【2話】 金がないなら諦めろ
施設はファーデから少し離れた、小高い丘の上に建っていた。丘の上とはいえ地形は少し凸凹しており、施設は丁度窪地に建てられていた分、ファーデから見る形では上手い具合に見えなくなっていた。
エリシアは施設までの道中まるでピクニック気分で、お弁当忘れたとか、終わって帰ったら何を食べようか等と暢気な話に終始していた。私のピリついた空気感にも相変わらず気が付いてくれず、アミューは無言のまま後ろを等間隔でついて来るだけだ。そんなちぐはぐな三人は、真っ暗な道を月明かりを頼りに歩き続けていた。
「ほらほら見えた! 施設に着くぞー!」
エリシアは後ろを振り返り、私とアミューに声をかける。「見つかっちゃうでしょ…!」という私の精一杯の声なんて、当人の鼻歌で届いていないようだった。
いよいよこの時が来たのだ。相変わらず有刺鉄線が張り巡らされた不気味なフェンスが目に入る。消灯時間だからか建物に電気は一切ついておらず、老朽化が進んだ外観は人が居るとは思えない雰囲気だった。さながら統廃合で廃校になった田舎の小学校だ。
その一歩手前、施設が見渡せる場所に私たちは陣取った。
「で、一撃で吹き飛ばせば良いんだっけ?」
「ダメ! 中に子供たちが居るの!」
エリシアが勝躇無く背中のバッグに手を伸ばそうとするのを、私は慌てて止めた。施設の近くまで来たのは良いものの、どうやって入ってどうやって制圧するかなんて何も考えていなかった。とりあえず、危ないから聞いていた用心棒とやらと先生を捕まえたい。
「先生はいつも閉じられた施設の出入り口から向かって右奥の部屋に居たはず…。まずはそこを…」
「OK! 制圧すれば勝ちだな!」
そういうとエリシアは私が止めるより早く背中のバッグから銃を取り出し、狙いもそこそこに施設向かって右の端へ弾をぶち込んだ。バスンと鈍い音を立てて放たれた弾は、何重にもなっている網目フェンスの目を掻い潜り、建物向かって右奥の私が指定した箇所に命中した。命中箇所には見事に穴が開き、中からは薄っすら光が漏れている。
「もう何発か数撃てば適当に当たりそうなんだよなあ…。 どうする?」
「どうするって、どうしてくれるのよ!」
エリシアは得意気に聞いてくるが、どうするも何もこんな雑な夜襲は聞いたことが無い。よく考えればそもそも作戦だって立ててない。子供たちが助かればそれでいいと思ってついてきたけれど、二人がもっと上手くやってくれるもんだと思っていた。もしかしてアミューの言っていたどうなっても知らないって…。
そんな事を考えていると、施設の方がにわかに騒がしくなってきた。先程まで真っ暗で人の気配すら感じられ無かった建物の出入り口からも、光が見えたり消えたりしている。もしかするとペニヤ板の隙間を利用して、外の様子を伺っているのかもしれない。
「ありゃ見られてるな。撃っとくか」
そういうとエリシアは銃を地面に置き、うつ伏せに寝転がって構える。その銃はエリシアの身長より圧倒的に長く、女性一人で使うには重さも相まって到底不可能な代物に見えた。全身真っ黒な銃だが、ストックの部分には白いペンキで【ラーティ】と小さく書かれている。
エリシアの指が引き金に掛かる一歩手前で、銃に見とれていた私は出来る限りの小声で慌てて制止した。
「待ってエリシア…! 出入り口にいるのは子供たちかもしれない…! 撃たな…」
「いや、あれは大丈夫」
制止した私の方を見ることも無く、遮る声の途中で引き金は引かれた。また鈍い音と共に発射された弾はギュンと空気を切り裂き、寸分の狂いも無く出入り口の漏れ出た光へと突き刺さった。たちまち中では悲鳴と怒号が聞こえ、何人かの人間がわらわら外へと出てくる。どうやら施設の出入りは、私が今朝出てきた扉のみのようだった。
「ど、どうして撃ったの…!?」
「うるさいな…。大丈夫なんだって」
幾ら言っても何も聞かないエリシアに私は焦りを覚えていた。まさか無差別に始末しようと言うのではないだろうか。月明かり以外に辺りを照らすものはない。外に出てきた人の顔だって判別不可能なのに、何故施設の中の人間が子供ではないと分かるのか。
「まあまあ、間違いなく子供じゃないから」
エリシアはそう言うと出てきた人間に照準を合わせる。照準と言っても、その銃にはスコープなんてものは付いていない。だが狙いは勘とも、下手な鉄砲数撃ちゃとも思えない。細めたエリシアの赤い眼が、遥か先で動く人影を捉えて離さない。
人影はよくよく見ると大人に混じって、やはり子供も居るように見えた。というより、大人の前を子供に歩かせているようだった。「ありゃ盾のつもりか…?」とエリシアはまた引き金を引こうとする。私は視界の端で捉えたその動作を見逃せず、エリシアに覆いかぶさるように掴みかかった。
「うわっ! ちょ!! 何やってんだお前っ!!」
「やめっ…! 撃たないで! 子供に当たったらどうするの!」
腰の辺りにしっかり乗って押さえ込んだつもりだったが、すぐに上体を起こしたエリシアに首を捕まれ引き離された。その顔は明らかに怒っている。
今一連の騒ぎで出てきた人影も、声が聞こえたのだろう。こちらの方向に何かが居ることには気が付いたようだった。少し遠くに居るとはいえ、場所を特定されるのは時間の問題だ。走ってくる人影が見える。
その様子を確認したエリシアは、チッと舌打ちをすると私の方へ向き直った。
「ディア、よく聞け。私たち傭兵は基本的に依頼主に忠実だ。雇われてるんだからな。私も久しぶりに新しい奴が加わるってんで、正直無償に近い形でお前の依頼を引き受けてやろうと思ってた。でもやっぱやめた。ここまで邪魔されちゃ割に合わねえんだもん」
エリシア淡々と、早口だが強い口調でそう言った。そのまま短い溜息をつくとアミューに「行くよ」と一言投げる。アミューはそれに動揺した様子だったが、ただただ額いた。
「ま、そういうことだ。悪く思わないでくれ」
そう私に言うとエリシアは銃をサッと仕舞って、迫る人影の方へ歩き出した。ずっと後ろで黙って見ていたアミューは、私の方を見ると「だから言ったのに…」とだけ呟いてそれに続いた。
私は何のことか分からず、二人が歩いていく後ろを駆け足で追いかけた。相変わらず二人は黙ったままで、まっすぐ前を向いて歩いていく。施設の人間だろうか。行く先から走り寄ってくる人影がだんだんと鮮明に見えてきて、途端に恐怖心が芽生えてきた。
彼らは皆、一様に武器と思しき物を持ち歩いていた。
「ど…どうしてさっき逃げなかったの…? 見つかった時に逃げれば助かったかもしれないのに…」
エリシアは怒っている様な気がして聞けず、少し前を行くアミューにそう聞いてみた。アミューは立ち止まって振り返り、ジッと私の事を見ると「私たちは…雇われただけだから…」と表情の無い面で言う。そしてまた歩き出す。
私にはその意味がまだ分かっていなかった。今回の事を頼んだのは私に違いないけれど、二人を雇ったつもりは無かった。エリシアとのお金のやり取りだって、これが傭兵の仕事の仕方だと教わったまでだと思っていた。私自身買われた身とはいえ、傭兵として二人を精一杯手伝うつもりでいたし、今回の施設の件だって、力を合わせて悪を懲らしめるくらいの心持だったのだ。
私が納得いかないような顔をしていたように見えたのだろうか。少し前を歩いていたアミューが歩く速度を緩め、私の隣まで来たかと思うと独り言のように話し出した。
「私とエリシアは…傭兵…。お金があれば…何でもする…つもりでいる…」
そのアミューの言葉は、先の答えあわせだと悟った。それと同時に、それは私にとって悪い方向にしか転ばないのだとも悟ったのだ。
アミューの顔が、少しずつ険しくなる。
「でも…万が一…割に合わないと思った時…、選択肢は2つ…。 諦めて逃げる…か…、より良い仕事を…取り付ける…か…」
「より良い…?」
私が首を傾げて立ち止まった時にはもう、施設の門をくぐったところだった。気付けば取り囲むように、施設の人間が前から後ろから私たちへと近づいてきた。二人を追いかける事に夢中だった私は、結局何の用意も装備も無くここに帰ってきてしまったのだ。
「おいババァ! 居るなら出て来い!」
すっかり取り囲まれアウェーな雰囲気が漂う中にも関わらず、エリシアの態度は変わらなかった。それどころか、エリシアが怒鳴ると施設の人間が各々うろたえたように見えた。エリシアに怯えているような、そんな空気だ。
やはりエリシアは只者ではないのだろう。そしてこの施設の人間はある程度エリシアの事を知っている。もし彼らが雇われた用心棒だとしたなら、エリシアはその界隈の中でも一際強く、名のある人物なのかもしれない。最初から正面突破でも勝てる算段が付いていたのかもしれない。事実、走り寄ってきた割には彼らは何の危害も加えてこない。
私の中にかすかな希望の光が差し込んだ気がした。
「やれやれ、子供たちの眠りを邪魔したのはあなた達ですか。一体どういうつもりなのです?」
そんな人の輪の向こうから、私の聞きなれた声がした。ずっと聞いていた声だ。忘れるわけも無い。ただ、今は最も憎むべき相手で、忌むべき存在になってしまった。まるで子供たちを大切に預かっているようなその言葉も、今や信じられるものではない。
人の輪に一本の道が開けた。その先で、先生であった初老の女性が眉間にしわを寄せて立っている。だがこの状況、エリシアに分があるのは恐らく間違いない。見渡せば取り囲まれているが、用心棒たちは明らかに萎縮している。足が震えている人間だって居る。いつの間にか施設の中へ戻ったのか、子供たちの姿は見えなくなっているし、エリシアが一暴れすれば終わるかもしれない。
エリシアが言っていた、「ディアは見ているだけでいい」とはこういう事だったのかと少し反省した。適当に動いているように見えて、明らかな力の差に気が付いていたのだとそう思った。最初から勝敗は決まっていたのだと。
しかしエリシアの口から出た言葉は、私の想像とは真逆であった。
「悪かったな。本当は施設もババァもお前らも、ぶっ飛ばすつもりだったけど気が変わった。いつも通り金で解決しよう。【2G】 で手を引いてやる」
ニコッと笑って手でお金のサインを作って、エリシアは確かにそう言った。ピリっいた雰囲気を意に介さず、そのまま先生の方へと歩き出した。歩くたびに先生の周りに居た用心棒は後ずさりしていく。エリシアはニコニコしたままだ。
「【2G】? たった【2G】 ですか? あなたらしくも無い。随分安く仕事を請けたのですねエリシア」
先生はそう笑うと自らエリシアを迎えに行き、その差し出した手にポケットから取り出した硬貨を2枚落とした。さっき私がエリシアに渡したのと同じ、城の図柄がデザインされた銀色の硬貨だった。
それを見て呆然とする私に、エリシアはいつも通りの笑顔でニコッと笑った。その顔に弱きを助け、悪を挫くような正義は残っていなかった。
「ところでディア、【3G】で施設を無くして子供たちを無事解放してやる。安いもんだろ」
そこに居たのは金の為なら善悪を問わない、その通りの人物だった。エリシアは私のところまで来ると、顎をクイッと持ち上げる。
「まさか【3G】 すら持ってないのかディア? じゃあ仕方ないな、その服でも良い。古着でも洗えば 【5G】 にはなるだろう。お前が無くしたい施設の為なら、安いもんだろ? 裸で生きるなんて難しい事でもないからな」
全てを金でしか判断しない悪魔がそこには居た。顔が近づくにつれて私の心臓が今までに無いほど飛び跳ねる。恐ろしくて眼を瞑ってしまったが、耳元でまた声がする。
「いいか、ディア。善悪問わず私達は金で動く。もし依頼が99%成功していて、あと1%のところで依頼者の提示額より多く金を貰える可能性があるとしたなら? そっちに付くのは当然だろう? 感謝や尊敬では飯は食えないんだよ」
そう言うとエリシアは私から手を離して踵を返した。やっと眼が開けられたが、私はフッと腰が抜けてその場に膝から崩れ落ちた。倒れそうになったところを、アミューが肩を貸してくれる。
最初からエリシアはそのつもりだったのだ。私をダシに金が強請れると確信していたのだ。施設を無くすどころか、この施設までも自分の為に利用していたのだ。私の本当の敵は…。
頬を涙が伝ったのが分かった。でも、私の中に感情の動きは無かった。
「おやおや、ディア。あなたがエリシアへ依頼を出したのですか。困った子ですね」
一連のやり取りを見ていた先生は、そう言うと私の方へ近づいてきた。その道中こぶし大の石を拾っているのが見えた。ああ殴られるのだと、そう思ったがもう足は動かなかった。
日付は変わったのだろうか。月の位置が随分動いた気がする。昨日今日と色々自分の予想が裏切られ、正直疲れていた。よく考えればこのまま生き続けても希望などないのだ。悪魔の元で死ぬまで非道の道を歩まされるだろう。もしそうなら、死んでも構わないという気持ちが沸々と湧き上がる。
しかし悪魔はそれを許さなかった。
「待て。それ、どうする気だ?」
エリシアのそれは、何てことない言葉だったはずだった。ただその言葉に明確な殺意が詰まっている点を除けばだ。空ろな眼で先生が向かってくるのを見ていた私は、足の先からゾワッと寒気が襲ってくるのを感じた。視界が鮮明になる。脈が早くなる。
その場に居た誰もが、恐らくそれを感じ取ったのだろう。先程までニヤついた顔で石を持っていた先生は凍りついたかのように動かなくなり、私に肩を貸していたアミューからは呼吸を整える為にロからフーッと息を吐くのが聞こえた。
エリシアは尚も同じトーンで続けた。
「ディアは私が買ったんだ。毛の先から足の先まで全て私のものだ。あまり調子に乗るなよババア」
先生は持っていた石をそっと地面に戻し、エリシアへと向き直った。その顔は怒りに歪み、まるで般若のような形相になっている。
「ええ、エリシア。確認しますけれど、あなたには 【1億G]の金を積み、私の事は殺さないよう依頼しているはずですね」
「ああ、そうだな」
私にはその時点で衝撃的だったが、それ以上に用心棒たちがザワついていた。彼らは安く雇われたのかもしれない。一人が逃げるようにその場から走り去ると、連れ立って全員が散り散りに逃げ出してしまった。対エリシアは想定していなかったのかもしれない。これもまた割に合わないと言う事なのか。
その様子を私とアミューは呆然と見ていたが、エリシアと先生は互いに睨み合ったまま動かない。
「ではエリシア、取引をしましょう。もう【1億G】お渡しします。二度とこの施設に関わらないで下さい」
「そんな..!!」
その先生の言葉に誰より先に私の口が反応してしまった。私には桁が大きすぎてそれを稼ぐのにどれくらいの時間や労力が掛かるかは分からないが、もしエリシアがそれを飲んでしまえば二度と施設を無くす事は出来なくなるかもしれない。
エリシアは顎に手を当てて考える仕草をしたが、答えが出るまでに時間は要さなかった。
「いいよ」
と、いうよりはほぼ即答だった。エリシアは「依頼受付たからな」と言うと右手を出し、早く金をよこせとジェスチャーする。先生は一度施設へ戻ったが、すぐに出てきて重たそうなカバンをエリシアへ預けた。
私にはそれを見ているしかなかった。アミューが時折、肩を貸してくれている方の手で背中をさすってくれていた。でもきっとそれは慰めでも、労いでもないのだ。エリシアとはそういう人間で、もし今ここでエリシアを止めたいのならば、先生以上の金額を提示してエリシアを買わねばならないのだ。そう教えてくれている気がした。
中身を確認したエリシアが確かに受け取ったと言っている声が聞こえて、私は全て終わったのだと溜息をついた。ホクホクとした顔をしたエリシアにかける言葉も浮かばない。悪態を吐いても何も変わらない。私は何も持っていないのだ。
「よし、帰るぞ二人とも! 明日は歓迎パーティと洒落込もうぜ!」
私とアミューの前まで来て、悪魔の笑顔は一層明るいものとなった。お金以外、その目にはどう映っているのか教えて欲しかった。
エリシアは来た時同様、鼻歌混じりで施設の門まで歩いていく。背中にはあの銃のカバンと、汚い金の詰まったカバンが提げられていた。
相変わらずショックのせいか、足に力が入らない私はアミューの肩を借りて立たせて貰った。そんな事はお構いなしと歩くエリシアに、ついて行こうとしたその時だった。後ろから先生の声がした。
「あ、そうですエリシア。ディアは買い戻します。置いて帰ってください」
私は耳を疑った。エリシアも立ち止まり、振り返る。
「ここにディアを売った時の半額の 【1千万G】 あります。もっといい子を半額で用意しますから、置いていきなさい」
先生はそう言うと、先程より小さく軽そうなカバンをこちらに放り投げた。ボスッという音を立てて地面に落ちたカバンを、エリシアはニコニコした顔で拾い上げた。
もう終わりだと確信した。万が一施設に戻ったら、私は考えうる限りの凄惨な殺され方をするだろう。私を送り出した時と同じ顔をした先生が、それを物語っている。だが私は【1千万G】 以上のお金を用意して、自分の身を守って欲しいと言う事も出来ない。
エリシアは中身を確認するとカバンのチャックを閉め、興味無さそうに先生に投げ返した。先生も私も驚いた顔をしていたし、アミューでさえ「えっ?」という声が漏れる。
「言った筈だ。買った時点でディアは全部私のものだ。そんなはした金で買えると思うな」
エリシアは少し怒ったような口調でそう言った。その行動も言葉も何もかもが予想外で、先生の顔がみるみる強張っていくのが見える。
「【1G】 で依頼を受ける割に、【1千万G】 は安いと言うのですか?」
先生は言葉遣いは丁寧だが、節々に怒りが滲んでいた。エリシアはハァ?といった顔をすると、まるで分かってないなと頭を掻いて溜息をついた。
「あのなババア。例えば私の銃、買った値段は大した額じゃない。だが私の中ではこれ以上の物はまだ見つけてないから、値段は買った時の何倍も提示して貰えないと売れない。ディアも同じだ。私の中では今の所一番だ。だから何倍も提示するのが筋だろ」
エリシアがそこまで言って私はずっこけそうになったし、アミューは聞いたことも無い特大の溜息をついた。つまるところ安すぎるからもっと出せと言う事なのだ。最早人の血は流れていないだろうと思っていたが、本当に毛の先から足の先まで私は彼女の【物】なのだ。果たして幾ら吹っかける気だろうか。
「【3億G】 出せ。考えてやる」
「さっ…!? そんな子にそんな額出せるわけ無いでしょう!」
先生は足元に投げ捨てられたカバンを力任せに掴み上げると、「帰りなさい! ニ度と来るんじゃないですよ!」と施設の中へ消えていった。どうやら私は助かったようだったが、つまり 【3億G】出す人間が居れば私は売られてしまうということだ。そう思うと途端に気分が沈む。
「あーあ、何か白けちゃったな。帰ろうぜ」
エリシアはそういうと再び歩き出した。私はアミューにお礼を言って、借りていた肩を返して自分で歩き出す。結局施設はこのままで、私は何度か絶望に叩き込まれただけで終わってしまった。本当に善悪問わない、仁義も人情も無い、血も涙も無いエリシアの元で暮らしていくのかと思うと、それもまた絶望だった。
「ディア…。悪いようには…しないから…」
私がフラフラしているからか、隣を離れず歩いてくれるアミューが申し訳無さそうにそう零した。私の中では、家に帰ったら辞めさせて欲しいと土下座してでも頼むつもりでしかいなかった。
何もかも奪い取られて、夢も希望も消え去って、悪魔の後ろを私は家路についた。