ってくださいね。」
「ええ。勿論。」
ルイは渋々といった様子でその場を離れた。
「あら、リエル嬢ではありませんか。」
きた。ルイがリエルから離れた瞬間を見計らったように声をかけてきた人物にリエルは振り向いた。
そこには、派手な容姿をした三人組の令嬢達が立っていた。
げんなりとした表情を浮かべそうな自分を叱咤し、リエルは微笑んだ。
「まあ、これは…、ジュリエッタ様にアネロッテ様。キャロライン様。ご機嫌麗しゅう。」
「聞きましたわよ。リエル嬢。最近、青薔薇騎士様に付き纏っているのですって?」
「幾ら五大貴族の娘だからって限度があるのではなくて?そもそも、未婚のご令嬢が殿方に付き纏うなどはしたないですわよ。」
「青薔薇騎士様もお可哀想に…。あの方はただ五大貴族の娘であるリエル嬢に強く言えないだけですのよ。それを…、」
ああ。始まった。
これだから、夜会には出たくなかったのに。
そう思いながらもリエルは笑みを張り付けて彼女達の話を聞いていた。
『いいですか?お嬢様。
青薔薇騎士と接点を持つことで周囲がどんな反応を示すのか分からないあなたではない。
特に一部の過激な性悪令嬢共は黙っていません。
夜会に行けば絶対にあなたに言いがかりをつけてくるでしょう。
嫉妬に顔を歪め、忠言といって牽制をしてくる彼女達の見苦しい姿を目の当たりにするでしょう。
ですが、彼女達の言葉に耳を貸す必要はありません。どれも自分達に魅力がないのを棚に上げて、青薔薇騎士が相手にしてくれないから八つ当たりをしているだけの小物です。
ピーチクパーチク小うるさい野鳥だと思えばいいのです。』
リヒターの言葉を思い出す。
あの見た目だけは美しい執事は本当に口が悪い。
リエルは目の前で未だ長々と話し続ける令嬢達を見た。
うん。確かに鳥みたいだ。
どちらかというと、かなりけばけばしい小鳥だな。
リエルは思わず笑いそうになる。
慌てて、扇で口元を隠した。
危ない。
こんな所で笑っては彼女達は馬鹿にしていると思われ、余計に反感を買ってしまう。
こういう場合はこちらが何を言っても火に油を注ぐだけなので何を言われても黙ったまま好きなだけ言わせておくことが得策なのだ。
だから、リエルは黙ったままでいた。
「そもそも、あなた少し慎みがないのではなくて?
白薔薇騎士様に捨てられたからって、今度は青薔薇騎士様に粉をかけるなんて…。」
一応、婚約破棄の申し入れはフォルネーゼ家からなのだがその事情を彼女達は知らないのだろう。
まさか、平凡で地味で地位以外何の取り柄もない娘と噂されているリエルが容姿も地位も申し分ない優良物件のアルバートに婚約破棄を申し入れたなんて誰も想像しなかったのだろう。
大方、彼女達の中ではリエルがアルバートに飽きられ、婚約破棄されて捨てられたと思っているのだ。
しかし、彼女達がそう思うのも無理はない。
何せ、貴族たちの間ではそれが真相だと思われているのが大半だからだ。
そして、リエルはそれを否定しなかった。
だからこそ、信憑性が増して、誤解されているのだろう。
「白薔薇騎士様もお気の毒に。
ご両親同士が仲が良いからという理由で好きでもない方と婚約を結ばされて…。
あなた、少しはご自分の容姿を自覚なさったら如何?そんなだから白薔薇騎士様に捨てられたのよ。」
「どうせ、青薔薇騎士様にも近いうちに捨てられるに決まって…、」
これ、いつまで続くのだろうか。
早くあそこのテーブルに並べられたお菓子が食べたいな。
そんな風に現実逃避していると…、
「自分がお兄様に相手にされないからって寄ってたかって一人を虐めるなんて…、いい性格ですこと。」
かけられた声に振り向けば…、




