表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/234

第九十八話 寒くないのか?その格好

「おい。お前顔色悪いぞ。大丈夫か?」


同僚の言葉に見習い騎士は書類を抱えながらげっそりと振り返った。


「だ、大丈夫だ…。ちょ、ちょっと隊長に頼まれた仕事をしているところで…、」


「仕事?隊長がお前に?って、おい!大丈夫かよ?お前、フラフラじゃねえか。」


「ハハ…、実は徹夜漬けで…、」


「そ、そんな大量の仕事を?俺も何か手伝おうか?」


「そ、そんな事したら、隊長に殺される!」


「…お前、一体何したんだよ。」


ガクブルと震える見習い騎士に同僚は胡乱な目を向けた。


「はあ?ロンディ子爵令嬢に頼まれて隊長の橋渡しをしたあ?」


見習い騎士に事情を聞いた同僚は驚きのあまり叫んだ。


「お前、馬鹿だろ。」


「け、けど…、彼女があまりにも切々と懇願してくるから…、

あんなに団長の事を想っているのだから少し位、報われてもいいのではと…、」


「それで、お前は知らずにそんな犯罪の共犯者に仕立てられたあげく、そのご令嬢とやらに罪を擦り付けられたわけか。」


「ウグッ…!」


「だから、言ったんだ!

団長に接触しようとする女には気をつけろって!

その令嬢も相当ヤバい女だろ!

よりにもよって、団長に媚薬を盛ろうとするなんて…!」


「し、仕方ないだろ!

俺も彼女があそこまでするなんて思わなくて…、

ただ、ちょっとお茶だけをしたいんだって言われたから…!」


「お前、あのリーリア嬢の件をもう忘れたのか!

あの令嬢だって顔は可愛くても中身は相当、イカれた女だったじゃないか!」


「ウッ…、」


痛い所を突かれ、見習い騎士は返す言葉もない。


「しかも、ロンディ家ってあの評判最悪の子爵家じゃないか!

もしかして、あの守銭奴で有名な姉の方か?」


「ああ。彼女はゾフィーと名乗っていた。だから、姉の方だと思う。」


「うわあ。金ばかりか男にまでがめつい女なんだな。」


「おい。」


不意に背後から掛けられた声に二人は振り返った。すると、そこに立っていたのは…、アルバートだった。


「ヒイイイイ!?た、隊長!?」


「貴様ら…、こんな所で呑気に世間話か?

随分と暇な様だな?」


「あ…、い、いや…。こ、これはその…、」


「それと…、今、ゾフィーとかいう女の名前が出ていたが?何の話をしていたんだ?」


「あ、えっと…、」


「もしかして、ロンディ家のゾフィー嬢か?

何でその令嬢の名がここで出てくるんだ?」


「え。だって、隊長…、この前あの令嬢に薬を盛られて…、」


「は?何言っている。

俺に薬を盛ろうとしたのは妹のソニア嬢だ。

ゾフィー嬢はその姉だ。」


「そ、そんな筈は…、

だって、彼女はゾフィーって…、」


「俺が一介の貴族の名と顔の一致ができていない間抜けだと言いたいのか?」


「め、滅相もありません!」


アルバートの怒気に二人の見習い騎士はブンブンと勢いよく首を振った。


「そもそも、ゾフィー嬢は赤い髪、妹のソニア嬢は茶色の髪だぞ。間違える方がおかしいだろ。」


「え?赤い髪…?え?」


「大方、貴族の顔と名前を把握していないお前にならバレないと姉の名を騙ったんだろう。

良かったな。これで、一つ教訓を得られたじゃないか。

…それより、お前はさっさと書類の決済を持ってこい!」


「は、はいいいい!」


アルバートの怒声に見習い騎士は飛び上がらんばかりに跳ね上がり、慌ててその場を後にした。




「全く…。」


アルバートはフウ、と溜息を吐いた。


―それにしても…、あの妹のソニアって女はかなりいい根性をしているな。

失敗してもその悪評は姉に擦り付けるつもりだったのか。


何とか誤解は解いたがあの妹の事だ。

きっと、今までにも似たような事を仕出かしているのだろう。

そうでないと、五大貴族になど手を出すわけがない。大方、薬を盛って既成事実を作り、五大貴族の息子である自分の妻の座を得ようとしたのだろう。


生憎、こちらはその手の小細工は今まで何度も経験しているし、幼い頃から毒に慣らされ、耐性をつくる訓練を受けている。

その為、アルバートは薬が効きにくい体質なのだ。

そもそも、五大貴族に手を出すなど自殺行為だ。

それでも、五大貴族という身分は余程、魅力的なのか貴族の中には危ない橋を渡ってでも行動に移す馬鹿がいる。


あのロンディ家の連中もそうなのだろう。

今、思い出しても忌々しい連中だ。

自分に薬を盛った癖にのらりくらりと言い逃れをし、挙句の果てには使用人とあの見習い騎士に罪を擦り付けて自分達は責任逃れをしたのだ。

あの時は、怒りを通り越して呆れた。

あれで、一介の貴族だとは笑わせてくれる。

だが、十分な証拠はなかったため、結局決め手に欠けてしまい、訴えることはできなかった。


それに…、アルバートはゾフィーと一緒に会話をしていたリエルの姿を思い出した。

作られた笑顔じゃなく、心からの楽しそうな笑顔を浮かべるリエルの表情…。


リヒターの話だと、ゾフィーとリエルは本の趣味が合い、交流を深めているらしい。

あのリヒターがリエル以外の女を認めているのだ。

ゾフィーは信用できる令嬢なのだろう。

リエルにとってはゾフィーは大切な友人だ。

もし、ゾフィーに何かあったら、あいつはきっと傷つく。

そう思うと、どうしてもできなかった。


リエルは最近、あのゾフィー嬢と随分仲良くなったと聞く。

ゾフィー嬢は問題ないが…、他のロンディ家の面子が厄介だ。特に、あの妹は危険だ。

何かの拍子にリエルを目の敵にするかもしれない。少し、警戒する必要があるかもしれない。


アルバートがそう考えながら、部屋に戻ると、


「アルバート!やっと、戻ってきたのね。」


「は?セリーナ?何でここに?」


部屋に入ると、そこにはセリーナがいた。セリーナはうふふ、と悪戯っぽく笑い、


「あなたを驚かそうと思って。

ねえ!それより…、少しお茶にしない?」


「え…、」


「ほら、早く!」


そう言って、セリーナはアルバートの腕を引いて長椅子に座らせた。

ぴったりとくっつくセリーナにアルバートはスッと引き離した。


「悪いけど…、俺仕事があるんだ。

お茶には付き合えない。」


「ちょっ、アルバート!」


アルバートはセリーナに背を向けると、すぐに机に座り、書類に目を通した。

セリーナはヒクッと口元を引き攣らせたがすぐに何かを思いついた様に口角を上げ、


「アルバート!私も何か手伝うわ!」


「…いや。いい。」


「遠慮しないで!」


「君には無理だ。予算とか、小難しい数字や専門用語も扱った書類だから、君に捌けるものじゃない。」


「なっ…、」


セリーナはわなわなと震えた。

その時、セリーナはある光景が目に浮かんだ。


「リヒター。この予算のことだけど…、もう少し増額できないかしら?

ここの区域は病院の数が他と比べると、多いの。

この予算では少なすぎるように感じるわ。

それに、この間、視察で行ったら、また、精神患者の数が増えていたみたいだし…。」


そう言って、リエルは執事と予算の増額について話し合っていた。

リエルは女の身でルイの補佐を担い、まるで男のように書類の整理や領地経営をするようになった。

あの子なら…、こんな時…。セリーナはギュッと唇を噛み締めた。が、ハッと思い直した。


『セリーナ…。あなたは美しい…。

男ならば、誰もが見惚れるわ…。』


そうだ。私は母に似て、美しい。

あんな地味で根暗な妹なんかより、ずっと…!


セリーナは微笑んだ。

そのまま彼の隣に近付き、彼の視界に入るよう、スッと足を組んだ。

白くほっそりとしているが程よく肉付きのいい脚を惜しげもなく見せつけた。

が、彼は書類にしか目に入っていないのか無反応だった。


「ねえ…、アルバート。どうかしら?」


「何が?」


書類を片しながらアルバートは答えた。


「今日の私…、どこか変わった所はない?」


「変わった所?」


言われてアルバートはセリーナをじっと見た。

セリーナは艶っぽく笑い、アルバートを見つめた。


「ああ。もしかして、髪型変えたのか?」


セリーナはピシッと固まった。

セリーナは基本的に髪はいつも下ろしている。

何故なら、アルバートは結んでいない下ろしているだけの髪が好きだと言っていたからだ。

結論から言うと、セリーナの髪型はいつもと同じで全く変わっていないのだ。


セリーナは一瞬、苦々しい顔をするがすぐに表情を取り繕うと、向かいの椅子に座った。

そして、スッと足を曲げる。

バサリ、とスカートのスリットから白い脚が覗いた。

その音にアルバートが目を向ける。

セリーナはほくそ笑んだ。

アルバートの視線がセリーナの脚に注がれる。


「セリーナ…。」


「なあに?アルバート。」


「その、格好…、」


「ああ。これ?フフッ…、実は友人に勧められて買ってみたの。脚がスース―して恥ずかしいけど…、」


「寒くないのか?その格好。風邪を引いたら、大変だぞ。風邪は足からだと聞くし…。

若いからって油断は禁物だぞ。」


そう言ったアルバートの表情は欲情の色も動揺の欠片もなく、勿論、赤くなったり、取り乱した様子もない。

そこには、ただただ純粋に体調を心配する幼馴染の姿があるだけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ