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第二百二十六話 俺は昔からお前が気に入らなかったんだ

「クレア。聞いて。あなたは今、シーザーに記憶を塗り替えられて、洗脳されている可能性があるの。」


「!なっ…、俺が…、シーザーに?」


クレアは息を吞んだ。


「確かに、シーザーは催眠術みたいな怪しい術を使って人を操ることはあったが…、まさか、あいつ…!俺にも…?」


どうやら、クレアにも思い当たる節があるらしい。クレアは完全に洗脳されている訳ではない。

クレアはまだ自分で考えて、判断することができている。ゾフィーを助けたのはクレアの意思に他ならない。クレアはシーザーを裏切ってまで、ゾフィーを助けてくれた。

やっぱり、クレアは昔から何も変わってない。正義感と情に厚くて、優しくて…、そして、勇気がある。

今のクレアなら…、シーザーの洗脳から抜け出すことができるかもしれない。


「クレア。あなたに一つ提案があるの。あなたの記憶を取り戻す方法が一つだけある。

五大貴族のルイゼンブルク家は知っているわよね?ルイゼンブルク家は昔から、薬学に通じた一族なの。そのルイゼンブルク家に伝わる秘薬の中に記憶を取り戻す薬があるの。それを使えばあなたの失った記憶を取り戻すことができるかもしれない。もしかしたら、カイルさんとの記憶も思い出すことができるかもしれない。」


「俺の…、記憶…。」


「記憶を取り戻せば答えは出てくるはず。でも、それが成功するかは分からない。記憶を取り戻した時にショック状態を起こして、身体や脳に障害が起きる可能性があるの。それを理解した上でクレアがどうしたいかを決めて。私はあなたの意思を尊重するわ。」


「……。俺、は…。」


クレアは数秒、黙り込んだ。一度、目を瞑り、顔を伏せた。しかし、次の瞬間にはゆっくりと目を開き、顔を上げた。その目には覚悟の色が宿っていた。


「…それでも、いい。俺は…、真実を知りたい。あんたと俺の間に何があったのか…。父さんと俺の間に何があったのか。知りたいんだ。」


「クレア…。うん。分かった。」


リエルはクレアの言葉に頷いた。ホッとして、肩の力が抜ける。その直後、リエルの視界がぼやけた。

あれ…?何だろう…。何だか急に目の前が暗く…、


「え、おい!?リエル!」


クレアの焦った声を最後にリエルは意識を手放した。


クレアはリエルが倒れそうになる寸前にバッとリエルの身体を支え、抱えた。

その瞬間、クレアの身体に激痛が走った。い、痛え…!クレアはリエルを抱えながら、痛みに耐えた。

いきなり動いたから傷口に響いたのだろう。ズキズキと痛む身体に涙目になりながら、クレアは息を整えた。腕の中にいるリエルを見下ろすと、リエルの顔色が真っ青だった。

よく見れば、首の傷を押さえていたハンカチから血が滲んでいる。血が止まっていなかったのだ。

クレアはざああ、と顔を青褪めた。


「おい!リエル!しっかりしろ!死ぬな!死ぬな!」


リエルを揺さぶるが、彼女は起きない。肌や唇に血色がなくなり、明らかに貧血状態を起こしている。


「誰か!誰かいないのか!」


クレアの叫び声に部屋の外にいたルイ達が慌てて中に駆け込んだ。





「もう、大丈夫です。血は止まりましたから、後は安静にしていれば問題ありません。」


リエルの治療を終えたフォルネーゼ家の主治医が手を拭きながら、そう言うと、一同はホッと心の底から安堵した。


「そ、そうか!良かった…。」


寝台に横たわり、穏やかな寝息を立てているリエルを見ながら、アルバートが胸を撫で下ろした。

首に巻かれた包帯が痛々しい。こんなに細くて、白い首をあいつは…!アルバートはギロッとクレアを睨みつけた。


「クレア!お前のせいだぞ!お前がリエルを傷つけたらこうなったんだ!リエルの首に傷が残ったらどうするつもりだ!」


「わ、悪い…。」


クレアはアルバートの言葉に項垂れた。


「リエルは嫁入り前の女なんだぞ!お前、男の癖に恥ずかしくないのか!丸腰の女相手にこんな怪我させて…!」


「アルバート。クレアは女性ですよ。」


「あっ…!そ、そうだった…。こいつがあまりにも男っぽいから忘れてた。…大体!俺は昔からお前が気に食わなかったんだ!リエルときたら、お前と出会ってから、クレア、クレア、クレアってお前の話ばっかりで!俺がリエルを誘っても、クレアとの約束があるからって断られるし!」


「最後の方、完全に逆恨みですよね。」


「自分に魅力がないのを他人のせいにするだなんて、嘆かわしい。典型的な駄目男の特徴ですね。」


「ちょ、ちょっとお二人共。聞こえますよ。」


クレアを責め立てるアルバートにルイが呆れたように言い、そんなルイにリヒターも同調した。

メリルはそんな二人に小声で注意する。

幸いなことにアルバートは二人の声が耳に入っていないのか何かを耐えるように拳を握り締め、手を震わせている。

震えているのは怯えているというよりも、怒りを無理矢理抑えようとしている様に見える。

クレアは段々と困惑気な表情に変わっていく。


「しかも…!お前は毎回毎回、リエルから手を繋いでもらったり、抱き着いてもらったりして…!あ、挙句の果てには頬に口づけまで…!」


「は…?」


「別に友達同士で手を繋ぐなんてよくあることでしょう。それに、抱き着いたのだって、蛇に驚いた姉上が近くにいたクレアにしがみついただけじゃないですか。頬の口づけだって、結婚式ごっこのお遊びでしただけですし…。」


ルイが冷静に当時の事を指摘するが、怒りで感情が爆発しているアルバートの耳には届かない。


「俺はリエルから手を繋がれたことも抱き着かれたこともないのに…!く、口づけだって…!

俺の方が先にリエルと出会ってたのに…!なのに、何で出会ってちょっとしか経っていないお前が俺より先にリエルと仲良くなれるんだ!」


『……。』


一同は沈黙した。

ルイがハー、と呆れたような溜息を吐いた。


「男の嫉妬は見苦しいですよ。」


リヒターの指摘にアルバートはギッと目を吊り上げた。


「俺は別に嫉妬なんてしてねえよ!…う、羨ましいとか、クレアじゃなくて何で俺にしてくれないんだとか思った事なんて一度もない!」


「思ってるじゃないですか。そもそも、普段の行いが原因でしょう。まさか、心当たりがないだなんて言いませんよね?」


「うっ…!」


身に覚えがあり過ぎるのかアルバートは言葉に詰まった。


「えーと、その…、俺とリエルに何があったか分からないけどさ。多分だけど、俺とリエルの間にはあんたが心配しているような事は何もないと思うぞ?俺、女だし、同性愛者じゃないし。

それに、俺達がしていたことってただの友達同士のスキンシップ?みたいなもんだろ。だから…、」


「はああああ!?ふざけんな!リエルから求婚されておきながら、何をぬけぬけと…!何もなかったなんてどの口が言うんだ!」


クレアの言葉にアルバートは噛みつくような勢いで反論した。


「き、求婚?え?もしかして、リエルって同性愛者なのか?」


「そんな訳ないでしょう。姉上は根っからの異性愛者(ノーマル)ですよ。」


クレアの言葉にルイがすぐさま否定した。

まるで狼のようにガルル、と今にも飛び掛かりそうなアルバートの怒気にクレアは思わずたじろいだ。


「姉上がクレアが男の子だったらお嫁さんになりたかったなと冗談で言っただけです。それをこの馬鹿が勝手に勘違いしただけの話ですよ。」


「ああ。そういえば、旦那様から聞いたことがあります。その時のアルバートが、石像みたいに固まっていたと。」


「あ、あの、二人共…。そんな事より、早くアルバート様を止めた方がいいんじゃ…、」


「純粋なリエルを誑かしやがって!一体、どんな汚い手を使いやがったんだ!

しかも、リエルに求婚されておきながら、それを覚えていないだと!ふざけんな!俺なんて、夢の中でしかリエルに求婚されたことしかないっていうのに…!現実でリエルに求婚されるなんて…、羨ましすぎるだろ!」


アルバートの迫力に押されているクレアとそれを面白半分で眺めているルイとリヒター。

主治医は巻き込まれるのは御免だとばかりにとっとと部屋から退散している。

メリルはオロオロと視線を彷徨わせ、室内を右往左往している。

室内は混沌と化していた。

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