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第二百六話 君の事は何でも知っている

階段を降りて、辿り着いた先にはたくさんの木箱が積まれていた。

よく見れば、扉のついた部屋もたくさんある。

リエルは銃を手にしながら、辺りを警戒した。

どこにいるの?四方八方に視線を巡らせながら、仮面の男を探した。


リエルは木箱に目を留めた。もしかしたら、木箱の陰に隠れているのかもしれない。

木箱の山に慎重に近づき、確かめるが人の気配はない。

男の姿すら見当たらなかった。

リエルは少しだけ蓋が開いている木箱を見つけ、蓋に手をかけて、中身を確認した。


「…!これは…、阿片…!」


木箱からは大量の阿片が出てきた。

あの女の人達も阿片の中毒に侵されていた。

真紅の間に娼婦でも立ち入りを禁じていたのはこれを隠す為だったんだ。

きっと、あの会場は阿片を売りつける為に闇のオークションとして使われていたのかもしれない。


この木箱全部が阿片だとしたら、かなりの数だ。

これが黒百合の館の裏の顔…。あの男は阿片を売り捌き、女性を薬漬けにして金儲けをしていたんだ。

まさか…。ゾフィーも阿片を使われたんじゃ…、


その時、どこからかカタン、と音がした。ハッとして、銃を向けた。

あの部屋からだ…。リエルは中に押し入るべきか迷った。

もし、これが罠だったら…。そう考えあぐねていると、扉がギイイ、と音を立てて、開かれた。

反射的にリエルは銃を構えた。

中から出てきたのはワイングラスを二つと葡萄酒を手にしたあの仮面の男だった。


「待ってたよ。リエル。」


「…。」


何となくそんな気はしていた。この男は一度リエルが追っているのを確認していた。

まるで私をこちらに誘き寄せるような素振りを見せていた。

仮面の男はリエルに銃を向けられても余裕そうな態度を崩さず、中央にあったテーブルの上に葡萄酒を置くと、ワイングラスに酒を注いだ。そして、それをリエルに差し出した。


「飲むといい。」


「結構です。そんな気分じゃないので。」


リエルは警戒心を解かないまま、男の誘いを断った。

仮面の男はそう、と言うと、リエルに差し出したグラスをテーブルの上に置き、自分の分のグラスに酒を注ぐと、グイッと一気に煽った。


―この人…、何のつもり?


リエルは男の動向を探ろうと注意深く観察した。

男は悠然とした態度で二杯目のワインを口にしている。

いつまで経っても話そうとしない男にしびれを切らしたリエルは、


「あなた…、ゾフィーの居場所を知っているんでしょう?」


リエルの質問に男は答えない。

仮面の奥の瞳がチラッとリエルを見つめた気がしたがすぐにその視線は酒に注がれる。


「答えて!ゾフィーは何処にいるの!?」


「必死だねえ。リエル。親友を助ける為に危険を冒してまで僕に立ち向かう。

何て健気でお優しいのだろうか。でも、君がそこまで必死になる理由はそれだけじゃない。そうだろう?」


「?何を…、」


男の確信を持った言葉にリエルは眉を顰めた。


「君は怖いんだ。また、大切な人を失うのが。」


「っ、あなたが私の何を知っているというの!?」


「知っているよ。君の事は何でも知っている。だって、僕はずっと君を見てきたんだから。」


男の発言にリエルはぞっとした。

この人…、本気で言っているのだろうか?それとも、ただの狂言?男の真意が読めない。


「だって、君は一度経験しているからね。十年前に初めての友達を失った日の事は…、今でも忘れていないんだろう?あの悲劇の夜は君の心にしっかりと刻まれている筈だ。そういえば、この前は君が丹精込めて育てた黄色い薔薇を墓に供えていたね。」


「!?まさか…、あなた、あの時の…!?」


思い出した。確か、あの時、美しい金髪の謎めいた人と目が合ったのだ。

あの時の得体のしれない感覚は今でも覚えている。

遠目だったので顔までは見ていないが目の前の男がその人なのだと確信した。


「そうだよ。やっと、気付いてくれたね。…嬉しいよ。」


恍惚としてそう呟く男にリエルはぞっとして、思わず数歩後退った。

この人…、気味が悪い。

十年前の事件の事も墓に供えた薔薇の色まで知っているなんて…。

本当に、私をずっと監視して…?


「君は今でもアップルパイが大好きなんだってね。あの子もそうだったよねえ。君にとってアップルパイはあの子との思い出が詰まった特別なお菓子だから。」


「!?」


リエルは目を見開いた。何故、そんな事まで…。


「な、ど、どうして…。どうして、それをあなたが知って…?」


リエルは目の前の男に恐怖心を抱いた。

何故だろう。この状況では銃を向けているリエルの方が有利な立場にあるのに。

それなのに…、武器も持たない丸腰のこの男が恐ろしく見えてしまう。


この男はどこまで知っているの?何でそんな事まで…。

あの事件はリエルとルイとアルバート、リヒターしか知らない筈だ。

それから…、村に火を放った犯人達だけだ。

まさか…!

リエルは目の前が真っ赤に染まった。


「まさか…、あなた…!」


目の前の男があの子を殺した。そう思った瞬間、リエルは怒りを抑える事ができなかった。

衝動的に発砲し、男の足を撃ち抜いた。男はぐらり、とよろめいた。


ワイングラスが割れたと同時にリエルは男との距離を詰めた。

銃で男の頭を殴りつけ、地面に押し倒した。

そのまま、男に馬乗りになると、額に銃口を押し付けた。


仮面が剥がれて、男の素顔が露になった。

ぼんやりとした灰色の目がこちらを見据える。


「よくも…!」


リエルは男を睨みつけ、今すぐ眉間を撃ち抜いてやりたい衝動に駆られた。

でも、かろうじて残っていた理性で押し留まった。


「フフッ…、どうしたの?撃たないのかい?

いや。撃てないのか。僕を撃ったらゾフィーの居場所が分からないもんね。」


リエルは目を見開いた。仮面をしていたので今まで気づかなかったが男は口を動かしていない。

ぼんやりと天井を見つめているだけだ。


でも、声は聞こえる。

不意にリエルは男の胸元に取り付けられた黒い小型の機械のようなものに目を留めた。

さっきの声はこの機械から‥。

リエルは男と機械を交互に見比べる。


「あなた…、一体…。」


「ああ。そういえば、まだ名乗っていなかったね。わたしの名はシーザーだ。」


「シーザー!?まさか、あなた…、羊の救済の…!?」


「おや。僕の名前を知っているのか。光栄だな。その通り、僕こそが…、哀れな羊たちを導く真の指導者…、シーザーだ。」


リエルは驚きすぎて、声が出ない。

シーザー。また、この名前だ。

私やアルバートを誘拐した人攫い達も…、私の片目を奪った男も…、羊の救済の信者だった。

そして、彼らの頂点に君臨するのがシーザーという男。


シーザーはずっとこの機械を使って私と会話をしていたんだ。身代わりまで立てて。

アルバートが言っていた。

シーザーは怪しげな術を使い、催眠術のような力を持っているといわれていると…。


恐らく、目の前の男はシーザーに催眠をかけられて、意のままに操られている。

どおりで反応が乏しいと思っていた。

これでは、まるで、操り人形だ。


「この人は…、誰なの?」


「ああ。それは僕の代用品だ。フフッ…、ちょっと薬を使い過ぎちゃったせいかあんまり自我がないんだけどね。お人形にはもってこいの代物だ。」


リエルは押し倒した男を見下ろす。

微動だにしない男は確かに自我を失っている様に見える。

目もぼんやりとしていて、視線が合わないし、銃を突き付けられても一切、抵抗しない。


「シーザー!この、卑怯者!姿を隠すだなんてあまりにも卑怯だわ!」


「僕だって、君に直接会いたかったよ。その気持ちは、今でも変わらない。」


「白々しい…!」


「でも、今はまだその時期じゃない。…僕は君に必ず会いに行く。必ずだ。その時が実に楽しみだよ。」


「何故、そこまで私にこだわるの!?シーザー!あなた、一体、何を考えてるの!?」


「それはいずれ分かる事だ。フフッ…、次の遊戯でも僕を楽しませてくれ。リエル。」


シーザーはそう言って、意味深に呟いた。


「遊戯ですって?」


「その通り。僕にとってこれは退屈しのぎの遊戯に過ぎない。」


「ふざけないで!ゾフィーをこんな所に売り飛ばしておいて…!」


ゾフィーを娼婦として売り飛ばし、阿片を使って金儲けをしておきながらよくもそんな…!


「君との遊戯は実に刺激的で楽しい。君は本当に僕の期待を裏切らないね。今回の遊戯もすごく楽しかったよ。」


「…?」


どういう意味だろう。シーザーの言い方だとまるで、これが初めてではないとでもいうかのような…。

いや。今はそんな事を気にしている余裕はない。リエルはシーザーに詰問した。


「それより、最初の質問に答えて!ゾフィーは何処にいるの!?」


「不合格だね。そんな頼み方じゃ教えてあげない。…そういう事だ。精々、頑張って探し回るといい。

例えそれが死体だったとしても、見つけてあげないと、葬式も挙げられないからね。」


「っ…!」


リエルは息を呑んだ。死体って…。まさか、ゾフィーは…。リエルは手が震えた。

そして、プツン!と通信が切れるような音がした。


「シーザー?シーザー!」


リエルは機械に向かって叫ぶが返事はない。そんな…。とリエルが項垂れていると、


「リエル!」


呼ばれた声に顔を上げれば、アルバートが階段を駆け下りてくる姿があった。


「アルバート。」


「!そいつか!」


アルバートはリエルが押し倒している男を見て、眦を鋭くした。

剣を抜いて男の喉元に突き付ける。


「こいつよくも、散々俺達を引っ掻き回して…、」


「待って!アルバート。この人じゃない。さっきの仮面の男は…、この人じゃないの!」


「は?どういう事だ?」


「この人は偽物だったの!本物の人はこれを使ってどこからか監視して、会話をしていたのよ。」


リエルはアルバートにさっきの機械を差し出した。

アルバートはそれを手に取り、まじまじと見つめる。


「これは…、通信機か?何でこんな手の込んだ真似を…。もしかして、まだその犯人と通信は繋がっているのか?」


「ううん。残念だけど、ついさっき通信が切れてしまったの。」


「随分、用心深いんだな。じゃあ、黒幕はずっとこの通信機を使って会話していたってことか。…姿が分からないんじゃ特定ができないな。」


「…黒幕はシーザーと名乗っていたわ。」


「シーザー?あの羊の救済の?」


リエルは頷いた。


「そいつは他に何か言っていたか?」


「それが…、」


「姉上!」


その時、またしてもリエルを呼ぶ声が聞こえた。顔を上げれば、ルイ達が現れた。


「姉上!無事で良かった!」


ルイに抱き着かれ、リエルもルイに笑顔で答えた。


「ルイ…。心配かけてごめんなさい。それから、嘘を吐いて勝手な事までしてしまって…、」


「いいのですよ!僕は姉上が無事ならそれだけで…。」


リエルの謝罪にルイはにこにこと笑って首を横に振った。


「…ちょっと!何ですか!この態度の差は!?旦那様、俺の時と全然態度違うんですけど!?

っていうか、俺完全に巻き込まれただけの被害者なんですけど!?」


そんなルイに後からやってきたロジェは息切れしながら、抗議した。


「何が被害者だ。危険だと知っていながら、姉上を止めなかったお前の罪は重い。

そもそもお前と姉上への態度が同じな訳ないだろう。姉上は僕の血を分けた尊敬すべき実の姉。お前はただの従者だ。態度に差が出るのは当然だろう。」


ロジェの抗議にルイはしれっと言い放った。


「…そうでした。旦那様はそういう人ですよね。聞いた俺が馬鹿だった。」


ガックリと項垂れるロジェにリエルは心の中で謝った。

後でルイに頼んでロジェの減給の取り消しと特別手当をお願いしようと心に決めた。

すると、アルバートが突然、ルイの襟元を掴み、ベリッとリエルから引き剥がした。


「ルイ。お前、リエルにくっつきすぎなんだよ。弟だからっていつまでも姉離れできずにいたらリエルだって困るだろうが。」


「はあ?何、もっともらしいこと言っているんですか。どうせ、僕が姉上と仲が良いのが気に食わないだけの癖に。家族同士のスキンシップすらも我慢できないんですか。君は。」


「そ、そんなんじゃない!お前もいい年した大人なんだし、もう伯爵家の当主なんだからしっかりと姉離れした方がいいと思っただけだ!」


「へえ。君にしては、それらしい言い訳を考えるようになりましたね。でも、言葉の端々から独占欲と嫉妬深い一面が隠しきれていませんね。こんな心の狭い男のどこがいいんだが。」


「う、うるせえな!リエルは嫉妬深い男でも嫌いじゃないって言ってたんだ!だから、嫌われては、ない筈だ…。」


「アルバート様。段々、声が小さくなってますよ。」


サラの呆れたような声が掛けられる。


「そんなの、社交辞令に決まっているでしょう。姉上は優しいですから。たまにいるんですよね。社交辞令を真に受けて勘違いする男って。」


「社交辞令…!?」


ガーン!とショックを受けたように固まるアルバートにリエルは慌てた。


「アルバート!違う!違うから!私、アルバートには社交辞令なんて使ってないから!さっきのも全部、本心だから!」


ピシリ、と石化したように固まったアルバートにリエルは必死に言い募った。


「旦那様。やり過ぎっすよ。アルバート様、本気にしちゃったじゃないですか。あの人、お嬢様が絡むと何でも敏感に反応するんですから。」


ロジェが呆れたようにルイに言った。


「ああいう男はつけあがらせたらすぐ調子に乗るからな。ああやって一々釘をさしておかないと、今後姉上が苦労するだろう。早く姉上も目を冷ませばいいのに。」


未だに二人の仲を認めていない様子のルイにロジェはハーと溜息を吐いた。

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