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第二百四話 嫉妬深い男は嫌いか?

リエルはイヤリングに見せかけた通信機を使って、ルイ達に連絡し、ゼリウスにも伝言をお願いした。


「連絡はとれたか?」


「ええ。大丈夫。すぐにこっちに来てくれるって。」


「では、行きましょうか。ああ。リエル嬢。危険ですから、僕の傍から離れずに…、」


そう言って、サミュエルはリエルをこちらへと手招きするがサミュエルとリエルの間に割って入ったアルバートがそれを阻んだ。ギュッとリエルの手を握り締めたアルバートはボソッと低い声で呟いた。


「は、離れるなよ。」


「…うん。」


微かに耳が赤いアルバートにリエルも頬を赤くしながら頷いた。

そんな二人の様子にサミュエルが生暖かい目を向け、フッと笑った。

サミュエルが先頭に立ち、その後に続きながら、リエル達は最上階に向かった。


「…リエル。」


「?何?アルバート。」


小声で話しかけられ、リエルは彼に顔を向けた。


「…やっぱり、お前も嫉妬深い男は嫌いか?」


ぽつりと呟かれた言葉にリエルはキョトンとした。

突然、どうしたんだろう?あ…、リエルはふとサミュエルの言葉を思い出した。

もしかして、嫉妬深い男は嫌われると言われたのを気にして…?

アルバートはこちらに視線を向けないがそわそわとしていた。

リエルはクスッと笑った。そんな訳ないのに…。リエルはギュッとアルバートの手を握り返すと、


「全然。」


「ッ!そ、そっか…。」


アルバートはホッとしたように胸を撫で下ろし、表情が明るくなった。

分かりやすい。そんなアルバートをリエルは益々、愛おしいと思った。

前の方で吹き出すような音が聞こえ、思わず視線を向ける。

サミュエルが小さく肩を震わせていた。


「おい。こら…。サミュエル…。」


「い、いえ。失礼。少し思い出し笑いを…、」


「嘘つけ!」


アルバートがそのままサミュエルに掴みかかろうとしたその時、女性の話し声が聞こえた。

リエルが慌てて小さく声を上げた。


「シッ!誰か来る。隠れて!」


リエルは急いで隠れようとするが、サミュエルがパチン、と指を鳴らした。


「?ねえ、今声がしなかった?」


「え?そう?」


「確かこっちの方から…、」


そんな声が聞こえたと同時に曲がり角からしどけない格好をした娼婦が数人現れた。


「誰もいないじゃない。」


「あら、本当。空耳だったのかしら?」


「きっと、誰かがお客さんとお楽しみ中なのよ。部屋から声が洩れるなんてよくあるじゃない。」


「それもそうね。」


リエル達を前にしても、全くこちらに気付いていない。

そのまますぐに娼婦達はどこかに行ってしまう。

まるでリエル達が見えていないかのような…。こちらを認識していない様子だった。


「もしかして…?」


リエルがサミュエルに視線を向ければ、サミュエルはにっこりと笑った。

きっと、これも薔薇騎士の能力の一つ。誤認識能力か隠蔽能力の一種かもしれない。

リエルはホッと胸を撫で下ろした。助かった…。






一方、その頃…、リエルの連絡を受けたルイはというと…、


「ロジェ。ファビアン達に連絡を。」


「了解っす!」


ルイは身支度を整えながら、ロジェに指示を出した。


「ゼリウスに連絡はしたか?」


「ええ。すぐに現場に合流するとのことです。」


「そうか。分かった。」


弾を確認し、ルイは銃を懐に仕舞った。


「ああ。そうだ。念の為、例の物も用意しておくように。」


「畏まりました。」


ルイの命令にリヒターは胸に手を当て、頭を下げた。






ある侯爵邸では供もつけずに馬に跨り、屋敷を飛び出す男の姿があった。


「だ、旦那様!お、お待ちください!」


「先に行く!お前達は後から来い!」


使用人が焦ったように止めるが制止の声を振り切り、男は馬に乗って夜の街へと駆け出した。


「ゾフィー…!待っててくれ…!」


馬に跨ったゼリウスはギリッと歯を食い縛りながらそう呟いた。






「っ…、は、あ…。」


ジャラジャラと鎖の擦れる音をさせながら、赤い髪の女はぼんやりとした目を天井に向けた。

生気のない目は生ける屍のようだった。骨と皮だけの身体に服は破けて、ほとんど半裸に近い格好だった。が、不意に女はカッと目を見開くと、いきなり暴れ出した。


「あー!ああ…!」


目を爛々と輝かせ、涎を垂らしながら、奇声を発する女は狂っていた。鎖の音が牢の中で響き渡る。


「あの女もそろそろ廃棄処分だな。」


「だな。ありゃ、もう駄目だな。完全に壊れちまってる。」


「それにしても、最初来た時はあんなにいい女だったのになあ。今じゃあんなガリガリになっちまって…。」


元はかなり美人だった女の変わり果てた姿に男はチラッと視線を向ける。


「あれじゃあ、もう抱きたいとは思わねえな。まあ、結構楽しめたし、もういいけどよ。」


「ハハッ!確かにな。それに、またオーナーが新しい女を仕入れてくるだろうさ。」


そう言って、下卑た笑みを浮かべる見張りの男達の下に黒い人影が近付いた。

艶やかな黒髪を靡かせ、黒いドレスを身に纏った美女に男達は息を呑んだ。

美女は蠱惑的な笑みを浮かべ、


「こんばんは。…いい夜ね。」


男達は突然の美女の登場にぽかんとした顔をして、見惚れた。






「あそこが真紅の間か?」


「うん。あの見張りがいなければ入れるんだけど…、行けそう?」


真紅の間がある部屋を指差し、リエルはアルバートに訊ねた。

あちらからは四角になっているので見張りはリエル達に気付いていない。


「あそこで騒ぎを起こしたら、後々大変だから、できるだけ自然に正面から入れたらいいのだけど…。」


「分かった。力ずくじゃなく、自然に正面から、だな。」


「アルバート。ここは僕に任せて。」


アルバートが一歩踏み出そうとするが、サミュエルが止めて、名乗り出た。

行きましょう、と促すサミュエルにリエルは戸惑った。


「リエル。中に入るまでサミュエルの目は見るなよ。」


「え?う、うん。」


よく分からないがアルバートの忠告にリエルは頷く。

行くぞ、と言ってリエルの手を引くアルバートに言われるがまま着いて行く。何をするつもりだろう?

すると、近づいたリエル達に見張りは睨みつけ、警戒を露にした。


「誰だ?お前ら。そこで止まれ。」


「ここから先は立ち入り禁止だ。」


武器を向ける見張りにリエルは怯んだ。すると、サミュエルはにこやかに微笑み、


「そこを通りたいんだ。開けてくれ。」


「ふざけるな!そんな事許す筈が…、」


ピリッと空気が震えた。瞬間、男の口が止まった。

睨みつけていた目がぼんやりと焦点の合わない目に変わっていく。

男の様子が明らかに変だ。サミュエル様…?リエルはサミュエルを見ようとしたが、目を見るなと言われていたのを思い出し、慌てて顔を伏せた。


「…ああ。分かった。」


見張りの男達は抑揚のない口調でそう言うと、扉を開けた。そのまま扉が閉じられる。

こんなにも簡単に中に入れるなんて…。リエルは唖然とした。


「第一段階は成功、ですね。」


「さ、サミュエル様。今のは一体…?」


「催眠能力だ。サミュエルはこういう精神系の能力に特化しているからな。」


そんな事までできるんだ。リエルは感心した。

中は薄暗い照明になっていて、視界が悪い。

リエルは辺りを見回しながら、絨毯が敷かれた廊下を進んでいく。

開けた場所に出ると、部屋の全体が見渡せる空間が広がっていた。

たくさんの観客席が用意され、上にも観客用の席が用意されている。

そして、一番奥には舞台のような場所があった。


「これって…、」


一見、劇場のように見えるがこれはまるで…、オークション会場のようだった。


「!あそこに人が…?」


リエルは舞台の上に誰かがいることに気が付いた。階段を下りながら、そちらに向かっていく。

段々と視界が慣れてくる。舞台にいる誰かは何を咥えていた。


「この、匂い…!」


独特の甘い香り。まさか、これって…!


「阿片か…。サミュエル。やっぱり、噂は当たりだったみたいだな。」


「そうみたいだね。…酷い事するな。」


阿片を吸っているのは女性だった。近づくまで気付かなかったが一人だけでなく、他にもいた。

十人位の女が横たわっていたり、座り込んでいる。女達はリエル達が近付いても視線すら向けない。

皆、恍惚とした表情を浮かべたまま天井を見つめている。その目は焦点が定まっていない。

服ははだけて、胸が今にも見えそうだ。スカートもほとんどその機能を果たしておらず、所々が破けている。太腿が露になっているのに恥じらいも感じられない。

不意にサミュエルとアルバートが同時に剣の柄に手をかけた。

その時、コツ、と足音が聞こえた。


「ようこそ。薔薇騎士と麗しいレディ。」


背後から声を掛けられ、リエルは振り返った。そこには、仮面をつけた金髪の男が立っていた。

全身を白で統一した紳士服を身に纏っている。

この人…、私達が来ることを知っていた?リエルは警戒した。


「やあ。リエル・ド・フォルネーゼ。こうして、お目にかかれて嬉しいよ。君が来るのを待っていたんだ。」


興奮した口調とは対照的に男は微動だに動かない。


「誰だ?手前は?」


「リエル嬢、お知り合いですか?」


「いいえ。仮面をしているからはっきりとは分からないけど…、多分初対面です。」


リエルは仮面の男を見つめた。悪趣味な金色の仮面をつけた男。

誰だろう?どこかで会ったことがある?私の正体を知っているなんて…。

何者か分からない以上、剣を抜くべきかどうかアルバート達も図ることができないでいた。


「…つれないね。僕は君に会うのを楽しみにしていたのに…。」


不気味な男だ。さも悲し気に言いながら、男はピクリ、とも動かない。


「あなたは誰?どうして、私の名を知っているの?」


「フフッ…、知りたいのかい?君が知りたいのは…、僕じゃなくて、別の事じゃないのかな?例えば…、赤い髪をした元貴族の娘とか。」


「!?」


リエルは息を呑んだ。


「ゾフィーを知っているの!?まさか、あなたがゾフィーを!?」


「さあ?どうだろうね?」


リエルは隠し持っていた短銃を構えると、男に詰問した。


「答えなさい!ゾフィーはどこにいるの!?」


銃口を向けられても男は動揺した様子もなく、動かない。


「君はもう少し態度を改めた方がいい。そんな態度では君の欲しい情報は教えてあげないよ。そうだなあ…。膝まづいて、僕の靴を舐めてくれたら、教えてあげてもいい。」


「っ、なっ…!?」


男の要求にリエルは愕然とした。ふざけないで!と言いかけたその時、


「さっきから黙って聞いていれば、ペラペラと好き勝手言いやがって…!」


アルバートが剣を抜き、仮面の男を睨みつけた。


「態度を改めるのは手前の方だ!」


「フフッ…、威勢がいいね。白薔薇騎士。だけど、残念。君に僕は捕まえられない。」


「はあ?何を根拠に…、」


余裕すら感じさせる男の態度にアルバートが訝しんだ声を上げたその時、不意にカチッと引き金を引く音がした。


「!」


アルバートが反応した。その直後、銃声が鳴り響いた。


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