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君が幸せになる前夜

作者: はち

「まぁ、だから私はさ、幸せにはなれないと思うんだよ」

高2の夏、眩しいくらいの夕焼けを背に、泣きそうな顔で笑った君を、今でもよく覚えてる。


「明日の式、14時からだからね!ちゃんと遅刻しないできてよ!あと、ご祝儀もちゃんとちょうだいね!結構あてにしてるんだから!あと…」

「わかった。わかったから、お前ちょっと落ち着け」

片手に缶ビールを持ちながら少し興奮気に話す幼馴染に水を渡す。

しぶしぶと目の前で水を飲む幼馴染、みきの頬はアルコールでか少し赤い。

こいつ、明日結婚式だからって少し浮かれてるんじゃねぇの?と思ったが経験上口に出さない方が身のためだ。


「大体、しょうちゃん家に缶ビールしかないのが悪い!」

俺の、酔っ払いうっとおしい、という思いを感じ取ったみきが、ドン、っと水が入っていたグラスをテーブルに置きながら抗議の声をあげる。

彼女はそんなにお酒が強くない。事前に家で飲むことがわかっているときは、彼女用にほろよいを用意するくらいだ。だが、今回は…

「それは、そっちが急に夜の8時とかに飲みたい!とか言って来るのが悪いだろ」

こっちからも言いたいことは色々ある。


うっ、と顔をしかめながら少し黙るのを見るに多少の罪悪感はあるらしい。

「そもそも、明日結婚式のくせに別の男の部屋にくるのはどうなわけ。未来の旦那さんに怒られてもしらねぇぞ」

「あ、それは大丈夫!ちゃんとりょう君にしょうちゃん家いってくる!、って言ってるから。りょう君も、いいよーって言ってくれたし」

「おい待て、それ俺が明日りょうにむっちゃ冷たい笑顔向けられるやつじゃねぇか」

えー、りょう君は優しいから大丈夫だよー、とみきは笑う。

そりゃ惚れた女には優しいに決まってるだろ。あいつ怒ると結構怖いんだぞ、嫉妬深いし。

あーあ、明日こえーなぁ、と小さくぼやく。

それでもなんだかんだ気心のしれた同僚は、俺とみきを信頼してくれているのだろう。

そして、その信頼を裏切るようなことをするつもりも、サラサラない。


「で?急にどうしたわけ?」

急に夜訪ねてくるくらいだ。なにか用があるんだろう。そう思い、俺も缶ビールを開けつつ尋ねても、んーとかなんとかみきの返事は曖昧だ。

「なんだ?ここにきてりょうの靴下むっちゃ臭いことに気づいたか?それで結婚やめたいとか?」

違う!!ってか、りょう君の靴下、臭くないもん!とみきが抗議の声をあげる。


「じゃあ、なんだ、私なんかがりょうと一緒になって良いの?ってか」


ビクっと肩を震わせた彼女の様子に、ビンゴか、と思わずため息がでる。

つくづくみきの両親は厄介な「呪い」を残してくれた。


みきの両親はそれぞれもう他界しているが、生前はかなり不仲だったらしい。

「昔はまだましだったんだけどね」と少し話してくれたのは高1の頃だったか。

みきが小3の時、不妊治療の末授かった子が流産してしまったことがきっかけで、もともと不妊治療への姿勢に差があった両親の溝は決定的になったという。

生前、学校行事などでみきの両親に会ったときは普通に仲の良さそうに見えていたため、その話を聞いたときは驚いたことを覚えている。


そこから精神的に少し不安定になってしまったみきの母親は、体調が悪い時や機嫌が悪い時、みきに心無い言葉をかけるようになったという。

「お母さんも、余裕なかったんだと思うよ」と、そんなに強くないくせにジョッキでビールを飲みつつ、少し苦しそうに笑いながらみきが言っていたのは大学生になってからだったか。

曰く、「みきを産んでなければ、あんなやつとすぐに離婚できたのに」とか「みきを産まなきゃよかった、産んだから不幸になった」とか「みきに幸せを全部取られた」とか。


「将来みきなんかと一緒になった人は不幸になる」とか


大人になってから、せめて高校生くらいになってから言われていれば、笑って放っておけたのかもしれないその言葉を、まだ小学生のころに言われたみきの心には、おそらくずっとその言葉が「呪い」のように残っているらしい。


高2の夏、精一杯の勇気をもって、さりげなくを装って告白した時、みきはごめんと言った後、笑った。

「私とは、幸せにはなれないと思うから」と。


夕焼けを背に泣きそうな顔で無理やり笑ったみきがすごく綺麗に見えたから。

それからずっとみきが幸せを拒んでいたのを知っているから。


俺の同僚であるりょうが、外出先でたまたま出会ったみきに一目惚れしたこと、それ以来ずっとみきにアプローチしていたこと、みきが戸惑いながらも少しずつりょうに惹かれていたこと、

そして最後に二人が結ばれたこと

そのことが、まるで自分のことのように嬉しかった。

たとえ、心のどこかで、まだみきに惹かれている自分がいるとしても、だ。


迷いながらも幸せになろうとしているみきがいる。みきを全力で幸せにしようとしているりょうがいる。

そしたら、俺がすることは一つだった。


「みきは幸せになれるとおもうよ」


そっと「呪い」を解こうとする背中を押すことだけだ。


「もうこの際だからばらしておくが、みきと付き合ったあとのりょう、むっちゃ幸せそうに惚気てくるからな。作ってくれた肉じゃがが美味しかった、とか、記念日に欲しがってたワンピース買ってあげたら、喜んでくれるわ、似合ってるわで幸せだー、とか。それはもう、うざったいくらい」


だから、みきはちゃんと、りょうを幸せにしてるんだよ。

だから、その分、りょうも全力でみきを幸せにしようとするんだよ。


だから、ほら、これは、誰も不幸にならない、幸せな世界でしょう?


ありがとう、とみきが少し震えた小さい声でつぶやく。

「てか、こういうことはりょうに直接ぶつけた方が良いと思うぜ?あいつのことだから、ちゃんと笑って受け止めてくれるよ」

そだね、とみきも笑う。

「ごめん、しょうちゃん、ちょっと私帰るね」

「おう、そうしろ。もう夜遅いし、このマンションまでりょうに迎えにきてもらえよ。じゃなきゃ俺が殺される」

それにりょうのことだ。どうせこの近くで待っているんだろう。

うん、そうする。と言って、携帯で連絡を取りつつ後片づけをしてくれていたみきが、りょう君、あと少しでエントランス着くみたいだから行くね、と玄関へ向かう。


靴を履いたみきが、ふと、玄関で立ち止まる。

「ねぇ、しょうちゃん」

「うん?」

「ほんとにありがとね。今までずっと」

「おう」

「あと、これからもどうぞよろしくね」

えへ、とみきが笑って振り向き、お邪魔しましたーと部屋を出ていく。


「こちらこそ」ともう誰もいない玄関につぶやく。


彼女はきっと、だれよりも幸せになれるはずだ。なって良いはずだ。

明日、純白のウエディングドレスに身を包んだ彼女は、きっと世界中の誰よりも綺麗で、そして幸せなんだろう。

その姿を想像して、一人笑った俺は寝る支度をはじめた。

明日、寝坊しないようにしなきゃな。









お久しぶりです。はちです。


幸せになってほしいなぁ、と思いながら書いたものです。


感想、コメントなど頂けると嬉しいです。


最後に、読んでくださった皆様に最大級の感謝を込めて。


はち

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