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クレアside

『私はリエル。リエル・ド・フォルネーゼ。あなたのお名前は?』


森で狩りをしていた時に出会った一人の女の子。

チョコレート色の髪を揺らした女の子はドレスを着ていて、クレアの目にはキラキラと輝いて見えた。

絵本の中に出てくるお姫様のような格好をした貴族のお嬢様。

自分とは住む世界が違う。育ちがいいのがよく分かる。

礼儀正しい言葉遣い、歩き方や姿勢…。それのどれも洗練されていて、粗野な自分にはないものだった。


『本当にありがとう。あ、そうだ。これ、あげる。』


そう言って、道案内のお礼にと女の子はブローチをくれた。

自分の瞳と同じ色をしたブローチ。

それ以来、そのブローチはクレアの宝物になった。


ああ…!そうだ…!そうだ!思い出した!

リエルは俺の…、俺の初めての友達で…!


『クレアー!見て見てー!四つ葉のクローバーだよ!』


リエルと遊ぶ時間はとても楽しくて、クレアはリエルと遊ぶのをいつも楽しみにしていた。

貴族の娘なのに、平民のクレアを友達だと言ってくれた。


『じゃーん!ほら、クレアの大好物の骨付き肉だよ!』


リエルがお昼様にと持ってきたバスケットの中に入っていたのは、クレアの好物だった。

前にクレアが肉が好きだと言っていたのを覚えてくれていたのだ。

料理長にお願いして、作ってもらったの!と言うリエルに感激したクレアは思わずリエルに結婚してくれと言ってしまった程だ。

リエルは笑って、クレアが男の人だったら、お嫁さんにして欲しかったと冗談交じりに口にした。

…その時、背後から突き刺さる視線を感じて、振り返ると、アルバートが凄い目で睨みつけていた。


ああ。そうだ。いつからか、リエルと遊んでいる時、リエルに引っ付いてきた男の子が二人いたんだ。

それがルイとアルバート…。アルバートがリエルを好きなのには気が付いていた。

よくクレアを嫉妬の眼差しで睨みつけていたからすぐに分かった。

リエルを好きな癖に素直になれないアルバートは思っている事と反対の事を言っては、リエルを泣かせてしまい、一欠片もその好意が伝わっていなかった。

リエルを傷つけた仕返しによくリエルと仲良しこよしをして、アルバートに勝ち誇った顔をしてやれば、面白い位に反応していた。


『クレアのお母さんのアップルパイ、すっごく美味しいね。』


母が作ったアップルパイを食べて、満面の笑顔で言うリエル。

ああ。そうだ。リエルは俺と同じでアップルパイが大好物だった。

どうして、忘れていたんだ。こんな大事な記憶を…。


ドクドク、と心臓が脈打つ音が耳元で聞こえるような感覚に陥る。

ハッ…、ハッ…!と息が荒くなる。

また、何か…!何かくる…!

クレアの頭の中に流れ込んだ記憶は…、あの悲劇の夜の出来事だった。

村が炎に包まれ、殺戮と略奪に遭い、母と弟を失ったあの悪夢が甦る。

その時にでたフォルネーゼ伯爵という名…。

盗賊に気絶させられ、気が付いた時には薄暗い部屋にいた。

両手を縄で縛られ、床に転がせられていた。

ああ。そうだ。そこでシーザーに出会って…。

複数の足音がしたかと思ったら…、シーザーと…、一人の女性が現れて…。

黒髪に紫水晶の瞳を持った美女…。


『どうだ?オレリーヌ。この子で間違いないか?』


『ええ。この子がクレアよ。』


オレリーヌ・ド・フォルネーゼ…。

こちらを見て、虫けらでも見るような目で見下すと、クッと歪んだ笑みを浮かべ、


『可哀想に…。あなたも不運ね。あの子と関わらなければ、こんな目に遭う事もなかったのに…。』


そう言って、クスクスと笑う女はまるで魔女のようだった。

あの子…?そう疑問に思っていると、ツカツカと誰かがこちらに近付いてくる足音がする。


『その子ね!あの忌々しい女の娘は…!』


勢いよく扉を開けて、現れたのは厚化粧をした太った中年の女だった。

オレリーヌと同じ貴族の女だろう。煌びやかなドレスを身に纏っている。

その女が目を吊り上げ、クレアに向かって一直線に近づいてくる。

そのまま扇を振り翳して、手を振り上げて、クレアの頬を叩いた。


『この…!この…!よくも…!よくも…!この、泥棒猫めが!』


バシッバシッと何度も何度も扇で叩かれ、クレアの口の中は切れ、血が流れた。

だが、両手を奪われているので抵抗もできず、理不尽な暴力に耐えるしかなかった。


『ああ…!憎らしい…!その髪と目…!あの泥棒猫にそっくり…!下民の分際で人の旦那に手を出すとは…!』


狂ったように叫び、クレアに暴力を振るう女は憎悪の眼差しでこちらを見下ろす。


『カティア。もう、その辺で…。』


女の腕を掴んだのは、シーザーだった。


『シーザー様!ですが…!』


『聞こえなかったのかい?わたしは止めろと言ったんだ。』


ギラッと紅い瞳が光る。シーザーの言葉に女はビクッと怯え、大人しく従った。


『混乱しているね。クレア。何故、こんな目に遭ったか訳が分からない。そんな顔をしているね。』


そうだ。あいつは最初から、俺の名前を知っていた。それを問いただすと、あいつは…、


『彼女に君の事を聞いたんだよ。ああ。そうだ。紹介がまだだったね。わたしはシーザー。これから、君の主人になる男だよ。そして、この美しい女性はオレリーヌ。オレリーヌ・ド・フォルネーゼ。』


そう言って、シーザーは自己紹介をし、オレリーヌの名を明かした。

フォルネーゼ?じゃあ、この女が…!そう指摘すると、


『フフッ…、もっと面白い事を教えてあげようか?あの子に似てないから、気付いてないと思うけど、オレリーヌはリエルの母親なんだよ。そう。君の友達のリエルの、ね。』


この女がリエルの母親…!?じゃあ、こいつがリエルを傷つけたっていう最低な母親か!


『そして、こっちの女はカティア・ド・ローレラ。隣国のローレラ侯爵夫人だよ。』


侯爵夫人?何でそんな女が俺にこんな事を…、そう思っていると、カティアという女はギロッとクレアを睨みつけた。


『見れば見る程、あの女にそっくりね…。ああ…!忌々しい!その顔と身体で夫を誘惑して寝取った淫乱の娘が!』


母さんが淫乱だと…?このババア…!母さんが淫乱なもんか!女手一つで再婚もせずにたった一人で俺とリシールを育ててくれた母さんが淫乱!?そんな訳ないだろ!

今すぐこの女を殴り飛ばしたいが両手が使えないのでそれができない。


『まあ、いいわ。あの女は盗賊達の慰み者にした上で場末の娼館にでも売り飛ばしてやる。

フフッ…!ホホホ!あの女にはお似合いの末路よ!

ああ…!早くボロボロになったエリザを見たいものだわ!それで、エリザはどこにいるのかしら?

ああ。もしかして、もうどこか別の部屋であいつらに可愛がられて…、』


『ああ。すまない。そういえば、伝え忘れていたが、エリザはもう死んでるんだ。

あいつらがヘマをして、殺してしまったらしくてな。そういうことだ。カティア。君の要求を叶えてあげられなくなってしまった。』


『は…?』


『まあ、概ね目的は達成できたからよしとしよう。エリザはもうこの世にいない。良かったじゃないか。これで、君は夫を奪われる心配もなく、安心して…、』


『ど、どういうことよ!話が違うじゃない!あの女は殺さずに生かして苦しませてどん底に落とすって計画だったんじゃ…!?』


『だから、さっき言っただろ?失敗したって。それに、こういう事も起こり得るって最初に話したじゃないか。何せ、雇った連中は寄せ集めの破落戸ばかりだ。計画通りにいくとは限らない。それに、わたしとしても予想外だったんだよ。まさか、娘を庇って死ぬなんて思わなかったから。』


そうだ。母さんは…!あいつらに殺されて…!


『まあ、死体はまだある筈だから、後は好きにしたらいいさ。煮るなり焼くなり、ね。』


そう言って、シーザーはカティアにナイフを渡した。

カティアはギリッと悔し気に唇を噛み締め、ナイフを握りしめて、ドスドス!と足音を立てて、部屋から出て行った。あいつ…!まさか、母さんに何か…!

そんなクレアにスッと暗い影が差した。

見上げると、オレリーヌがいた。


『あなたが悪いのよ?リエルなんかと仲良くするから。あの子が幸せになるなんて許さない…。許さないから…。あの子の幸せは全て奪ってやる…。あの子には惨めな一生を送るのがお似合いよ…。』


ブツブツと何かにとりつかれたように呟くオレリーヌは狂気じみていて、思わずクレアはぞっとした。

何だ…。この女…。何で母親なのに娘のリエルをそこまで…。


『さあ、仕上げだ。』


そう言って、シーザーがこちらに手を伸ばした。そのままクレアの頤を掴むと、じっとその目を見つめる。ギラッと紅い目が光った。


『こっちを見ろ。クレア。』


抵抗するクレアだったが、シーザーの目が合い、そう命じられると、力が抜け、そのままシーザーを見つめる事しかできない。何だ。これ…。身体が動かない…。


『今、見たことは全て忘れろ。君の村を襲い、家族を殺した犯人はフォルネーゼ伯爵だ。いいね?』


頭がボウッとする。シーザーの言葉に疑問を持つことなく、コクンと頷いた。

違う…!違う!犯人はフォルネーゼじゃない。黒幕はこいつ…!シーザーだ!

オレリーヌがこいつと共謀して、それで…!

だけど、シーザーの言葉に頷いてしまったクレアはその事を忘れてしまった。また、意識が沈む。

そして、次に目が覚めた時には…、俺はさっきの出来事を全て忘れて…。

フォルネーゼ伯爵が犯人だと思い込んでしまっていた。

憎い…!憎い…!フォルネーゼが憎い…!

そんな憎悪を胸に宿したままクレアは意識を失った。


目が覚めた俺はあの薄暗い部屋ではなく、大きな寝台に寝かせられて、手当てを受けていた。

そして、傍にはあの男が…、シーザーが微笑んで立っていた。


『ああ。気が付いたかい?』


そうして、あたかもクレアを偶然助けたかのように紳士的に振る舞った。


『わたしと君は似ている。わたしと君の敵は同じなんだ。わたしが君の力になろう。

だから、私と手を組まないか?わたしなら…、君の復讐を果たせるだけの力がある。』


あの悪魔の誘いに乗ってしまったんだ。

シーザー…!

ギリギリ、とクレアは歯を食い縛った。


『過去の事は忘れろ。』


そう言って、あの男は言葉巧みに誘導し、そして…、俺からリエルとの記憶を奪った。

記憶を塗り替えられた俺はそうとも知らずに偽りの記憶を信じ込まされ、リエルを敵だと思い込んだ。

シーザーから紹介され、オレリーヌを見ても、何も気付かなかった。

オレリーヌから、リエルがどんな悪女なのかを聞かされ、伯爵が溺愛している姉だから、リエルを殺せば伯爵に絶望を与えられると言われ、まんまとあの悪魔と魔女の奸計に嵌まってしまったんだ。

俺は初めての友達を自分の手で殺してしまう所だった。


「シーザー…!あああああああああ!」


獣のような咆哮を上げ、クレアは叫んだ。

シーザー!あいつ…!あいつが全て…!

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