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第百九十九話 間違いない。彼だ。

「ん…?」


アルバートは部屋に入ってすぐ、違和感を抱き、眉を顰めた。


「数が足りない…。」


いつものようにルイゼンブルク家が所有する薬の保管場所に行き、確認をしていると、一つの薬が減っていることに気が付いた。この部屋に立ち入ることができるのは当主である父とアルバートだけだ。

アルバートはすぐに事実確認をする為に父の部屋に向かった。


「父上。失礼します。」


戸を叩いて、アルバートは父の部屋に足を踏み入れた。


「アルバートか。どうした?」


「あの部屋から薬を持ちだしたのは父上ですか?」


確信をもってアルバートは父に問いかけた。


「ああ。そうだ。」


アレクセイはあっさりと認めた。


「王家から依頼でも?」


「いいや。あれは私が個人的に受けた依頼だ。」


「あれだけ薬を使う時は慎重になれと口にしていたのに、何故、そんな真似を?父上らしくもない。しかも、秘薬を持ち出すなんて…、」


アルバートは父を責め立てた。アレクセイはそんな息子をじっと静かな目で見返した。


「あの薬がどれだけ危険なものか父上だって知っているでしょう?」


「心配は無用だ。お前が考えている様なことは起こらない。それに、依頼者は信用できる人間だ。

口も堅いから秘密を漏らすようなことはしない。」


「はあ?何でそこまで言い切れるんですか。

口ではそう言っても、腹の中は何を考えているかなんて分かったもんじゃない。そもそも、依頼者とは、一体、誰なんです?あの薬を何に使うつもりですか?」


「これは私と依頼者の間で成立した立派な取引だ。依頼の内容は口外してはいけないという事になっている。幾ら、お前が相手でも依頼者との約束を破る訳にはいかない。……そういう事だ。悪いな。アルバート。」


ポン、と肩を叩いてアレクセイはアルバートの横を通り過ぎた。


「ちょ…!父上!」


結局、その後、幾ら問いただしても父はアルバートに口を割らなかった。




リエルはその夜…、こっそりと部屋を抜け出した。

今頃は皆、下で客を接客していたり、買われた娼婦は部屋で客の相手をしている時間だ。ここは、一階が受付になっていて、二階では客を集めて料理や酒を振る舞ったり、三階では娼婦と客が寝る部屋になっていたりと階によって場所や構造が違っている。

上の階に住める娼婦もいるのだが、そこに住めるのは高級娼婦だけだ。

リエルはまだ新入りなので地下にある下の階の部屋を与えられている。だから、リエルは最上階に行くには人の目を掻い潜って行かないといけない。


最上階の奥…。そこに真紅の間がある。名前の通り、臙脂色の大きな扉に黄金の取っ手がついた部屋らしいからすぐに見つかる筈だ。リエルは慎重に辺りを窺いながら最上階に向かった。


誰とも出くわさず最上階に辿り着き、リエルはキョロキョロと左右を見渡した。

どっちに行けばいいのだろう?

最上階は他の階とは違って、高級感が漂い、まるで貴族のお屋敷のような雰囲気を醸し出している。

赤い絨毯が敷かれ、広い廊下が続いている。

壁には絵画がかけられており、廊下には高そうな壺や彫像が飾られている。


どうしよう…。先に真紅の間を見つける?

それとも、この真紅の間に行く前にこの階の他の部屋を探ってみようか?そんな風に迷っていると、不意に複数の足音が聞こえた。

ま、まずい…!どこかに隠れないと…!

慌てて、リエルは視線を走らせた。

丁度、カーテンがあったのでその中に隠れた。

薄いカーテンでなくて助かった…。

これだけ分厚い生地のカーテンなら、見つからなさそう。

リエルはそっとカーテンの隙間から廊下を覗いた。見れば、男達が布に包まれた何かを運んでいる。

あれは…、何かしら?何か布からはみ出している。リエルは目を凝らし、じっと見つめる。


「ううっ…。どうして、俺が…、」


「おい!無駄口を叩くな。さっさとそれを例の場所に捨ててこい。」


何かを運んでいる気弱そうな男を大柄な男が小突いた。

すると、気弱な男は弾みで運んでいた物を落としてしまう。

落ちた拍子で布からその何かが露になった。それは…、女の死体だった。

リエルは悲鳴を上げそうになった口を慌てて手で押さえた。


「馬鹿野郎!何、落としてんだ!」


「す、すみません!し、死体を運ぶなんて初めてなもんで…!」


「さっさと拾え!」


「は、はいいい!」


男達は死体を布で包み込み、担いだ。


「ううっ…!この女、怨霊になって俺達を恨んだりしませんかね?」


「何、馬鹿な事言ってんだ。そんなの、迷信に決まってんだろ。人は死んだらそれで終わりなんだからな。大体、こいつが勝手に自殺して死んだんだ。俺達が殺したわけじゃねえ。」


「た、確かにそうですね!うん!俺達は何も悪くない!」


リエルは口を押さえながら、カタカタと震えが止まらなかった。今の…、間違いない。死体だった。

一瞬、見えたけど、あの死体の女性は‥、さっき中庭で痛めつけられていた女性で間違いない。

自殺をした?何故?あの人は真紅の間に連れて行かれると知って、絶望していた。

いっそのこと、殺してくれと叫んでいた。まさか、それで自ら命を絶った…?

真紅の間…。そんなに恐ろしい場所なのだろうか。自殺をして、死を選びたくなる程…。


リエルは恐怖に呑まれそうになるが弱気な自分を叱咤した。

しっかりなさい!リエル!何の為にここまで来たと思っているの!ゾフィーを助ける為なら何でもするって決めたじゃない!


気持ちを奮い立たせて、リエルはカーテンの隠れ場所から出ると、真紅の間を目指した。

が…、真紅の間には見張りがいた。

何てこと…!

あれじゃ、近づけない…!

リエルは悔し気にキュッと唇を噛み締めた。




「父上は一体、何を考えてんだ…!よりにもよって、秘薬を持ち出すなんて…!」


アルバートは自室に戻り、ブツブツと独り言を呟いていた。机の上に置いた紙に目を向ける。


「…ああ。そうだった。今はそれどころじゃないんだった。」


アルバートは椅子に座り、リストに目を通した。秘薬の事は後回しだ。


「あそこも駄目だったからな…。次は…、」


そのリストは娼館の名前が書かれたリストだ。幾つかの欄には罰点の印がついている。

ここに記載された娼館には赤髪の娼婦がいるという特徴があった。アルバートは片っ端から娼館を見て回り、ゾフィーがいないか捜し回っていたのだ。


「ロンディ家の奴らの尋問を俺に任せてくれれば早く情報が入ったかもしれないのに…!」


アルバートはグシャリ、と紙を握り締める。

お前に任せたら、私情を挟みそうだからという理由でセイアスからは却下された。

そういう訳でアルバートはこうやってしらみつぶしに最近になって売られた赤毛の娼婦がいる店を捜し回るしかなかった。

一軒、一軒娼館を見て回ったが全部外れていた。今日会った娼婦もゾフィーではなかった。

ゾフィーは見つからないし、娼婦達には言い寄られるし、散々な目に遭った。

本当は娼館に行くなんて嫌で嫌で仕方ないがこれもリエルの為だ。

アルバートは次に行く娼館はどこにするかと候補を絞っていった。




「はあ…。」


結局、いい案が浮かばなくて、真紅の間に潜入できず、すごすごと引き返すことになってしまった。

そもそも、あの部屋にゾフィーがいる確証はない。

今、あそこに忍び込むのは危険かもしれない。

バレたら、私も捕まってしまうし、怪しい行動をしてここの人達に警戒されてしまえば動きづらくなる。

もう少し、守りが薄い監視の目もなさそうな他の部屋も探りを入れてみよう。そこにゾフィーがいる可能性だってある。

でも、ゾフィーが見つからなかった場合は、最終手段であの部屋を調べないと。

そんな風に考えていると、


「リーゼ。ここにいたのね。」


「あ、ルイーゼさん。」


ルイーゼに声をかけられ、振り返る。


「リーゼ。マダムからの伝言よ。明日から、客をとりなさいって。あんたの話を聞いて、買いたいってお客さんが続出しているんだって。」


リエルは固まった。遂にきた。


「良かったわね。リーゼ。客がつかない娼婦ほど、惨めなもんはないわよ。」


「…は、はい。」


ルイーゼに肩をポンと叩かれ、リエルは頷いた。娼婦になるのならその考えは正しい。が、リエルは娼婦になる気は全くない。あれを飲む時がきたのね。


「明日は初仕事なのだから、リーゼも早く休むといいわ。」


そう言われ、ルイーゼと一緒に廊下を歩いていると、不意に廊下の角から一人の男が現れた。

黒髪に琥珀色の目をした線の細い美丈夫‥。

思わず、立ち止まり、男を見つめる。

あの人は‥‥!

男がリエルの横を通り過ぎようとする。

リエルの目線に気付いたのか男は訝し気に視線を向ける。一瞬だけ目が合った。

が、男はすぐに視線を外すとそのままリエルの横を通り過ぎた。

一瞬だけの邂逅…。それでも、リエルは彼が誰なのか一目で分かった。あの夜会でリエルに近付いた黒髪の青年だ。間違いない。彼だ。王宮に侵入し、薔薇騎士の追っ手からも逃げおおせた手練れの謎の侵入者。

リエルは思わず振り返った。


「あら、リーゼは彼が気になるの?まあ、あれだけの美男子だもの。気持ちは分かるわ。」


「え、ルイーゼさん。あの人とお知り合いなんですか?」


「別に知り合いって訳でもないわ。あの人は、時々、マダムと定期的に会っているからそれで顔を知っているだけ。話したこともないし。」


「マダムと?じゃあ、マダムのお客なのですか?」


「いいえ。マダムと会っているのはお仕事の関係だわ。この店の後援者である人の直属の部下みたいよ。だから、マダムもあの人にはただで遊んでいいって気前よく言ってくれているのに、彼って女に興味ないのかここでは遊んだことが一度もないの。

あれだけの美形だから、他の子達が誘ったり言い寄ったりしているんだけど、全然靡かないからあっちの人なんじゃないかって言われている位の潔癖さよ。」


「そうなんですか…。」


まさか、あの人とここでまた会う事になるなんて…。ゾフィーの件が落ち着いたら、アルバートにもそれとなく報告しないと。リエルはそう思い、例の男性の事はすぐに忘れた。偶然の再会。この時のリエルはそう思っていた。

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