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第三十四話 こういったタイプの女は厄介

リヒター視点です。

「リーリア・ド・ブロウ…。」


リヒターはぽつりと呟き、リーリアに出会った時の事を思い出した。




「リヒター様。お帰りなさいませ。」


「ああ。ただいま。爺。」


リヒターは父に呼び出され、実家に赴いた。

出迎える爺にリヒターは上着を渡した。


「あれは、どうしていますか?」


「あれから、変わりなく過ごされています。

騎士の職務で多忙にしながらも数多の女性と浮名を流されており…、爺は坊ちゃまのそんな姿を見る度に悲しくなります。」


「つまり、あれから何も変わっていないと…、そういう事ですね。」


目頭を抑える爺を見ながらリヒターは呆れたように呟いた。


「坊ちゃまはまだお帰りにならないようです。

リヒター様。もし、よろしければ、お久しぶりに夕食でも如何でしょう?きっと、旦那様も喜んで…、」


「気持ちはありがたいが…、」


用事が終わったらフォルネーゼ家に戻らなければならないと断ろうとするリヒターだったが


「あの…、すみません。」


かけられた声に振り向くと、そこには一人の令嬢が立っていた。


ストロベリーブロンドの髪をした可愛らしい令嬢だ。

恥ずかしそうに話しかける令嬢は男なら思わず胸がときめくだろう。


リヒターはにこりと張り付けたような笑顔を浮かべると、


「どうしました?お美しいレディ。」


「り、リーリア様!何故、こちらに?」


爺の焦ったような声にどうやら彼女は客人の様だと判断した。


―また、あの愚弟の取り巻きの一人か…。全く。女の管理位、しっかりとやっていただきたいものですね。


内心、そう毒突きながらもリヒターは微笑みを崩さない。


目の前の令嬢は愚弟に会いに自宅まで押しかけてきたのだろう。


「ごめんなさい。あまりにも素敵な屋敷だったからつい探検してみたくなって…、」


そう謝りながらも舌を出して謝る令嬢の姿は男ならばつい許してしまうだろう。

…普通の男ならば。

が、リヒターはそんなリーリア嬢を見て、


―気持ち悪いですね。


としか思わなかった。


「リーリア様。お部屋で待っていただくようにとあれ程、お願いしたではありませんか。

旦那様の許可も得ていないのに屋敷内を歩かれては困ります。」


「だって、ずっと待っているのに全然彼が帰ってこないんですもの。私、待ちくたびれてしまって…、」


「ですから、坊ちゃまは今、仕事に行かれているのです。お帰りは日が暮れるとも説明をした筈…。」


疲れたように話す爺の姿にリヒターは状況を理解した。


成程。愚弟が仕事で留守にも関わらず、約束もなしに勝手に屋敷に押しかけ、彼に会わせるように要求したと。

が、愚弟が留守だからお引き取りを願おうとしたが彼女はならば帰ってくるまで待たせて欲しいと無理難題を吹っかけた。

一介の使用人が貴族令嬢を追い返す訳にもいかずにとりあえず、客間で待機させたが彼女は言いつけを守らず、使用人の目を盗んで屋敷内を散策した。

そういう所でしょうか。


「あの…、執事さん。こちらの方は?」


リーリアはチラチラとリヒターを見上げながら爺に聞いた。


「こちらの方は当家の…、」


「初めまして。リヒターと申します。」


爺の紹介を遮り、リヒターは一歩前に出て一礼をした。


困惑する爺を視線で制し、リヒターはそのままリーリアの手を取ると、指先に口づけた。


「お会いできて光栄です。ブロウ男爵令嬢。」


「え?あたしを知っているんですか?」


「勿論です。最近、ブロウ男爵が引き取られた秘蔵のご令嬢の噂は有名ですから。

珍しい髪色をした花のように愛らしいご令嬢だと社交界では評判です。

ですが、噂とは異なるものですね。あなたは…、噂以上にお美しい。」


「そ、そんな…!」


リーリアはリヒターの言葉に頬を染めた。

リヒターは笑みを深めた。


ちなみに、リエルがこの場にいたらこう言っただろう。

リヒターの笑顔が物凄く胡散臭い、と。

が、客観的に見たら甘く、蕩ける様な微笑みにリーリアはぽーと見惚れてしまっている。


「一介の執事である私がブロウ男爵令嬢にお目にかかれるなんて…。

この幸運の巡り合わせに女神に感謝しなくては。」


「そ、そんな…!あ、あたしこそ…、あなたみたいなかっこいい人に会えるなんて思っても見なくて…、」


もうリーリアの目にはリヒターしか映っていない。


「あなた執事だったの?てっきり、貴族なのかと…、」


「ええ。私はしがない一介の執事に過ぎません。生まれも普通の出でして。」


そんな訳ないでしょう。

と背後から爺の視線が注がれる。

嘘は言っていない。


リヒターは普通の貴族の出であるし、母はとある貴族の屋敷で働くどこにでもいる侍女だった。

母は没落貴族の娘だったがそんなのはよくある話だ。


父親と生まれた家が少々、特殊だがそれは自分の家系だけではない。

貴族界には同じ立場を持つ貴族の一族が後、四つはいる。

だから、特別なものではない。

普通の貴族階級の出身だ。


そんなこじつけともいえる発言を心の中でしながらリヒターはリーリアを見つめた。


「私はフォルネーゼ家の使いで当家に訪問した次第です。」


「フォルネーゼ家?あなた、五大貴族の家の執事さんなの?」


「ええ。」


「凄いわ!優秀なのね。五大貴族なんて、憧れるなあ。あたしみたいな貧乏令嬢とは違って煌びやかな生活を送っているんでしょうね。」


リーリアの言葉にリヒターは笑みを浮かべた。


五大貴族という称号はそれ程、令嬢にとっては憧れなのだ。

それがあれば社交界での地位は確立されているし、良縁にも恵まれる。

いわゆる、勝ち組の人生が約束されるのだ。


だが、彼女は知らないのだろう。

光があれば闇がある。

その輝かしい称号と引き換えに五大貴族が背負うべき重責と役目を…。


それは、決して生温い物ではない。

彼女は上っ面しか見ることのできない浅慮な女だ。


「ブロウ男爵令嬢は…、こちらで何を?」


「あ…、それが屋敷を散策していたら迷ってしまって…、」


「そうでしたか。では、客間までエスコート致しましょう。お手をどうぞ。レディ。」


リヒターが甘い微笑みを浮かべながら手を差し出すと、リーリアはぱあ、と顔を輝かせて彼の手を取った。




「リヒターさんって、執事にするには勿体ない程、綺麗な人ですよね。」


「恐れ入ります。」


「セリーナ様はいいなあ。

こんなかっこよくて、優しい執事が傍にいてくれるなんて…。

でも、セリーナ様の執事って大変じゃない?

彼女、我儘で癇癪持ちだっていうし…、」


「そうですね。

彼女達専属の侍女や執事は苦労しているみたいですが私はセリーナお嬢様の執事ではありませんから。」


あれから、客間までリーリアを案内したリヒターは彼女に懇願され、話し相手をしていた。


「え?違うの?」


「私はフォルネーゼ家の二番目のご息女であるリエルお嬢様の執事なのです。」


「え?それって、フォルネーゼ家のごく潰しって噂の…、」


「…何か?」


リヒターはスッと目を細め、冷ややかな空気を醸し出した。

さすがにまずいと思ったのかリーリアは口を噤んだ。


「う、ううん!何でもないの!

えーと、リエル様って見たことないけどどんな人なの?

やっぱり、セリーナ様と同じくらいの美人さんなの?」


「リエルお嬢様とセリーナお嬢様は姉妹でも顔も性格も違いますよ。

ですが、やはり美しさで勝るならセリーナお嬢様ですね。

艶やかな黒髪に紫水晶の瞳はとても神秘的で見ていて、惚れ惚れしてしまいます。

お嬢様の美しさはいつ見ても感嘆する程です。」


リーリアの瞳に強い敵意が宿った。

が、それも一瞬でリーリアはすぐに可愛い笑顔を浮かべると、


「セリーナ様は社交界でも一、二を争う程の美人さんですものね!

私もあんな美人になりたかったです。」


「ブロウ男爵令嬢もセリーナ様とタイプは違いますがとてもお美しいと思いますよ。」


「本当に?嬉しい!

ねえ、リヒターさん。ずっと気になっていたんだけど、その呼び方、何だかよそよそしくて嫌だなあ。

私の事はリーリアって呼んで!

あたしもリヒターって呼ぶから!」


「…光栄です。では、リーリア嬢。」


「もう!呼び捨てでもいいのに。」


頬を膨らますリーリアはそんな表情も可愛らしい。

さりげなく腕や手に触り、上目遣いに見る彼女は庇護欲を誘われる。

彼女の仕草や表情は全て計算されたものだ。

自分の魅力を熟知し、男を落とす手腕をよく心得ている。


こういったタイプの女は厄介だ。

セリーナのような我が強く、はっきり物を言うタイプのような女は分かりやすいし、その行動も単純だ。


だが、この女は狡猾で自分の手を汚さず他人を陥れるという危険な類の女だ。

自分が堕とした男達を使い、邪魔な女を排除するために罠に陥れる。そういう女だ。…母の様に。


リヒターの脳裏には百合の花と乱れる黒髪と真っ赤な血の色が甦った。


それからも、リーリアはべらべらと喋っていた。

よく回る口だと思いながらリヒターは笑顔でそれを聞いていた。


まるでこちらを懐柔するかのような発言をし、それだけでリヒターの気持ちを分かっていると言わんばかりに親し気に接する。


リヒターは彼女を危険視した。


―本来なら、無視をしてもいいところですがあまり邪険にしてはややこしくなりそうですね。

それに、愚弟が関わっている以上、何かがきっかけでお嬢様に刃を向ける可能性もある。

暫く、彼女を探る必要がありそうだ。


リヒターはそう結論付けた。

あの時の事は思い出すだけで吐き気がしてくる。


リヒターは溜息を吐いた。


リエルと同じ貴族令嬢とは思えない程、気品の欠片もなく、礼儀作法も心得ていない。

あんな無作法な娘は初めて見た。

おまけにあの手の娘は碌でもない女でしかない。


一応、愚弟にも釘を刺しておかないと。

リヒターは羽根ペンを手に取ると、手紙を綴った。


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