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第二百二十二話 あなたに持っていて欲しいの

その日、リエルはクレアといつものように遊んでいたが、突然、雨が降ってきたため、クレアに連れられて、クレアの家で雨宿りをした。クレアの母、エリザはすぐにタオルと着替えを用意してくれた。


「リエル。そのままだと、風邪を引くから、よければこれに着替えるといいわ。あまり着心地はよくないかもしれないけど…、」


「わ…。ありがとうございます。」


クレアの母親、エリザは親切で優しい人だった。そして、とても美しい女性だった。

クレアの家に初めて遊びに行った時、クレアの母親を紹介されたリエルは思わず見惚れてしまった。

リエルの母親も絶世の美貌といわれていたが、クレアの母親も同じ位に綺麗だと思った。

美しさのタイプは全然違うけど、クレアの母親にはリエルの母親とは違う魅力があった。

大人しくて、控えめで…、春風のような温かさを持った人だった。

一人で着替えもできないリエルを見て、嫌な顔一つせず笑って手伝ってくれた。

雨で濡れたリエルの髪を拭いてくれるエリザを見ていると、胸が温かくなった。

きっと、母親ってエリザさんのような人の事なんだろうなとしみじみと実感した。

リエルは母親に頭を撫でられたことも手を握られたこともない。だから…、エリザがリエルの髪を拭いてくれた時、無性に嬉しかった。


「リエル。いつも、クレアと仲良くしてくれてありがとね。」


エリザはリエルの髪を乾かしながら、ぽつりと小さな声でそう言った。


「クレアはずっと友達がいなくて…。あの子は平気な振りをしていたけど本当は寂しかったと思うの。

あなたと出会ってから、クレアはリエルの話ばかりしているの。その時のクレアはとても楽しそうで…。

あんなに楽しそうにしているクレアを見たのは初めてだったわ。本当にありがとうね。リエル。あの子と友達になってくれて。」


意外だった。クレアは明るくて、気さくでとても人懐っこい子だったから友達がいないだなんて信じられなかった。


「エリザさん…。実は、私もクレアと出会うまで友達がいなくて…。ずっと寂しかったんです。でも、クレアと出会ってから毎日がすごく楽しくて…。私にとってもクレアは初めてのお友達なんです!」


リエルの言葉にエリザは嬉しそうに微笑んだ。


「でも、クレアに友達がいないなんてびっくりしました。この村って子供が少ないんですね。」


リエルは純粋にそう思った。この村にはクレアと同じ年頃の子供がいないのだと。

そういえば、クレアと遊ぶときはいつも森か川、花畑で遊ぶことが多かったのでクレアの村で遊んだことはなかった。クレアの家は村の中心部から外れた端の方にあったのでクレア以外の村の人達に会う事もなかった。だから、リエルはこの村の人達の事はほとんど知らない。

その時、エリザの手がピクッと止まった。


「…いいえ。そうじゃないの。この村には、ちゃんと子供がいるのよ。あの子と同じ年頃の子もたくさん。」


「え、そうなんですか?じゃあ、どうして…、」


「クレアに友達がいないのは…、父親がいないからなの。」


「え…。」


クレアに父親がいないのは知っていた。

クレアに一度だけ実の父親について聞いたことがあるが、クレアは実の父親を嫌悪している様子だった。

クレアの話だと、クレアの父親はほとんど家に帰ってこず、父親らしいことは一切してくれたことはなかった最低な父親だったらしい。

母親はクレアの前では平気な振りをしていたけど、いつも夜中に一人で泣いていたそうだ。

だから、クレアは父親を嫌っていた。母親を泣かす最低な親父だと。

挙句の果てには、弟を妊娠している母親を置いて、行方をくらましてしまったらしい。

大方、女とでも逃げたのだろうとクレアは話していた。

でも、まさか父親がいないという理由で周囲から避けられるだなんて思ってもいなかった。


「で、でも、父親がいないのはクレアのせいじゃないでしょう?何で父親がいないってだけでクレアに友達ができないんですか?」


「この村はね…。そういう事にはとても敏感で厳しいの。」


この村では未婚の身で子供を産む女性に対して、とても厳しい。

父親のいない子を産んだエリザは差別と偏見の目を向けられ、男性にふしだらな女として見られ、村人からは嫌われていた。だから、その子供のクレアもふしだらな女の娘だというレッテルを貼られ、そのせいでクレアには友達がいなかった。


「そ、そんなの、おかしいわ!だって、父親がいない家庭なんてたくさんいるのに!病気や事故で亡くなったり、事情があって父親がいないだけなのに…。それなのに、父親がいないってだけで差別するなんてひどすぎます!それに、クレアにはちゃんと父親がいたのに…!」


「あなたは優しい子ね。リエル。」


エリザはそう言って、リエルの頭を撫でてくれる。


「村の人達は、クレアに父親がいたことを知らないの。ずっと、隠していたから。」


「え…。どうして?」


エリザは微笑みながらも、悲しそうな表情を浮かべると、


「複雑なのよ。私とカインは…、他人には知られてはいけない関係だったから。」


カイン。その人がエリザの夫であり、クレアとリシールの父親…。


「クレアは…、父親について何か話していたのかしら?」


「あ、ええと…。」


正直に話すか迷ったリエルにエリザは悲しそうにしながらも、


「あの子は父親を恨んでいるのでしょうね。…家にはほとんど帰らないで、最後には家族を捨てて、行方をくらました最低な父親だって。…あの人がそう思わせるように仕向けたとも知らないで。」


「え?仕向けた?ど、どういう意味ですか?それって…。」


「あの人は…、カインはもう亡くなっているの。リシールを産む前にね。」


「え!?亡くなった…?で、でも、クレアはそんな事、一言も…!」


「クレアは何も知らないの。カインが帰ってこなくなったことで父親は家族を捨てたのだと思い込んでしまったのよ。」


「どうして、クレアは何も知らないんですか?教えてあげてもいいのに…。」


「あの人との約束でね。クレアに本当の事を話すのはあの子が大人になってからにしようって決めているの。」


「一体…、クレアのお父さんに何があったんですか?」


「…リエルには特別に私の秘密を教えてあげるわね。」


エリザは微笑んだ。その表情はとても綺麗で…、リエルは思わず目を奪われた。


「私の夫のカインはね…、とても勇敢で、強くて…、優しい人だったわ。彼はもうこの世にいないのだけれど…、私は今でもカインを愛しているの。彼は命を賭けてまで私達家族を守ってくれた。だから、あの人が残してくれたものを今度は私が守りたい。そう思っているの。」


「え。じゃあ…、クレアのお父さんは家族を守る為に亡くなったってことですか?」


エリザは頷いた。そして、不意に立ち上がると、机の引き出しからある物を取り出した。それは、一本の短剣だった。


「これは、カインの形見で…、わたしの宝物なの。」


エリザは大切そうに短剣に触れる。その表情を見て、リエルは思わず見惚れた。

エリザさん、すごく綺麗…。亡くなった夫を想っているのだろうか。

頬を染め、幸せそうに微笑むエリザは誰よりも美しかった。でも、同時に悲しそうでもあった。


エリザはクレアの父親について話してくれた。それは、リエルがクレアから聞いていた話とは全く違うものだった。それが本当だとしたら…、何て切なく、悲しい話だろう。リエルは思わず胸が痛んだ。


「リエル。これを…、預かってくれる?」


そう言って、エリザは短剣を差し出した。


「え。でも、それは…、エリザさんの大切な物なんじゃ…、」


「あなたに持っていて欲しいの。もし、私に何かあったら…、クレアにこれを渡して。そして、今話したことをクレアに話してほしいの。」


「エリザさん?」


「何も聞かないで。ただ…、何だが最近、すごく胸騒ぎがして…。よくないことが起きる気がするの。

…お願い。リエル。」


リエルの手を握って懇願するエリザの頼みを断る事なんてできなかった。

リエルが頷くと、エリザは心の底から安心したような表情をして、ありがとう、とリエルを抱き締めてくれた。

温かい…。でも、エリザの手は震えていた。こんなに細い体で二人の子供をずっと守ってきたんだ。

強い人だと思った。リエルはエリザから預かった短剣をキュッと握りしめた。


クレアの母親から言われた言葉が気になっていたがただの気のせいかもしれないと思った。

きっと、大切な人を亡くして、女手一つで子供二人を育てている不安からあんな事を言ったのだと…。

でも…、その一週間後にクレアの村が盗賊に襲われ、エリザさんは帰らぬ人となった。

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