第十三話 今回は見逃してやる
リエルは下の階の窓から顔を出し、屋根を見上げた。すると、窓ガラスが割れる音と共に何者かが出てきた。
手には『人魚の涙』を持っていた。
―あれが…、
全身を黒一色に包み、黒い外套と白い仮面を身につけた長身の人物…。
間違いない。怪盗『黒猫』だ。
リエルは確信した。
黒猫はそのまま窓ガラスを割り、隣の建物へと飛び移る。そのまま屋根伝いに逃げて行く。
―追わなくては…!
ここ一帯はリエルにとっては庭のようなものだ。
リエルは裏通りを走った。
裏通りは入り組んでいて、複雑な地形となっている。だが、実は多くの道に通じている通路が存在し、表通りよりも短縮化できる道もあるのだ。
幼い頃からルイと共に父から教育を施されてきたその一貫として下町にも足を踏み入れた。
孤児院や病院の他にもカジノや酒場などの夜の街にも連れられたこともある。
それを目にして何を見るべきかを父から教わった。
下町の子供や孤児院の子供ともここで遊んだ。
その経験と脚力を活かし、リエルは走り続けた。
―ハアハア…、
リエルは一息つき、武器を取り出した。
黒猫がどんな危険人物かも分からない今はこれが必要になるかもしれない。
リエルは息を潜める。
黒猫より前に先回りをしておいた。
恐らく、黒猫はここを通る筈だ。
黒猫の情報網で彼のパターンはある程度理解している。
必ず来る…。その時をリエルは待った。
―タンッ!
壁を蹴る音と共にリエルは黒い影に向かって引き金を抜いて針を放った。すると、
「ッ!」
黒猫はこちらに気づいた。
身を翻し、避けようとするがその反動で何かを取り落とした。
そのまま闇夜に消える黒猫にリエルは外した…?と思った。
ふと下を見れば『人魚の涙』が落ちていた。
「これは…、っ…!」
拾い上げようとするリエルだがいきなり背後に気配を感じ、振り向くより早くに首と武器を持つ手を掴まれ、そのまま壁に押し付けられた。
「くっ…!」
「…この俺から獲物を奪おうとするとは、どんな猛者だと思えば…、貴様みたいな小僧とはな…。」
ギリギリと痛いくらいに手を掴まれ、リエルは銃を取り落としてしまう。
リエルを拘束しているのは怪盗『黒猫』だった。
黒猫はリエルを男だと思っている。
無理もない。
平民の格好をし、シャツとズボンの簡素な服装をしており、長い髪は帽子で隠している。
加えて中性的な容姿のリエルは一見、少年の様にも見える。
「ん…?この匂い…、」
顔を近づかせる黒猫にリエルは反射的に足を蹴り上げた。
だが、黒猫はリエルから手を離し、距離を取った。
リエルは黒猫を睨みつけた。
「お前…、女か?」
「だったら…、何ですか?」
リエルの言葉に黒猫はおかしそうに笑った。
「面白い女…。お前、名前は?」
「…リエル。」
「リエル、か。リエル。お前の家に猫はいるか?」
「え…?」
「黒い毛並みの猫だ。琥珀色の目をしている。」
「どうして、それを…?」
「あんたからあいつと同じ匂いがした。」
「っ…!あの猫は…、あなたが…!?」
「あれは俺の相棒だ。どこに行っていたかと思えば…、成る程な。近い内に迎えに行くぜ。その時にはお前にも会うことになるかもな。…今回は、猫に免じて見逃してやる。その宝石も別にいらねえし。」
じゃあな、と言って黒猫は手を振った。
「あ…、待って!」
呼び止めるが黒猫は瞬く間にいなくなった。リエルは暫くその場に佇んでいた。
「黒猫に…、会った?」
屋敷に戻ったリエルたちから事情を聞いたルイは呆然と呟く。そして、次の瞬間には問いただした。
「く、黒猫に!?姉上、や、奴に何をされて…、」
「ううん。特に何も…、」
「頭に瘤ができているのにですか!?おのれ…、黒猫…!我が家宝だけでなく、姉上までも傷つけるとは…!許せない!」
「ルイ。黒猫はそんなに悪い人じゃなかったわ。むしろ、彼は…、」
「何を言っているのです?奴は盗っ人なのですよ?姉上。まさか、何か唆されて…、」
「違う。違う。ルイ。それより、お願いがあるの。黒猫の事はセイアス様やアルバート様には秘密にしてくれる?まだ…、確かめたいことがあるの。」
「それは…、姉上がそう仰るのなら。」
「ありがとう。ルイ。」




