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第二百二十七話 俺は自分の記憶を取り戻したい


クレアを射殺さんばかりに睨みつけてくるアルバートに最初はビビったクレアだったが段々と冷静な思考で物を考えられるようになった。

殺気の籠った視線とか迫力は凄まじいが…、よく考えればその理由は全部、リエルに関することばかりだ。少しずつ恐怖が薄れてくる。…というか、これ、俺が悪いの?え?違うよな?


というか、こいつ、こんな奴だったっけ?

もっと、こう…。冷静沈着で頭が切れて、プライド高くて、神経質そうな男だったような気が…。

どっちかっていうと、女を選り取り見取りしてそうなプレイボーイで一人の女に執着するようなタイプには見えないんだが…、


「…えーと、あんた白薔薇騎士だよな?…その、過去に何があったか分からないけど、とりあえず、何だ。ちょっと落ち着け…。」


「はあ?十分、落ち着いているだろうが。じゃなきゃ、とっくに一発どころか八十八発は殴っている所だ。」


「ええ!?いや、何で八十八発!?数が細かくないか?っていうか、どういう基準で決めたんだよ!?」


「リエルと手を繋いだ回数と抱擁した回数、頭を撫でた回数、頬への口づけ、手ずから食べさせて貰った回数。全部含めて、八十八回だ。まさか、それも忘れたのか?いいご身分だなあ?やっぱり、殴るか…。」


「は?え…?何、あんた…。そんなの一々、数えてたのか…?」


や、ヤバい…!こいつ、頭おかしい奴だ…。に、逃げないと殺される…。

って、今の俺怪我してて、まともに動けないじゃん!ヤバい。ヤバい。ヤバい!焦っているクレアに思わず助け舟が入った。


「アルバート。さっきも言いましたけど、クレアは女性ですよ。」


「グレース様が聞いたら、さぞや嘆かれることでしょうね。女性には優しくしなさいと言ったのに、と泣いて悲しむことでしょう。」


アルバートはピタッと動きを止めた。


「それに、彼女は今、怪我人ですよ。怪我人と病人に手を上げるなんて最低な人間だと姉上は言っていたな。なあ?リヒター。」


「はい。男が女に手を上げるのも同じ位、嫌悪していましたね。男としても人としても最低だと…。お嬢様は理不尽な暴力に苦しむ女性を保護する活動にも携わっている位です。ご自分の恋人が怪我人どころか女性に暴力を振るったと知れば、さぞや幻滅なさるでしょうね。」


「……。」


無言でアルバートは上げかけていた手を下ろした。そして、クレアを見下ろすと、


「そういや、お前女だったな。」


「…それ、さっきも言ってたよな?」


アルバートの言葉にクレアは思わずそう指摘した。

こいつ、俺が女だってこと、完全に忘れてたんだな。

アルバートはギロッとクレアを眼光鋭い視線で睨みつけ、ビシッとクレアに指を突き付けた。

心なしか、青い瞳がメラメラと燃えている気がする。


「いいか!クレア!よく聞け!俺は今はリエルの恋人だ!つまり、俺とリエルはいずれは結婚する仲なんだ!お前には負けないからな!昔のようにいくと思ったら、大間違いだ!お前なんかにリエルは渡さない!」


「…姉上に求婚もしていないどころか、婚約を結んでもいない癖に何、世迷言を抜かしているんです?大体、僕は姉上との婚約も結婚も認めていませんよ。」


すかさず、ルイが口を挟む。

こいつ、やっぱりヤバい男だ。クレアは改めて、そう痛感した。

同性相手に普通、ここまで嫉妬するか?

それに、まだ恋人でしかないのに婚約とか結婚とか考えているなんて、ちょっと重すぎるだろ…。

しかも、伯爵の話が本当なら、本人はまだ了承していないって事だろ。

いや。そりゃ、遊びで恋愛する軽い男よりはマシかもしれないが…。

後、こいつ絶対嫉妬深いし、独占欲強そう…。


クレアは思わず、眠っているリエルに視線を向ける。

あいつ、何でよりによって、アルバートを選んだんだ?

五大貴族の娘なら、もっと他にこれよりまともな男がいそうなのに…。

その時、クレアはズキン、と頭に痛みが走った。

クレアは顔を顰めて、頭を押さえた。まただ…。また、この痛み…。

その時、頭の中に何かが流れ込んでくる感覚がした。


『アルバートがかっこよくて、優しい?どこがだよ。あいつ、お前に意地悪ばっかりしてくるし、ムカつくことしか言ってこないじゃん。

かっこよくて、優しい男なんて他にもいそうじゃん。えーと、何だっけ。ほら、この前リエルを迎えに来た執事…、そうそう!リヒター!あんな餓鬼臭いアルバートと比べたらリヒターの方がまだマシじゃん。あのリヒターって執事、母さんと同じ位綺麗だったよな。

…え?かっこいいってそういう意味じゃない?じゃ、どういう意味だよ?』


『勿体ないなあ。リエルは可愛いし、頭いいし、優しいし、一緒にいると楽しいし、いい嫁さんになること間違いなしなのに…。男を見る目だけは悪いんだな。』


『だって、そうだろ?あのアルバートだぜ?この間もリエルがこけそうになったのを見て、心配するどころかすげえ不機嫌な顔して、鈍臭い奴だなって、言ってきたじゃん。

機嫌悪かったからと言って、リエルに当たるなんて最低だな。しかも、俺のことも睨んできやがるし。本当、あいつ感じ悪いよなー。』


『何だよ。あいつ!言い方ってもんがあるだろうが。大体、普通の女の子ならこんな薄気味悪い所怖がるに決まってるだろ!リエル、気にするなよ。あんな奴の言う事なんて無視だ。無視。っていうか、あいつ何でいつもあんなに怒ってるんだ?』


この、記憶…。知っている。俺はこの記憶を知っている…。


「何か思い出しましたか?」


「ッ!」


クレアは反射的に顔を上げる。そこには、黒髪の執事が立っていた。

銀色の片眼鏡…。それに、この笑い方…。記憶の中で見た執事と一致する。


「…その様子だと、わたしのこともうっすらと思い出したようですね。いい兆候です。」


そう言って、リヒターは微笑むと、


「お嬢様から聞いているとは思いますが、答えは出ましたか?」


リヒターの言葉にクレアはハッとした。いつの間にか頭痛は消えていた。クレアはスッと頭から手を離すと、頷いた。


「…ああ。俺…、やるよ。このままじゃ、俺は前に進めない。今の俺は…、知らないことや見落としていることがたくさんある。この先、俺がどうするのか決める為にも…、俺は自分の記憶を取り戻したい。俺とリエルの間に何があったのかも知りたいんだ。」


「覚悟はできているのですね?」


「…ああ。」


必ずしも記憶を取り戻せるという保証はない。

失敗すれば、脳や身体に障害が残る可能性がある。

それでも…、俺は…、真実を知りたい!クレアは覚悟を決めた。


「いいでしょう。では…、こちらをお飲みください。」


そう言って、リヒターが懐から取り出したのは、一本の青い瓶だった。

その中に液体状の薬が入っている。

これが記憶を取り戻す薬か?クレアは瓶を受け取り、まじまじと見つめる。


「飲むか飲まないかはあなた次第です。」


リヒターはそれだけ言うと、優雅に一礼し、踵を返した。

いつの間にかルイが指示を出して、リエルを別室に誘導している。いつの間にかアルバートの姿もない。多分、リエルの看病にでも行ったんだろう。


使用人がカーテンで窓を覆っていく。室内が薄暗くなった。

何だ…?クレアが内心、首を傾げていると、


「失った記憶を取り戻すのは容易な事ではありません。薬だけで記憶が戻るとは限りませんから。

環境を整えることも大切です。静かな空間で日の光もできるだけ遮断し、自分自身の五感を研ぎ澄ました状態で臨まなければならないのです。」


ルイはクレアを見下ろし、忠告した。


「僕達ができるお膳立てはここまでです、ここからは、君が一人でやらなければなりません。

その薬の効果は強いですが、反動に耐えられるかは君の精神力にかかっています。

姉上は自分の命を賭けてでも、君を救おうとしました。その覚悟を無駄にしないで頂きたい。

…クレア。絶対に記憶を取り戻して下さい。君には話したいことややり残したことがたくさんあるんです。」


「お前…、」


ルイの遠ざかる背中を見送りながら、クレアは室内に残った。手には青い瓶がある。

クレアは数秒、ジッと青い瓶を見つめる。そして、意を決して、蓋を開けると、瓶に口を付け、一気に煽った。


「苦っ…!」


クレアは顔を顰める。舌にまだ苦みが残っている気がする。けど、案外普通だな。

別に何も変わったことはないし、思い出したこともない。…これ、本当に効いているんだろうな?

クレアは空になった瓶を眉根を寄せて覗き込んだ。

その時、ドックン!と血流が脈打つ音と同時に頭に激痛が走った。


「グッ…!?」


瓶が手から滑り落ちて、割れる音が室内に響いた。クレアは寝台の上でシーツを握り締め、頭痛に耐えようとした。今までに感じたことがない激しい痛みに気絶しそうになる。

クレアは歯を食い縛り、必死に痛みに耐えようとする。


「あっ…!うっ…!」


何だこれ…!頭が…、割れそうな位に痛い。視界もぼやけて、気分が悪い…。吐きそうだ。

クレアはあまりの気持ち悪さに口元を押さえた。

頭の中に何かが流れ込んでくる。何だ…。これ…、

クレアの意識はその『何か』に引きずり込まれた。

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