第百一話 あなたに一つ提案があるの
「ゼリウス。」
ゼリウスは商談を終えて、馬車に向かっている道中で声を掛けられ、振り向いた。
そこには、私服姿のアルバートが立っていた。
アルバートは無表情でゼリウスに近付くと、
「話がある。」
「…分かった。とりあえず、場所を変えようか。」
いつもなら、軽い調子で返すがゼリウスにしては珍しく真面目な表情で頷いた。
アルバートの話には心当たりがあった。
そして、アルバートの怒りを孕んだ眼差しにも…。
ゾフィーは馬車の中で手紙に目を通していた。
―よし。これで下準備は整った。後はリエルが誘いに乗ってくれれば…、
そうやって考え事をしながら屋敷に帰ったゾフィーだったが…、
「ただいま帰りま、」
「ゾフィーどこに行っていたのだ!?」
帰った早々、父が血相を変え、慌ただしくゾフィーに詰め寄った。ゾフィーが口を開くより早くに父は唾を飛ばす勢いで言い放った。
「ええい!今はそんな事はどうでもいいのだ!
とにかく!今すぐ客間に向かえ!」
「は?」
父はゾフィーに聞いておいて話も聞かずにゾフィーの背中を押し、客間に向かうようにとせっついた。
「お前に会いたいと客人が来られているのだ!
相手は、あの黒い真珠の貴婦人と名高いオレリーヌ様だぞ!
一体、お前は何をしでかしたのだ!
これで我がロンディ子爵家がお咎めを受けたらどうしてくれる!?」
オレリーヌ。その名にゾフィーは目を見開いた。
父の言葉は最早耳に入ってこない。
いつだって、我が身可愛さに走る父は何かあればゾフィーは切り捨てるつもりだろう。
だが、そんな事よりもゾフィーはオレリーヌ様が自分に会いに来た理由が気になった。
「これで我が家がお咎めを受けることになったらお前の責任だぞ!ゾフィー!
全く、少し位学があるからと調子に乗ったらこの様だ!
だから、女に学など…!」
後ろで父が何か言っているがゾフィーはすぐに客間に向かった。
「オレリーヌ様。お待たせして大変申し訳ありません。」
そう言って、ゾフィーはお辞儀をして、オレリーヌに挨拶をした。
「構わないわ。顔を御上げなさい。」
どちらかといえば、約束もなしに勝手に押し掛けたのはそちらなので明らかにオレリーヌに非礼があるのだがゾフィーの身分ではそれを責めることはできない。
あちらは五大貴族。こちらは一介の子爵家だ。
下位貴族が名門貴族に意見するなど許せるはずがない。
ゾフィーはオレリーヌを見つめた。
濡れ羽色の髪に紫水晶のような瞳、白い肌に紅い唇、顔の造作の一つ一つが整い、精巧にできた人形の様だ。
花の盛りを過ぎた年齢である筈なのに若さは衰えていない。
そればかりか、若い娘にはない熟年の色香すらも漂わせている。
美しい。まるで絵画から出てきたかのような完璧な美貌だ。
ゾフィーはオレリーヌを初めて見た時はそう思った。
だが…、ゾフィーは脳裏にリエルの姿がよぎった。
オレリーヌとリエルの不仲は社交界でも有名だ。
リエルも一度だけぽつりと言っていた。
私は母に嫌われているから、と。
その時の複雑そうな表情が未だに忘れられない。
きっと、この母娘には深い溝があるのだと感じた。
リエルの性格上、母親を憎んだり、嫌っている風には見えなかった。
というか、リエルは基本的に他人に対して、寛容で優しく、余程の事がなければ悪感情を抱かない。
それに、何度か視線を感じて振り返ったりすればオレリーヌがリエルを冷たい表情で見ていることがあった。
その時のオレリーヌの目には憎悪の炎が宿っていた。
その目にゾフィーはぞっとしたものだ。
きっと、二人の仲が悪いのはオレリーヌが原因だ。
彼女が一方的に娘を嫌い、疎んじてきたのだろう。
リエルは口にしないがもしかすると、子供の頃からずっと母親に虐げられ、苦労をしたのではないか。
リエルはあんなにいい娘なのにどうして、オレリーヌ様はリエルを嫌っているのだろう。
どうして、あんな目でリエルを見るのだろう。
ゾフィーにはオレリーヌの気持ちが分からなかった。
だからこそ、疑問を抱いた。
一体、この方が私に何の用があるというのだろう。
「知っているとは思うけど、私はオレリーヌ・ド・フォルネーゼ。こうして、会うのは初めてよね?」
「はい。お初にお目にかかります。
ゾフィー・ド・ロンディと申します。」
オレリーヌが挨拶をしたのでそれに倣ってゾフィーも挨拶を返した。
オレリーヌは扇を口元に当てて、じっとゾフィーを見つめた。
「中々綺麗な顔立ちをしているわね。作法も完璧。
…悪くないわ。」
「…光栄でございます。」
「最近、あなたはリエルと仲が良い様ね。」
「…はい。仲良くさせて頂いています。」
「ねえ、ゾフィー。あなたに一つ提案があるの。」
「提案…、でございますか?」
「あなた…、今恋人か婚約者はいるの?」
唐突な質問に一瞬、固まったがゾフィーはいいえ、と首を振り、
「私には特別な相手も婚約者もおりません。
何分、爵位も低く、財力もない家ですので…、」
「そうね。ロンディ家の長女の評判は最悪ですものね。
守銭奴で女の癖に商人の真似事をする出しゃばりな女…、」
オレリーヌの目に蔑みの色が宿った。
ゾフィーはグッと唇を噛み締めた。
今まではこの言葉に何度も傷つけられた。
でも…、今は…、怖くない。
だって、私を認めてくれた人がいるから。
リエルが…、私の大切な友達が私を受け入れてくれたから。
ゾフィーはオレリーヌを見つめた。
その意思の強さを秘めた表情にオレリーヌは一瞬、眉を顰めるが
「その噂さえなかったら、もしかしたらあなたも縁談があったかもしれないのに…。
それに、私はあなたを買っているのよ。
あなたは美しいし、立ち振る舞いも洗練されている。下位貴族とは思えない程にね。
ねえ、勿体ないとは思わないの?
折角、女として美しく生まれたのにあなたはこのままじゃ、碌な縁談はこない。
…もしかしたら、縁談がまとまらずに行き遅れになるかもしれない。
…そんなの嫌でしょう?」
「…それは…、」
それはゾフィーも不安に思っている事だった。
ゾフィーだって一人の女だ。
誰かに愛されたい愛したいという願望があるし、幸せな家庭を築いていきたいと思っている。
家族に愛されなかった自分だが、結婚するなら自分を大切にしてくれる人と一緒になりたいと。
だから、いつか結婚できたらという思いは確かにある。
だが、同時に不安もあった。
貴族の世界では評判が悪く、爵位も低い金もない自分を妻にしてくれる人が現れるだろうか、と。
そんなゾフィーにオレリーヌが微笑んだ。
「でも、安心して。私が、それを解決してあげるわ。今日ここに来たのはその為なの。
ゾフィー。あなたに縁談を持ってきてあげたのよ。」
「え…?私に、縁談…?」
ゾフィーは弾かれたように顔を上げた。




