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第二百二十三話 今度こそ、約束を果たさないといけない

私はあの時の約束を果たせなかった。あの事件でクレアは死んだと思っていたから…。

でも、違った。クレアは生きていた。だから…、今度こそ、私は約束を果たさないといけない。

私はあの時、クレアのお母さんと約束した。あの時、交わした約束…。リエルは今も覚えている。

あの時、震えながらも抱き締めてくれたエリザの温もりを思い出す。

多分、彼女は自分が殺されるかもしれないと気づいていたんだ。だからこそ、私にこれを託した。

死の恐怖を抱きながらも、最後まで子供を守る為に命がけで戦ったんだ。


『そうか…。背中の傷が致命傷で…。』


『はい。直接的な死因は背中を深く斬られたのが原因かと。それ以外の傷は亡くなった後に受けたものかと思われます。』


『彼女にとってはそれが良かったかもしれないな。…すぐに死ねたということは苦痛を受けることなく、楽に逝けたということなのだから。』


エリザさん…!リエルは短剣を握りしめ、


「クレアにこの短剣を返さないと…。」


「な…、何言ってるんだ!あの女に武器を渡すなんて殺してくれっていっているようなもんだぞ!」


「…大丈夫。クレアなら、きっと…。」


リエルはそう言って、アルバートの横を通り過ぎて部屋を出て行こうとする。

そんなリエルの手首をアルバートは掴むと、


「リエル!考え直せ!もうあいつは昔のクレアじゃないんだ!今はまだ眠っているが目が覚めたらあいつはきっと…!」


「アルバート…。ごめんなさい。私、行かないと…!」


「リエル!」


リエルはアルバートの静止を振り切って、クレアの所に向かった。





小さい頃から、クレアは父親と村の奴らが大っ嫌いだった。

村の男達は母親を厭らしい目で見てくる。独身の男も結婚している男ですら、母親に言い寄った。

クレアの母、エリザは美しかった。二人の子供がいるとは思えない程、若く見られた。

村の女達がどれだけ着飾っても母の美しさには適わない。粗末な衣服を身に纏い、宝飾品を身に着けていなくても母の美しさは損なわれなかった。村の女達は母の美貌に嫉妬していた。

母はどれだけ男に言い寄られても、決して誘いに乗ることはなかったというのに、村の女達は母が男を誘惑したと言いがかりをつけ、非難した。


母は父を愛していた。碌に帰ってこない父の帰りを待ち続け、父から送られた手紙や土産をいつも大切そうに握りしめていた。

理解できなかった。

母はいつも泣いていた。出かけようとする父親を泣きながら引き止めていた。

父親は母の涙を見ても、心を動かされることがないのかずっと無言だった。終いには縋る手を振り払い、振り向きもせずに出て行った。

そして、ある時を境に父親は帰ってこなくなった。

その時も母は泣いていた。あいつはいつも母さんを傷つける。母さんを泣かせてばかりなあいつなんて大っ嫌いだ。

あいつは家族を捨てたんだ。あんな奴、父親でも何でもない。あいつを父親だなんて俺は認めない。

俺の親は母さんだけだ。そう思うようになった。俺には母さんとリシールだけがいればいい。


「よお、エリザ。重そうだな。手伝ってやるよ。」


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。」


下心見え見えな男達は親切心を装って母親に近付いた。

その目は厭らしく、ギラギラしていて、母に何かひどいことをするつもりなんだということは見ればすぐに分かった。

母はそういった男達の扱いは慣れているのかいつもやんわりと躱していたが、男達の中には気が短い奴もいた。

母を物陰に連れ込もうとして乱暴しようとする男もいたので、クレアはそういった男には容赦なく噛みつき、引っ掻いてやった。逆上した男から殴られたり、蹴られたりもしたが、クレアが指を食いちぎらんばかりに歯を立ててやると、悲鳴を上げ、終いには泣き出す始末だった。


それ以来、エリザの傍にクレアがいるのを見ると、男達は近づかなくなった。

だから、クレアはできるだけ母の傍にいるようにした。母を傷つける奴らは誰であろうと許さない。

俺が母さんを守るんだ。そう心に強く決めた。


村の子供達はクレアを避けた。だから、クレアは村の子供と遊んだことは一度もない。

意地悪な村の男の子達からは父なしっ子、だと揶揄われた。

女の子はヒソヒソと陰口を叩き、陰険で嫌な感じだった。

父なしっ子とは遊んじゃ駄目だって言われてるから、クレアとは遊ばないと面と向かって言われたこともある。

別に父なしっ子といわれるのはいい。あんな奴が父親になる位なら、いない方がましだ。


だけど…、クレアが一番許せなかったのは母親の悪口だった。

大方、意地の悪い大人達に吹き込まれたのだろう。

母親を売女と言ったくそ餓鬼の言葉にクレアはブチ切れた。

クレアは母親の悪口を言った男の子を半殺しにするまで殴りつけ、男の子と一緒にまくし立てていた他の男の子達も手を上げたのでそいつらも全員返り討ちにしてやった。

それ以来、クレアは気に入らないことがあるとすぐに手を上げる暴力娘だというレッテルまで貼られた。そのせいでクレアはますます、村で孤立した。

村にはクレアの居場所はなかった。村の奴らに会いたくなくて、クレアは村から離れた森に行くことが多かった。


「ハン!どうせ、俺は可愛げもないじゃじゃ馬娘だよ。」


クレアは森を歩きながら、そう独り言を呟いた。いつも苦労をしている母親やまだ物事の分別も分からないような小さい弟にこんな事話せるわけない。相談できる友達もいないクレアはこうして、一人森の中で心の中に溜まったものを吐き出すことしかできなかった。


「男女で悪かったな!これでも、れっきとした女の子だっつーの!大体、誰のせいでこんな風になったと思ってるんだ!」


クレアは最初からこんな男勝りの性格ではなかった。確かに物心ついてから、好奇心旺盛で気が強い所はあったが普通の女の子であることに変わりはなかった。

クレアだって、村の女の子たちと同じようにスカートを履いたり、ワンピースを着たりしてたし、髪に花を飾ったりして、可愛くお洒落をしたこともあった。


が、それを見た周囲の大人達はあからさまに批判的な目で見てきた。

あの年でもう色気づいているだとか、血は争えないとか、ひそひそと陰口を叩かれた。意味は理解できなかったが悪意ある言葉であるという事は大人達の目と表情を見ればすぐに分かった。

女の子らしくすればするほど、大人達はクレアを非難した。


挙句の果てにはクレアを性的な目で見てくる変態野郎もいた。しかも、その変態野郎は聖職者だった。

だから、クレアは聖職者が大っ嫌いだ。

あの神父は外面はいいが、裏では幼女の身体を弄って、興奮する気持ち悪い男だった。

あの時は自分が何をされているのか分からず、魂の救済だとか清めの儀式だとか言われて、あまり疑問にも思わず、されるがままだった。

今なら、分かる。あいつは適当な事言って、俺の身体を好き放題触っていただけだと。


あの糞神父、絶対に許さん!くっそ!死んでなけりゃ、一発ぶん殴ってやったのに!

思い出すだけで沸々と怒りが湧き上がる。残念なことにあの神父はもう亡くなっている。

確か、崖から落ちたとかで死んだらしい。…そういえば、あいつが死んだのって俺があの神父の部屋に連れ込まれて、ベタベタと身体を触られた日の次の日だったんだよな。


あれ?俺はあの日、どうやって家に帰ったんだっけ?

あの神父に部屋に連れ込まれて、身体を触られたことまでは覚えているのにその先は思い出せない。

変だな。首を傾げながらもクレアは特に気にすることはなかった。


女の子らしくすればする程、嫌な目に遭うという事を痛感したクレアは次第に男の子のように振る舞うようになった。服装、口調、仕草を男の子みたいに真似るようになり、木登りやチャンバラといった女の子はしないような遊びもするようになった。そうしたら、意外にもそれが面白くて、夢中になった。


結局、男の子のように振る舞っても陰口を叩く大人達を見て、漠然と理解した。

ああ。そうか。こいつらは、結局、他人を悪く言う事しかできない器の小さな人間なんだと。

そう思ったら、もうどうでもよくなった。こんな奴らの顔色を窺って、自分を無理に変える必要なんてないんだ。俺は俺がしたいようにやればいい。そう思ったクレアは自分が一番楽な姿でいようと思った。

女の子は面倒だ。また、あんな変態神父に目を付けられたくないし、男の子の方が気が楽でいい。

そして、出来上がったのが今のクレアだ。

だが、クレアは女の子っぽく振る舞っていた時も男の子っぽく振る舞っていても友達は一人もいなかった。


「…別に友達何ていなくても、俺には母さんとリシールがいるし。」


クレアの味方は母親と弟だけだった。俺には家族がいればそれでいい。それで十分だ。

友達なんていなくても全然寂しくない。内心の寂しさを押し隠して、クレアは無理矢理そう自分に言い聞かせた。

友達もいないクレアは家ではリシールと遊んだり、外では狩りをしたり、薪を割ったり、水を汲みに行ったり、山菜をとりにいったりして日々を過ごしていた。

一人で遊んでも楽しくないので家の仕事を率先して手伝った。

そう…。俺はずっとそうやって、母さんとリシールだけで過ごしていたんだ。




「クレア!見て見て!四つ葉のクローバー見つけたの!」


チョコレート色の髪を靡かせ、クローバーを差し出す女の子。

クレアはその光景に既視感を抱いた。何だ…?これ…?こんな記憶…、俺は知らない。

知らない筈だ。それなのに…、何でだろう。どこか懐かしい。




「今日はクレアの好きなお肉を持ってきたの!」


ああ。まただ。また同じ女の子だ。顔は見えないのに漠然とそう思った。

どうして、顔が見えないのだろう。女の子の顔を見ようと目を凝らすのに、まるで靄がかかったようにぼんやりとしか見えない。

女の子はバスケットの蓋を開いた。中には骨付き肉が入っていた。それは、クレアの大好物だった。



「く、クレア!足を出すなんて、はしたないわよ!そんな事したら、お嫁に行けなくなっちゃう!」


ズボンの裾を捲り上げ、川遊びをするクレアを見て、女の子は悲鳴を上げた。

ああ。そうだ。…は貴族令嬢だからな。そういう所、厳しく育てられているんだな。

ん?何で俺…、あの子が貴族令嬢だって分かったんだ?




「できたー!見て!クレア!花冠ができたよ!」


シロツメクサの花冠を見せて、クレアの頭に被せる女の子は親愛の情に満ちているかのようで…。

まるでクレアを友達として慕っているかのような様子だった。

何だ。これは…?何だ!これは!訳が分からない。




「ねえ、クレア。私達の間で合言葉を作らない?誰でもわかるような合言葉だとつまらないから、私とクレアしか分からない言葉にしない?私もクレアも林檎が好きだから、林檎を使った合言葉なんかどうかな?」


林檎。林檎は甘い。大好物はアップルパイ。


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