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第二百十八話 クレアside

「…ア。クレア!しっかりして!」


肩を揺さぶられ、クレアはハッと目を覚ました。

心臓がドクドクとする。汗がべったりと身体に纏わりついている。

ハアハア、と荒い息をするクレアにゾフィーが心配そうな表情を浮かべ、声をかける。


「大丈夫?すごい魘されていたけど…、」


「…ああ。平気、だ…。」


ハア―、と息を吐きながら、クレアはギュッと琥珀のブローチを握りしめる。最近、よく見る夢だ。

前よりも夢を見る頻度が多くなった気がする。


「そのブローチ。いつも、クレアが肌身離さず持っている物よね?もしかして、お母様の形見とか?」


「ああ。これは…、」


ゾフィーの質問にクレアはブローチに目を落とす。


「俺もよく覚えてないんだ。気が付いたら持ってて…。こんな高そうなブローチ、母さんは持ってなかったし、形見の品でもないんだけどな。売ればそれなりの金になるだろうにどうしてだか捨てられずにいるんだ。」


何故だろう。

このブローチを見ていると、安心すると同時に何故か心がざわつく。

だけど、思い出そうとすると、いつもひどい頭痛に襲われて、それ以上は思い出せない。


「きっと、そのブローチはクレアにとって、すごく大切な物なのよ。覚えてなくても、無意識に大切にしてしまう宝物ってあるでしょう?きっと、そのブローチもそうなのよ。」


そう言って、ゾフィーはクレアに汗を拭うためのタオルを手渡した。


「それにしても、そのブローチ綺麗ね。これって、本物の宝石でしょう?」


「そうなのか?俺、宝石の違いとかよく知らないし。」


「私、商会で働いているから、そういう目利きは得意なの。見た感じ、この宝石は本物だと思うわ。」


「何でそんな高価なブローチを俺が持っているんだろうな。…駄目だ。全然、思い出せない。」


「大丈夫?」


クレアが頭を押さえるのを見て、無理に思い出す必要はないとゾフィーは言った。


「クレア。夕食ができているから、落ち着いたら、降りてきて。」


そう言って、ゾフィーは部屋から出て行った。

クレアは一人になった部屋の中でぼんやりと天井を眺めた。

ゾフィーがあの女と友達だったなんてな…。

ゾフィーは貴族だけど子爵令嬢。普通に考えて、あの金と権力しか頭にないフォルネーゼ家が相手にする女じゃない。

なのに…、あの女はゾフィーと親しくしている。クレアはゾフィーが語ったリエルの話を思い出し、ギュッと拳を握りしめた。


どうして…、あの女がフォルネーゼ家の女なんだ!

ギリッとクレアは歯を食い縛った。せめて、あの女が伯爵の溺愛する姉じゃなかったらいいのに…。

どこにでもいる普通の貴族の女だったら…、ゾフィーと同じような立場の女だったら良かったのに。

よくいる傲慢な貴族の女だったらこんな風に迷う事はなかった!


他の貴族の女達のように強者には媚びへつらい、弱者を甚振るような女だったら殺すことも躊躇しなかった。なのに…!なのに…!クレアはギリッと歯を食い縛った。

あの女を知れば知るほど、迷いが生じてしまう。

アップルパイを好きだと言ったリエルの表情が忘れられない。

林檎売りの少女から林檎を受け取ったリエルの優しい表情が目に焼き付いて離れない。

あいつを見ていると、心がざわつく。

優しかった母親と同じ面影を感じてしまうのだ。


あの伯爵に復讐する道具としてリエルを使う。

当初はその計画に異論はなかった。直接的に関係はないがあの女もフォルネーゼ家の女だ。

今まで多くの命を犠牲にして、贅沢を享受してきた女だ。だから、罪悪感なんて一切なかった。


あの憎き先代伯爵と瓜二つの顔をしたフォルネーゼ伯爵…。あいつが憎い。先代伯爵が大事にしてきた存在を全て壊してやりたい。俺が家族を奪われたように…。

俺もあの悪魔から大切な物を奪ってやる!

その為にリエルを潰す。

最愛の姉を殺された伯爵はその時、どんな顔をするのか想像するだけで笑いがこみ上げる。

だけど…、本当にこれが俺のしたかった復讐なのか?




「何を迷っているんだ?クレア。」


その時、クレアはあの男の言葉を思い出した。

金と紅の瞳を持つオッドアイの男…、シーザーの言葉を。


「お前の家族への気持ちはそんな軽いものだったのか?忘れたのか?あいつらが君の最愛の母親と弟をどんな目に遭わせたのか…。思い出せ。あの時の絶望と憎しみを…。」


スルッと纏わりつくようにシーザーの言葉が耳に囁く。

クレアの心臓がドクン、と音を立てた。






「逃げて!クレア!」


母はクレアに覆いかぶさるようにして倒れ、そのまま動かなくなった。


「母さん…?」


動かなくなった母の身体を抱き締める。

クレアの手はべったりと血がついていた。

背中を斬られた母の身体は全身が血で赤く染まっていた。


「馬鹿野郎!母親は殺すなって言っただろうが!」


「し、仕方ねえだろう!いきなり、目の前に飛び出してきたんだ!」


「こんな上玉、なかなかお目にかかれないってのに…!売り飛ばせば高値で取引できたのによお!」


「俺は悪くねえだろ!この女が…!」


「言い訳すんな!くっそ!餓鬼を殺したら、女とその娘も好きにしていいって約束だったのによ…!」


周囲の声が騒がしいがクレアは下卑た男達の会話は耳に入らなかった。

母親が死んだ現実を受け入れられず、クレアは母の身体に縋った。


「母さん…?母さん…。やだ…。し、死なないでよ…。ねえ、母さん…。」


母の身体を揺するが何の反応もない。

冷たい…。母の身体から流れる血がどんどんクレアの服に滲んでいく。


「やだ…!やだよ…!母さん…!目を開けて…!」


クレアが泣きながら、もう息をしていない母に懇願したその時、


「うああああん!」


弟の泣く声が聞こえ、ハッとした。

しまった!リシール!

クレアは慌てて、振り向いた。そこには、さっきの男達がリシールを捕まえていた。


「リシール!リシールを離せ!このっ…!」


「痛ッ!この餓鬼!」


クレアは男達に飛び掛かるが多勢に無勢。しかも、相手は大の大人で盗賊だ。クレアはすぐに盗賊の男に身体を押さえつけられた。


「離せ!くそっ…!リシール…!」


「あああああん!ねーね!」


助けを求めるリシールを見て、クレアは何とか男の拘束から逃れようともがいたがビクともしない。

リシールを捕まえた男達がリシールに剣を向けた。まさか…!


「や、やめろ!リシールに…、俺の弟に手を出すな!」


クレアは必死に手を伸ばす。が、クレアの叫びも空しく、リシールの身体に剣が突き刺さった。

口から血を流し、リシールの身体が痙攣し、動かなくなった。

ドサッと音を立てて、地面に転がるリシールの死体を目の当たりにしたクレアは絶叫した。


「うわああああああああああああ!リシール!リシール!」


狂ったように泣き叫ぶクレアに盗賊の男達は下卑た笑みを浮かべた。


「母親は死んじまったが、こっちの娘も中々、いいじゃないか。」


「上等だがまだ餓鬼じゃないか。俺の趣味じゃねえな。」


「こんな餓鬼でも幼女趣味の変態爺共からすればいい商品になるだろうさ。」


「あーあ。可哀そうになあ。フォルネーゼ伯爵に目を付けられたのが運の尽きだ。」


「恨むんなら、あの伯爵を恨むんだな。」


そう言って、男の一人がクレアの頭を殴りつけた。そのままクレアは気を失った。

ああ。そうだ。忘れるものか。あの時の憎しみを…、絶望を…、忘れたことなんてない。


「さあ、クレア。復讐しろ!フォルネーゼ家に裁きを下せ!リエルを殺せ。それこそが最高の復讐となる。君が味わった絶望と苦痛をあいつらにも味合わせるんだ。」


シーザーのかつての言葉が甦る。

ああ。そうだ…。そうだ!俺は絶対にあいつを許さない!

憎い!憎い!憎い!エドゥアルト!あいつが憎い!俺が復讐するより早くにあっさりと死にやがって!

それなら、俺はあの男の大切にしていた存在を壊してやる!


エドゥアルトにそっくりの顔をしたあの伯爵にも俺と同じ思いを味合わせてやる!

その為には、リエル・ド・フォルネーゼを殺さないと…。

エドゥアルトはあの女を溺愛していた。

そして、弟のフォルネーゼ伯爵にも溺愛されている。あの女を殺せば…、俺の復讐が果たせる!

あの女を殺して、絶望する伯爵に止めを刺してやるんだ!

クレアはクツリ、と笑いが込み上げる。


「……そうと決まれば…、準備をしないとな…。」


クレアはゆらり、と立ち上がる。その目は復讐の色に染まり、仄暗い憎悪に満ちていた。


「待ってろよ…。リエル・ド・フォルネーゼ…。俺がこの手で…、」


壊してやるよ。そう呟き、クレアは部屋から出て行った。


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