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第二百二話 どこかで会ったことはないか?

「あ、危なかった…。」


リエルはよろよろと歩き、壁に手をついた。

疲れた。主に精神的に。心臓に悪い。でも、とりあえず、これで危機は…、


「辛そうだな。手を貸そうか?」


背後からかけられた声にリエルはビクッとした。

こ、この声は…。恐る恐る振り返ると、そこには、案の定アルバートが立っていた。


「だ、大丈夫です!」


手を差し伸べるアルバートにリエルは慌てて距離を取った。アルバートはじっとリエルを見下ろした。

リエルはにこにこと笑いながら冷や汗を掻いた。目を逸らしたら怪しまれる。ここは平常心を装わないと。


というか、アルバートはさっきまで宴の間にいた筈なのにどうして、ここに…!?

もしかして、私をつけてきた?まさか、私だってバレたんじゃ…、ううん!そんな筈はない。

だって、私の変装は別人のようだとシルヴィもリヒターも評価してくれた。

パッと見た感じは同一人物だとは気付かれない。それに、ちゃんと声も変えている。


だから、大丈夫!動揺せずに落ち着いて、堂々とすれば絶対にバレない。

リエルは内心の動揺を表情には出さず、数秒でそう結論付けた。


そうと決まれば…、私はこのまま彼にバレないようにこの場を誤魔化そう。

とにかく、私の正体を知られないようにしないと!

その為には、私に結び付かないように正反対の女を演じればいい。

すぐさまリエルは瞳を潤ませ、上目遣いでアルバートを見上げると、両手を組んで微笑んだ。

さあ、演技開始だ。


「お気遣いありがとうございますう!お客様、お優しいんですね!ここに来るの、初めてですよね!?

お客様みたいな素敵な人、一度見たら忘れられませんもの!初めて見た時は王子様!?って思って…、」


キャッキャッと興奮して、媚を含んだような眼差しを向け、猫撫で声で話しかける。

返答する間も与えない位にマシンガントークを繰り出した。


これは、夜会で人間観察をしていた時に見かけたある令嬢を見本にした。

男と女の前で性格と態度が全然違うと評判のぶりっ子令嬢は噂通り、表と裏の豹変ぶりが凄かった。

え、誰?と思わず聞き返したい位に。

こういう異性の前で態度が変わる二重人格な女は一部の男には人気はあるが良識のある男性からしたら、嫌われる傾向にある。

ちなみに、ルイは件の令嬢に言い寄られた時、蛆虫でも見るかのような目を向けていた。

きっと、アルバートはその容姿と家柄からたくさんの令嬢達に言い寄られた筈。

中にはこういったあざとい女もいたことだろう。だとしたら、そんな女とは関わりたくないと思うに決まっている。


そう考えたリエルはアルバートが苦手そうな嫌いそうなタイプの女を…、それでいて、絶対にリエルだと気付かれないような全く違う性格の女を演じることにした。

リエルはそこそこ演技が得意だ。だから、それなりに自信があった。

リエルは媚びた表情を浮かべながら、チラッとアルバートを見上げた。

顔を顰めるか、面倒臭そうに答えるか、無視をされるかとも思ったのだが…、アルバートはそのどれでもなかった。じっと真剣な眼差しでこちらを見つめると、


「あんた、名前は?」


「あたし、リーゼって言います!お客様は何て名前なんですかあ?」


リエルはアルバートに笑ってそう答えるが内心、冷や汗をダラダラと流していた。


「リーゼ…。」


アルバートは嫌がるような表情を浮かべることもなく、その場から立ち去ることもなく、無表情のままリエルをじっと見つめている。

何かを探るような目に心臓が早鐘の様に脈打っていた。


「あっ!いけない!あたし、マダムに追加のお酒を持ってくるように言われてたんでしたあ!本当はお客さんともっとお話ししたいけど、マダムに怒られちゃいますからあたしはこれで…、」


心底、残念そうにその場をそそくさと立ち去ろうとアルバートの横を通り過ぎようとするが…、


「待て。」


が、不意にアルバートに腕を掴まれた。口元が引き攣りそうになるのをリエルは必死に堪えた。


「ど、どうしたんですかあ?」


「一つ聞きたい。あんたと俺、どこかで会ったことはないか?」


「え、ええ!まっさかあ。お客さんみたいな格好いい人、一度会ったら忘れませんものー!

さっきもそう言ったじゃないですかあ。お客さんとは間違いなく、初対面ですよ~!」


アルバートの真剣な表情にリエルはぶりっ子を演じながら、否定する。

自分で演技しておきながら、恥ずかしくて堪らなかった。

子供っぽい言動も甘えた声も鳥肌ものだ。もう二度とこんな演技はしたくない。

これで、アルバートに見破られたりしたら、恥ずかしさで死ねる。

顔には出さないが内心かなりビクビクしていた。


「もう!お客さんったら、そんな風に言われたら、困っちゃうじゃないですかあ。」


照れたようにキャッ!と言って恋する乙女のような表情を浮かべるリエル。

が、心の中ではお願いだから、このまま気付かないで!と切に願った。


「…そうか。」


すると、アルバートは納得したように頷いた彼は唐突に腕から手を離した。


「すまない。どうやら、俺の勘違いだったようだ。あんたが知り合いに似ていたから、もしかして…、と思ったが違ったみたいだ。人違いをして悪かったな。」


「ええ?そうなんですかあ?」


リエルはとぼけた振りをして、首を傾げた。


「引き止めて悪かったな。それじゃ、俺はこれで。」


そのままアルバートはリエルから背を向けた。

それを見て、リエルは一気に肩から力が抜けた気がした。

よ、良かった。何とか誤魔化せた。そんな思いでアルバートとは反対方向に向かって早足で歩きだすリエルだったが…、


「そういえば、昨日、ゾフィー嬢が見つかったらしいぞ。リエル。」


「え!?ゾフィーが!?」


アルバートの言葉に勢いよく振り返るリエル。

言ってしまった後にハッと我に返った。

いきなりゾフィーの話題を出されたリエルは思わず演技も忘れて、反応してしまった。

自分の失態に気付いたリエルは咄嗟に口を手で押さえるがもう遅い。

リエルが反応した途端、空気が凍り付いた。

アルバートがスッと目を細めた。そんなアルバートにリエルはサーと顔を青褪めた。


「…どういう事だ?」


「ち、違うんです!えっと、い、今のは…、その…!」


ど、どうしよう!頭が真っ白になって全くそれらしい理由が思いつかない!

リエルは焦って忙しなく視線を泳がすしかできなかった。焦っているリエルに構わず、アルバートはツカツカとリエルに近付くと、手首を掴んだ。


「言い訳なら、後で聞く。とりあえず、場所を変えるぞ。」


「え、ちょっ…!?ま、待っ!」


リエルはそのままずるずるとアルバートに引きずられて行く。男の力に適う筈もなく、抵抗空しく、そのまま空き部屋に連れ込まれる羽目になった。




バン!と扉を開けて、アルバートは中にリエルを入れると、そのまま自分も部屋に入って扉を閉めた。

部屋に入れられた時に彼から手を離され、リエルは所在なさげに立ち尽くした。

アルバートは数秒経っても振り返ることなく、無言のままだった。

ど、どうしよう。な、何か言わないと…!


「あ、あの…、違うんです!さ、さっきのはその…、い、言い間違えただけで…、」


無理があると思ったが動揺しすぎて、自分でも何を言っているのか分からなかった。

案の定、アルバートは勢いよく振り返ると、


「俺がお前を見落とす訳ないだろう!変装しただけで俺が気付かない間抜けだとでも思ったのか!」


アルバートの剣幕にリエルはビクッと肩が跳ねた。


「大体、何でお前がこんな所にいるんだ!ここがどういう店か分かってんのか!」


「そ、それは…、えっと…、」


詰め寄るアルバートにリエルはたじろいで逃げる様に後ろに下がっていく。

もうこれ以上は無理だ。今更だがリエルは観念し、口を開いた。


「あ、あのね…、アルバート…。」


「あれからお前に会いに行っても全然会えないし!妙だと思っていたが、まさかこんな所にいるとは…、」


「あ、あの…、それは…、」


トン、と背中が壁に当たる。これ以上は後ろに下がれないので逃げ場がないリエルは立ち止まるしかない。

その直後、バン!と音を立てて、顔の真横の壁に手をついたアルバートにリエルは思わずビクッと肩が跳ねた。


「大人しく待っててくれ。俺はそう言った筈だ!」


「っ…、」


リエルはアルバートに何も言い返せなかった。

そうだ。確かに彼は私にそう言った。無茶をするなと。自分が必ずゾフィーを見つけ出すからと。


「ご、ごめんなさい。アルバート。私…、」


リエルが口を開いたその時、突然アルバートに抱き締められた。

頭に腕を回され、縋りつくかのように抱き締められる。


「あ、アルバート?」


「…無事なんだな?」


「え、ええ。」


「そっか…。良かった…。」


ハーと長い長い溜息を吐くアルバート。彼の腕は震えていた。


「お前が無事なら…、それだけで…。」


「アルバート…。」


声も少しだけ震えている。それだけ自分を心配してくれたのだろう。


「お前に何かあったら俺は…、」


リエルの肩に頭を乗せるアルバート。ギュッと抱き締める力が強くなった。

リエルはそっとアルバートを抱き締め返した。


「アルバート。心配かけてごめんね。それから、ありがとう。」


アルバートとこうして触れ合うのはあの夜以来だ。何だかとても落ち着く…。


「…俺も怒鳴ったりして、悪かった。本当は分かってるんだ。お前がどうして、こんな所にいるかなんて…。」


アルバートは顔を上げて、一度リエルと向き合った。


「全部、ゾフィー嬢を助ける為なんだってことも。お前はそういう女だよな。リエル。」


そう言って、アルバートはリエルの髪に触れる。眩しそうにこちらを見つめる眼差しは優しくて、柔らかい表情を浮かべていた。


「お人好しで無茶ばっかりする。昔からそうだ。大人になった今でも全然変わらないよな。お前は。」


「アルバートはこんな私は嫌い?」


「っ、そ、そんなの聞かなくても分かるだろう。」


リエルの言葉にアルバートは頬を赤くし、視線を泳がせた。

そんな彼にリエルはフフッと笑い、


「うん。何となく…。でも、私はあなたの口から直接聞きたい。」


「っ、そ、そんな目で見るなよ!…わ、分かった!言う!言うから!」


アルバートは動揺した様子で顔を赤くしながらも言った。


「き、嫌いな訳ないだろう。むしろ…、そんなお前だからこそ、目が離せないんだ…。昔からそうだ。お前が何かする度にこっちはハラハラして、気が気じゃなかったんだからな!」


「アルバート…。顔が真っ赤。」


「なっ!?お、お前だって赤くなっているじゃないか!」


アルバートに指摘されてリエルは初めて自分の顔が熱い事に気付いた。思わず頬に手を当てる。


「ほ、本当ね。顔が熱い…。私、今変な顔してない?」


「そ、そんな訳ないだろ!むしろ、すっごく可愛いし、他の誰にも見せたくない位で…、」


アルバートはそこまで言いかけてハッと我に返ると、


「あっ、い、今のは違うんだ!いや!可愛いのは本当だ!けど、俺は別にお前を束縛したりとか独占しようだなんてつもりはなくて…!」


「フフッ…、そんなに必死に否定しなくても…。」


慌てるアルバートにリエルは思わず笑ってしまう。


「嬉しいわ。そんな風に思ってくれているなんて。」


「え!?い、嫌じゃないのか?けど、女は束縛激しい男は嫌うって…。」


「それも本に書いてあったの?」


「そ、そうだ。『女にモテる男とモテない男の特徴』に書いてあった。」


もしかしてとは思って言ってみたが、まさかの図星だったみたいだ。

それにしても、何て分かりやすいタイトルなんだろう。

そして、それを熱心に読むアルバートを想像してしまい、また笑ってしまう。

そっとアルバートの手を掴む。


「大丈夫。アルバートはそのままでいて。無理に自分を変えなくていいの。私は…、不器用でも真っ直ぐなあなたが好き…、だから。」


最後の好き、は恥ずかしくて詰まってしまったがちゃんと言えた。


「ッ!?ほ、本当か!」


アルバートはパッと顔を輝かせてリエルに聞き返した。リエルはコクン、と小さく頷いた。


「も、もう一回言ってくれないか?」


「え、ええ?もう一回?は、恥ずかしいからそれは…、」


リエルはそう言って断ろうとするがアルバートがあからさまに落ち込んだ表情を浮かべたのでリエルは言葉に詰まった。

数秒、悩んだが、意を決してアルバートの手をキュッと握り締めると、視線は合わせないまま小さく言った。


「す、好きよ…。アルバート。」


「!お、俺も…!俺もリエルが好きだ!」


「わっ!?」


アルバートに勢いよく抱き着かれ、リエルは驚くが拒むことはしなかった。

リエルもギュッと彼を抱き締め返した。


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