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第二百一話 ど、ど、どうしよう!

「お待たせしましたー。」


リエルの顔の跡は消えたがまだ身体には赤い跡が残っている。

初めは強く効果が出るよう多めに薬を飲んだせいか顔にも発疹ができてしまった。

でも、その後、少量で薬を一日一回飲み続けると顔の発疹は消え、身体だけに留まった。

どうやら、薬の量によって効果も違ってくるらしい。

体は服で隠せるからという理由でこうして、給仕の仕事にも手伝いに借り出されるようになった。

あの秘薬のお蔭でリエルは今も客をとらずに働けている。その為なら、給仕でも雑用でも何でもするつもりだ。

リエルは注文のお酒をテーブルに置いた。


「きゃ!?」


客の一人にスルリ、と尻を撫でられ、リエルは鳥肌が立った。


「小さくて、可愛い尻だな。おい。」


この酔っ払い!リエルは平手打ちをしたくなったがグッと我慢する。

怒りを押し隠して愛想笑いを浮かべ、軽く受け流す。


リエルはカウンターに手をつきながら、疲労困憊といったように項垂れた。

はあ、疲れる…。肉体的にも精神的にも…。

娼婦ってかなり重労働なのだなと思いながら、顔を上げると…、


「!?」


視界に入ったある男女の姿に思わず視線が釘付けになった。

テーブルでは、娼婦が男に手ずから食べさせてあげている。あ、あれって…、恋人同士がよくあるあーん、だよね。あたしもアルバートとしたことあるやつだ…。何だか、いけないものを見てしまった気がして、慌てて目を逸らした。


「な、な…!?」


すると、今度は別のテーブルで娼婦が客の男に口移しで果物をあげている。

はわわ!と変な叫び声を上げてしまい、取り乱すリエルは顔が林檎のように真っ赤になってしまう。

み、見てない!私は何も見てない!プイッと顔を背けると、次に目に入ってきたのは…、


「ッ!?」


娼婦と客の男ががっつりと口づけまでしている光景だった。パクパクと魚のように口を開けたり閉じたりを繰り返しながら茹でだこのように真っ赤になるリエル。


「リーゼ!何、ボーとしているの!さっさと、これ、運んで!」


「は、はい!すみません!」


先輩娼婦の言葉にリエルは慌てて酒を運んだ。

ここの娼館は客が来たら、給仕をしてもてなし、客が指名して、別室でお楽しみをするという流れになっているみたいだ。だから、皆あんなに必死に体を張って一人でも多くの客を取ろうと自己主張しているのか。

うう…。ここがそういう店だと分かっているけど、やっぱり慣れない。目のやり場に困る。

早く抜け出して、ゾフィーを捜そうと思っていると…、不意に女達がきゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえた。


「何々?どうしたのよ?」


「サムエル様が来てくれたのよ!」


「えっ!?嘘!?やだー!それなら、もっと化粧に気合入れたのに!」


人気のお客さんなのかな?リエルはそう思いながらも給仕を続けた。


「しかも、今日はお友達と一緒なんですって!これがまた、いい男で…!」


「本当に!?どんな人なの?」


他にお客さんもいるのだから、少し自重した方がいいのでは…。

そのサムエルって客がどんな美形かは知らないが他の客はいい思いをしないのではないだろうか。

それとも、よっぽど羽振りがいい太客なのかな。

そう思っていると、


「キャー!素敵…!金髪碧眼なんて、王子様みたいだわ!」


入り口に娼婦達が群がり、黄色い声がここまで聞こえてくる。

そのサムエルって客の連れの男性もかなりの美形みたいだ。

金髪碧眼…。アルバートと同じ見た目なのね。

でも、彼がこんな所にいるわけがない。

アルバートと両想いになるまでは彼が経験豊富なプレイボーイと誤解していたけど、実際のアルバートは女遊びをしたこともない真面目で潔癖な人なのだと分かったのだし…。

そんな風に考えていると、


「あたし、サムエル様よりもあっちが好みかも!」


「まあ!想像以上にいい男…。空色の瞳が綺麗ね。宝石みたい。」


ん?リエルは思わず手が止まった。

いや。まさか、そんな筈…、きっとたまたまだ。たまたま、彼と同じ…、


「あの人、アルバートって名前らしいわよ。」


リエルはその声にバッと振り返った。ま、まさか…、リエルが視線を向けた先には…、私服姿の黄薔薇騎士、サミュエルと白薔薇騎士…、アルバートがいた。


-な、な、な、何でアルバートがここに!?


リエルは思わず皿を落としそうになった。驚きすぎて悲鳴すら出ない。

動揺しすぎて、頭が真っ白になる。

ど、ど、どうしよう!まさか、こんな所でアルバートと出くわす羽目になるなんて…!

見間違いだと思いたかったが、そこには確かにサミュエルとアルバートがいた。

というか、あんな目立った美形がそこら辺にいる訳がない。

夢だと思いたかったが目の前に起こっている出来事は現実だ。夢なら、どれだけよかったことか…。


遠目に二人を窺えば、にこやかな笑顔のサミュエルとは対照的にアルバートは不機嫌そうな表情をしている。

お、落ち着いて。大丈夫…。大丈夫よ…。リエルはそう自分に言い聞かせ、深呼吸をした。

幸い、アルバートはこちらに気付いていない。

それに、今の自分は変装しているし、リエルの面影はない。きっと、気付かれない。…筈だ。

とにかく、ここは他人の振りをしよう。そうすれば、バレない。

リエルはそう自分に言い聞かせた。


さすがにこの状況でリエルだとバレたら、アルバートにどんな反応をされるのか…、想像したくない。

何が何でも隠し通さないと!リエルはそう決意した。

幸い、他の娼婦たちが群がっているおかげでリエルは接客をしなくても大丈夫そうだ。

良かった。このまま二人にバレないようにそっと距離を取っておこう。

リエルは極力アルバートに近付かないようにしようと心に決めた。


「さあ。お客さん、どうぞ?」


「いい。自分で注ぐ。」


接客してくる娼婦が酒を勧め、胸を押し付けるがアルバートは女から距離を置くと、サッと女の手から酒を奪い取ると、自分でグラスに酒を注いだ。そのぶっきらぼうな態度に女はあん、と寂しそうに目を潤ませ、


「冷たいー。お兄さんって、クールなのね…。」


「別に。」


「でも、そんな所も素敵…。」


女がアルバートにしな垂れかかる。アルバートが不快そうに顔を歪めた。


「はい。あーん。」


「結構だ。」


アルバートに果物を差し出して、あーんをしようとする娼婦にばっさりとアルバートが言葉の刃で斬り捨てた。そんなアルバートに両脇に女を侍らせたサミュエルが苦笑した。


「ごめんね。麗しいレディ達。彼って、照れ屋さんなんだよ。可愛らしい女性を相手にするとすぐに悪態をついてしまって…、」


「あら、そうだったの?可愛いのね。」


「へえ。意外だわ。」


女達がそう和んでいると、サミュエルがにっこりと微笑んだ。その目にはどことなく圧力がかかっている。


「そうだよね?アルバート。」


「…あ、ああ。」


サミュエルの言葉にアルバートは一瞬、物凄く嫌そうな表情をしたがすぐに目を伏せ、頷いた。


「なーんだ。そういう事ならそうと言ってくれれば良かったのに。」


「ねえ、お客さんはどんな女が好みなの?」


「好み…?」


「綺麗系が好きとか可愛い系が好きとか…。見た目はどんな女が好みなの?髪の色は?目の色は?どんな女が好き?」


女が自分の髪を指に絡ませながら、上目遣いでチラチラと色っぽい流し目をアルバートに送る。

アルバートは数秒黙ったがぽつりと呟いた。


「…茶色い髪の女と紫色の目の女がいい。」


「ええ?茶色?そんな地味なのがいいの?」


「じゃあ、私は?私はブルネットの髪だから、私の髪は好き?」


「…いや。俺は…、」


ふと、アルバートが視線を上げると、バチッと一人の女と目が合った。

亜麻色の髪をした女…。女はすぐにバッと目を逸らした。アルバートはその女に既視感を抱いた。


ど、どうしよう。アルバートと目が合ってしまった。だって、だって、アルバートが何を話しているのか気になってしまったんだもの!

そうしたら、あ、あんな事話していたから…、私もついつい嬉しくて彼を見つめてしまって…。

ちゃ、茶色の髪って…、あれって私の事…、だよね?

うわあああ!どうしよう。嬉しすぎて今、私の顔すっごく変な顔をしている!


リエルはこっそりともう一度、アルバートをチラ、と見つめた。

すると、ずっとこちらを見ていたらしいアルバートと再度、目が合った。リエルは慌てて目を逸らした。


う、嘘!こっち見ている!な、何で!?あ、そうか。私があまりにも挙動不審だからか…。

冷静に冷静に自然に振る舞わないと…。ギクシャクとリエルはぎこちない動きで給仕に戻った。

だが、その間も視線を感じる。振り返らなくても分かる。彼が見ている。こっちをじっと。まずい。どうしよう。リエルは混乱した。

そんなリエルに娼婦の一人が声を掛けた。


「リーゼ。あそこのテーブルのお客さん、あんたが気になっているみたいよ。」


「へ…、わ、私を?」


「ほら。あのサムエル様の隣に座っている色男。まさか、あんたみたいな貧相なお子ちゃまが好みだなんてねえ。趣味が悪いわ。あたしの方がよっぽどいい女なのに。」


リエルは思いっきり固まった。ちなみに、後半の言葉はほとんど聞いていなかった。


「さっき、あの人、あんたを指名しようとしたのよ。」


「え!?」


リエルは思いっきり、頬を引き攣らせて、彼女に顔を向けた。


「あ、あの…!私は給仕だけで接待はするなって話なのでは…!?」


「当たり前でしょう。あんたにお客さんの相手なんてさせるわけないでしょ。

顔は消えても、体にはまだその醜いブツブツが残っているんだから。バレたら、クレームものだわ。だから、断ったわよ。残念だったわねえ。」


よ、良かった…。リエルは心底、ホッとした。

娼婦はリエルを見下して、意地悪気に目を細めるがリエルは全くそれに気が付かなかった。

安心している場合じゃない。どういう理由か知らないけど、アルバートは私を指名しようとした。

このままここにいるのはまずい。

頃合いを見てとか、こっそりとか悠長な事を言っている場合じゃない。

今すぐここから、立ち去らないと…!


「わ、私…!化粧が崩れたので化粧を直してきます!」


「はあ?ちょ、待ちなさいよ!リーゼ!」


後ろで娼婦が呼び止める声が聞こえたが無視をして、そのままその場から退散した。


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