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第二百十四話 ゾフィーside

「こっちだ。」


仮面の男に手を引かれ、ゾフィーはその後に続いた。不思議と怖くなかった。

彼は信頼できる。そんな気がした。人気の少ない裏路地の道を通り抜けていく、


「よお。兄ちゃん、随分別嬪さんを連れているじゃねえか。痛い目見たくなければさっさと…、ふぐう!?」


「邪魔だ。退け。」


たまにゴロツキが現れるが全員、仮面の男に撃退されていた。

殴る蹴るだけでなく、何か針のような物を投げつけ、その針が刺さったと思ったら相手はあっという間に気絶していた。もしかしたら、あの針は痺れ薬か何かが仕込まれているものなのかもしれない。

やっぱり、この人、強い。ゾフィーはこんな状況であるにも関わらず、感心した。

どうして、私を助けてくれたのか分からないけど…、とても心強い。


辿り着いた場所は一軒の小さな家だった。中に入るよう目線で促され、ゾフィーはペコッと頭を下げて中に足を踏み入れた。


「今日はもう遅い。今晩はここに泊まるといい。」


「あの、もしかして、ここって…、」


「俺の家だ。」


ゾフィーは緊張しながらも室内を見渡した。質素だけど落ち着きのある部屋…。

仮面の男はゾフィーを浴室へと案内した。


「ここが浴室だ。あの気持ち悪い豚野郎に触られて気持ち悪いだろ。一度、風呂に入ってくるといい。」


「あ、ありがとうございます。」


いいのかな?この人、男の人なのに…。でも、確かに早くお風呂に入りたい。あの男にべたべたと触られた所が気持ち悪いから早く身体を綺麗に隅々まで洗いたい気持ちで一杯だった。

チラッと仮面の男を見上げる。大丈夫、だよね?この人、私を助けてくれたし、娼館にいたあの男達みたいに厭らしい目で見てこないし…。といっても、仮面を被っているからあまり表情は分からないけど。


「これが着替えだ。俺はあっちの部屋にいるから何かあったら呼べ。」


そう言って、彼は着替えの服を渡し、さっさと浴室から出て行った。浴室には鍵がついている。

それを見て、思わずホッとする。良かった。やっぱり、ただの親切心でしてくれたことなんだ。

恩人に対して、失礼な事を考えてしまったなとゾフィーは反省した。


「それにしても…、」


ゾフィーは渡された着替えに視線を落とした。渡された着替えは女物のワンピースだった。男の人なのに、よく女物の服なんてあったな。あの人、男の人なのに。もしかして、女の人と一緒に住んでいるとか?疑問に思いながらもゾフィーは浴室に入った。


「あの…、お風呂頂きました。」


ゾフィーは風呂から上がり、彼の元に顔を出した。すると、彼は既に着替え終わっていて、シャツとズボンといった簡素な服装をしていた。振り返った彼は仮面を外していて、素顔が露になっていた。


「ああ。」


ゾフィーは彼の顔を見て、驚いて目を瞠った。目の前の男性は見惚れる程に美しかった。

す、すごい美形…!ゾフィーは思わず息を吞んだ。

黒髪に琥珀色の瞳が神秘的な印象を与え、どことなく影のようなものがあり、色気がある。

男性に色っぽいというのも何だか変な話だが本当にそう思った。

五大貴族や薔薇騎士と張り合える位に綺麗な人…。

勿論、ゾフィーにとってはゼリウスが一番かっこいいけど。


「何だ。」


ゾフィーの視線に男は眉を顰めた。


「あ、いえ!あなたがあまりにも綺麗だからびっくりしてしまって…、あ。男の人に綺麗だなんてちょっと失礼ですけど…、」


「…そりゃ、どうも。」


無愛想な表情で男は素っ気なくそう答える。もしかして、言われ慣れているのかな?これだけの美形なんだ。十分にあり得る。


「あ、あの…、助けてくれてありがとうございました!どなたか存じませんが…、このご恩は必ず…!」


その時、クウ、とゾフィーの腹が鳴った。沈黙が数秒続いた。


「今の腹の音…、お前か?」


「う…、す、すみません…。あの店に売られてから、ほとんど食事をしていなくて…、」


最後に食べた日が思い出せない。あの時は恐怖と不安で食欲何てなかったし、食べる気力もなかった。

助かったと思って、安心したら急にお腹が空いてきた。


「ったく…。しょうがねえな。ちょっとそこに座って待ってろ。」


そう言って、男はゾフィーを食卓机のある所に座らせ、台所に向かった。

程なくして、食卓机の上にハムとチーズ、パン、野菜のスープ、林檎、葡萄酒が並べられた。


「わ…!これ、食べてもいいんですか?」


「ああ。」


「ありがとうございます!頂きます!」


ゾフィーは久々の食事を味わった。美味しい…。食事がこんなに美味しいなんて思ったの久し振りだ…。

パンを咀嚼していると、視線を感じた。


「…?どうしました?」


「いや…。随分と上手そうに食べるなと思っただけだ。」


「だって、本当に美味しいですから。この黒パンも歯ごたえがあって美味しいです。」


「無理するな。貴族の女は黒パンなんて食べ慣れてないだろ。」


「え?いえ。私は貴族の娘ですけど、貧乏貴族なので子供の頃から主食のパンは黒パンでしたよ。」


「は?そうなのか?貴族って金持ちなんじゃないのか?」


「そうでもないですよ。お金のない貴族なんて割とたくさんいますから。むしろ、貴族より裕福な商人や平民はたくさんいます。私の家は父が事業に失敗をしてしまったせいで借金で首が回らなくなってしまって…、」


「だから、お前、貴族令嬢の身で働いていたのか…。」


「え。どうして、それを…?あの、もしかして、私、あなたとどこかでお会いしましたか?」


この人は私が貴族の娘であることも知っているみたいだった。

もしかして、貴族の方だろうか?ん?そういえば…、ゾフィーは目の前の男の特徴がある人物に似ていることに漸く気が付いた。


「いいや。俺とお前は間違いなく初対面だ。ただ、俺は前にあんたが子供を助けた所を見かけたことがあって…。」


「?そんな事ありましたっけ?」


「覚えてないのかよ…。」


ゾフィーの言葉に男は呆れたように呟いた。


「あの…、もしかして、あなたって…、怪盗黒猫ですか?」


「そうだと言ったら?」


やっぱり、そうなんだ。黒装束に白い仮面、猫のような身軽さと素早さ…。巷で騒がれている怪盗、黒猫と一致する。


「あなたが黒猫…。あの、黒猫は貴族が嫌いだと聞いたんですけど、どうして私を助けてくれたのですか?もしかして、誰かから依頼を受けて…?」


黒猫は貴族からしか盗みを働かない。そのせいか黒猫は貴族嫌いだと有名だった。今まで宝石や金目の物しか盗んだことがない黒猫だが、誰かを誘拐したり、人を攫う話は聞いたことがない。もしかして、リエルやゼリウスから依頼を受けたとか?

が、黒猫は首を横に振った。


「違う。俺はあいつのやり方がどうしても、許せなかったんだ。もう、これ以上…、傷つく女達を見ていられなかった。」


「あいつ…?」


「俺の雇い主だ。お前も会ったことがある筈だ。金色と赤い目を持つオッドアイの男といったら分かるか?」


「あ…!あの人があなたの雇い主?」


思い出した。あの時、目が覚めたら、あの男がいた。

ゾフィーに娼婦になるようにと残酷な言葉を吐いたあの…。

同じ人間とは思えない位に美しい人ではあったがその目は冷ややかで冷酷な光を宿していた。

あの目を思い出すだけで恐ろしくて、身震いする。

ゾフィーは黒猫を見上げる。じゃあ、この人はあの男の仲間…?でも、私を助けてくれた人でもある。

ゾフィーは彼の真意が分からなかった。


「あなたは…、どうして、私を助けてくれたのですか?雇い主を裏切ってまで。」


あの男の仲間だというのなら、彼は主人を裏切ってまで私を助けたことになる。

どうして、そこまでして…?私を助けても彼には何の得にもならない筈なのに。


「俺はもう、あいつにはついていけない。言っただろ?もうこれ以上は見ていられないって。あいつはな…、外面はいいが中身は悪魔のような男だ。あの悪魔は今まで数え切れないほどの人間を殺してきた。

女相手ですらも躊躇なく、な。利用するだけ利用して、使えなくなったら処分する。あいつにとって、女は物か道具のような存在だ。これまであいつのせいで身も心もボロボロになって壊れた女を俺は何度も見てきた。」


黒猫は机の上に置いた拳をギュッと握り締めた。手が震えている。唇を強く噛んで今にも唇が切れてしまいそうだ。そんな彼にゾフィーは何と声を掛けていいのか分からなかった。

多分、この人は根は善良でとても優しい人なのだろう。だからこそ、ずっと罪の意識を抱き、苦しんできたのかもしれない。そんな気がした。


「お前には、あの女達と同じ目に遭って欲しくなかった。お前は何の罪もないただの女だ。周りが見て見ぬ振りする中、お前だけがあの子供を助けた。

お前はあんな薄汚い男達の玩具にされるような女じゃない。例え理由があったとしても、何の関係もない女を巻き込むなんて間違ってる。」


「黒猫さん…。」


まさか、私の行動をそんな風に見てくれる人がいたなんて…。やっぱり、この人は優しい人だ。

ゾフィーは黒猫を見て、そう思った。


「黒猫さんって…、いい人ですね。」


「は?俺が?俺はお前をあんな目に遭わせた男の一味なんだぞ?それに、俺は怪盗といえば聞こえはいいかもしれないが、所詮はただの薄汚い盗っ人だ。そんな俺のどこが…、」


「でも、危険を冒して私を助けてくれたじゃないですか。あなたは自ら危険を冒して、自分の主人を裏切ってでも私を助けてくれました。いい人じゃないと、そんな事できませんよ。盗みは確かによくないことですけど…。でも、それでも私はあなたが根っからの悪人じゃないと思います。むしろ…、あなたはとても優しい人なんだなって思います。」


「…お前、お人好しだって言われないか?」


「ええ?そんな事言うの、私の友達位ですよ。むしろ、家族からは意地悪で冷たいって言われる位ですし…。」


黒猫の言葉にゾフィーは首を傾げた。昔は家族の言葉に一々、傷ついていたが今ではそこまで気にならなくなった。それは、きっと、自分を認めてくれる人ができたから…。ゾフィーの頭の中にはリエルとゼリウスの姿が浮かんだ。会いたい…。二人に私が無事だって伝えたい。


「あの…、黒猫さん。実はお願いがあって…、助けて貰って何ですけど、私、帰り方が分からないんです。それで、その…、良かったら…、」


ゾフィーは自分を安全な場所まで彼に送ってもらえないかと頼み込んだ。

何日も行方不明になっているからきっとゼリウス達も心配している筈だ。

ソニアの事だから、きっと私が家出をしたとでも嘘を吐いている可能性がある。早く帰って誤解を解かないと…!


「まさか、自分の家に戻るつもりか?あんたを娼館に売り飛ばした連中だろ。」


「ま、まさか!家に戻ったら何をされるか分かりませんから、信頼の置ける人の所に身を寄せるつもりです。」


「当てはあるのか?」


「あ、はい。私の婚約者の家か友人の家に行こうかと…。」


「分かった。いいぞ。今日は夜遅いから明日になったらあんたをその家に送ってやる。」


「え、本当ですか!?」


「中途半端に助けただけじゃ目覚めが悪いからな。この際だ。最後まで面倒見てやる。」


「ありがとうございます!」


「あんたは被害者なんだから、一々礼を言う必要はない。で?その家はどこにあるんだ?」


「ティエンディール侯爵邸です。もし、そこが駄目だったら、フォルネーゼ邸に…、」


「フォルネーゼ!?しかも、ティエンディールって…。あんた、五大貴族の人間と親しいのか!?」


「あ、はい。ティエンディール侯爵は私の婚約者です。フォルネーゼ家のご令嬢、リエルは私の友人で…、」


「リエル?あんた、あのリエル・ド・フォルネーゼの友達なのか!?」


「は、はい…。そうですけど…?」


ゾフィーは黒猫の剣幕に驚きながらも正直に答えた。黒猫はゾフィーに静かに問いかけた。


「…何であんたがあの女と友達なんだ。」


「何でって…、彼女がとても好きだからですよ。一緒にいてとても楽しいし、話も合うし、何よりリエルはすごく優しいんです。

私みたいな下級貴族の娘とも仲良くしてくれて…。身分何て関係ないって私の事、友達だって言ってくれたんです。ゼリウス…。あ、ゼリウスは私の婚約者の事なんですけど。彼と婚約する時も身分の低い下級貴族の娘である私が五大貴族の妻として認められるように力になってくれたんです。私がゼリウスと婚約した時も祝福してくれて…、」


「…。」


「黒猫さん?」


無言で黙り込む黒猫にゾフィーは不思議そうに首を傾げた。


「そのリエルって女は…、あんたにとって大切な存在なのか?」


「ええ!勿論!とっても大切な私の自慢の友達です!」


顔を輝かせて満面の笑みで答えるゾフィーに黒猫は目を伏せた。


「そう、か…。」


「黒猫さん、さっきからどうかしたのですか?もしかして、気分でも…?」


「何でもない。」


黒猫はそう言って、首を横に振った。ゾフィーは黒猫の様子を不思議がりながらも深くは追及しなかった。あ…、そういえば、私、まだ名前を名乗ってなかった。今更ながら自己紹介もしていなかったことに気付いたゾフィーは黒猫に話しかけた。


「あの…、黒猫さん。今更ですけど、自己紹介を。私はゾフィー・ド・ロンディといいます。もし、良ければ黒猫さんの名前も教えてくれませんか?」


「俺の名前は…、」


黒猫の言葉に耳を傾けていたゾフィーだったが…、突然、身体に痛みが走った。


「!?い…!」


ゾフィーはその痛みに声を上げ、机に手をついた。歯を食い縛り、痛みに耐えようとする。


「…?どうした?」


黒猫に声を掛けられるがゾフィーはそれに答える余裕はなかった。痛みが強すぎて答えられなかった。その間にも痛みは強くなり、全身に激痛が走った。ゾフィーは耐えきれずにそのまま床に膝をつく。


「おい!」


「う…!あ、ああ…!」

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